炭疽(たんそ) – 感染症

炭疽(anthrax)とは、炭疽菌によって引き起こされる人獣共通感染症です。

炭疽菌は、芽胞を形成するグラム陽性の桿菌で、土壌中で長期間生存します。

炭疽菌に汚染された動物の肉や皮、毛などを介してヒトに感染することがあり、皮膚炭疽、肺炭疽、腸炭疽などを引き起こします。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

炭疽(たんそ)の種類(病型)

炭疽は、感染経路や感染部位の違いによって、いくつかの特徴的な病型に分類されます。

皮膚炭疽

皮膚炭疽は、炭疽菌が皮膚の傷や擦り傷から体内に侵入することで発症する病型です。

炭疽菌に汚染された動物の毛皮、皮革、骨などに直接触れることで感染のリスクが高まります。

感染経路
皮膚の傷や擦り傷
汚染された動物由来の物質との接触

皮膚炭疽は、炭疽の中では比較的予後が良好ですが、敗血症へと進行する可能性もあります。

肺炭疽

肺炭疽は、炭疽菌の芽胞を吸入することで発症します。 炭疽菌に汚染された毛皮や羊毛などを扱う職業に従事している人に多く見られます。

肺炎様の症状から始まり、急速に呼吸不全が進行するのが特徴です。

肺炭疽は、生物兵器としても悪用される可能性があり、公衆衛生上の重大な脅威となっています。

消化器炭疽

消化器炭疽は、炭疽菌に汚染された肉を摂取することで発症します。 消化器系の炎症が主な病態で、重症化すると敗血症へと進行することがあります。

感染経路
汚染された肉の摂取
腸管からの炭疽菌の侵入

敗血症型炭疽と注射器関連炭疽

敗血症型炭疽は、他の病型から進行して発症することがあり、炭疽菌が血流に入り込み、全身に拡散することで、重篤な状態を引き起こします。

注射器関連炭疽は、汚染された注射器を介して炭疽菌が体内に入ることで発症。 主にヘロイン常用者に見られ、注射部位の感染から全身へと炎症が広がります。

炭疽(たんそ)の主な症状

炭疽は、感染が生じた経路や感染部位によって、さまざまな症状が現れます。

皮膚炭疽

皮膚炭疽は、初期には、無痛性の紅斑や丘疹が出現し、数日で水疱や潰瘍を形成します。

特徴的な所見は、潰瘍の周囲に浮腫状の紅斑が拡がり、中心部が黒色の痂皮(エスカー)で覆われることです。

皮膚炭疽は、治療を行えば予後良好ですが、治療が遅れると敗血症や髄膜炎を合併することがあります。

病期症状
初期(1-3日目)無痛性の紅斑、丘疹
進行期(3-7日目)水疱、潰瘍形成、周囲の浮腫状紅斑
後期(7-14日目)黒色痂皮(エスカー)、リンパ節腫脹

肺炭疽

肺炭疽は、インフルエンザ様の症状(発熱、咳嗽、筋肉痛など)で始まり、急速に呼吸不全や敗血症が進行します。

特徴的な症状は、胸部の不快感や胸痛、呼吸困難、血痰などです。 胸部X線写真では、縦隔リンパ節腫脹や胸水貯留を認めることがあります。

肺炭疽は、致死率が高く、早期の診断と治療介入が不可欠です。

症状頻度
発熱90%以上
咳嗽50-80%
呼吸困難50-80%
胸痛30-50%
血痰10-30%
ショック10-20%

消化器炭疽

消化器炭疽は、急性の上部消化器症状(悪心、嘔吐、腹痛など)で始まり、下痢や血便を伴います。

症状は、咽頭痛、嚥下困難、腹部の圧痛、腹部膨満などです。 炎症が腸管外に波及すると、腹膜炎や敗血症を引き起こします。

消化器炭疽は、早期診断が困難で、致死率が高い病型です。

消化器炭疽の主な症状と特徴

  • 悪心・嘔吐(初期から出現)
  • 腹痛(持続性、徐々に増悪)
  • 血性下痢(粘血便、大量下血)
  • 発熱(38-40℃)
  • 腹部膨満(著明な腸管浮腫による)
  • 咽頭痛・嚥下困難(咽頭粘膜の潰瘍形成による)

敗血症型炭疽

敗血症型炭疽は、高熱、ショック、多臓器不全などの致死的な経過をたどります。

全身の紫斑や点状出血、意識障害、けいれんなどが見られます。早期から集中治療を要する極めて重篤な病態です。

注射器関連炭疽

注射器関連炭疽は、注射部位の炎症(発赤、腫脹、疼痛など)に加え、敗血症や髄膜炎を伴うことがあります。

症状は、注射部位の組織壊死や膿瘍形成、全身の播種性病変などです。

注射器関連炭疽は、薬物乱用者に発症し、診断と治療が遅れると致死的な経過をたどります。

炭疽(たんそ)の原因・感染経路

炭疽は、炭疽菌が原因となって発症し、感染源は、感染した動物やその死骸、動物由来の製品などです。

炭疽菌とは

炭疽菌は、芽胞を形成するグラム陽性の桿菌です。 芽胞は非常に強い環境耐性を持ち、土壌中で長期間生存できます。

また、炭疽菌は動物の体内で増殖し、毒素を産生することで病原性を発揮します。

炭疽菌の特徴説明
グラム陽性桿菌細胞壁の構造によって分類される
芽胞形成環境耐性が高く、長期間生存可能

感染源と感染経路

炭疽菌の主な感染源は、感染した動物やその死骸、動物由来の製品などです。

  • 感染動物の血液、体液、組織
  • 感染動物の皮革、毛皮、骨
  • 汚染された土壌

感染経路は、感染源との接触方法によって異なります。

主な感染経路

  1. 皮膚接触:感染動物や汚染物質に直接触れることで、皮膚から菌が侵入する。
  2. 芽胞吸入:芽胞が空気中に浮遊し、それを吸入することで肺から感染する。
  3. 経口摂取:汚染された肉や水を介して、消化管から感染する。
感染経路感染部位
皮膚接触皮膚
芽胞吸入
経口摂取消化管

感染リスクの高い職業

特定の職業では、炭疽菌への曝露リスクが高くなります。

感染リスクの高い職業

  • 畜産業者、酪農家
  • と畜場の従業員
  • 獣医師
  • 皮革、羊毛などの動物由来製品を扱う職業

診察(検査)と診断

炭疽の診察と確定診断を行う際には、臨床症状の詳しい観察に加えて、さまざまな検査方法を活用します。

臨床診断の重要性

炭疽の診察では、まず患者さんの症状や身体所見を詳細に観察し、臨床診断を行うことが大切です。

炭疽の特徴的な症状である皮膚の潰瘍や水疱、リンパ節腫脹などを確認し、炭疽を疑うことが診断の第一歩となります。

臨床診断に加えて、次のような検査を実施することによって、炭疽の確定診断を得られます。

検査の種類検査の目的
グラム染色炭疽菌の形態を観察
培養検査炭疽菌の分離・同定

グラム染色と顕微鏡検査

グラム染色は、炭疽菌を含む検体を染色し、顕微鏡で観察する方法で、 炭疽菌は特徴的なグラム陽性の大型桿菌として認められ、診断に有用です。

また、Wright-Giemsa染色などの特殊染色を用いることで、炭疽菌の胞子を観察することもできます。

培養検査と生化学的同定

炭疽菌の確定診断には、検体からの菌の分離・同定が不可欠です。

血液、皮膚病変部、リンパ節などから採取した検体を、血液寒天培地などの選択培地に接種し培養。

発育したコロニーについて、性状を確認することで、炭疽菌を同定します。

  • カタラーゼ試験陽性
  • ペニシリン感受性
  • ガンマファージ溶血性
  • レシチナーゼ産生

血清学的検査と遺伝子検査

炭疽菌の特異抗原に対する抗体を検出する血清学的検査も、診断に用いられ、ELISAや受身赤血球凝集反応などにより、抗体価の上昇を確認します。

また、炭疽菌の特異遺伝子を検出するPCR法も、迅速かつ特異度の高い診断方法です。

炭疽(たんそ)の治療法と処方薬、治療期間

炭疽菌は抗菌薬に対する感受性が高いため、早期に抗菌薬治療を開始することが求められます。

治療の基本方針

炭疽の治療は、感染部位や病型に応じて抗菌薬を選択し、十分な期間投与することが基本です。

治療期間は、病型や重症度によって異なりますが、通常は60日間程度の長期投与が必要とされています。

病型治療期間
皮膚炭疽60日間
肺炭疽60日間以上
消化器炭疽60日間
注射器関連炭疽60日間以上

第一選択薬

炭疽の治療に用いられる第一選択薬は、シプロフロキサシンやドキシサイクリンです。

これらの抗菌薬は、炭疽菌に対して優れた抗菌活性を示し、治療効果が期待できます。

抗菌薬用法・用量
シプロフロキサシン経口:1回500mg、1日2回
ドキシサイクリン経口:1回100mg、1日2回

重症例や合併症を有する際は、ペニシリンGやクリンダマイシンなどの他の抗菌薬を併用する場合もあります。

治療効果の判定

炭疽の治療効果は、臨床症状の改善や炎症反応の推移によって判定されます。

治療開始後の経過

  • 発熱などの全身症状の改善
  • 皮膚病変の縮小・消退
  • 炎症反応(CRP、白血球数など)の正常化

ただし、治療効果が得られるまでには時間を要することがあり、症状の改善が見られない場合でも、抗菌薬の投与を継続することが大切です。

予後と再発可能性および予防

治療を受ければ、炭疽の予後は良好で、再発のリスクも低いです。

治療予後の概要

炭疽の治療では、抗菌薬の投与が中心で、ほとんどの場合、良好な治療効果が得られます。

皮膚炭疽の治療期間は7~10日程度ですが、肺炭疽や腸炭疽など全身感染を伴う場合は、より長期の治療が必要となることも。

炭疽の種類治療期間
皮膚炭疽7~10日
肺炭疽60日以上

再発リスクと予後因子

適切な治療を受けた場合、炭疽の再発リスクは低いです。 ただし、以下のような因子がある場合は、再発リスクが高まる可能性があります。

  • 免疫抑制状態
  • 不十分な治療期間
  • 薬剤耐性菌による感染

これらのリスク因子がある場合は、慎重なフォローアップと再発の早期発見が欠かせません。

後遺症と合併症

炭疽の治療後は、感染部位の瘢痕形成や機能障害などの後遺症が残ることがあります。

特に、肺炭疽や腸炭疽では、重篤な呼吸不全や敗血症などの合併症を伴うことがあり、注意が必要です。

合併症頻度
呼吸不全10~20%
敗血症5~10%

予防対策の重要性

炭疽の再発を防ぐためには、感染源への曝露を避けることが大切で、特に、動物との接触や汚染された土壌などには注意してください。

炭疽(たんそ)の治療における副作用やリスク

炭疽の治療に用いられる抗菌薬は、炭疽菌に対して優れた効果を発揮する一方で、副作用のリスクを伴います。

消化器症状

炭疽治療に用いられる抗菌薬の多くは、消化器症状を引き起こすことがあります。

主な消化器症状とその発現頻度

副作用発現頻度
悪心・嘔吐10~30%
下痢5~20%
腹痛5~15%

これらの症状は通常軽度であり、治療の継続を妨げることは少ないですが、重症化した際は投与の中止や対症療法が必要となる場合があります。

過敏症反応

抗菌薬に対する過敏症反応は、重篤な副作用の一つです。

主な過敏症反応

  • 皮疹
  • 発熱
  • 血圧低下
  • アナフィラキシーショック

過敏症反応の発現頻度は低いですが、発現すると生命に関わる可能性があるため、十分な注意が必要です。

薬剤過敏症反応の頻度
ペニシリン系0.1~0.5%
セフェム系0.1~0.5%
キノロン系0.1~0.5%

肝機能障害

一部の抗菌薬では、肝機能障害が報告されています。

肝機能障害は、肝酵素値の上昇として検出されることが多く、無症状のこともありますが、黄疸や肝不全に至ることもあり、定期的な肝機能の検査が大切です。

腎機能障害

腎排泄型の抗菌薬では、腎機能障害のリスクがあります。

特に、高齢者や腎機能が低下している患者さんでは、慎重な投与が求められ、腎機能に応じた用量調整や、腎機能のモニタリングが必要です。

抗菌薬の副作用リスクを最小限に抑えるには、患者さんの状態に応じた薬剤の選択と用量調整が大切です。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

初診料と再診料

炭疽の診療では、初診料が1,500円~3,000円程度、再診料が500円~1,500円程度です。

重症例では、頻回の受診が必要となるため、再診料がかさむことがあります。

検査費用

炭疽の診断には、血液検査や細菌学的検査が必要です。

検査項目費用
血液検査5,000円~10,000円
細菌学的検査10,000円~30,000円

処置・手術費用

重症の炭疽では、外科的デブリードマンや皮膚移植などの処置が必要となる場合があります。

処置内容費用
デブリードマン50万円~100万円
皮膚移植100万円~300万円

入院費用

重症の炭疽では、入院治療が必要です。 入院費用は、1日あたり1万円~3万円程度で、入院期間によって総額が変動します。

以上

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