トキソプラズマ症 – 感染症

トキソプラズマ症(toxoplasmosis)とは、トキソプラズマ原虫が原因で発症する感染症です。

トキソプラズマ原虫は、ネコ科の動物の腸内で増殖し、糞便中に排出されるオーシストによって環境中に拡散します。

人は、このオーシストに汚染された食べ物や水を介して感染するほか、感染した動物の生肉を食べることでも感染します。

健康な人が感染した場合、無症状であることが多いですが、免疫力の低下した人や妊婦が感染すると重症化するリスクも。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

目次[

トキソプラズマ症の種類(病型)

トキソプラズマ症には、大きく分けて先天性トキソプラズマ症と後天性トキソプラズマ症の2つの病型があります。

先天性トキソプラズマ症

先天性トキソプラズマ症は、妊娠中の母親が初感染した場合、胎盤を介して胎児に感染することで発症します。

感染時期症状の重症度
妊娠初期重症
妊娠後期軽症

早期の感染ほど、胎児への影響が大きくなる傾向があります。

後天性トキソプラズマ症

後天性トキソプラズマ症は、生後に感染が成立した場合に発症。

後天性トキソプラズマ症は、さらに3つの病型に分類されます。

  1. リンパ節炎型
  2. 眼トキソプラズマ症型
  3. 播種型(免疫抑制患者など)

リンパ節炎型

リンパ節炎型は、後天性トキソプラズマ症の中で最も一般的な病型で、感染後数週間で、頸部リンパ節の腫脹が主症状です。

病型主症状
リンパ節炎型頸部リンパ節腫脹
眼トキソプラズマ症型眼症状(ブドウ膜炎など)
播種型全身症状(発熱、倦怠感など)

眼トキソプラズマ症型と播種型

眼トキソプラズマ症型は、眼内の炎症を主症状とし、ブドウ膜炎などを引き起こし、播種型は、免疫抑制状態の患者さんに見られ、全身への感染拡大により重篤な症状を呈します。

トキソプラズマ症の主な症状

トキソプラズマ症の症状は、健康な人の場合は無症状であることが多いですが、免疫力の低下した人や妊婦では重症化するリスクがあります。

健康な人の場合

健康な人がトキソプラズマに感染した場合、ほとんどは無症状ですが、まれに、インフルエンザに似た症状を示すことがあります。

症状詳細
発熱微熱程度であることが多い
倦怠感全身のだるさを感じる
リンパ節腫脹首やわきの下のリンパ節が腫れる

免疫力の低下した人の場合

エイズやがんなどで免疫力が低下した人がトキソプラズマに感染すると、重篤な症状を引き起こすことがあります。

  • 脳炎(頭痛、発熱、意識障害など)
  • 肺炎(咳、呼吸困難など)
  • 心筋炎(胸痛、息切れなど)
臓器症状
脳炎(頭痛、発熱、意識障害など)
肺炎(咳、呼吸困難など)
心臓心筋炎(胸痛、息切れなど)
眼症状(視力低下、疼痛など)

妊婦の場合

妊婦がトキソプラズマに初感染した場合、胎児に感染が起こることがあり、流産や死産、あるいは先天性トキソプラズマ症を引き起こす危険性も。

先天性トキソプラズマ症

先天性トキソプラズマ症の主な症状

症状詳細
水頭症頭蓋内の脳脊髄液が増加し、頭囲が大きくなる
脳内石灰化脳内に石灰沈着が生じる
脈絡網膜炎眼底に炎症が生じ、視力障害を引き起こす

トキソプラズマ症は、健康な人ではほとんど無症状ですが、免疫力の低下した人や妊婦では胎児に重篤な合併症を引き起こすリスクがあります。

トキソプラズマ症の原因・感染経路

トキソプラズマ症は、トキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)の感染によって起こる感染症です。

トキソプラズマ原虫

トキソプラズマ原虫は、ネコ科動物を終宿主とし、ほぼすべての温血動物を中間宿主とする寄生虫です。

宿主役割
ネコ科動物終宿主
温血動物中間宿主

原虫は、ネコの腸管内で増殖し、オーシストとして糞便中に排出されます。

感染経路

トキソプラズマ原虫の主な感染経路は以下の3つです。

  1. 経口感染(オーシストの摂取)
  2. 経胎盤感染(母子感染)
  3. 経口感染(組織シストの摂取)
感染経路原因
経口感染(オーシスト)オーシスト汚染された食物や水の摂取
経胎盤感染妊娠中の母体の初感染
経口感染(組織シスト)感染動物の生肉や内臓の摂取

経口感染(オーシストの摂取)

オーシストは、ネコの糞便から排出され、土壌中で長期間生存し、オーシスト汚染された野菜や水を摂取することで、ヒトへの感染が成立します。

  • -土壌中のオーシストは、数ヶ月から1年以上生存可能
  • -不十分な加熱調理や洗浄は、感染リスクを高める

経胎盤感染と経口感染(組織シストの摂取)

妊娠中の母体が初感染した場合、胎盤を介して胎児に感染することがあります。

また、感染動物の生肉や内臓に含まれる組織シストを摂取することでも感染が起こります。

診察(検査)と診断

トキソプラズマ症の診断では、臨床症状と検査結果を総合的に判断し、確定診断には、血清学的検査や病原体の直接検出が用いられます。

臨床症状による診断

トキソプラズマ症の臨床症状は、単独では診断が難しく、健康な人ではほとんど無症状です。

ただし、免疫不全の感染者では、いくつかの症状を示すことがあります。

  • 発熱
  • リンパ節腫脹
  • 脳炎(頭痛、意識障害など)
  • 肺炎(咳、呼吸困難など)

血清学的検査

トキソプラズマ症の血清学的診断

検査名検出対象
IgG抗体検査トキソプラズマ感染の既往を示す
IgM抗体検査急性感染を示唆する
IgG アビディティ検査感染時期の推定に用いる

病原体の直接検出

トキソプラズマ原虫の直接検出方法

検査材料検査方法
血液、髄液、羊水などPCR法による病原体DNAの検出
組織(リンパ節、胎盤など)病理組織学的検査によるシストの検出

確定診断

トキソプラズマ症の確定診断の指標

  • 血清学的検査でIgM抗体の検出とIgG抗体の有意な上昇
  • 病原体の直接検出(PCR法や病理組織学的検査)

トキソプラズマ症の治療法と処方薬

トキソプラズマ症の治療は、病型や患者の免疫状態に応じて、抗原虫薬を中心とした薬物療法が行われます。

ピリメタミンとサルファ剤の併用療法

トキソプラズマ症の第一選択薬は、ピリメタミンとサルファ剤の併用療法です。

この併用療法は、トキソプラズマ原虫の葉酸代謝を阻害することで、原虫の増殖を抑制します。

薬剤作用機序
ピリメタミン葉酸代謝阻害
サルファ剤葉酸代謝阻害

治療期間は通常4〜6週間ですが、免疫抑制患者ではより長期の治療が必要となる場合があります。

スピラマイシン

妊娠初期のトキソプラズマ症に対しては、スピラマイシンが使用されます。

スピラマイシンは、胎盤を通過しにくいため、胎児への影響を最小限に抑えながら、母体の感染の治療が可能です。

薬剤特徴
スピラマイシン胎盤通過性が低い
ピリメタミン+サルファ剤胎盤通過性が高い

妊娠16週以降は、ピリメタミンとサルファ剤の併用療法に切り替えることが一般的です。

ステロイド薬

眼トキソプラズマ症では、炎症を抑制するためにステロイド薬が併用されることがあり、眼内の炎症反応を抑え、視力予後の改善を促します。

ただし、ステロイド薬の使用は、感染の再燃リスクを高める可能性があるため、注意が必要です。

  • -ステロイド薬の使用は、抗原虫薬との併用が原則
  • -ステロイド薬の漫然とした長期使用は避ける

抗HIV薬

AIDS患者におけるトキソプラズマ脳症の再発予防には、抗HIV薬による免疫機能の回復が重要です。

抗HIV薬によるウイルス抑制と免疫機能の改善で、トキソプラズマ症の再発リスクを大幅に低下させられます。

治療に必要な期間と予後について

トキソプラズマ症の治療期間と予後は、患者さんの免疫状態や臨床症状によって大きく異なり、健康な人は自然治癒することが多いですが、免疫不全者では長期の治療を要し、予後不良となるリスクがあります。

健康な人の場合

健康な人がトキソプラズマに感染した場合、多くは無症状で、治療を必要とすることはほとんどありません。

患者治療
健康な成人治療不要
健康な小児治療不要

免疫不全者の場合

エイズやがんなどで免疫力が低下した人がトキソプラズマ症を発症した場合、積極的な治療が必要です。

  • ピリメタミン+スルファジアジン+ロイコボリンの併用療法
  • 治療期間は少なくとも4〜6週間
  • 再発予防のため、治療終了後も低用量の治療を継続
病態治療期間
脳炎6週間以上
肺炎4〜6週間
眼病変4〜6週間

妊婦の場合

妊婦がトキソプラズマに初感染した場合、胎児感染のリスクがあり、感染時期によって治療方針が違ってきます。

感染時期治療方針
妊娠初期スピラマイシン投与
妊娠中期以降ピリメタミン+スルファジアジン+ロイコボリン

先天性トキソプラズマ症の場合

先天性トキソプラズマ症と診断された新生児には、生後1年間の治療が必要です。

  • ピリメタミン+スルファジアジン+ロイコボリンの併用療法
  • 治療期間は1年間
  • 定期的な眼科検査と聴力検査

トキソプラズマ症の治療における副作用やリスク

トキソプラズマ症の治療では、使用する薬剤によっていろいろな副作用やリスクがあります。

ピリメタミンとサルファ剤の副作用

ピリメタミンとサルファ剤の併用療法は、トキソプラズマ症の第一選択薬ですが、副作用のリスクが高いことが知られています。

副作用発生頻度
骨髄抑制(貧血、白血球減少、血小板減少)10-30%
皮疹5-10%
消化器症状(悪心、嘔吐、下痢)5-10%

これらの副作用は、葉酸補充療法や定期的な血液検査によるモニタリングにより、ある程度予防・管理することが可能です。

ただし、重篤な副作用が疑われる場合は、薬剤の中止や変更を検討する必要があります。

スピラマイシンの副作用

スピラマイシンは、妊娠初期のトキソプラズマ症に使用される比較的安全性の高い薬剤ですが、副作用のリスクがないわけではありません。

  • 消化器症状(悪心、嘔吐、下痢)
  • 皮疹
  • 肝機能障害(まれ)

スピラマイシンの副作用は軽度で、治療継続が可能なことが多いですが、症状に応じた対症療法も必要です。

ステロイド薬の副作用とリスク

眼トキソプラズマ症に対するステロイド薬の使用は、感染の再燃リスクを高める可能性があります。

副作用・リスク対策
感染の再燃抗原虫薬との併用、漫然とした長期使用の回避
眼圧上昇定期的な眼圧モニタリング
白内障定期的な眼科検査

ステロイド薬の使用は、感染のコントロールと炎症のバランスを考慮し、慎重に判断する必要があり、また、長期使用による全身性の副作用にも注意が必要です。

免疫抑制患者におけるリスク

免疫抑制患者さんでは、トキソプラズマ症の重症化リスクが高く、治療反応性が悪い傾向があり、また、薬剤の副作用発現リスクも高くなります。

予防方法

トキソプラズマ症の予防には、感染源への接触を避けることが一番で、特に、妊婦や免疫不全者さんでは、注意が必要です。

食品の衛生管理

トキソプラズマ原虫は、生肉や不十分に加熱した肉を介して感染するので、肉の十分な加熱と調理器具の衛生管理が大切です。

食品予防法
肉類中心部まで十分に加熱する(内部温度70℃以上)
調理器具生肉を扱った器具は洗浄・殺菌する

猫との接触

猫はトキソプラズマ原虫の中間宿主であり、感染源となります。

特に妊婦は、猫の糞便処理や生の肉を与えることを避けるべきです。

  • 猫のトイレの清掃は他の人に任せる
  • 猫に生の肉を与えない
  • 猫に野外に行かせない
対象予防法
妊婦猫のトイレ掃除を避ける
生の肉を与えない、野外に行くことを制限する

園芸作業

土壌中のオーシストを介して感染することがあるので、園芸作業の際は、手袋の着用と手洗いを徹底してください。

妊婦の検査

妊娠初期にトキソプラズマの抗体検査を行い、感染の有無を確認することが推奨され、抗体陰性の場合は、妊娠中の感染予防に努めます。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

トキソプラズマ症の治療には、保険が適用される場合とされない場合があります。

保険適用の条件

トキソプラズマ症の治療に保険が適用されるためには、以下の条件を満たす必要があります。

  • ・医師の診断に基づく治療であること
  • ・感染が確定した段階での治療であること ・原因療法または対症療法に相当する治療であること

これらの条件を満たさないときには、保険適用外となることがあります。

一般的な治療費用(保険適用時)

トキソプラズマ症の治療に保険が適用された場合の自己負担額

治療内容自己負担額
初診料2,000円程度
再診料1,000円程度
検査費用3,000円~5,000円程度
投薬費用5,000円~10,000円程度

一般的な治療費用(保険適用外)

トキソプラズマ症の治療が保険適用外となった場合、全額自己負担になります。

一般的な費用

治療内容自己負担額
初診料5,000円~10,000円程度
再診料3,000円~5,000円程度
検査費用10,000円~30,000円程度
投薬費用20,000円~50,000円程度

これらは一般的な目安であり、実際の費用はさらに高額になる可能性があります。

治療費用に関する注意点

トキソプラズマ症の治療費用は、症状や治療方針によって大きく異なり、また、合併症の有無や重症度によっても費用が変動するケースがあります。

治療費用に関しては、以下の点にご注意ください。

  • ・上記の費用は一般的な目安であり、実際にはより高額になることもあります。
  • ・保険適用の可否は、診察時に担当医師に直接ご確認ください。

以上

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