心房中隔欠損症(ASD) – 循環器の疾患

心房中隔欠損症(Atrial septal defect:ASD)とは、心臓の右心房と左心房の間にある心房中隔に穴が開いている先天性の心臓疾患です。

胎児期には誰にでもあるこの穴が、通常は出生後に自然に閉じますが、ASDの場合は閉じずに残ってしまう状態です。

多くの場合無症状で経過しますが、放置すると心不全や不整脈のリスクが高まるため、自然閉鎖しない場合や穴が大きい場合、症状がある場合には治療が必要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

心房中隔欠損症(ASD)の種類(病型)

心房中隔欠損症(しんぼうちゅうかくけっそんしょう)は、欠損部位により、二次孔型、一次孔型、静脈洞型、冠静脈洞型などに分類されます。

二次孔型が最も多く、次いで一次孔型、静脈洞型、冠静脈洞型と続きます。

いずれのタイプにおいても、早期の診断と対応が求められる先天性心疾患です。

二次孔型(卵円孔型)

特徴詳細
頻度ASDの約70%を占める
欠損部位卵円窩中央部

二次孔型ASDは最も多く見られるタイプで、卵円孔が完全に閉じないために生じる欠損です。

通常、欠損孔は心房中隔の中央に位置しています。

一次孔型

  • 心房中隔の下方に位置する
  • まれなタイプ(全ASDの約15%)
  • 心内膜床欠損症と合併することがある

一次孔型ASDは、心房中隔の下方にある一次中隔の形成不全によって生じる欠損です。

比較的まれなタイプであり、時に心内膜床欠損症(AV管型)と合併する場合があります。

静脈洞型ASD

分類特徴
上大静脈型部分肺静脈還流異常を伴うことが多い
下大静脈型まれなタイプ

静脈洞型ASDは、上大静脈や下大静脈の開口部近くの心房中隔に生じる欠損です。

上大静脈型と下大静脈型に分類され、特に上大静脈型は部分肺静脈還流異常を伴うケースが多いと考えられています。

冠静脈洞型ASD

冠静脈洞型ASDは、冠静脈洞の心房中隔側の欠損により生じるまれなタイプです。

左上大静脈遺残と関連している場合が多く、心内膜床欠損症や完全型房室中隔欠損症との合併例も報告されています。

心房中隔欠損症(ASD)の主な症状

心房中隔欠損症(しんぼうちゅうかくけっそんしょう)は多くの場合無症状で経過しますが、成人後に動悸、息切れ、疲れやすさなどの症状が現れる可能性があります。

無症状の場合が多い

ASDは、欠損孔が小さい場合、無症状での経過が多いです。

一方で、欠損孔が大きかったり、年齢を重ねたりすると症状が出現する可能性があります。

呼吸困難や動悸が出現する

中等度以上のASDでは、次のような症状が現れる可能性があります。

  • 呼吸困難
  • 動悸
  • 易疲労感
  • チアノーゼ(皮膚や粘膜の青み)

これらの症状は、右心系への血液の流入量が増加し、肺高血圧症を引き起こすことで出現します。

成人期以降に症状が出現するケースも

ASDは、小児期には無症状であったとしても、成人期以降に症状が出現する場合があります。

これは、加齢に伴う心機能の低下や、長期間の左右シャントによる肺血管の変化が原因だと考えられています。

重症例では心不全症状が出現

重症のASDでは、心不全症状が出現する可能性があります。具体的には、次のような症状が代表的です。

  • 呼吸困難の増悪
  • 浮腫(むくみ)
  • 肝腫大
  • 頸静脈怒張

心房中隔欠損症(ASD)の原因

心房中隔欠損症(しんぼうちゅうかくけっそんしょう)は、胎児期に形成される心臓の壁に欠損が残ってしまう先天的な異常が原因で起こります。

遺伝的要因の関与

ASDの発症には、遺伝的要因が関与していると考えられています。

特定の遺伝子の変異や染色体異常が心臓の発生過程に影響を与え、ASDを引き起こす可能性があります。

遺伝子関連する心臓の部位
TBX5心房中隔
GATA4心内膜床

しかし、ASDを引き起こす遺伝子変異は多岐にわたり、すべてのケースで遺伝的要因が同定されているわけではありません。

環境因子の影響

ASDの発症には、環境因子も関与していると考えられています。

妊娠中の母体の感染症や薬物の使用、放射線被曝などが胎児の心臓発生に影響を与える可能性があります。

以下のような環境因子がASDの発症リスクを高めることが知られています。

  • 妊娠初期のウイルス感染(風疹など)
  • 母親・父親の喫煙や飲酒
  • 特定の薬物の使用(バルプロ酸内服、降圧薬内服、抗てんかん薬など)

しかし、ASDの多くは原因不明であり、妊娠期における母体への週あたりの低・中等度のアルコールの曝露、もしくは妊娠初期の機会大量飲酒は、子の孤発性心室中隔欠損症および心房中隔欠損症の有病率と有意な関連はみられなかったとする報告もあります。

出典:Strandberg-Larsen K, Skov-Ettrup LS, Grønbaek M, Andersen AM, Olsen J, Tolstrup J. Maternal alcohol drinking pattern during pregnancy and the risk for an offspring with an isolated congenital heart defect and in particular a ventricular septal defect or an atrial septal defect. Birth Defects Res A Clin Mol Teratol. 2011 Jul;91(7):616-22.

ご自身を責めてしまうお母さんもいらっしゃるかと思いますが、ASDの多くは原因がはっきりしていません。

妊娠初期のビタミンAサプリメントの摂取は発症の可能性を高める

2011年1月から2014年3月にエコチル調査に参加した妊婦とその子ども、91,664ペアを対象に、子どもの先天性心疾患発症に関する母親のリスク因子を調査した結果が2023年8月に公表されました。

調査の結果では、子どもの先天性心疾患発症に母親の妊娠初期のビタミンAサプリメント摂取、バルプロ酸内服、降圧薬内服、先天性心疾患の既往、母親の年齢、妊娠中期のヘモグロビン血中濃度(貧血の指標)が関連することが明らかにされました。

この調査について、詳しくは下記をご覧ください。

子どもの先天性心疾患発症に関する母親のリスク因子が明らかに 妊娠初期のビタミンAサプリメントの摂取は発症の可能性を高める ~日本の約10万組の親子のエコチル調査より~ | 国立成育医療研究センター
https://www.ncchd.go.jp/press/2023/0905.html

心臓発生過程の異常

ASDは、胎児期の心臓発生過程における異常が原因で生じます。心臓は、胎生初期に心内膜床と呼ばれる構造から形成されていきます。

胎生期心臓の発生過程
3週目心内膜床の形成
4週目心房中隔の形成開始

この過程で心房中隔の形成が不完全であったり、心房間の交通が残存したりすると、ASDが生じると考えられています。

診察(検査)と診断

心房中隔欠損症(しんぼうちゅうかくけっそんしょう)の診断は、聴診や心電図、X線検査などの所見から疑われ、心エコー検査で確定診断されます。

身体診察

ASDに特徴的な収縮期雑音や拡張期雑音がみられる場合、ASDを疑います。また、頸静脈怒張や下腿浮腫など、右心不全の兆候がないかも確認します。

所見チェックポイント
心音収縮期雑音、拡張期雑音
頸静脈怒張の有無
下腿浮腫の有無

検査

ASDの診断には、以下のような検査が行われます。

  • 心電図検査:右軸偏位や不完全右脚ブロックなどの所見を確認
  • 胸部X線検査:心拡大や肺血管陰影の増強を確認
  • 心エコー検査:心房中隔の欠損孔を直接的に描出

心エコー検査では欠損孔のサイズや位置、シャント血流の方向と量を評価可能です。

小さな欠損孔や複数の欠損孔も見逃さずに検出できるのが利点となります。

その他の検査

症例によっては、以下のような追加検査が行われる場合があります。

  • 経食道心エコー検査:胸壁からのアプローチでは描出困難な部位の観察に有用
  • 心臓カテーテル検査:心内圧や血行動態の詳細な評価が可能

心房中隔欠損症(ASD)の治療法と処方薬、治療期間

心房中隔欠損症(しんぼうちゅうかくけっそんしょう)の治療法は、欠損孔の大きさや症状によって異なり、経過観察、カテーテル治療、外科的手術などが選択されます。

治療期間もそれぞれ異なり、一般的に薬物療法は行われません。

小さな欠損孔の場合

小さな欠損孔の場合は無症状であるケースが多く、特別な治療は必要としません。

定期的な経過観察を行い、必要に応じて薬物療法や手術療法を検討します。

治療法内容
経過観察定期的な心エコー検査や症状のチェック
薬物療法心不全や不整脈の症状がある場合に利尿薬や抗不整脈薬を処方

中等度以上の欠損孔の場合

中等度以上の欠損孔がある場合、手術療法が主な治療法です。手術療法には、カテーテル治療と開胸手術があります。

カテーテル治療

カテーテル治療は、心臓カテーテルを用いて欠損孔を塞ぐ治療法です。全身麻酔下で行われ、入院期間は3〜7日程度です。

以下の場合にカテーテル治療が選択されます。

  • 欠損孔が比較的小さい
  • 欠損孔の位置が適している
  • 年齢が若い

開胸手術

開胸手術は、胸骨を切開して心臓に直接アプローチし、欠損孔を縫合閉鎖する治療法です。

全身麻酔下で行われ、入院期間は1〜2週間程度です。

治療法内容
パッチ閉鎖術自己心膜やGore-Tex等の人工材料でパッチを作成し、欠損孔を閉鎖
直接縫合閉鎖術欠損孔の縁を直接縫合して閉鎖

手術後は、抗凝固薬や抗血小板薬の内服が必要となる場合があります。また、感染予防のための抗菌薬の内服も行われます。

治療後は心エコー検査や心電図検査を行い、心機能や不整脈の有無をチェックします。

治療後の予後は一般的に良好ですが、合併症の発生には十分注意する必要があります。

予後と再発可能性および予防

心房中隔欠損症(しんぼうちゅうかくけっそんしょう)の予後は、欠損孔の大きさや合併症の有無、治療の時期などによって異なります。

小さな欠損孔は自然に閉鎖します。特に1歳までに閉鎖する可能性が高く、5歳までには約75%が自然閉鎖するとされています。

治療後の予後

大きな欠損孔が放置されると、心不全、不整脈、肺高血圧症などの合併症を引き起こす可能性があります。

治療が行われれば、ほとんどの場合で正常な生活を送れます。カテーテル治療や外科的手術後の合併症は少なく、長期的な予後は良好です。

再発の可能性

自然閉鎖したASDは、基本的に再発しません。

カテーテル治療では、閉鎖器という器具で欠損孔を塞ぎますが、稀に閉鎖器がずれたり、欠損孔が完全に塞がらなかったりするケースもあります。

このような場合は再治療が必要になります。ただし、再発率は非常に低く、全体の1%未満です。

外科的手術では、手術が成功すれば再発することはありません。

心房中隔欠損症(ASD)の治療における副作用やリスク

心房中隔欠損症(しんぼうちゅうかくけっそんしょう)の治療を受ける際は、カテーテル治療では稀に出血、感染、不整脈などが、外科的手術では出血、感染、心タンポナーデなどが起こる可能性があります。

治療法ごとの副作用とリスク

心房中隔欠損症の治療法には、カテーテル治療と外科手術があります。

カテーテル治療の副作用として、以下のようなものが挙げられます。

副作用発生頻度
不整脈1-2%
血栓形成1%未満
デバイス塞栓1%未満

一方、外科手術の副作用やリスクは以下の通りです。

  • 出血
  • 感染
  • 心筋梗塞
  • 脳梗塞

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

心房中隔欠損症(しんぼうちゅうかくけっそんしょう)の治療費は、治療法、医療機関、患者の年齢や保険適用状況などによって大きく異なります。

公的補助について

未成年者の場合は、自治体の子ども医療費助成制度を利用できます。

また、所得によっては高額療養費制度や自立支援医療制度を利用できる場合があります。

自然閉鎖の場合

自然閉鎖の場合は定期的な経過観察のみで特別な治療は必要ないため、費用は診察料と検査料のみとなります。

健康保険が適用されるため、3割負担の場合は数千円程度です。その後、定期的な通院を行う際には、再診料が発生します。

検査費の目安

検査名費用目安
心エコー検査10,000円
心電図検査5,000円
胸部レントゲン検査3,000円

カテーテル治療

カテーテル治療は入院が必要となるため、入院費、手術費、検査料、薬剤費などがかかります。

健康保険が適用されるため、3割負担の場合は20万円〜40万円程度が目安です。

外科的手術

外科的手術も入院が必要となり、入院費、手術費、検査料、薬剤費などがかかります。

健康保険が適用されるため、3割負担の場合は40万円〜60万円程度が目安です。

入院費の目安

入院費は、入院期間や選択する病室の種類によって変動します。1日1万円程度が目安ですが、差額ベッド代や食事代などが別途かかります。

以上

References

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