セレウス菌(Bacillus cereus)とは、私たちの身の回りの自然環境に広く存在する細菌で、主に食べ物を通じて人の体内に入り込み、食中毒を引き起こす原因となる微生物です。
この菌には熱や乾燥に強い芽胞を作る特徴があり、お米やパスタなどの炭水化物を多く含む食品をはじめ、牛乳や肉類などにに潜んでいる可能性があります。
セレウス菌が引き起こす食中毒には、主に吐き気を伴う嘔吐型と、お腹を下す下痢型の二つのパターンがあり、それぞれ菌が作り出す異なる種類の毒素が原因です。
セレウス菌の種類(病型)
セレウス菌による食中毒は、主に嘔吐型と下痢型に分類され、それぞれが異なる毒素と発症メカニズムを有しています。
嘔吐型セレウス菌食中毒
嘔吐型セレウス菌食中毒は、セレウス菌が産生するセレウリド(嘔吐毒素)が原因です。
この毒素は、食品中で菌が増殖する過程で作られ、熱に対して非常に強い耐性を持つという特徴があります。
嘔吐型セレウス菌食中毒の主な特徴
特徴 | 説明 |
毒素 | セレウリド(嘔吐毒素) |
潜伏期間 | 短い(1-5時間程度) |
主な原因食品 | 米飯、パスタなどのでんぷん質食品 |
毒素の特性 | 耐熱性が高い |
下痢型セレウス菌食中毒
下痢型セレウス菌食中毒は、菌が腸内で増殖し産生する下痢原性毒素によって起こり、複数の毒素が関与しています。
下痢型セレウス菌食中毒の主な特徴
- 毒素:複数の下痢原性毒素(HBL、NHE、CytKなど)
- 潜伏期間:比較的長い(8-16時間程度)
- 主な原因食品:肉製品、スープ、野菜、ソースなど
- 毒素の特性:タンパク質性で熱に弱い
病型による違い
嘔吐型と下痢型のセレウス菌食中毒は、発症メカニズムや臨床像に顕著な違いがあります。
両病型の主な相違点
特徴 | 嘔吐型 | 下痢型 |
主症状 | 嘔吐 | 水様性下痢 |
発症機序 | 摂取済み毒素による | 腸管内での毒素産生 |
症状持続時間 | 短い(24時間以内) | 比較的長い(24-48時間) |
予防の焦点 | 調理済み食品の温度管理 | 調理過程での汚染防止 |
混合型の存在
一部の事例では、嘔吐型と下痢型の両方の特徴を併せ持つ食中毒が報告されています。
これは、セレウス菌が両方の毒素を産生する能力を有する場合や、異なる毒素産生能を持つ菌株の混合感染によって生じる病型です。
病型と菌株の関連性
セレウス菌の病型は、菌株の遺伝的特性と密接に関連しています。
病型と菌株の関連性に関する主なポイント
- 嘔吐型を引き起こす菌株は、セレウリド合成遺伝子群を保有
- 下痢型を引き起こす菌株は、様々な下痢原性毒素遺伝子を保有
- 一部の菌株は、両方の毒素産生能を持つ
セレウス菌の主な症状
セレウス菌による食中毒の嘔吐型と下痢型では、異なる症状が現れます。
嘔吐型の主な症状
嘔吐型のセレウス菌による食中毒の主な症状は、急に起こる吐き気と嘔吐です。
症状 | 発症時間 |
吐き気 | 摂取後30分〜6時間 |
嘔吐 | 摂取後1〜5時間 |
通常、症状は汚染された食べ物を食べてから1〜5時間後に現れます。
- 突然の吐き気と嘔吐
- お腹の痛み(軽いものから中程度のもの)
- めまいや体のだるさ
- 頭痛
嘔吐は激しく、何度も繰り返すことがあります。
下痢型の主な症状
下痢型のセレウス菌による食中毒は、主にお腹の痛みと下痢です。
症状 | 発症時間 |
腹痛 | 摂取後6〜15時間 |
下痢 | 摂取後8〜16時間 |
症状は一般的に汚染された食べ物を食べてから8〜16時間後に現れます。
- 水のような下痢(血が混じることはまれです)
- お腹の痛み(しばしば強い痛み)
- 吐き気(実際に吐くことは少ないです)
- 軽い熱
下痢の回数は多く、1日に3回以上のこともあります。
注意すべき症状
次の症状が現れた場合は、病院に行くことを検討してください。
- 高い熱(38.5度以上)が続く
- 便に血が混じる
- 強いお腹の痛みが続く
- 水分不足の症状(めまい、喉の渇き、尿の量が減るなど)が現れる
- 症状が3日以上続く
これらの症状は、セレウス菌による食中毒が重くなっているか、他の病気の可能性を示している場合があります。
セレウス菌の原因・感染経路
セレウス菌感染症は、主に汚染された食品の摂取によって引き起こされ、発生要因と感染経路は菌の特性や食品の取り扱いと密接に関連しています。
セレウス菌の特性
セレウス菌は、環境中に広く分布する芽胞形成菌であり、耐熱性や乾燥耐性が高いです。
菌はさまざまな環境で生存し、食品に容易に混入する可能性があります。
セレウス菌の主な特性
特性 | 説明 |
形態 | グラム陽性桿菌、芽胞形成 |
生育温度 | 10-48℃(最適30-40℃) |
耐熱性 | 芽胞は100℃で数分間生存可能 |
pH耐性 | 広範囲(pH 4.9-9.3) |
主な感染源
セレウス菌感染症の主な感染源は、汚染された食品です。
セレウス菌感染症の原因となりやすい食品
- 米飯や麺類などのでんぷん質食品
- 肉製品やスープ
- 乳製品
- 野菜や香辛料
感染経路
セレウス菌の感染経路は、主に食品を介した経口感染です。
感染の過程
- 食品への菌の混入
- 調理過程での生存と増殖
- 汚染食品の摂取
- 腸管内での毒素産生(下痢型の場合)
食品汚染のメカニズム
セレウス菌による食品汚染は、さまざまな段階で起こる可能性があります。
食品汚染が起こりやすい段階
汚染段階 | 理由 |
原材料 | 土壌や環境からの混入 |
加工過程 | 設備や器具からの二次汚染 |
調理後 | 不適切な温度管理による増殖 |
保存中 | 常温放置による芽胞の発芽と増殖 |
菌の増殖と毒素産生
セレウス菌感染症の嘔吐型と下痢型では、毒素産生のメカニズムが異なります。
- 嘔吐型:食品中で菌が増殖し、セレウリド(嘔吐毒素)を産生
- 下痢型:摂取後、腸管内で菌が増殖し、下痢原性毒素を産生
環境因子の影響
セレウス菌の生存と増殖には、環境因子が影響を与え、特に、温度管理は感染リスクに大きく関わります。
環境因子とセレウス菌の関係
- 室温(20-30℃)での放置は菌の増殖を促進
- 冷蔵保存(4℃以下)で増殖は抑制されるが、完全には死滅しない
- 加熱調理で栄養細胞は死滅するが、芽胞は生存する可能性がある
診察(検査)と診断
セレウス菌による食中毒の診断は、患者さんの症状をよく観察することと特別な検査を組み合わせて行われます。
初期診察の重要性
セレウス菌による食中毒を診断する際、最初の診察はとても大切です。
患者さんの症状や経過、どんな食事をしたかなどを詳しく聞き取り、最初の判断を行います。
臨床症状による判断
患者さんが示す症状は、診断するうえで重要な手がかりです。
病型 | 主な症状 | 発症時間 |
嘔吐型 | 吐き気、嘔吐 | 1〜5時間 |
下痢型 | 下痢、お腹の痛み | 8〜16時間 |
症状の種類、どのくらいひどいか、いつ頃から始まったかなどを総合的に判断し、セレウス菌による食中毒の可能性を評価します。
しかし、症状だけで確実に診断することは難しいため、検査も必要です。
検査による診断
セレウス菌による食中毒を確実に診断するには、以下のような検査が行われます。
- 便培養検査:便の中からセレウス菌を見つけて調べる
- 毒素検査:嘔吐や下痢を引き起こす毒素を調べる
- 食品検査:疑わしい食べ物からセレウス菌を見つける
検査方法 | 調べるもの | かかる時間 |
便培養検査 | セレウス菌 | 24〜48時間 |
毒素検査 | 嘔吐毒素・下痢毒素 | 数時間〜1日 |
食品検査 | セレウス菌 | 24〜48時間 |
診断の難しさと注意点
セレウス菌による食中毒を診断するうえで、難しい点がいくつかあります。
- 症状が他の食中毒とよく似ている
- 症状が現れるまでの時間が短い(特に嘔吐を主とするタイプ)
- 検査の結果が出るまでに時間がかかる
- 症状が出ないのに菌を持っている人がいる
こういった理由から、診断を下す時には慎重に判断する必要があります。
また、多くの人が同時に感染した場合、全員を検査するのではなく、代表的な人だけを調べて確認することが多いです。
鑑別診断
セレウス菌による食中毒は他の食中毒や感染性の胃腸炎と症状が似ているため、他の病気と区別することが大切です。
- 黄色ブドウ球菌による食中毒
- ノロウイルスによる感染症
- サルモネラ菌による感染症
- カンピロバクターによる感染症
これらの病気と区別するためには、詳しく症状を聞き取り、検査を組み合わせることが必要です。
セレウス菌の治療法と処方薬、治療期間
セレウス菌感染症の治療は主に対症療法と支持療法を中心に行われ、抗菌薬治療は不要です。
対症療法
セレウス菌感染症の治療は、患者さんの症状をやわらげ、合併症を防ぐことが主な目標で、脱水の予防と改善、そして電解質バランスの維持が中心です。
主な対症療法
治療法 | 目的 |
経口補水療法 | 脱水の予防と改善 |
静脈内輸液 | 重度の脱水の改善 |
制吐剤 | 嘔吐の軽減 |
解熱剤 | 発熱の緩和 |
経口補水療法
経口補水療法は、セレウス菌感染症の治療において最も重要です。
軽度から中等度の脱水に対しては、経口補水液の摂取が推奨されます。
静脈内輸液療法
重度の脱水や経口摂取が困難な場合には、静脈内輸液が必要になることがあります。
輸液の種類
輸液の種類 | 使用状況 |
等張液 | 軽度から中等度の脱水 |
乳酸リンゲル液 | 中等度から重度の脱水 |
5%ブドウ糖液 | エネルギー補給 |
薬物療法
セレウス菌感染症に対する特異的な抗菌薬治療は通常必要ありませんが、症状をやわらげるための薬物療法が行われることがあります。
主な薬物療法
- 制吐剤(メトクロプラミド、オンダンセトロンなど)
- 解熱剤(アセトアミノフェン、イブプロフェンなど)
- 整腸剤(プロバイオティクスなど)
- 止痢薬(使用には注意が必要)
治療期間
セレウス菌感染症の治療期間は、通常1〜3日程度で、多くの場合、水分・電解質補給により症状は速やかに改善します。
一般的な治療経過の目安
- 軽症例:1〜2日
- 中等症例:2〜3日
- 重症例または免疫不全患者:3〜5日以上
予後と再発可能性および予防
セレウス菌による食中毒は通常良い経過をたどりますが、予防策を取ることで再び感染したり、他の人に広めるのを防ぐことが大切です。
予後の一般的な傾向
セレウス菌による食中毒の予後は良好で、24〜48時間ほどで自然に回復しますが、赤ちゃんや小さな子供、お年寄り、免疫力が弱っている人は回復に時間がかかることがあります。
年齢層 | 一般的な回復期間 |
健康な成人 | 24〜48時間 |
乳幼児・高齢者 | 2〜3日 |
免疫不全者 | 3日以上 |
症状が治まった後も、しばらくの間便の中にセレウス菌が残ることがあるので、気をつけてください。
再発の可能性とリスク因子
セレウス菌に感染した後、しばらくの間は免疫ができますが、その期間は人によって違います。
再び感染するリスクの要因
リスク因子 | 影響度 |
免疫力が下がる | 高い |
栄養が足りない | 中くらい |
周りが清潔でない | 中〜高い |
新しい菌に触れる | 高い |
効果的な予防策
セレウス菌による食中毒を予防するには、以下の対策が有効です。
- 食べ物を正しい温度で保管する:室温で長時間置かないようにする
- しっかり加熱する:中心の温度を75℃以上で1分以上加熱する
- 調理道具を清潔に保つ:使った後はよく洗い、消毒する
- 手をよく洗う:料理の前後、食事の前にはしっかり手を洗う
- 作った料理はすぐに食べる:作ってからなるべく早く食べる
集団感染の予防
セレウス菌による食中毒は多くの人に一度に広がりやすいため、注意が必要です。
集団で生活する場所(学校、保育園、お年寄りの施設など)では、いくつかの対策が重要になります。
- 食べ物の管理をしっかりする
- 料理を作る人に衛生的な方法を教える
- 定期的に施設の清潔さを確認する
- 感染した人を早く見つけて、他の人と離す
- 部屋の空気を入れ替え、きれいに掃除する
セレウス菌の治療における副作用やリスク
セレウス菌感染症の治療は主に対症療法で行われるため、比較的少ないものの、いくつかの副作用やリスクもあります。
輸液療法に関するリスク
過剰な輸液は、高齢者や心疾患患者において問題を引き起こす可能性があります。
輸液療法に関する主なリスク
リスク | 影響 |
体液過剰 | 浮腫、心不全の悪化 |
電解質異常 | 低ナトリウム血症、高カリウム血症 |
血糖値の変動 | 高血糖、低血糖 |
静脈炎 | 静脈内輸液による局所の炎症 |
制吐剤の副作用
嘔吐を抑えるために使用される制吐剤にも副作用が報告されていて、高齢者や小児において顕著に現れることがあります。
主な制吐剤と副作用
- メトクロプラミド:錐体外路症状、眠気
- オンダンセトロン:頭痛、便秘、QT延長
- ドンペリドン:乳汁分泌、女性化乳房
解熱鎮痛剤の副作用
解熱鎮痛剤は、発熱や疼痛をやわらげるために使用されますが、一定のリスクを伴います。
主な解熱鎮痛剤と副作用
薬剤 | 主な副作用 |
アセトアミノフェン | 肝障害(大量投与時) |
イブプロフェン | 胃腸障害、腎機能障害 |
アスピリン | 胃腸出血、ライ症候群(小児) |
特殊な患者さんにおけるリスク
免疫不全患者、高齢者、乳幼児などの特殊な患者さんでは、治療に伴うリスクが高くなる傾向にあります。
リスクが高い患者さんが注意を払う点
- 脱水の進行が早い
- 電解質異常が起こりやすい
- 薬剤の副作用が出やすい
- 合併症のリスクが高い
セレウス菌感染症の治療における副作用やリスクは、主に対症療法に関連するものです。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来診療の費用
外来で診てもらう場合、初診料は2,880円、2回目以降は730円で、便を調べる検査費用は、3,000円から5,000円くらいです。
入院治療の費用
症状がひどくなって入院する必要がある場合、1日の基本的な入院料は10,000円から30,000円くらいです。
点滴などの治療にかかる費用が、さらに5,000円から10,000円くらい加わります。
治療費の内訳
項目 | 費用(円) |
初診料 | 2,880 |
再診料 | 730 |
便培養検査 | 3,000-5,000 |
以上
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