Eisenmenger症候群(アイゼンメンジャー症候群) – 循環器の疾患

Eisenmenger症候群(アイゼンメンジャー症候群, Eisenmenger syndrome)とは、先天性心疾患によって心臓に左右短絡(血液が心臓の壁の穴を通って左右の心室間を移動する状態)がある場合に、長期間の肺高血圧によって短絡の方向が逆転し、動脈血と静脈血が混ざり合う状態を指します。

この症候群では、酸素を多く含んだ血液と酸素の少ない血液が混ざってしまい、体全体に十分な酸素が行き渡らなくなります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

Eisenmenger症候群(アイゼンメンジャー症候群)の主な症状

Eisenmenger症候群(アイゼンメンジャー症候群)の症状は、呼吸困難、チアノーゼ、易疲労感、失神、不整脈などが挙げられます。

呼吸困難とチアノーゼ

Eisenmenger症候群の最も顕著な症状は、呼吸困難とチアノーゼです。

呼吸困難は、特に運動時や身体を動かした際に顕著になります。

チアノーゼは皮膚や粘膜が青紫色を呈する状態を指し、特に唇や爪床で観察されやすく、体内の酸素不足を反映しています。

症状特徴
呼吸困難運動時に悪化
チアノーゼ唇や爪床で顕著

易疲労感と運動耐容能の低下

Eisenmenger症候群では、日常的な活動でも容易に疲れを感じます。これは、心臓の機能低下と酸素供給の不足によるものです。

階段の上り下りや、短距離の歩行でさえ息切れや疲労感を感じる場合もあります。

失神と不整脈

失神や不整脈など、深刻な症状が現れる場合もあります。

症状潜在的なリスク
失神転倒、外傷
不整脈心臓突然死

その他の症状

Eisenmenger症候群に関連するその他の症状には、以下のようなものがあります。

  • 頭痛
  • めまい
  • 胸痛
  • 出血傾向の増加

症状の種類や程度は、基礎となる心疾患の重症度や個人の健康状態によって変化します。

Eisenmenger症候群(アイゼンメンジャー症候群)の原因

Eisenmenger症候群は、先天性心疾患に起因する肺高血圧症の進行により引き起こされる深刻な合併症です。

基本的なメカニズム

Eisenmenger症候群の主な原因は、心臓の先天的な構造異常にあります。

この異常により、酸素濃度の高い血液と低い血液が混ざり合う現象が生じます。

長期間にわたるこの状態は肺動脈の圧力上昇を招き、最終的に肺高血圧症へと進展します。

肺高血圧症が重症化すると、血流の方向が逆転し、Eisenmenger症候群の特徴的な症状が現れるようになります。

※年齢や心疾患の種類によって進行速度が異なります。

先天性心疾患との関連

Eisenmenger症候群を引き起こす可能性のある先天性心疾患には、以下のようなものがあります。

疾患名特徴
心房中隔欠損症心房間の隔壁に穴がある状態
心室中隔欠損症心室間の隔壁に穴がある状態
動脈管開存症胎児期の血管が閉じずに残る状態

これらの疾患は、早期に処置が行われないとEisenmenger症候群へ進行するリスクが高まります。

特に大きな欠損や複数の欠損が存在する場合、進行が早まる傾向です。

発症プロセス

Eisenmenger症候群の発症には、一般的に以下のような段階があります。

  1. 先天性心疾患による左右シャントの存在
  2. 肺血流量の増加
  3. 肺血管抵抗の上昇
  4. 肺高血圧症の進行
  5. シャントの逆転(右左シャント)

通常、数年から数十年かけて進行します。個人差が大きいため、発症の時期や進行速度は患者によって異なります。

また、高地居住や慢性的な低酸素状態など、環境要因も進行速度に影響を与える可能性があります。

遺伝的要因と環境因子

Eisenmenger症候群の発症には、遺伝的要因も関与している可能性があります。

遺伝子関連する心疾患
NKX2-5心房中隔欠損症
GATA4心室中隔欠損症
NOTCH1大動脈二尖弁

一方で、環境因子も無視できません。妊娠中の母体の健康状態や薬物使用、感染症などが、胎児の心臓発達に影響を与える可能性があります。

また、出生後の環境要因、例えば大気汚染や高地での生活なども心臓や肺の機能に影響を及ぼす場合があります。

早期発見の重要性

Eisenmenger症候群の原因となる先天性心疾患は、早期に発見され管理が行われれば重症化を防げる場合があります。

定期的な健康診断や、心臓の異常を示唆する症状への注意が大切です。

診察(検査)と診断

アイゼンメンジャー症候群の診断は、先天性心疾患の病歴、身体所見、胸部X線、心電図などを参考に、心エコー検査や心臓カテーテル検査で確定診断を行います。

初期診察と臨床所見

Eisenmenger症候群の診察では、既往歴や家族歴を聴取し、特に先天性心疾患の有無や経過に注目します。

身体診察では、チアノーゼや太鼓バチ指、呼吸困難などの特徴的な所見を確認します。

聴診により心雑音の有無や性質を評価し、肺高血圧症を示唆する第二肺動脈音の亢進にも注意が必要です。

非侵襲的検査

検査名主な評価項目
心電図右室肥大、右房拡大
胸部X線心拡大、肺血管陰影
心エコー心臓構造異常、血流動態

心電図検査では右室肥大や右房拡大などの所見を確認し、心臓の電気的活動の異常を評価します。

また、胸部X線検査により心拡大や肺血管陰影の変化を評価し、心臓や肺の形態学的異常を視覚化します。

心エコー検査は、心臓の構造異常や血流動態を詳細に観察するのに有効です。

経胸壁心エコー検査により心室中隔欠損や心房中隔欠損などの先天性心疾患を確認し、右室圧の上昇や肺動脈圧の推定が可能であり、病態の全体像を把握するのに役立ちます。

また、経食道心エコー検査ではより詳細な心臓構造の評価が可能となり、通常の経胸壁心エコーでは見えにくい部位の観察にも有用です。

血液検査と運動負荷試験

血液検査では、ヘモグロビン値や赤血球数の上昇、鉄欠乏性貧血の有無を確認し、慢性的な低酸素状態による代償機構の評価を行います。

また、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)値の測定により、心不全の程度を評価し、心臓への負荷状況を数値化して把握します。

運動負荷試験は、患者の運動耐容能と酸素飽和度の変化を評価するのに役立ち、日常生活における心肺機能の実際的な状態を反映します。

確定診断

Eisenmenger症候群の確定診断には心臓カテーテル検査が欠かせず、この検査によって得られるデータが診断の決め手となります。

具体的には、肺動脈圧や肺血管抵抗、心拍出量などの血行動態を直接測定し、病態の重症度を評価します。

また、酸素飽和度の測定によりシャントの方向と程度を評価し、右左シャントの存在を確認できます。

必要に応じて肺血管造影や冠動脈造影も実施し、肺血管の状態や冠動脈病変の有無を確認することで、より包括的な病態評価が可能となります。

検査項目評価内容
肺動脈圧肺高血圧の程度
肺血管抵抗肺血管の狭窄状態
心拍出量心機能の評価
酸素飽和度シャントの方向と程度

以下の場合、Eisenmenger症候群の可能性が高いと判断されます。

  • 先天性心疾患の存在
  • 肺動脈圧の著明な上昇(平均肺動脈圧 ≥ 25 mmHg)
  • 肺血管抵抗の増加(> 3 Wood units)
  • 右左シャントの存在

Eisenmenger症候群(アイゼンメンジャー症候群)の治療法と処方薬、治療期間

Eisenmenger症候群の治療は、症状の緩和と生活の質の向上を目指す対症療法が中心となります。

完治は困難ですが、治療の継続により予後を改善し、生活の質を維持することが可能です。

薬物療法

Eisenmenger症候群の薬物療法は、肺動脈圧を下げ右心不全の進行抑制が目的です。

主に使用される薬剤には、エンドセリン受容体拮抗薬、ホスホジエステラーゼ5阻害薬、プロスタサイクリン誘導体があります。

これらの薬剤は、肺血管を拡張させ血流を改善する効果があります。状態に応じて単剤または併用療法が選択されます。

薬剤分類代表的な薬剤名
エンドセリン受容体拮抗薬ボセンタン、アンブリセンタン
ホスホジエステラーゼ5阻害薬シルデナフィル、タダラフィル
プロスタサイクリン誘導体エポプロステノール、トレプロスチニル

薬物療法の開始後は、定期的な経過観察と効果の評価が必要です。副作用のモニタリングも重要で、肝機能検査や血液検査を定期的に実施します。

酸素療法と生活管理

Eisenmenger症候群では慢性的な低酸素血症が見られるケースがあり、酸素療法が有効な場合があります。

酸素療法は、血液中の酸素濃度を上げ、組織への酸素供給を改善する目的で行われます。

在宅酸素療法を導入する場合もあり、患者さんの生活スタイルに合わせて使用方法を調整します。

また、生活管理も治療の重要な一部です。以下のような点に注意が必要です。

  • 過度の運動や高地への移動を避ける
  • 感染症予防のため適切な予防接種を受ける
  • 貧血の予防と治療
  • 禁煙と適度な水分摂取

肺移植の可能性

薬物療法や酸素療法で十分な効果が得られない重症例では、肺移植が検討される場合もあります。

肺移植の種類特徴
両肺移植最も一般的な選択肢
心肺同時移植心臓にも重度の障害がある場合

しかし肺移植には多くの課題があります。ドナー不足や術後の拒絶反応、免疫抑制剤の長期使用に伴うリスクなどがあります。

予後

Eisenmenger症候群は不可逆的な病態であり、根本的な治療法はなく、対症療法が中心となり予後は一般的に不良とされています。

予後の見通し

診断後の平均余命は基礎疾患や合併症の有無によって異なりますが、一般的には10年から20年程度とされています。

主な死因として、心不全、不整脈、肺出血、血栓塞栓症などが挙げられます。

しかし近年では、早期発見・早期治療の進歩や肺血管拡張薬などの新しい治療法の開発により、予後は改善傾向にあります。

定期的な検査や治療により、症状の進行を遅らせ、生活の質を維持することが可能です。

Eisenmenger症候群(アイゼンメンジャー症候群)の治療における副作用やリスク

アイゼンメンジャー症候群の治療には肺血管拡張薬や利尿薬などが用いられますが、副作用として消化器症状、頭痛、めまい、低血圧などが起こる可能性があります。

また、肺血管拡張薬は肺血管抵抗を低下させることで右心系の負担を軽減しますが、過度な使用は全身の血圧低下や心不全のリスクを高める可能性があります。

肺動脈性肺高血圧症治療薬の副作用

肺動脈性肺高血圧症治療薬は全身の血圧低下を引き起こす可能性があります。また、頭痛や顔面紅潮、鼻づまりなどの症状が現れることもあります。

また、長期使用によって肝機能障害や貧血のリスクが高まる場合があり、薬剤の種類によっては男性患者さんに勃起機能障害をもたらす可能性があります。

薬剤名主な副作用
ボセンタン肝機能障害、貧血
シルデナフィル頭痛、顔面紅潮
タダラフィル筋肉痛、背部痛

抗凝固療法のリスク

抗凝固薬の使用には、出血のリスクが伴います。特にEisenmenger症候群の患者さんでは肺出血や鼻出血のリスクが高いため、慎重な管理が求められます。

抗凝固療法中は、軽微な外傷でも重大な出血につながる可能性があるため、日常生活での注意が重要です。

酸素療法の留意点

過度の酸素投与は肺血管抵抗を低下させ、体循環への血流量を減少させる可能性があります。

その結果、全身の臓器への酸素供給が低下し、かえって症状を悪化させる危険性があるため、酸素療法を行う際は酸素濃度と投与時間を慎重に設定する必要があります。

また、長期の酸素療法は肺の機能に影響を与える可能性があるため、定期的な評価が重要です。

妊娠・出産に関するリスク

  • 心不全の悪化
  • 肺高血圧の増悪
  • 血栓塞栓症
  • 不整脈
  • 胎児発育不全

Eisenmenger症候群の女性患者さんにとって、妊娠・出産は非常に高リスクとされています。

妊娠中の循環動態の変化は、心臓や肺に過度の負担をかける可能性があります。

特に、妊娠後期から分娩時にかけては母体死亡のリスクが著しく高まるほか、胎児の成長遅延や早産のリスクも高くなります。

そのため、Eisenmenger症候群の女性患者さんには、妊娠を避けることが強く推奨されます。

妊娠を希望する場合は、循環器専門医や産婦人科医との綿密な相談が必要です。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

Eisenmenger症候群の治療には、高額な費用がかかる可能性があります。医療保険制度や助成金制度の利用によって、経済的負担を軽減できます。

治療費の内訳

治療項目概算費用
外来診療1回あたり5,000円〜15,000円
入院治療1日あたり30,000円〜100,000円
薬物療法月額20,000円〜100,000円
手術200万円〜1,000万円

これらの費用は、医療機関や治療内容によって変動します。定期的な検査や合併症の管理なども含めると、年間で数百万円の費用がかかるケースもあります。

医療保険制度の活用

Eisenmenger症候群の患者さんは、高額療養費制度の活用により医療費の自己負担額を軽減できる場合があります。

この制度では、月ごとの医療費が一定額を超えた場合、超過分が払い戻されます。

所得区分自己負担限度額(月額)
一般80,100円+(医療費−267,000円)×1%
低所得者35,400円
高所得者252,600円+(医療費−842,000円)×1%

以上

References

VONGPATANASIN, Wanpen, et al. The Eisenmenger syndrome in adults. Annals of internal medicine, 1998, 128.9: 745-755.

WOOD, Paul. The Eisenmenger syndrome: i. British medical journal, 1958, 2.5098: 701.

WOOD, Paul. The eisenmenger syndrome: ii. British medical journal, 1958, 2.5099: 755.

ARVANITAKI, Alexandra, et al. Eisenmenger syndrome: diagnosis, prognosis and clinical management. Heart, 2020, 106.21: 1638-1645.

DALIENTO, L., et al. Eisenmenger syndrome. Factors relating to deterioration and death. European heart journal, 1998, 19.12: 1845-1855.

BEGHETTI, Maurice; GALIÈ, Nazzareno. Eisenmenger syndrome: a clinical perspective in a new therapeutic era of pulmonary arterial hypertension. Journal of the American College of Cardiology, 2009, 53.9: 733-740.

SAHA, Arabinda, et al. Prognosis for patients with Eisenmenger syndrome of various aetiology. International journal of cardiology, 1994, 45.3: 199-207.

KEMPNY, Aleksander, et al. Predictors of death in contemporary adult patients with Eisenmenger syndrome: a multicenter study. Circulation, 2017, 135.15: 1432-1440.

YOUNG, Dennison; MARK, Herbert. Fate of the patient with the Eisenmenger syndrome. The American journal of cardiology, 1971, 28.6: 658-669.

KAEMMERER, Harald, et al. The adult patient with eisenmenger syndrome: a medical update after dana point part I: epidemiology, clinical aspects and diagnostic options. Current cardiology reviews, 2010, 6.4: 343-355.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。