下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC) – 感染症

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)(Enteropathogenic Escherichia coli and enteroinvasive Escherichia coli)とは、下痢を引き起こす性質を持つ菌のことです。

これらの菌は主に汚染された食品や水を介して体内に侵入し、腸内で増殖することで症状を引き起こします。

EPEC(腸管病原性大腸菌)は主に乳幼児に感染し水様性の下痢、一方、EIEC(腸管侵入性大腸菌)は赤痢菌に似た性質を持つので注意が必要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)の種類(病型)

EPECとEIECは、異なる感染メカニズムと特徴を持ち、それぞれ固有の病態を引き起こします。

腸管病原性大腸菌(Enteropathogenic Escherichia coli, EPEC)

腸管病原性大腸菌(EPEC)は、水様性下痢を起こす病原体で、特徴的な感染メカニズムは、腸管上皮細胞への付着と微絨毛の破壊です。

この過程は「付着・消失(A/E)病変」と呼ばれ、EPECの病原性の核心となり、この病変形成により、腸管の吸収機能が低下し、水様性下痢が起こります。

EPEC感染の主な特徴詳細
主な感染対象乳幼児
感染メカニズム付着・消失(A/E)病変
影響を受ける部位腸管上皮細胞

腸管侵入性大腸菌(Enteroinvasive Escherichia coli, EIEC)

腸管侵入性大腸菌(EIEC)は、赤痢菌に非常によく似た病原性を持つ大腸菌の一種です。

EIECの最も特徴的な点は、腸管上皮細胞に侵入し、細胞内で増殖する能力で、この侵入性により、赤痢に似た症状を引き起こします。

EIECは細胞内に侵入後、隣接する細胞へと移動し、感染を拡大させていきます。

EIEC感染の主な特徴詳細
類似病原体赤痢菌
主な病原性細胞侵入・増殖
感染部位腸管上皮細胞内

EPECとEIECの比較

EPECとEIECは、同じ下痢原性大腸菌に分類されますが、感染メカニズムや病態は大きく異なります。

  • EPECは腸管上皮細胞に付着し、微絨毛を破壊する。
  • EIECは腸管上皮細胞に侵入し、細胞内で増殖する。
  • EPECは主に乳幼児に感染するが、EIECはあらゆる年齢層に感染する可能性がある。
  • EPECは水様性下痢を、EIECは赤痢様症状を引き起こす。

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)の主な症状

腸管病原性大腸菌(EPEC)と腸管侵入性大腸菌(EIEC)では、症状の程度や特徴に違いがあります。

腸管病原性大腸菌(EPEC)の症状

腸管病原性大腸菌(EPEC)は、主に乳幼児に感染し、水様性の下痢が主な症状です。

下痢に伴って見られる症状

  • 発熱(通常は軽度)
  • 腹痛
  • 吐き気
  • 嘔吐

症状の持続期間は通常1週間程度です。

症状特徴
下痢水様性、頻回
発熱軽度が多い
腹痛軽度から中等度
嘔吐時に見られる

腸管侵入性大腸菌(EIEC)の症状

腸管侵入性大腸菌(EIEC)は、赤痢菌に似た性質を持つため、激しい腹痛を伴う水様性の下痢が主な症状です。

下痢の頻度は日に十数回以上に及ぶこともあり、患者さんの体力を著しく消耗させます。

下痢に伴って見られる症状

  • 高熱(38℃以上)
  • 激しい腹痛
  • 頻繁な嘔吐
  • 倦怠感
  • 食欲不振

症状は通常、1〜2週間程度続きます。

両者の症状の比較

腸管病原性大腸菌(EPEC)と腸管侵入性大腸菌(EIEC)の症状を比較すると、以下のような違いがあります。

症状EPECEIEC
下痢の程度水様性水様性(時に血便)
発熱軽度高熱
腹痛軽度から中等度激しい
嘔吐時に見られる頻繁
全身症状軽度重度

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)の原因・感染経路

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)は主に汚染された食品や水を介して感染し、腸管に定着して下痢を引き起こす細菌です。

EPECの感染経路と原因

EPECは、特に衛生状態の悪い環境や、保育施設などの集団生活の場で感染が広がりやすくなっています。

主な感染源感染リスクの高い環境
汚染食品衛生状態の悪い地域
汚染水保育施設
感染者集団生活の場

EIECの感染経路と原因

EIECは成人にも感染する菌株で、主な感染経路は、EPECと同様に汚染された食品や水を介してですが、衛生管理が不十分な食品取り扱い施設や飲食店で発生するリスクが高いです。

また、海外旅行者が現地で感染するケースも報告されています。

EIECの主な感染源と感染リスクの高い状況

  • 汚染された食品(特に生野菜や未加熱の食品)
  • 衛生管理が不十分な飲食店
  • 衛生状態の悪い地域への旅行
  • 感染者との密接な接触

診察(検査)と診断

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)の診察(検査)では、患者さんの症状や渡航歴などの情報収集から始まり、便検査や血液検査などの臨床検査を経て、遺伝子検査などの特殊検査で確定診断をします。

初診時の問診と身体診察

医療機関での初診時には、患者さんの症状の経過や渡航歴、食事内容などについて聞き取り、体温測定や腹部の触診など、身体的な診察も行います。

臨床検査の実施

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)の診断に関連する主な臨床検査には以下のようなものがあり、感染症の存在や重症度を判断するうえで貴重な情報源です。

検査項目検査内容
便培養検査便中の病原菌を培養し、同定する
血液検査炎症マーカーや電解質バランスを確認する

確定診断のための特殊検査

臨床検査の結果から下痢原性大腸菌感染症が疑われる場合、確定診断のための特殊検査が実施されることがあります。

主な特殊検査

  • PCR法による遺伝子検査
  • 血清型別試験
  • 毒素産生性試験

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)の治療法と処方薬、治療期間

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症の治療は、主に脱水予防と対症療法が中心です。

基本的な治療方針

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症の治療では、脱水予防が最も重要です。

経口補水液や電解質を含む飲料の摂取が推奨されますが、重症例では、入院して点滴による水分・電解質補給が必要になることがあります。

薬物療法

軽症から中等症の場合、抗生物質は使用されないことが多いですが、重症例や合併症のリスクが高い患者さんに限り、抗生物質が処方されることがあります。

抗生物質の使用によって腸内細菌叢のバランスが崩れる可能性もあるため、その利益とリスクを十分に検討したうえで判断することが必要です。

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症に使用されることがある薬剤

薬剤分類使用目的
抗生物質細菌の増殖抑制
止瀉薬下痢症状の緩和
整腸剤腸内環境の改善
制吐剤嘔吐の抑制

治療期間

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症の治療期間は、一般的に1〜2週間程度ですが、個々の患者さんの状態や感染の重症度によって、変動します。

治療期間に影響を与える要因

要因影響
感染の重症度重症例ほど治療期間が長くなる傾向
患者の年齢高齢者や幼児は回復に時間がかかることがある
基礎疾患の有無基礎疾患がある場合、治療期間が延長する可能性
治療への反応性個人差により治療効果の現れ方が異なる

予後と再発可能性および予防

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)の予後は、多くの例で良好で、数日から1週間程度で回復します。

予後の一般的な傾向

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症は、通常対応がなされれば、症状は数日から1週間程度で改善することが多いです。

患者の状態予想される回復期間
健康な成人3〜7日
高齢者や基礎疾患あり1〜2週間

再発の可能性と要因

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症は、一度罹患しても再発する場合があります。

再発のリスク要因

  • 免疫機能の低下
  • 衛生環境の悪化
  • 不適切な食事管理
  • 継続的な感染源への曝露

特に、免疫機能が低下している高齢者や慢性疾患を持つ方は、再発のリスクが高まる傾向にあるため、より慎重な対応が必要です。

再発予防のための生活習慣

再発を予防するためには、日常生活における衛生習慣の改善が大切になってきます。

主な予防策

予防策具体的な行動
手洗いの徹底食事前、調理前、トイレ使用後に石鹸で丁寧に洗う
食品の衛生管理十分に加熱し、生食を避ける
水の管理安全な水源からの飲料水を使用する

特に、手洗いは最も基本的かつ効果的な予防策です。

旅行時の予防策

海外旅行など、普段と異なる環境下では注意が必要です。

飲料水は必ずボトル入りの水や煮沸した水を使用し、また、生野菜や生魚介類の摂取を控え、十分に加熱調理された食品を選択します。

さらに、現地の衛生状況に応じて、手指消毒剤の携帯や使い捨て食器の利用も有効な対策です。

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)の治療における副作用やリスク

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症の治療には、主に抗生物質や対症療法が用いられますが、副作用やリスクがあります。

抗生物質関連の副作用

抗生物質の使用により腸内細菌叢のバランスが崩れることで、二次的な問題が生じ、患者さんの全身状態や免疫機能にも影響を及ぼすことがあります。

その他にも、吐き気、アレルギー、真菌感染なども起こりえます。

抗生物質使用に関連する主な副作用

副作用詳細
下痢腸内細菌叢の乱れによる
嘔気・嘔吐消化器系への刺激
アレルギー反応発疹、かゆみなど
真菌感染カンジダ症など

耐性菌出現のリスク

抗生物質の使用に伴う重要な問題の一つが、耐性菌の出現です。

不適切な抗生物質の使用や、治療の中断により、耐性菌が発生するリスクが高まり、個々の患者さんの問題にとどまらず、社会全体の公衆衛生にも影響を及ぼす可能性があります。

脱水と電解質異常のリスク

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症の治療中は、脱水や電解質異常のリスクに注意が必要です。

高齢者や小児、基礎疾患を持つ患者さんでは、リスクが高くなる傾向があります。

脱水や電解質異常に関連する主なリスク

リスク影響
脱水循環不全、腎機能低下
低ナトリウム血症意識障害、けいれん
低カリウム血症不整脈、筋力低下
代謝性アシドーシス呼吸困難、心機能低下

水分・電解質補給と定期的なモニタリングが大切で、場合によっては入院管理が必要となることもあります。

薬剤相互作用のリスク

下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症の治療で用いられる薬剤と、患者さんが服用中の他の薬剤との相互作用にも注意が必要です。

  • 抗凝固薬との相互作用
  • 降圧薬との相互作用
  • 免疫抑制剤との相互作用
  • 経口避妊薬との相互作用

相互作用により、薬効の増強や減弱、予期せぬ副作用が生じることがあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療の場合の治療費

外来診療では、主に検査費用と薬剤費が治療費の中心です。

検査費用には、便培養検査や血液検査などが含まれ、合計で5,000円から10,000円程度になります。

薬剤費は、症状に応じて処方される薬により異なりますが、一般的に2,000円から5,000円程度です。

項目費用の目安
便培養検査3,000円〜5,000円
血液検査2,000円〜5,000円

入院が必要な場合の治療費

重症の場合や脱水症状が著しい場合は入院が必要です。

3日間の入院で10万円から20万円程度、1週間の入院では30万円から50万円程度かかるケースもあります。

健康保険の適用

日本の健康保険制度では、下痢原性大腸菌(EPEC、EIEC)感染症の治療も保険適用の対象です。

以上

References

Donnenberg MS, Kaper JB. Enteropathogenic Escherichia coli. Infection and immunity. 1992 Oct;60(10):3953-61.

Gómez-Aldapa CA, Torres-Vitela MD, Acevedo-Sandoval OA, Rangel-Vargas E, Villarruel-López A, Castro-Rosas J. Presence of Shiga Toxin–Producing Escherichia coli, Enteroinvasive E. coli, Enteropathogenic E. coli, and Enterotoxigenic E. coli on tomatoes from public markets in Mexico. Journal of food protection. 2013 Sep 1;76(9):1621-5.

Levine MM. Escherichia coli that cause diarrhea: enterotoxigenic, enteropathogenic, enteroinvasive, enterohemorrhagic, and enteroadherent. Journal of infectious Diseases. 1987 Mar 1;155(3):377-89.

Donnenberg MS, Donohue-Rolfe A, Keusch GT. Epithelial cell invasion: an overlooked property of enteropathogenic Escherichia coli (EPEC) associated with the EPEC adherence factor. Journal of Infectious Diseases. 1989 Sep 1;160(3):452-9.

Gómez-Aldapa CA, Rangel-Vargas E, Bautista-De León H, Vázquez-Barrios ME, Gordillo-Martínez AJ, Castro-Rosas J. Behavior of enteroaggregative Escherichia coli, non-O157-shiga toxin-producing E. coli, enteroinvasive E. coli, enteropathogenic E. coli and enterotoxigenic E. coli strains on mung bean seeds and sprout. International journal of food microbiology. 2013 Sep 16;166(3):364-8.

Kaper JB. Molecular pathogenesis of enteropathogenic Escherichia coli. Molecular Genetics of Bacterial Pathogenesis: A Tribute to Stanley Falkow. 1994 Oct 10:173-95.

Deborah Chen H, Frankel G. Enteropathogenic Escherichia coli: unravelling pathogenesis. FEMS microbiology reviews. 2005 Jan 1;29(1):83-98.

Gómez-Aldapa CA, Rangel-Vargas E, Gordillo-Martínez AJ, Castro-Rosas J. Behavior of shiga toxin-producing Escherichia coli, enteroinvasive E. coli, enteropathogenic E. coli and enterotoxigenic E. coli strains on whole and sliced jalapeno and serrano peppers. Food microbiology. 2014 Jun 1;40:75-80.

Robins-Browne RM. Traditional enteropathogenic Escherichia coli of infantile diarrhea. Clinical Infectious Diseases. 1987 Jan 1;9(1):28-53.

Hernandes RT, Elias WP, Vieira MA, Gomes TA. An overview of atypical enteropathogenic Escherichia coli. FEMS microbiology letters. 2009 Aug 1;297(2):137-49.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。