黄体機能不全(luteal phase defect)とは、月経周期の後半に起こる黄体からのホルモン分泌が不十分な状態で、女性の生殖機能に影響を与える可能性がある疾患です。
黄体は排卵後に形成される一時的な内分泌器官でプロゲステロンと呼ばれるホルモンを分泌し、受精卵の着床や妊娠初期の維持に重要な役割を果たしています。
黄体機能不全ではプロゲステロンの分泌量が少なかったり、分泌期間が短かったりすることがあり、体内のホルモンバランスが乱れる不妊や流産のリスクが高まります。
黄体機能不全の主な症状
黄体機能不全の主な症状は、月経前症候群(PMS)の悪化、不妊、流産のリスク増加などです。
月経周期に関連する症状
黄体機能不全は月経周期に直接影響を与え、一般的に見られる症状には次のようなものがあります。
症状 | 詳細 | 影響 |
短い黄体期 | 排卵から月経開始までの期間が10日未満 | 妊娠成立の困難さ |
不規則な月経 | 周期の長さが一定しない | 排卵日予測の難しさ |
月経量の変化 | 通常よりも多い、または少ない出血 | 貧血や不快感の増加 |
月経痛の変化 | 通常と異なる痛みのパターン | 日常生活への支障 |
短い黄体期はプロゲステロンの分泌不足によって引き起こされる典型的な症状で、通常、黄体期は約14日間続くところ黄体機能不全では10日未満になることがあります。
さらに、不規則な月経もホルモンバランスの乱れを示すサインです。
月経前症候群(PMS)の悪化
黄体機能不全では、PMSの症状が通常よりも強く現れたり長く続いたりすることがあります。
- 乳房の張りや痛み
- 腹部膨満感
- 頭痛
- 気分の変動
- むくみ
- 食欲の変化
- 不眠や過眠
PMS症状 | 通常のPMS | 黄体機能不全によるPMS悪化 |
持続期間 | 3-7日程度 | 7日以上 |
症状の強さ | 軽度から中程度 | 中程度から重度 |
日常生活への影響 | 軽微 | 顕著な支障 |
情緒の変化 | 軽度の気分の浮き沈み | 極端な気分の変動 |
不妊に関連する症状
黄体機能不全は不妊の一因です。
主な症状
症状 | 説明 | 潜在的な影響 |
受精卵の着床障害 | 子宮内膜が十分に発達しない | 妊娠成立の失敗 |
妊娠の成立困難 | 排卵はあるが妊娠に至らない | 不妊の長期化 |
反復流産 | 初期流産を繰り返す | 心理的ストレスの増加 |
化学的妊娠 | 妊娠反応は陽性だが早期に流産 | 妊娠の維持困難 |
これらの症状はプロゲステロンの分泌不足によって引き起こされます。
流産のリスク増加
黄体機能不全がある場合妊娠初期の流産リスクが高まることがあります。
主な症状や兆候
- 妊娠初期の出血
- 腹部の痛み
- 妊娠症状の急激な減少
- 腰痛の増加
- 悪心・嘔吐の突然の消失
その他の関連症状
黄体機能不全に関連して現れる症状
症状 | 詳細 | 臨床的意義 |
基礎体温の異常 | 高温期が短い、または温度上昇が不十分 | 排卵と黄体機能の評価 |
子宮内膜の菲薄化 | 超音波検査で内膜が薄く見える | 着床環境の評価 |
ホルモン関連症状 | にきびの増加、脱毛、体重変動 | 全身的なホルモンバランスの乱れ |
性交痛 | 性交時の痛みや不快感 | 腟や子宮の状態変化 |
黄体機能不全の原因
黄体機能不全の原因は、ホルモンバランスの乱れや卵巣機能の低下、ストレスなどが挙げられます。
ホルモンバランスの乱れと黄体機能不全
黄体機能不全の主要な原因の一つはホルモンバランスです。
プロゲステロンは黄体から分泌されるホルモンで、子宮内膜を整え妊娠の維持に不可欠ですが、分泌が不十分だと子宮内膜が十分に発達せず、妊娠の成立や維持が困難になる可能性があります。
ホルモン | 役割 |
プロゲステロン | 子宮内膜の発達、妊娠維持 |
エストロゲン | 卵胞の成熟、排卵の促進 |
卵巣機能の低下と年齢の影響
年齢に伴う卵巣機能の低下も黄体機能不全の原因です。
加齢とともに卵巣の機能が衰えると良質な卵子の産生や黄体の形成が難しくなります。
また、早発閉経や早期卵巣機能不全といった状態も黄体機能不全を引き起こす要因です。
ストレスと生活習慣の影響
過度のストレスは視床下部-下垂体-卵巣軸の機能を乱し、ホルモンバランスに悪影響を及ぼすことがあります。
また、不規則な睡眠パターンや極端な食事制限、過度の運動なども、体内のホルモンバランスを崩す要因です。
- 過度のストレス
- 不規則な睡眠パターン
- 極端な食事制限
- 過度の運動
内分泌攪乱物質の影響
環境中に存在する内分泌攪乱物質(環境ホルモン)も、黄体機能不全の原因の一つとして考えられています。
内分泌攪乱物質の例 | 主な発生源 |
ビスフェノールA | プラスチック製品 |
フタル酸エステル | 軟質プラスチック |
ダイオキシン | 焼却過程 |
甲状腺機能異常との関連
甲状腺ホルモンは卵巣機能や生殖ホルモンの分泌に影響を与えるため、甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症といった状態が、間接的に黄体機能不全を引き起こす場合があります。
診察(検査)と診断
黄体機能不全の診断で用いられるのは、基礎体温測定、血中プロゲステロン濃度の測定、子宮内膜生検、超音波検査などです。
検査結果と患者さんの症状を総合的に評価し、臨床診断および確定診断が行われます。
問診
問診では患者さんの月経歴、妊娠歴、既往歴などについて聞き取りを行います。
問診項目 | 確認内容 | 診断的意義 |
月経周期 | 周期の長さ、規則性 | 黄体期の長さの推定 |
妊娠歴 | 不妊や流産の経験 | 黄体機能不全の可能性評価 |
既往歴 | 他の内分泌疾患の有無 | 関連疾患の確認 |
生活習慣 | ストレス、運動、食事 | 環境要因の評価 |
血中プロゲステロン濃度測定
血中プロゲステロン濃度の測定は、黄体機能を直接評価するのに必要な検査です。
排卵後7〜10日目(月経予定日の5〜7日前)に採血を行い、正常な黄体機能ではプロゲステロン濃度が10ng/mL以上になります。
測定時期 | プロゲステロン濃度 | 評価 |
排卵後7-10日 | 10ng/mL以上 | 正常 |
排卵後7-10日 | 5-10ng/mL | 境界域 |
排卵後7-10日 | 5ng/mL未満 | 黄体機能不全の疑い |
子宮内膜生検
子宮内膜生検は黄体機能不全の確定診断に用いられる検査方法で、月経予定日の2〜3日前に子宮内膜の一部を採取して顕微鏡で観察します。
観察項目 | 正常所見 | 黄体機能不全の所見 | 診断的意義 |
腺の発達 | 十分な発達 | 発達不良 | 内膜の成熟度評価 |
間質の浮腫 | 適度な浮腫 | 浮腫不足 | プロゲステロン作用の評価 |
螺旋動脈 | 十分な発達 | 発達不全 | 血流状態の評価 |
分泌物 | 適量の分泌 | 分泌不足 | 内膜機能の評価 |
超音波検査
超音波検査は卵巣や子宮の状態を非侵襲的に評価する方法で、経腟超音波検査を用いることで卵胞の発育状態や子宮内膜の厚さを詳細に観察できます。
- 卵胞の大きさと数の確認
- 排卵の有無の確認
- 子宮内膜の厚さの測定
- 黄体の形成と退縮の観察
黄体機能不全では子宮内膜の厚さが通常よりも薄いことが多いです。
観察項目 | 正常所見 | 黄体機能不全の所見 |
子宮内膜厚 | 排卵後10mm以上 | 排卵後8mm未満 |
黄体 | 明瞭な形成 | 不明瞭または早期退縮 |
卵胞発育 | 単一優位卵胞 | 複数小卵胞 |
内膜パターン | 三層構造明瞭 | 三層構造不明瞭 |
その他の補助的検査
黄体機能不全の診断をより確実にするため、補助的検査が行われることもあります。
検査項目 | 目的 | 評価内容 |
甲状腺機能検査 | 甲状腺疾患の除外 | TSH、FT3、FT4の測定 |
プロラクチン測定 | 高プロラクチン血症の確認 | 血中プロラクチン濃度 |
子宮卵管造影 | 子宮や卵管の形態異常の確認 | 子宮腔や卵管の形状評価 |
抗ミュラー管ホルモン(AMH)測定 | 卵巣予備能の評価 | 卵巣機能の総合的判断 |
臨床診断と確定診断
臨床診断は問診や基礎体温測定の結果に基づいて行われ、確定診断には血中プロゲステロン濃度測定や子宮内膜生検の結果が重要です。
黄体機能不全と診断される条件
- 基礎体温の高温期が10日未満
- 血中プロゲステロン濃度が10ng/mL未満
- 子宮内膜生検で分泌期内膜の発達不全が見られる
黄体機能不全の治療法と処方薬、治療期間
黄体機能不全の主な治療法には、プロゲステロン補充、ゴナドトロピン療法、排卵誘発剤の使用などがあり、治療期間は症状の改善や妊娠の希望に応じて決定されます。
ホルモン補充療法によるアプローチ
プロゲステロンは子宮内膜の発達や妊娠の維持に不可欠なホルモンで、補充により黄体機能不全の改善が期待できます。
プロゲステロンの投与方法は、経口剤、腟坐剤、注射剤などです。
投与方法 | 特徴 |
経口剤 | 服用が簡便 |
腟坐剤 | 局所作用が強い |
注射剤 | 確実な吸収が可能 |
排卵誘発剤の活用
黄体機能不全の治療に用いられる排卵誘発剤はクロミフェンクエン酸塩やレトロゾールなどで、通常月経周期の初めから開始され、排卵までの期間に投与されます。
排卵誘発剤 | 作用機序 |
クロミフェンクエン酸塩 | エストロゲン受容体拮抗作用 |
レトロゾール | アロマターゼ阻害作用 |
ゴナドトロピン療法
ゴナドトロピン療法はより積極的な治療法として選択されることがあります。
卵胞刺激ホルモン(FSH)や黄体形成ホルモン(LH)を注射で投与し、卵巣を直接刺激する方法です。
治療期間と経過観察
黄体機能不全では3〜6か月程度の治療期間が設定されることが多いですが、妊娠を希望する場合はそれ以上の期間継続されることもあります。
治療目的 | 一般的な治療期間 |
症状改善 | 3〜6か月 |
妊娠希望 | 6か月以上 |
予後と再発可能性および予防
黄体機能不全の予後は個々の患者さんの状況や原因によって異なるものの、多くの場合で改善が期待できます。
予後の傾向
黄体機能不全は多くの場合対応により症状の改善が見られますが、完全に治癒するとは限らないため長期的な管理が必要になることがあります。
予後の傾向 | 説明 | 対応方針 |
良好 | 原因が特定され、対応が効果的な場合 | 継続的な生活習慣の維持 |
変動的 | 生活環境や身体状況の変化に応じて症状が変化する場合 | 定期的な状態確認と柔軟な対応 |
慢性化 | 根本的な原因解決が難しい場合 | 長期的な医学的管理と生活支援 |
完全回復 | 一時的な要因が解消された場合 | 再発予防に焦点を当てた指導 |
予後に影響を与える要因は、年齢、BMI、基礎疾患の有無などです。
再発の可能性と要因
黄体機能不全は一度改善しても再発する可能性があり、再発のリスクは原因となった要因が完全に解消されていない場合や、新たなストレス要因が加わった際に高まります。
主な再発要因
- ストレスの増加
- 急激な体重変動
- 過度な運動
- 睡眠不足
- 慢性疾患の悪化
- ホルモンバランスの乱れ
- 環境の急激な変化
再発リスク | 要因 | 予防策 |
高 | 原因が持続または再燃する場合 | 根本的な原因への継続的対応 |
中 | 生活習慣の乱れが一時的に生じる場合 | 生活リズムの早期回復 |
低 | 原因が完全に解消され、健康的な生活が維持できる場合 | 定期的な健康チェック |
極低 | 原因が特定され、効果的な対策が継続されている場合 | 予防的措置の継続 |
予防法と生活習慣の改善
黄体機能不全の予防には、健康的な生活習慣の維持が不可欠です。
- バランスの良い食事摂取
- 適度な運動習慣の確立
- ストレス管理技法の習得
- 十分な睡眠時間の確保
- 定期的な健康診断の受診
- ホルモンバランスを整える食品の摂取
- 禁煙と適度な飲酒
予防法 | 効果 | 実践方法 |
食事管理 | ホルモンバランスの安定化 | 植物性タンパク質、全粒穀物の摂取 |
運動習慣 | 体重管理と血行促進 | 週3-4回の有酸素運動 |
ストレス軽減 | 内分泌系への負荷軽減 | 瞑想、ヨガ、趣味活動 |
睡眠管理 | 体内リズムの調整 | 規則正しい就寝・起床時間の維持 |
妊娠希望時の注意点
黄体機能不全の既往がある方が妊娠を希望する際は、いくつかの注意点があります。
注意点 | 詳細 | 推奨される対応 |
計画的な妊活 | 排卵日の予測と管理 | 基礎体温測定、排卵検査薬の使用 |
栄養管理 | 葉酸摂取など、妊娠に備えた準備 | バランスの良い食事、サプリメント摂取 |
専門医相談 | 必要に応じた医学的介入の検討 | 定期的な婦人科受診、個別化された対応 |
ストレス管理 | 精神的健康の維持 | リラクゼーション技法の習得、カウンセリング |
黄体機能不全の治療における副作用やリスク
黄体機能不全の治療の主な副作用にはホルモンバランスの変化に伴う身体的・精神的症状、多胎妊娠のリスク、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)などがあります。
ホルモン補充療法に伴う副作用
黄体機能不全の治療で用いられるプロゲステロン補充療法では、乳房の張り、頭痛、めまい、吐き気などの副作用が見られます。
副作用 | 頻度 |
乳房の張り | 比較的多い |
頭痛 | 時々 |
めまい | 稀 |
吐き気 | 稀 |
排卵誘発剤使用時のリスク
排卵誘発剤の使用には複数の卵胞が発育するリスクがあり、多胎妊娠の可能性が通常よりも高くなります。
また、排卵誘発剤の使用によってまれに卵巣過剰刺激症候群(OHSS)が発症することがあり注意が必要です。
排卵誘発剤のリスク | 対策 |
多胎妊娠 | 超音波モニタリング |
OHSS | 用量調整、経過観察 |
- 腹部膨満感
- 呼吸困難
- 体重増加
- 尿量減少
ゴナドトロピン療法のリスク
ゴナドトロピン療法では卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが高まり、OHSSは重症化すると血栓症や腎機能障害などの合併症を引き起こす可能性もあるため、注意深いモニタリングが必要です。
また、ゴナドトロピン療法では、多胎妊娠のリスクも排卵誘発剤よりも高くなります。
治療法 | OHSS発症リスク | 多胎妊娠リスク |
排卵誘発剤 | 低〜中 | 中 |
ゴナドトロピン療法 | 中〜高 | 高 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
基本的な検査費用
黄体機能不全の診断には血液検査や超音波検査などが必要です。
検査項目 | 費用(3割負担の場合) |
ホルモン検査(プロゲステロン、エストラジオールなど) | 2,000円〜5,000円 |
経腟超音波検査 | 2,500円〜4,500円 |
子宮内膜組織診 | 3,000円〜6,000円 |
基礎体温表の分析 | 1,000円〜2,000円 |
薬物療法の費用
黄体機能不全の治療では、ホルモン剤などの薬物療法が行われることがあります。
- 経口プロゲステロン製剤(ルトラール錠など) 1ヶ月分 3,000円〜8,000円
- 経腟プロゲステロン製剤(ウトロゲスタン腟用カプセルなど) 1周期 5,000円〜10,000円
- 注射型プロゲステロン製剤(プロゲデポー筋注など) 1周期 10,000円〜20,000円
- ゴナドトロピン製剤(hCG注射など) 1周期 30,000円〜50,000円
- クロミフェン製剤 1周期 3,000円〜6,000円
費用は保険適用の場合の金額です。
以上
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