慢性疾患に伴う貧血(ACD)(anemia of chronic disease)とは、長期化した基礎疾患によって起こる二次性の貧血のことです。
この病態は、炎症性疾患、持続的な感染症、悪性腫瘍などの慢性的な病気に伴い発症します。
ACD では、体内の鉄代謝異常が生じ、赤血球の寿命が短くなることで貧血が進行し、炎症性サイトカインが関与しています。
患者さんは、倦怠感や労作時呼吸困難、めまいなどの症状を呈することがありますが、原疾患の症状に隠されて見過ごされるケースも多いです。
慢性疾患に伴う貧血(ACD)の主な症状
慢性疾患に伴う貧血(ACD)の症状は、体内の酸素供給が不足することにより、身体機能の低下として現れます。
ACDにおける貧血の症状
ACDによる貧血の症状は、他の貧血と同様に全身の酸素不足が原因となって起こります。
患者さんの多くは持続的な疲労感や全身の倦怠感を経験し、日常生活を送るうえで困難を感じます。
また、息切れや動悸といった循環器系の症状も頻繁に見られ、身体を動かしたときや階段を上る際に顕著です。
症状 | 特徴 | 影響 |
疲労感 | 持続的で改善しにくい | 活動量の減少 |
息切れ | 軽い運動でも生じる | 運動耐容能の低下 |
動悸 | 安静時にも感じることがある | 不安感の増大 |
めまい | 立ちくらみなども含む | 転倒リスクの上昇 |
皮膚や粘膜に現れる変化
貧血が進行すると、皮膚や粘膜にも目に見える変化が現れます。
顔色が悪くなったり、唇や爪が青白くなったりする現象は、ヘモグロビン濃度の低下により血液中の酸素運搬能力が低下していることが原因です。
また、皮膚が通常よりも乾燥しやすくなったり、かゆみを感じたりすることもあり、貧血による血流の変化や栄養状態の悪化が関与している可能性があります。
集中力や認知機能への影響
ACDによる貧血は脳への酸素供給にも影響を及ぼし、認知機能に変化をもたらすことがあります。
集中力の低下や記憶力の減退といった症状が現れ、患者さんの中には軽度の認知機能の低下を経験する方もいます。
認知機能への影響 | 例 | 対処法 |
集中力低下 | 作業効率の悪化 | 適度な休憩を取る |
記憶力減退 | 物忘れの増加 | メモを活用する |
判断力の鈍化 | 意思決定の遅延 | 重要な判断は周囲に相談する |
消化器系に現れる症状
ACDに伴う貧血では、消化器系にも影響が現れることがあります。
症状は、食欲不振や胃部不快感、吐き気などです。
感染症に対する抵抗力の低下
ACDを有する患者さんは免疫機能が低下している場合があり、感染症にかかりやすくなります。
- 風邪などの上気道感染症(鼻やのどの感染)にかかりやすくなる
- 感染症にかかった際の回復が通常よりも遅れる傾向
- 軽微な感染症でも重症化するリスクが高まる
症状は、ACDの重症度や基礎疾患の状態、また、貧血の進行度合いや患者さんの全身状態によって変化します。
慢性疾患に伴う貧血(ACD)の原因
慢性疾患に伴う貧血(ACD)の原因は、長期にわたる炎症反応や免疫系の活性化による鉄代謝異常と赤血球産生の抑制です。
ACDの発症メカニズム
慢性疾患に伴う貧血(ACD)は、さまざまな慢性疾患によって起こる二次性貧血です。
発症には炎症性サイトカインの過剰産生が関わっていて、サイトカインの過剰が鉄代謝を乱し、赤血球前駆細胞の増殖と分化を阻害することで、貧血を起こします。
鉄代謝異常とACDの関連性
ACDにおける鉄代謝異常は、ヘプシジンというホルモンの過剰産生が要因です。
ヘプシジンは肝臓で産生され鉄の吸収と放出を調節する役割があり、慢性炎症状態では、インターロイキン-6(IL-6)などの炎症性サイトカインがヘプシジンの産生を促進します。
ぺプジンの過剰生産は腸管からの鉄吸収が抑制され、マクロファージや肝細胞からの鉄放出も阻害します。
炎症性サイトカイン | 作用 |
IL-6 | ヘプシジン産生促進 |
TNF-α | 赤血球前駆細胞増殖抑制 |
IFN-γ | 鉄代謝攪乱 |
赤血球産生抑制のメカニズム
ACDにおける赤血球産生の抑制はいくつかの要因が絡み合って生じ、炎症性サイトカインは直接、赤血球前駆細胞の増殖と分化を阻害します。
腫瘍壊死因子α(TNF-α)やインターフェロンγ(IFN-γ)は、骨髄における赤血球産生やエリスロポエチン(EPO)の産生や作用も抑制されます。
EPOは腎臓で産生される赤血球造血因子ですが、炎症性サイトカインの影響で産生が低下し、また赤血球前駆細胞のEPOに対する感受性も低下します。
ACDを起こす基礎疾患
ACDはさまざまな慢性疾患に伴って発症しますが、主に以下の疾患が原因です。
- 慢性感染症(結核、HIV感染症)
- 自己免疫疾患(関節リウマチ、全身性エリテマトーデス)
- 悪性腫瘍(固形癌、血液腫瘍)
- 慢性腎臓病
- 慢性心不全
基礎疾患 | ACD発症リスク |
慢性感染症 | 高 |
自己免疫疾患 | 中~高 |
悪性腫瘍 | 高 |
慢性腎臓病 | 中 |
慢性心不全 | 中 |
このような疾患は長期的な炎症状態を起こし、ACDの発症に影響します。
診察(検査)と診断
慢性疾患に伴う貧血(ACD)の診断は、患者さんの病歴聴取から始まり、身体診察、各種血液検査、さらに必要に応じて追加の特殊検査を組み合わせて行われます。
初期評価と病歴聴取
ACD診断は、患者さんが感じている症状やその経過、既往歴、ご家族の病歴(家族歴)、現在服用中の薬剤について、聞き取りを行います。
特に注目するのは、長期にわたる炎症性疾患や悪性腫瘍、慢性的な感染症などの既往や現在の状態です。
聴取項目 | 着目点 | 診断における意義 |
症状の経過 | 発症時期、進行速度 | 貧血の急性・慢性の判断 |
既往歴 | 慢性疾患の有無 | ACDの基礎疾患の特定 |
家族歴 | 遺伝性貧血の可能性 | 遺伝性疾患の除外 |
服薬歴 | 貧血を引き起こす薬剤の使用 | 薬剤性貧血の除外 |
身体診察
身体診察では、皮膚や粘膜の色味(蒼白さの程度)、目の下まぶたの内側の貧血所見、心雑音の有無などを確認します。
また、首やわきの下、そけい部などのリンパ節が腫れていないか、腹部を触診して肝臓や脾臓の腫大がないかなども調べます。
身体所見は、貧血の程度を把握するだけでなく、ACDの原因となっている可能性のある基礎疾患を推測するうえで、貴重な情報です。
血液検査
ACDの診断では、完全血球計算(CBC)と呼ばれる基本的な血液検査を行い、赤血球に関する様々な数値(ヘモグロビン値、赤血球数、平均赤血球容積(MCV)など)を調べます。
次に、体内の鉄分の状態を評価するために、血清鉄、総鉄結合能(TIBC)、トランスフェリン飽和度、フェリチンの検査を実施。
さらに、体内の炎症の程度を示す指標として、赤血球沈降速度(ESR)やC反応性タンパク(CRP)検査も行います。
検査項目 | ACD典型所見 | 他の貧血との違い |
ヘモグロビン | 軽度~中等度低下 | 重度の低下は稀 |
MCV | 正常~軽度低下 | 鉄欠乏性貧血ほど低下しない |
血清鉄 | 低下 | 鉄欠乏性貧血と類似 |
TIBC | 正常~軽度低下 | 鉄欠乏性貧血では上昇 |
フェリチン | 正常~上昇 | 鉄欠乏性貧血では低下 |
ESR/CRP | 上昇 | 炎症の存在を示唆 |
鑑別診断と追加検査の必要性
ACDの診断を確実なものにするためには、他の貧血疾患との鑑別が欠かせません。
鑑別に必要な追加検査
- 網状赤血球数測定(骨髄での赤血球産生の活性度を評価)
- ビタミンB12、葉酸値測定(他の栄養性貧血の可能性を除外)
- 骨髄検査(赤血球の製造過程を直接観察)
- 可溶性トランスフェリン受容体(sTfR)測定(体内の鉄分の状態をより正確に把握)
ACDの確定診断基準
以下の条件を全て満たすと、ACDと診断されます。
- 慢性疾患の存在が明確に確認されていること(関節リウマチや慢性腎臓病など)
- 貧血の所見が認められること(ヘモグロビン値が基準値より低下)
- 鉄代謝に特徴的な異常パターンが認められること(血清鉄低下、フェリチン正常~上昇)
- 他の貧血の原因(鉄欠乏性貧血、ビタミンB12欠乏性貧血など)が除外されている
慢性疾患に伴う貧血(ACD)の治療法と処方薬、治療期間
慢性疾患に伴う貧血(ACD)の治療は、患者さんの基礎疾患をしっかりと管理することを中心に、必要に応じて鉄分の補充やエリスロポエチン(赤血球を作るのを助けるホルモン)製剤の使用、さらには輸血などを組み合わせて行われます。
基礎疾患の管理
ACDの治療において、最も大切なのは基礎疾患をしっかりとコントロールすることです。
長期にわたる炎症や悪性腫瘍(がん)の原因になっている病気を抑えることができれば、貧血は改善します。
関節リウマチの患者さんでは、抗リウマチ薬や生物学的製剤と呼ばれる特殊な薬を使って体の炎症を抑え、また、がんが原因となっている場合は、抗がん剤治療や放射線治療をを行うことで、貧血の治療を目指します。
基礎疾患 | 療法 | 期待される効果 |
関節リウマチ | 抗リウマチ薬、生物学的製剤 | 炎症の抑制による貧血改善 |
悪性腫瘍(がん) | 化学療法、放射線療法 | がんの縮小による貧血改善 |
慢性腎臓病 | 透析、腎移植 | 腎機能改善による貧血改善 |
慢性感染症 | 抗生物質、抗ウイルス薬 | 感染制御による貧血改善 |
鉄分補充療法
ACDでは、体内での鉄分の利用がうまくいかなくなっているため、鉄分を補充する治療を行います。
鉄分の補充には、飲み薬(経口鉄剤)や点滴(静注鉄剤)が使わます。
- 経口鉄剤 安価で手軽に使えるメリットがありますが、消化器官での吸収が悪くなっている方には効果が限られる。
- 静注鉄剤 即効性があり、確実に体内の鉄分を増やせるものの、まれに重い副作用(アレルギー反応など)が起こる可能性がある。
エリスロポエチン製剤
エリスロポエチン製剤は、体内で赤血球を作るのを促進する薬剤です。
特に、慢性腎臓病に伴う貧血(腎性貧血)を合併しているACDの患者さんで効果が高く、週に1〜3回、皮膚下注射で使用します。
エリスロポエチン製剤 | 投与方法 | 投与間隔 | 特徴 |
エポエチンアルファ | 皮下注射 | 週1〜3回 | 短時間で効果が現れる |
ダルベポエチンアルファ | 皮下注射 | 週1回または2週に1回 | 効果が長続きする |
輸血療法
貧血が重度であったり、急速に貧血が進行している場合には、輸血療法が選択肢です。
輸血は即効性があり、速やかに体内の酸素運搬能力を改善できるという利点があり、血液中のヘモグロビン値が7g/dL未満で、貧血による症状(息切れ、めまいなど)が強い場合に検討されます。
治療期間と継続的な経過観察
ACDの治療期間は、基礎となっている病気の経過に大きく左右されます。
基礎疾患がうまくコントロールされれば、貧血も改善に向かうことが多いです。
治療中定期的にチェックする項目
- 定期的な血液検査(ヘモグロビン値、鉄分に関連する指標など)
- 基礎疾患の活動性を評価する検査
- 治療への反応性の確認
- 副作用の有無のチェック
慢性疾患に伴う貧血(ACD)の治療における副作用やリスク
慢性疾患に伴う貧血(ACD)の治療には、鉄分を補充する薬や血液を作る働きを促進する薬などがありますが、治療法にはそれぞれ特有の副作用やリスクがあります。
鉄剤投与の副作用
口から飲む鉄剤では、胃腸の不快感が最もよく見られる副作用で、吐き気や嘔吐、便秘、下痢といった症状が現れます。
ただし症状は、使用する鉄剤の種類や量を調整することで軽減できることが多いです。
鉄分補充の方法 | 副作用 | 対処法 |
飲み薬 | 胃腸の不快感 | 服用方法の調整 |
点滴 | アレルギー反応 | 慎重な観察と即時対応 |
一方、点滴で鉄分を補充する場合はアナフィラキシーショックや、その他の過敏反応が起こる可能性があるため、注意深い観察が必要です。
造血刺激因子製剤のリスク
エリスロポエチン製剤などの血液を作る働きを促進する薬で最も懸念されるリスクは、血栓ができやすくなることです。
高い用量を使用する際に危険性が高まるため、正しい用量設定と定期的な経過観察が不可欠となります。
血栓ができると、深部静脈血栓症(足の深い静脈に血栓ができる病気)や肺塞栓症(肺の血管が血栓で詰まる病気)など、命に関わる合併症につながることがあります。
また、造血刺激因子製剤の使用により、血圧が上がったり、すでにある高血圧が悪化したりすることがあるため、定期的な血圧測定と降圧治療が大切です。
さらに、長期間使用することで抗体ができてしまうこともあり、抗体ができると、治療の効果が弱まるだけでなく、赤芽球癆(じょうがきゅうろう)という重い貧血が生じる可能性もあります。
免疫抑制剤を使用する際のリスク
免疫抑制剤の使用は体の防御機能を弱めるため、感染症にかかるリスクを高め、普段は問題にならない弱い細菌やウイルスによる日和見感染症や、体内に潜んでいた感染症が再び活発になることがあります。
また、長期間使用することで、がんになるリスクが上がる可能性も懸念されており、定期的な健康診断や検査が大事です。
免疫抑制剤の種類によっては、腎臓や肝臓の機能に悪影響を及ぼすこともあるので、定期的な検査を行います。
治療法 | リスク | リスク管理の方法 |
鉄分補充 | 胃腸の不快感、アレルギー反応 | 服用方法の工夫、慎重な観察 |
血液を作る働きを促進する薬 | 血栓ができやすくなる、血圧上昇 | 適切な用量設定、定期的な検査 |
免疫を抑える薬 | 感染症、臓器への悪影響 | 感染予防、臓器機能の定期検査 |
輸血療法のリスク
重症のACD症例では輸血療法が検討されることがありますが、この治療法にも固有のリスクがあるので、慎重な判断が求められます。
- 感染症がうつるリスク(HIV、B型肝炎、C型肝炎など)
- 輸血関連急性肺障害(TRALI:輸血後に肺に水がたまる重篤な合併症)
- 輸血後に体内の鉄分が過剰になる状態
- 輸血した血液に対する抗体ができてしまうこと
- 輸血関連循環過負荷(TACO:輸血によって心臓に負担がかかりすぎる状態)
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来での薬物療法費用
ACDの治療では、鉄剤やエリスロポエチン製剤が使用されることが多いです。
経口鉄剤は、1ヶ月あたりの薬剤費は約2,000円から5,000円程度で、エリスロポエチン製剤の皮下注射は、1回あたり5,000円から20,000円ほどかかります。
薬剤名 | 投与方法 | 1ヶ月あたりの概算費用 |
クエン酸第一鉄 | 経口 | 2,000円〜5,000円 |
エポエチンアルファ | 皮下注射 | 20,000円〜80,000円 |
検査費用
ACDの診断と経過観察には、定期的な血液検査が欠かせません。
血液検査の費用は約5,000円から10,000円で、鉄代謝や炎症マーカーなどの特殊検査を含めると、1回の検査で15,000円から30,000円です。
輸血療法の費用
重度のACDでは輸血が必要となる場合があります。
赤血球濃厚液2単位の輸血にかかる費用は、約25,000円から40,000円です。
ただし、輸血前の適合検査や輸血セットなどの関連費用を含めると、1回の輸血で50,000円から80,000円程度の費用がかかります。
基礎疾患の治療費用
ACDの根本的な改善には、基礎疾患の治療が不可欠です。
- 関節リウマチの生物学的製剤療法 年間費用約150万円〜200万円
- 慢性腎臓病の透析療法 年間費用約500万円〜600万円
- 悪性腫瘍の化学療法 1クール費用約30万円〜100万円
以上
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