有毛細胞白血病 – 血液疾患

有毛細胞白血病(hairy cell leukemia)とは、白血球の中のB細胞(免疫系で重要な役割を果たす細胞)が異常に増殖する血液のがんです。

異常なB細胞が骨髄や脾臓、肝臓などの臓器に蓄積して、正常な血液細胞が十分に作られなくなり、貧血や感染症にかかりやすくなったり、出血傾向などの症状が生じます。

病名の由来は、顕微鏡で観察すると異常なB細胞の表面に毛のような突起が見られることから名付けられました。

有毛細胞白血病は進行が緩やかで、初期段階では症状が現れないこともあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

有毛細胞白血病の主な症状

有毛細胞白血病は初期段階では無症候性であることが多いですが、病態の進行に伴い、貧血、出血傾向、脾腫、感染症へのかかりやすさが見られるようになります。

貧血

貧血は、有毛細胞白血病患者さんに頻発する症状です。

正常な赤血球産生が抑制されるため全身への酸素供給能が低下し、次のような症状が発生します。

  • 易疲労感
  • 呼吸困難
  • めまい
  • 動悸
  • 顔面蒼白
貧血の重症度ヘモグロビン値 (g/dL)主要症状
軽度10-12軽度の倦怠感
中等度8-10労作時呼吸困難、めまい
重度8未満高度の倦怠感、頻脈

感染症

有毛細胞白血病では正常な白血球産生が阻害されるため、免疫機能が低下し、感染症にかかりやすくなります。

細菌感染症のリスクが顕著に上がり、反復性の肺炎や尿路感染症にかかる患者さんも少なくありません。

出血傾向

血小板産生も影響を受けるため、出血傾向が見られます。

  • 皮下出血
  • 鼻出血
  • 歯肉出血
  • 消化管出血
出血傾向の症状発現部位特徴
点状出血皮膚針先大の出血斑
紫斑皮膚斑状の大型出血斑
粘膜出血口腔、鼻腔自発性出血
内出血体腔内腹痛や関節痛を随伴することがある

脾腫

脾臓は有毛細胞が集積しやすい臓器で、脾腫(脾臓が通常よりも大きくなった状態)が現れます。

脾腫が起こす症状

  • 左上腹部の不快感または疼痛
  • 早期の飽満感
  • 腹部の膨満感
脾腫の程度触診所見随伴症状
軽度肋骨弓下に触知無症状が多い
中等度臍レベルまで触知軽度の腹部不快感
重度臍レベル以下まで触知著明な腹部膨満感、早期飽満感

全身症状

主要症状に加えて、疾患の進行に伴い全身にも症状が出ます。

  • 微熱
  • 寝汗
  • 体重減少
  • 食欲不振

有毛細胞白血病の原因

有毛細胞白血病の発症には、BRAF遺伝子に生じる変異が大きく関与しています。

遺伝子変異と有毛細胞白血病

BRAF遺伝子は細胞の増殖や分化を調節するのに欠かせず、異常が生じると、正常な細胞の制御システムが機能しなくなります。

有毛細胞白血病と診断された患者さんの約9割で、BRAF遺伝子に特有のV600E変異が認められました。

遺伝子変異が確認される割合
BRAF約90%
その他約10%

他の関連遺伝子

BRAF遺伝子以外にもMAP2K1遺伝子やNRAS遺伝子の変異も、有毛細胞白血病の発症に関与しています。

MAP2K1遺伝子やNRAS遺伝子も、細胞の増殖や分化を制御する重要な因子です。

複数の遺伝子に変異が蓄積することによって、有毛細胞白血病が発症するリスクが高まるのではないかと推測されています。

環境要因

遺伝子変異に加えて、環境要因も有毛細胞白血病の発症に関係しています。

  • 放射線への曝露
  • 特定の有害化学物質との長期的な接触
  • ウイルス感染
環境要因影響度の推定
放射線高い
化学物質中程度
ウイルス低~中程度

年齢と性別

有毛細胞白血病は、長年にわたる遺伝子変異の蓄積や環境要因への継続的な曝露が原因で、中年以降の男性に多く見られます。

また、加齢に伴い細胞のDNA修復能力が低下していくことも、遺伝子変異が蓄積しやすくなる一因です。

診察(検査)と診断

有毛細胞白血病の診断は、症状の観察、血液検査、骨髄検査、そして特殊な検査を組み合わせて行われます。

臨床所見と初期評価

有毛細胞白血病の診断は、問診と身体診察から始まります。

患者さんの症状、過去にかかった病気、家族の病歴を聞き取り、全身の状態を調べます。

特に、脾臓が腫れているかどうか、どの程度腫れているかを確認するため、腹部を触って診察することが重要です。

臨床所見診断における意味
脾臓の腫れ有毛細胞白血病でよく見られる特徴的な症状
リンパ節の腫れまれですが、他の病気と見分けるのに役立つ
皮下出血血小板が減っていることを示唆する症状
顔色が悪い貧血があることを示唆する症状

血液検査

血液検査は有毛細胞白血病の診断に欠かせません。

全血球計算(CBC)では汎血球減少(貧血、白血球減少、血小板減少)が、血液を薄く引き延ばして顕微鏡で観察する「末梢血塗抹標本」では、「有毛細胞」が見られます。

骨髄検査

骨髄穿刺(こつずいせんし)と生検は、有毛細胞白血病の診断において大切な検査です。

  • 骨髄穿刺 骨髄液が吸い出しにくい「ドライタップ」が起こる。
  • 骨髄生検 有毛細胞が骨髄に広がっている様子と、網目状の線維が増えている様子が観察できる。
骨髄の様子特徴
細胞の量通常より多いか、正常範囲
有毛細胞の広がりびまん性(広く散らばっている)または結節状(かたまりを作っている)
網目状の線維の増加中程度から高度
正常な血液細胞減少している

免疫表現型解析

有毛細胞は細胞の表面に特徴的な分子(抗原)のパターンを持っているので、フローサイトメトリーという機械を使って行う免疫表現型解析が必要です。

  • CD19陽性(B細胞というリンパ球の一種に見られる)
  • CD20陽性(B細胞に見られる)
  • CD11c陽性(単球という白血球の一種に見られる)
  • CD25陽性(活性化したT細胞に見られる)
  • CD103陽性(有毛細胞白血病に特徴的な分子)

遺伝子検査

分子生物学的な検査も診断の確実性を高めるのに役立ちます。

BRAF V600E遺伝子の変異は、有毛細胞白血病の約90%で見られる遺伝子の異常です。

PCR法や次世代シーケンシングという高度な技術を用いて、BRAF V600E変異を高い感度で検出できます。

画像検査

画像検査は病気の進行度を評価したり、合併症を調べるのに用いられます。

腹部超音波検査やCTスキャンを使い、脾臓の腫れの程度や肝臓の状態を評価し、また、リンパ節が腫れていないかも確認します。

画像検査目的
腹部超音波脾臓の大きさの測定、肝臓の状態確認
CT全身のリンパ節の評価、他の臓器の異常確認
MRI必要に応じて、より詳細な臓器の状態確認

有毛細胞白血病の治療法と処方薬、治療期間

有毛細胞白血病の治療は、化学療法と免疫療法を中心に進めます。

化学療法

有毛細胞白血病の治療で、最もよく用いられるのが化学療法です。

その中でもクラドリビンが第一選択薬として広く使用されており、多くの医療機関で標準的な治療法として確立されています。

クラドリビンは5日間連続で点滴投与され1コースで完了するので、患者さんの負担を軽減しつつ効果的な治療を行うことが可能です。

治療法投与方法治療期間特徴
クラドリビン点滴5日間短期集中型
ペントスタチン点滴6か月程度長期継続型

代替治療法

クラドリビンが思うような効果を示さなかったり、再発した際には、ペントスタチンという別の薬剤が考慮されます。

ペントスタチンは2週間に1回の点滴投与で、治療期間は6か月程度です。

また、近年では分子標的薬(がん細胞の特定の分子を狙い撃ちする薬)であるベムラフェニブやイブルチニブの有効性も複数の研究で報告されています。

免疫療法

化学療法と並んで有毛細胞白血病の治療で重要なのが、免疫療法です。

抗体薬(体の免疫システムを利用してがん細胞を攻撃する薬)のリツキシマブを、単独または化学療法と併用して使用します。

リツキシマブは週1回の点滴投与で、回数は4~8回です。

薬剤名種類投与回数作用
リツキシマブ抗体薬4~8回B細胞を標的
インターフェロンαサイトカイン長期的に使用免疫系を活性化

治療効果の評価と経過観察

完全寛解(白血病細胞が検出されない状態)が確認されても、再発のリスクが完全になくなるわけではないため、長期的な経過観察が大事です。

治療後5年以上にわたって定期的な検査を行い、患者さんの状態を細やかにモニタリングすることで、万が一の再発にも迅速に対応できる体制を整えます。

新しい治療法の開発

有毛細胞白血病に対する新たな治療法として、CAR-T細胞療法という、患者さん自身の免疫細胞を遺伝子工学的に変え、白血病細胞を効果的に攻撃する革新的な治療法が注目を集めています。

また、BTK阻害薬や他の分子標的薬の開発も進んでいます。

新規治療法概要開発段階
CAR-T細胞療法改変した免疫細胞を使用臨床試験中
BTK阻害薬B細胞の増殖を抑制承認済み(一部の血液がんに対して)

有毛細胞白血病の治療における副作用やリスク

有毛細胞白血病の治療は効果が高い一方で、いろいろな副作用やリスクを伴います。

化学療法の副作用

化学療法で使われるクラドリビンやペントスタチンは、以下のような副作用を起こします。

  • 骨髄抑制(血液を作る細胞の働きが弱くなる)
  • 吐き気
  • 嘔吐
  • 脱毛
  • 疲労感
  • 感染症にかかりやすくなる
副作用頻度対処法
骨髄抑制高い輸血、G-CSF(白血球を増やす薬)の投与
吐き気中くらい吐き気止めの薬を予防的に使用
脱毛低いかつらの使用

骨髄抑制は最も注意が必要な副作用です。

血小板が減ることで出血しやすくなったり、白血球が減ることで感染症にかかりやすくなります。

免疫療法の副作用

リツキシマブなどの抗体療法も有毛細胞白血病の治療に用いられ、免疫療法特有の副作用があります。

  • 点滴時の反応(発熱、寒気、蕁麻疹)
  • B型肝炎の再活性化
  • 進行性多巣性白質脳症(PML、脳の病気の一種)
副作用起こりやすい時期予防法
点滴時反応点滴中〜直後体温、血圧、脈拍などをこまめにチェック
B型肝炎再活性化治療開始後数ヶ月定期的に肝臓の検査を行う
PMLまれだが重症になる神経の症状がないか観察

長期的なリスク

有毛細胞白血病の治療は長期的な影響もあり、別の種類のがんができるリスクが高くなったり、免疫の働きが弱くなることが報告されています。

定期的に検査を受けること、新しい症状が出た時すぐに病院に行くことが大切です。

感染症のリスク

治療中および治療後は、感染症にかかりやすくなります。

注意が必要な感染症

  • 細菌性肺炎(細菌が原因で起こる肺の炎症)
  • 帯状疱疹(水疱瘡のウイルスが原因で起こる皮膚の病気)
  • カンジダ症(カビの一種であるカンジダが原因で起こる感染症)
  • ニューモシスチス肺炎(免疫が弱った人がかかりやすい肺の感染症)

予防的に抗生物質を使うことや、ワクチンを接種するタイミングについて、相談することが大切です。

腎臓への影響

一部の治療薬は腎臓の働きに影響を与えるので、治療の前後で定期的に腎臓の検査を行い、必要に応じて薬の量を調整したり点滴で水分を補います。

肝臓への影響

化学療法で使う薬の中には、肝臓の働きに影響を与えるものもあります。

定期的に肝臓の検査を行い、異常な値が出た時には速やかな対応が必要です。

影響を受ける臓器検査項目注意すべき症状
腎臓クレアチニン、eGFRむくみ、尿量減少
肝臓AST、ALT、ビリルビン黄疸、腹痛
心臓心電図、心エコー息切れ、動悸

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院費用

有毛細胞白血病の治療では初期段階で入院が必要となることがあり、入院費用は1日あたり2万円から3万円程度です。

化学療法の費用

化学療法では、クラドリビンによる治療が標準です。

1クール(5日間)の薬剤費は、およそ80万円から100万円の範囲で、多くの患者さんで1クールで効果が得られますが、複数回必要な場合は費用が増えます。

治療法期間概算費用
クラドリビン5日間80-100万円
ペントスタチン6ヶ月150-200万円

免疫療法の費用

リツキシマブを用いた免疫療法も治療の選択肢です。

1回の投与あたり約30万円で、4〜8回の投与が行われ、総額で120万円から240万円になります。

外来治療の費用

寛解後の維持療法や経過観察は外来で行われることが多く、外来での点滴治療や検査費用は、1回あたり5万円から10万円程度です。

以上

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