遺伝性球状赤血球症(HS)(hereditary spherocytosis)は、赤血球の形態と機能に異常をきたす遺伝性の血液疾患です。
この疾患では、赤血球膜の構造異常により、正常な両凹円盤状ではなく球状に変形します。
形態変化によって赤血球が弱くなり、体内で早期に破壊され、貧血や黄疸などの症状が現れます。
遺伝性球状赤血球症(HS)の主な症状
遺伝性球状赤血球症(HS)の症状は、貧血、黄疸、脾臓の腫れなどです。
HSにおける基本的な症状
遺伝性球状赤血球症(HS)の主要な症状は、赤血球の異常な形状と弱さにあり、患者さんは慢性的な貧血状態にあり、疲労感や息切れ、めまいが見られます。
貧血の一般的な症状 | 症状の説明 |
疲労感 | 日常的な活動でも疲れやすくなる |
息切れ | 軽い運動でも息苦しくなる |
めまい | 立ち上がった時などに頭がふらつく |
黄疸と胆石形成
HSでは、赤血球の崩壊が促進されることにより、ビリルビン(赤血球の分解産物)の産生が増加し皮膚や眼球の白色部分に黄疸が生じます。
さらに、ビリルビンの過剰な蓄積は、胆石形成のリスクを高めます。
胆石は幼少期から思春期にかけて形成されやすく、症状として起こるのは、右上腹部痛や発熱です。
脾臓の腫大
HSの患者さんでは、脾臓が変形した赤血球を効率的に捕捉・破壊するため、徐々に肥大化します。
脾腫により、左上腹部に不快感や圧迫感を感じ、重度の場合は腹部の膨隆が目視できます。
脾腫の影響
- 左上腹部の不快感
- 腹部の膨隆
- 食欲不振
- 早期満腹感
HSの症状 | 症状の特徴 |
貧血 | 赤血球寿命の短縮による |
黄疸 | ビリルビン増加による皮膚・眼球の黄染 |
脾腫 | 脾臓の肥大化 |
感染症に対する脆弱性
HSの患者さんは免疫系の機能低下により、感染症に対する抵抗力が弱まります。
莢膜細菌(細胞壁の外側に莢膜と呼ばれる構造を持つ細菌)による重症感染症のリスクが高まるので、注意が必要です。
感染リスクの高い細菌 | 感染症 |
肺炎球菌 | 肺炎、髄膜炎 |
インフルエンザ菌 | 気道感染症 |
髄膜炎菌 | 髄膜炎 |
遺伝性球状赤血球症(HS)の原因
遺伝性球状赤血球症(HS)の原因は、赤血球膜タンパク質の遺伝子に生じる変異です。
赤血球膜タンパク質が担う重要な役割
赤血球膜タンパク質は赤血球の形状を維持し、柔軟性を保つ重要な機能を果たしています。
赤血球が直径わずか数マイクロメートルの毛細血管を通過する際に必要となる変形能力を支え、正常な血液循環を維持するために欠かせません。
HSを起こす遺伝子変異
HSの発症につながる遺伝子変異は、常染色体優性遺伝の形式をとります。
両親のいずれか一方から変異遺伝子を受け継ぐだけで発症に至るのが特徴です。
遺伝子 | 関連タンパク質 | 変異の影響 |
ANK1 | アンキリン | 赤血球膜の構造安定性低下 |
SLC4A1 | バンド3 | イオン交換機能障害と膜安定性の低下 |
SPTA1 | α-スペクトリン | 赤血球膜骨格の脆弱化 |
SPTB | β-スペクトリン | 赤血球膜の柔軟性と強度の低下 |
ただし、まれに両親からそれぞれ変異遺伝子を受け継ぐ常染色体劣性遺伝の形式をとる例も。
HSにおける赤血球膜タンパク質の異常
HSでは、特定の赤血球膜タンパク質に異常が生じます。
- アンキリンの欠損(全体の約50-60%を占める最も一般的なケース)
- スペクトリンの欠損(約15-30%のケースで観察される)
- バンド3の欠損(全体の約15-20%を占める)
- プロテイン4.2の欠損(比較的稀で、約3-5%のケースに限られる)
このようなタンパク質に異常が生じることで、赤血球膜の安定性が損なわれ、球状化が起こります。
赤血球の形状変化がもたらす機能障害
タンパク質の異常から起こる赤血球膜の不安定化は、赤血球の表面積と体積の比率に変化をもたらします。
比率の変化により、従来は両凹円盤状の赤血球が球状へと形態を変え、微小な毛細血管を通過する際に破壊されやすくなるのです。
特性 | 正常赤血球 | 球状赤血球 |
形状 | 両凹円盤状(直径約8μm) | 球状(直径約6μm) |
変形能力 | 高い(毛細血管通過が容易) | 低下(毛細血管通過時に破壊されやすい) |
平均寿命 | 約120日 | 大幅に短縮(数日から数週間) |
膜の安定性 | 安定(浸透圧変化に耐性あり) | 不安定(わずかな浸透圧変化で溶血) |
酸素運搬能力 | 正常(十分な表面積) | 低下(表面積減少による酸素交換効率低下) |
赤血球破壊
球状に変形した赤血球は早期に破壊され、破壊過程で生じるビリルビンが、HSに特徴的な症状の一つである黄疸の原因です。
過程 | 正常状態 | HS患者さんの状態 |
赤血球の寿命 | 約120日 | 大幅に短縮(数日から数週間) |
脾臓での破壊 | 少量(生理的範囲内) | 著しく増加(病的レベル) |
ビリルビン産生 | 正常範囲内 | 増加(黄疸の原因となる) |
骨髄の反応 | 通常の赤血球産生 | 代償性亢進(網状赤血球増加) |
貧血の程度 | なし | 軽度から重度まで様々 |
赤血球の早期破壊は体内の代償メカニズムを活性化させ、骨髄の赤血球産生を刺激し、未熟な赤血球である網状赤血球の数が増加する所見が観察されます。
診察(検査)と診断
遺伝性球状赤血球症(HS)の診断は、患者さんの症状や家族歴の聴取から始まり、血液検査や特殊検査を経て、最終的に遺伝子解析によって確定されます。
初期診察と問診
HSの問診では患者さんの症状、発症時期、家族歴を聴取します。
HSは常染色体優性遺伝形式をとるため、家族内での発症歴が重要な手がかりです。
ただし、新規の遺伝子変異による発症も珍しくないため、家族歴がない場合でもHSの可能性を完全に否定できません。
血液検査と赤血球形態観察
問診に続いて、血液検査を実施します。
血液検査測定されるのは、赤血球数、ヘモグロビン値(血液中の酸素運搬タンパク質の量)、網赤血球数(若い赤血球の数)です。
検査項目 | HSにおける特徴 |
赤血球数 | 減少 |
ヘモグロビン値 | 低下 |
網赤血球数 | 増加 |
さらに、末梢血塗抹標本(血液を薄くガラス板に塗り、染色したもの)を作製し、HSでは、特徴的な球状赤血球が観察されます。
赤血球膜脆弱性の評価
HSの診断において、赤血球膜の脆弱性を評価することが大切です。
行われる特殊検査
- 赤血球浸透圧抵抗試験(生食水抵抗試験):赤血球が溶ける食塩水の濃度を調べる検査
- 自己溶血試験:赤血球が自然に壊れやすいかを調べる検査
- EMA(eosin-5-maleimide)結合試験:赤血球膜のタンパク質量を調べる蛍光染色法
- 赤血球膜タンパク質解析:赤血球膜を構成するタンパク質の量や質を詳しく調べる検査
中でも、赤血球浸透圧抵抗試験は広く用いられる検査法です。
この検査では、徐々に濃度を下げた食塩水溶液中で赤血球の溶血が始まる濃度と完全に溶血する濃度を測定します。
HSでは、正常赤血球に比べて低い濃度で溶血が始まるため、開始点と終末点がともに上昇します。
検査名 | 検査の目的 |
赤血球浸透圧抵抗試験 | 赤血球の膜強度を評価 |
自己溶血試験 | 赤血球の自然崩壊を評価 |
EMA結合試験 | 赤血球膜タンパク質量を測定 |
遺伝子解析による確定診断
臨床症状と各種検査結果からHSが強く疑われる場合、最終的な確定診断のために最新の遺伝子解析技術を用います。
HSの原因となる遺伝子
遺伝子名 | 関連タンパク質 | タンパク質の役割 |
ANK1 | アンキリン | 赤血球膜の骨格維持 |
SPTB | β-スペクトリン | 赤血球の形状維持 |
SPTA1 | α-スペクトリン | 赤血球の形状維持 |
SLC4A1 | バンド3 | 赤血球の気体交換 |
遺伝性球状赤血球症(HS)の治療法と処方薬、治療期間
遺伝性球状赤血球症(HS)の治療は、脾臓摘出術と支持療法を組み合わせて行われます。
治療の基本方針
HSの治療の主な目的は、貧血を改善し溶血を軽減することです。
どのような治療法を選ぶかは、患者さんの年齢、症状の重さ、他の病気を併発しているかなどを検討して決められます。
支持療法
症状が軽かったり中程度のHSの患者さんでは、まず支持療法が選ばれます。
支持療法の中心となるのは、葉酸という栄養素を補充する治療法です。
治療法 | 目的 | 投与量 |
葉酸補充 | 赤血球を作る力を高める | 1日1-5ミリグラム(飲み薬) |
鉄剤補充 | 鉄不足による貧血を防ぐ・治す | 患者さんごとに調整 |
ビタミンB12 | 赤血球の成熟を助ける | 必要に応じて投与 |
葉酸は赤血球を作るために必要な栄養素で、HSによって赤血球が壊れやすくなっている状態では体内での需要が増えています。
鉄分の補充は、繰り返し起こる溶血によって体内の鉄分が不足している場合に検討される支持療法です。
脾臓摘出術
症状が重たかったり、支持療法だけでは十分な効果が得られない場合には、脾臓を摘出する手術が検討されます。
脾臓摘出術はHSの根本的な治療法ではありませんが、赤血球が過剰に破壊されるのを大幅に減らすことができます。
手術方法 | 特徴 | 入院期間 | 回復期間 |
開腹手術 | 従来の方法、腹部を大きく切開する | 約1-2週間 | 4-6週間 |
腹腔鏡手術 | 体への負担が少なく、回復が早い | 約3-5日 | 2-3週間 |
幼い時期に脾臓を摘出すると感染症にかかるリスクが高くなるので、手術を行う時期は、5歳以降が望ましいです。
術後の管理
脾臓を摘出した後は、感染症を予防することが非常に大切です。
予防策
- 手術の前に予防接種を受ける(肺炎球菌、インフルエンザ菌、髄膜炎菌などに対するワクチン)
- 手術後、約2年間にわたって抗生物質を予防的に服用
- 熱が出たときは、すぐに病院を受診
治療期間と経過観察
支持療法だけで管理されている患者さんも、脾臓を摘出した患者さんも定期的な経過観察が必要です。
フォローアップ項目 | 頻度 | 目的 |
血液検査 | 3-6ヶ月ごと | 貧血や溶血の程度を評価する |
超音波検査 | 年1回程度 | 胆石ができていないか確認する |
骨密度検査 | 必要に応じて | 骨粗しょう症の risk を評価する |
遺伝性球状赤血球症(HS)の治療における副作用やリスク
遺伝性球状赤血球症(HS)の治療には、輸血、脾臓摘出術、胆石除去などがありますが、それぞれに特有の副作用やリスクが伴います。
輸血療法に伴う潜在的なリスク
HSによって起こる重度の貧血の改善のために、輸血は即効性のある治療法ですが、いくつかの副作用やリスクがあります。
まず、輸血関連循環過負荷(TACO)が挙げられ、これは輸血により循環血液量が急激に増加することで起こる合併症です。
輸血関連循環過負荷の症状 | 発症時期 | 対処法 |
呼吸困難 | 輸血中または直後 | 輸血速度の調整、利尿剤投与 |
頻脈(心拍数の増加) | 輸血中または直後 | モニタリング、必要に応じて薬物療法 |
血圧上昇 | 輸血中または直後 | 降圧剤の使用を検討 |
また、繰り返し輸血を受けることで体内に鉄が蓄積し、肝臓や心臓などの各種臓器に障害を起こす可能性があります。
このため、定期的な鉄過剰のチェックと、必要に応じて鉄キレート療法(体内の過剰な鉄分を取り除く治療)を行うことが重要です。
脾臓摘出術のリスクと長期的影響
HSの治療法として脾臓摘出術が行われることがありますが、この手術にもいろいろなリスクが伴うため、慎重な判断が必要です。
手術直後の合併症は出血や感染症で、長期的には、重症感染症のリスクが上昇することが重要な問題となります。
特に、莢膜細菌(細胞の外側に特殊な膜を持つ細菌)による感染症のリスクが高まるため、術後の管理が大切です。
脾臓摘出後に注意すべき感染症
- 肺炎球菌感染症(肺炎や髄膜炎の原因となる)
- インフルエンザ菌感染症(気道感染症を引き起こす)
- 髄膜炎菌感染症(重篤な髄膜炎の原因となる)
感染症は急速に進行し、重篤化する恐れがあるため、ワクチン接種や予防的抗生物質の服用などの生涯にわたる感染予防策が不可欠です。
胆石に対する治療に伴うリスク
HSでは胆石の形成リスクが高く、胆石除去術が必要になることがあります。
現在では、腹腔鏡下胆嚢摘出術(腹部に小さな穴をあけて行う手術)が一般的です。
合併症 | 発生頻度 | 対処法 |
胆管損傷 | 0.1-0.5% | 緊急の修復手術が必要 |
出血 | 1-2% | 術中・術後の慎重な管理 |
感染 | 1-3% | 適切な抗生物質投与 |
開腹手術への移行が必要になると、回復期間の延長や術後の痛みの増加などのリスクがあります。
薬物療法に伴う潜在的な副作用
HSの治療では葉酸(ビタミンB9)やビタミンB12の補充療法が行われることがありますが、軽度の副作用があります。
葉酸の過剰摂取は、ビタミンB12欠乏の症状を隠す恐れがあるので注意が必要です。
補充療法 | 潜在的な副作用 | 注意点 |
葉酸 | ビタミンB12欠乏を隠す | 定期的なビタミンB12レベルの確認 |
ビタミンB12 | 注射部位の反応 | 注射部位の変更、局所ケア |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
診断時の検査費用
HSの診断には、血液検査や遺伝子検査が必要です。
検査項目 | 概算費用(円) |
血液一般検査 | 1,500-3,000 |
網状赤血球数 | 2,000-4,000 |
遺伝子検査 | 50,000-150,000 |
遺伝子検査は保険適用外のため、患者負担が大きくなります。
支持療法の費用
葉酸補充療法が主な支持療法です。
- 葉酸錠(1か月分)約1,000-2,000円
- 鉄剤補充(必要な場合)約2,000-5,000円/月
手術費用
重症例では脾臓摘出術が選択されます。
手術方法 | 概算費用(円) |
開腹手術 | 800,000-1,200,000 |
腹腔鏡手術 | 1,000,000-1,500,000 |
定期検査の費用
定期的なフォローアップ検査も必要で、年間の検査費用は約50,000-100,000円です。
以上
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