発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria)とは血液疾患の一つで、赤血球が壊れやすいのが特徴です。
赤血球が通常より容易に破壊されるため、貧血や血栓形成などの深刻な合併症を起こす可能性があります。
発作性夜間ヘモグロビン尿症という名称は、夜間に尿が濃い色(赤褐色)になる現象に由来していますが、実際には症状は一日中いつでも現れます。
この病態は、骨髄内の造血幹細胞に遺伝子変異が生じることで発症します。
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の主な症状
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の症状は、貧血、血栓症、そして血尿です。
貧血
PNHでは、貧血が頻繁に観察される症状の一つです。
この疾患では、赤血球の破壊(溶血)が通常よりも速く起こるため、体内で十分な酸素運搬能力が維持できなくなります。
貧血による症状
- 易疲労感
- 呼吸困難
- 動悸
- めまい
- 頭痛
貧血の症状 | 影響 |
易疲労感 | 日中の活動が制限される |
呼吸困難 | 運動能力の低下 |
動悸 | 不安感の増大 |
血栓症
PNHでは血液凝固系の異常により、体内のさまざまな部位で血栓が形成されやすいです。
腹部の血管で血栓が形成された場合、激しい腹痛や嘔吐が生じ、脳血管で血栓が発生すると、突然の頭痛や麻痺などの神経学的症状が現れます。
さらに、肺動脈に血栓が詰まると、呼吸困難や胸痛といった肺塞栓症の症状を起こします。
血栓発生部位 | 症状 |
腹部血管 | 腹痛、嘔吐 |
脳血管 | 頭痛、麻痺 |
肺動脈 | 呼吸困難、胸痛 |
血尿
PNHの名称にも含まれる「ヘモグロビン尿症」は、この疾患の特徴的な症状です。
ヘモグロビンは通常赤血球内にありますが、PNHでは赤血球が破壊され血中に遊離し、遊離したヘモグロビンが尿中に排出されることで、コーラ様の濃褐色尿が観察されます。
血尿の程度は、日によって変動することが多く、夜間や早朝に顕著です。
これは、睡眠中の軽度の脱水状態が赤血球の破壊を促進するためと考えられています。
ただし、全てのPNH患者さんで血尿が観察されるわけではありません。
その他の症状
PNHでは、主要症状以外にもさまざまな症状が現れます。
見られる症状には易感染性の亢進や、腎機能障害などが挙げられ、また、慢性的な溶血による胆石症のリスク上昇も報告されています。
症状 | 詳細 |
易感染性 | 免疫機能の低下による |
腎機能障害 | ヘモグロビン尿による影響 |
胆石症 | 慢性的な溶血に起因 |
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の原因
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の原因は、造血幹細胞におけるPIG-A遺伝子の突然変異です。
PIG-A遺伝子変異
PIG-A遺伝子は、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカーと呼ばれる、細胞膜上のタンパク質を固定する分子の生成に不可欠です。
この遺伝子に変異が生じるとGPIアンカーの生成が妨げられ、赤血球膜の構造に異常が生じます。
正常な赤血球 | PNHの赤血球 |
GPIアンカーあり | GPIアンカーなし |
補体制御タンパク質あり | 補体制御タンパク質なし |
赤血球膜の異常と溶血のメカニズム
GPIアンカーの生成が妨げられることにより、赤血球膜上の重要なタンパク質が欠損します。
特に、CD55やCD59といった補体制御タンパク質(体内の免疫系の一部である補体の働きを調節するタンパク質)の欠損が、PNHにおける溶血の主要な原因です。
CD55やCD59が存在しないと、赤血球は体内の補体系による攻撃から自身を守ることができず、通常よりも早く破壊されてしまいます。
クローン性増殖と発症プロセス
PNHの発症には、単一のPIG-A遺伝子変異を持つ造血幹細胞のクローン性増殖(同じ遺伝子変異を持つ細胞が異常に増える現象)も関与しています。
異常な幹細胞が骨髄内で増殖することでPNH型の血球が大量に産生され、症状が現れるようになるのです。
クローン性増殖を促進する要因
- 免疫学的選択圧(免疫系による異常細胞の排除が機能しない)
- 二次的遺伝子変異(PIG-A遺伝子以外の遺伝子にも変異が加わる)
- 骨髄微小環境の変化(血液細胞が作られる骨髄の環境が変化する)
環境因子と遺伝的素因の影響
環境因子としては、放射線被曝や特定の化学物質への長期曝露などが挙げられますが、PHNの発症との明確な因果関係は現在のところ確立されていません。
遺伝的素因は、家族性PNHの報告はまれで、多くの場合は散発的に発症します。
因子 | 具体例 |
環境因子 | 放射線被曝、有害化学物質への長期曝露 |
遺伝的素因 | 特定の遺伝子多型、DNA修復能力の個人差 |
診察(検査)と診断
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の診断は、臨床症状の評価、血液検査、そしてフローサイトメトリー法による確定診断に至ります。
臨床症状の評価
PNHの診断では、患者さんの訴える症状や発症時期、進行の様子を聞き取り、貧血症状、血栓症の既往、濃褐色尿の有無に注目します。
身体診察では、貧血の徴候(蒼白、頻脈)や、血栓症の可能性を調べます。
血液検査
PNHが疑われる場合、次のステップとして血液検査を実施します。
検査項目
- 完全血球計算(CBC)(血液中の各種血球数を測定)
- 網赤血球数(新生赤血球の数を測定)
- 血清LDH(乳酸脱水素酵素)値(組織損傷の指標)
- ハプトグロビン値(遊離ヘモグロビンの処理に関与するタンパク質)
- 直接クームス試験(赤血球表面の抗体付着を検出)
PNHではLDH値の上昇とハプトグロビン値の低下が特徴です。
検査項目 | PNHにおける特徴的な結果 |
LDH | 著明な上昇 |
ハプトグロビン | 低下または検出限界以下 |
また、尿検査で血色素尿やヘモジデリン尿を確認することもあります。
フローサイトメトリー法による確定診断
PNHの確定診断には、フローサイトメトリー法が用いられます。
この検査方法は、PNH細胞に特徴的なGPIアンカー型タンパク質の欠損を直接検出できるため、現在最も信頼性の高い診断法です。
PNH細胞では、CD55やCD59などのGPIアンカー型タンパク質が欠損しているため、健常細胞と区別することができます。
細胞種類 | 測定するGPIアンカー型タンパク質 |
赤血球 | CD59 |
好中球 | CD24, FLAER |
単球 | CD14, FLAER |
フローサイトメトリー検査の結果、GPI欠損細胞の割合が一定以上であれば、PNHと確定診断されます。
鑑別診断の必要性
PNHの診断過程では、似た症状を見られる他の血液疾患との鑑別が不可欠です。
再生不良性貧血や骨髄異形成症候群は、PNHと合併すること、あるいはPNHに先行して発症することがあるため、注意深い評価が必要になります。
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療法と処方薬、治療期間
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の主要な治療法は、補体阻害薬による長期的な管理で、エクリズマブやラブリズマブを用います。
補体阻害薬による治療
補体阻害薬は赤血球の過剰な破壊を防ぐことで、貧血や血栓症を軽減する効果があります。
主に使用されている補体阻害薬は、エクリズマブとラブリズマブの2種類です。
薬剤名 | 投与方法 | 投与間隔 | 特徴 |
エクリズマブ | 点滴静注 | 2週間ごと | 長期使用の実績あり |
ラブリズマブ | 点滴静注 | 8週間ごと | 通院頻度が少ない |
治療のスケジュールと期間
エクリズマブを使用する場合、2週間ごとの点滴静注が必要です。
一方、比較的新しい薬であるラブリズマブは8週間ごとの投与で済むため、通院頻度を大幅に減らせます。
治療期間は症状が安定し、血液検査の結果が改善するまで継続的に薬剤を投与する必要があり、生涯にわたって治療を続けることもあります。
補助的治療法の活用
補体阻害薬による主治療に加えて患者さんの状態や症状の程度に応じ、補助的な治療法を併用します。
- 輸血療法 貧血が重度で日常生活に支障をきたす場合に実施
- 抗凝固療法 血栓症のリスクが特に高いと判断された患者さんに対して行う
- 葉酸サプリメントの投与 赤血球の生成を促進し、貧血の改善を助ける
- 鉄分の補充 溶血(赤血球の破壊)により失われた鉄分を補う
治療効果のモニタリング
PNHの治療では、定期的な血液検査や症状の評価が大切です。
LDH(乳酸脱水素酵素)値の監視は溶血の程度を知るうえで重要な指標となり、また、ヘモグロビン値の変化や血栓症の発生の有無も注意深く確認していきます。
検査項目 | 確認頻度 | 目的 | 正常値 |
LDH値 | 1-2ヶ月ごと | 溶血の程度を評価 | 120-240 U/L |
ヘモグロビン値 | 1-2ヶ月ごと | 貧血の程度を確認 | 13.5-17.5 g/dL (男性) |
D-ダイマー | 3-6ヶ月ごと | 血栓形成リスクを評価 | 1.0 μg/mL未満 |
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療における副作用やリスク
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療で用いられる補体阻害薬は、感染症リスクの増加と長期的な副作用があります。
補体阻害薬の副作用
補体阻害薬で最も頻繁に見られる副作用は、頭痛や吐き気などの軽度の症状ですが、より重大な副作用として注意が必要なのは、感染症にかかるリスクの増加です。
副作用 | 発生頻度 | 重症度 | 対応策 |
頭痛 | 高 | 軽度 | 鎮痛剤の使用、休息 |
悪心(吐き気) | 中 | 軽度 | 制吐剤の使用、食事の工夫 |
感染症リスク増加 | 低 | 重度 | ワクチン接種、衛生管理の徹底 |
感染症リスクの増加と対策
補体阻害薬は免疫系の一部を抑制する作用があるため、感染症に対する抵抗力が低下し、感染しやすくなります。
特に警戒が必要なのが髄膜炎菌感染症です。髄膜炎菌感染症は重篤な状態に陥る危険性があるため、治療開始前にワクチン接種を行うことが推奨されています。
また、インフルエンザやその他の一般的な感染症に対しても注意が必要です。
長期使用に伴う潜在的リスク
PNH の治療は長期間にわたって続けられることが多いため、補体阻害薬の長期使用に伴う潜在的なリスクがあります。
潜在的なリスクは、免疫系への長期的な影響や、現時点では予測できない新たな副作用の出現などです。
他の薬剤との相互作用
補体阻害薬は他の薬剤との相互作用もあります。
併用に注意する薬剤
- 免疫抑制剤(臓器移植後などに使用される薬)
- 抗凝固薬(血液を固まりにくくする薬)
- 特定の抗生物質(細菌感染症の治療に用いられる薬)
これらの薬剤と補体阻害薬を同時に使用する場合、効果が増強されたり予期せぬ副作用が生じたりする可能性があるため、慎重な管理が必要です。
薬剤の種類 | 相互作用の可能性 | 注意点 |
免疫抑制剤 | 免疫機能の過度の低下 | 感染症リスクの増大 |
抗凝固薬 | 出血リスクの増加 | 出血傾向の注意深い観察 |
特定の抗生物質 | 薬効の変化 | 効果と副作用のモニタリング |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
生物学的製剤の費用
PNHの治療において、補体阻害剤であるエクリズマブやラブリズマブが主要な薬剤です。
エクリズマブの場合、1回の投与量(900mg)あたりの薬価は約60万円で、2週間に1回の投与が必要になります。
ラブリズマブは8週間に1回の投与で済むため、年間の薬剤費はエクリズマブよりも若干抑えられます。
薬剤名 | 投与間隔 | 年間薬剤費(概算) |
エクリズマブ | 2週間に1回 | 約1,560万円 |
ラブリズマブ | 8週間に1回 | 約1,200万円 |
入院費用
PNHでは、診断時や合併症の発症時に入院が必要になることがあります。
入院費用
- 一般病棟での入院基本料 1日あたり約2万円
- 血液内科での特定入院料 1日あたり約3~4万円
- 各種検査費用(血液検査、骨髄検査など)
- 輸血や薬剤投与などの処置費用
外来診療費用
PNHの患者さんは定期的な外来受診が必要で、血液検査や薬剤投与が行われます。
項目 | 費用(概算) |
血液検査 | 5,000~10,000円 |
薬剤投与(エクリズマブ) | 約60万円 |
その他の処置・検査 | 10,000~50,000円 |
以上
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