サラセミア(thalassaemia)とは、遺伝子の変異によって、人体の血液生成プロセスに深刻な影響を与える血液疾患です。
この病気では、赤血球内にあるヘモグロビンの産生に重大な障害が生じ、正常な機能を果たせなくなります。
体内で健康な赤血球を十分に生成できなくなり、貧血をはじめとするさまざまな症状が現れます。
この遺伝性疾患が見られるのは、地中海沿岸、中東、南アジア、東南アジアです。
サラセミアの主な症状
サラセミアの症状は、重度の貧血、幼児期の発達、内臓への影響などです。
貧血による全身症状
サラセミアにおいて最も顕著に現れる症状は、貧血に起因するものです。
赤血球の構造異常や過剰な破壊により、体内の酸素運搬能力が低下し、多岐にわたる症状が現れます。
貧血から起こる症状
- 持続的な疲労感や全身の倦怠感
- 軽い運動でも生じる息切れや動悸
- 立ちくらみを伴うめまいや拍動性の頭痛
- 皮膚や粘膜の蒼白化(口唇や爪床)
貧血の程度 | 症状と日常生活への影響 |
軽度 | 軽い疲労感、わずかな息切れ、通常の活動はほぼ可能 |
中等度 | 顕著な疲労感、頻繁な息切れ、めまい、日常活動に支障あり |
重度 | 極度の疲労、安静時の息切れ、失神、ほとんどの活動が困難 |
小児期の成長発達への影響
サラセミアは、小児期の患者さんの身体的成長や発達に影響を与えることがあります。
成長速度の低下や思春期の発来の遅れは、特徴的に見られる症状の一つです。
慢性的な貧血状態による組織への酸素供給不足や、輸血治療に伴う体内の鉄分過剰蓄積が内分泌系に悪影響を及ぼすことが原因と考えられています。
特徴的な骨格変化
サラセミアは、骨格にも独特の変化をもたらします。
慢性的な貧血状態に対応するため、骨髄が赤血球の産生を増やそうとする機能が働き、骨の構造に変化が顔面骨に現れやすく、サラセミアに特徴的な顔貌(がんぼう:顔の形や表情)が見られます。
骨格の変化 | 外見上の特徴 |
頭蓋骨の肥厚 | 前頭部(おでこ)の突出 |
上顎骨の拡大 | 上顎の突出、歯列不正 |
頬骨の突出 | ふっくらとした頬、特徴的な顔貌 |
脾臓・肝臓の腫大
サラセミアの患者さんでは、脾臓や肝臓の腫大(臓器が通常よりも大きくなること)が観察されます。
異常な形状や機能を持つ赤血球を処理するために、脾臓や肝臓が過剰に働くことが原因です。
腫大した脾臓や肝臓は、腹部の膨満感や不快な痛みを起こします。
胆石形成のリスク増加
サラセミアの患者さんでは胆石(胆のうや胆管内にできる石)が作られやすく、これは、赤血球の破壊が通常よりも増加することで、胆汁中のビリルビン(赤血球の分解産物)濃度が上昇するためです。
胆石は、急性の腹痛や黄疸などの症状を起こします。
胆石に関連する症状 | 臨床的特徴 |
急性腹痛 | 右上腹部に生じる激しい痛み、しばしば背部に放散 |
黄疸 | 皮膚や眼球の黄染、尿の濃染 |
発熱 | 胆管炎(胆管の炎症)を伴う場合に出現 |
サラセミアの原因
サラセミアの原因は、ヘモグロビンを作り出す遺伝子に生じる変異です。
遺伝子変異
サラセミアは、ヘモグロビン分子を構成するタンパク質の遺伝子に変異が起こることで発症する遺伝性疾患です。
遺伝子変異によりヘモグロビンの正常な産生が妨げられ、健康な赤血球の形成に支障をきたします。
ヘモグロビン遺伝子の種類と変異の影響
ヘモグロビンを構成する主要なタンパク質は、アルファ鎖とベータ鎖の二種類です。
アルファ鎖とベータ鎖を産生する遺伝子に変異が生じると、異なるタイプのサラセミアが起きます。
遺伝子の種類 | サラセミアの型 | 特徴 |
アルファ鎖遺伝子 | アルファサラセミア | アルファ鎖の産生減少 |
ベータ鎖遺伝子 | ベータサラセミア | ベータ鎖の産生減少 |
アルファ鎖遺伝子に変異が生じるとアルファサラセミアが、ベータ鎖遺伝子に変異が起こるとベータサラセミアが発症します。
そして、遺伝子変異の程度や組み合わせによって、サラセミアの症状の重症度が決まります。
サラセミアの遺伝形式と発症リスク
サラセミアは常染色体劣性遺伝(両親から受け継いだ対になる遺伝子の両方に変異がある場合に発症する遺伝形式)をとり、両親から変異した遺伝子を受け継いだ場合にのみ発症します。
サラセミアの遺伝形式
- 両親がともに変異遺伝子の保因者であると、子どもがサラセミアを発症する確率は25%
- 片方の親のみが保因者の場合、子どもは保因者となる可能性はあるが、サラセミアを発症しない
診察(検査)と診断
サラセミアの診断は、患者さんの症状や家族歴に関する聴取から始まり、血液検査や遺伝子解析などの段階的な検査を経て確定診断に至ります。
初期評価と臨床診断
サラセミアの問診では、貧血に関連する症状や家族内での類似疾患に注意を払いながら、全身状態を評価していきます。
臨床診断で注目する点
- 長期にわたる貧血症状の有無とその程度
- 皮膚や眼球の黄染(黄疸)の有無、および脾臓の腫大(脾腫)の触診による確認
- 顔面骨の特徴的な変化(サラセミア顔貌と呼ばれる特徴的な顔つき)
- 小児患者の場合は、年齢相応の成長が見られるかどうか
臨床所見は、サラセミアを疑うえで重要な手がかりです。
臨床所見 | サラセミアを疑う特徴的な所見 |
貧血 | 慢性的で、しばしば輸血が必要 |
黄疸 | 軽度から中等度の黄染がみられる |
脾腫 | 触診で脾臓の腫大が確認できる |
顔貌 | 前頭部の突出や頬骨の突出が特徴的 |
血液検査
完全血球計算(CBC)は、貧血の程度や赤血球の特徴を評価するために必要な検査です。
サラセミアに特徴的な所見
- ヘモグロビン値(血液中の酸素運搬タンパク質の量)の顕著な低下
- 平均赤血球容積(MCV、赤血球の大きさを示す指標)の減少
- 平均赤血球ヘモグロビン量(MCH、赤血球1個あたりのヘモグロビン量)の減少
- 赤血球数の相対的な増加(体が貧血を補おうとする代償機構の結果)
また、末梢血塗抹標本(血液を薄くガラス板に塗り、顕微鏡で観察する検査)の観察も、サラセミアの診断において重要で、特徴的な標的赤血球(中心部と周辺部が濃く染まり、その間が薄く見える赤血球)や奇形赤血球が観察されます。
血液検査項目 | サラセミアにおける典型的な特徴 |
ヘモグロビン | 著しく低下(通常6-10 g/dL程度) |
MCV | 80 fL未満に減少 |
MCH | 27 pg未満に減少 |
赤血球数 | 貧血の程度に比して相対的に増加 |
ヘモグロビン電気泳動検査
ヘモグロビン電気泳動検査により、異常なヘモグロビンの存在や、各種ヘモグロビン分画(ヘモグロビンの異なる型)の割合を評価することが可能です。
β-サラセミア(ベータサラセミア)では、HbA2(ヘモグロビンA2)という通常はごく少量しかないヘモグロビンの割合が増加しています。
遺伝子検査
サラセミアの最終的な確定診断には、高度な遺伝子検査技術を用いることが不可欠です。
遺伝子検査により、グロビン遺伝子(ヘモグロビンを構成するタンパク質をコードする遺伝子)の変異を直接同定でき、診断の確実性が飛躍的に高まります。
用いられる方法は、PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応、特定の遺伝子領域を増幅する技術)やDNAシークエンシング法(DNAの塩基配列を直接読み取る方法)です。
遺伝子検査の利点
- サラセミアの正確なタイプ(α-サラセミアやβ-サラセミアなど)の同定
- 症状を呈していない保因者(遺伝子変異を持っているが発症していない人)の診断
- 遺伝カウンセリング(遺伝性疾患に関する情報提供や心理的サポート)への活用
- 希望する場合の出生前診断への応用可能性
遺伝子検査法 | 特徴と利点 |
PCR法 | 特定の既知の遺伝子変異を迅速に検出できる |
DNAシークエンシング | 遺伝子の詳細な塩基配列を決定し、新規変異も発見可能 |
サラセミアの治療法と処方薬、治療期間
サラセミアの治療法は、輸血療法と鉄キレート療法(体内の過剰な鉄分を取り除く治療)が中心で、症状の重症度に応じて骨髄移植も選択肢です。
輸血療法
輸血療法は、患者さんの日常生活の質を維持するために欠かすことのできない治療法です。
定期的に健康な赤血球を体内に補充することで、貧血によって起こる症状を改善し、各組織に十分な酸素を供給することを目的としています。
輸血は2週間から4週間ごとに実施されることが多いです。
輸血の頻度 | 対象となる患者さんの状態 | 目的 |
2週間ごと | 重度のサラセミア | 深刻な貧血の予防 |
3〜4週間ごと | 中等度のサラセミア | 適度な貧血管理 |
必要に応じて | 軽度のサラセミア | 症状出現時の対応 |
鉄キレート療法
鉄キレート療法は、繰り返し行われる輸血に伴って起こりうる鉄過剰症を防ぐために実施される治療法です。
輸血を長期間続けると体内に鉄分が徐々に蓄積され、心臓や肝臓などの臓器に悪影響を及ぼす危険性があります。
鉄キレート剤は体内の過剰な鉄分と結びつき、複合体を尿や便とともに体外に排出されます。
使用される鉄キレート剤
- デフェロキサミン(注射で投与する薬)
- デフェラシロクス(飲み薬)
- デフェリプロン(飲み薬)
骨髄移植
骨髄移植は、症状が重い患者さんに対して提案される、根本的な治療を目指す方法です。
患者さんの造血幹細胞を、健康なドナーの細胞に置き換えることで、正常なヘモグロビンを作り出せるようにします。
骨髄移植のメリット | 骨髄移植の課題 | 考慮すべき点 |
根治の可能性 | ドナー確保の難しさ | 患者さんの年齢 |
輸血依存からの解放 | 移植片対宿主病のリスク | 全身の健康状態 |
長期的な生活の質向上 | 高額な医療費 | 家族の支援体制 |
骨髄移植を行うかどうかは、患者さんの年齢や全身の状態、ドナーが見つかるかを総合的に判断して決定されます。
遺伝子療法
遺伝子療法は、サラセミアの原因である遺伝子の異常を直接修正することを目指す、革新的な治療法です。
現在、この治療法はまだ研究段階にあり、患者さん自身の造血幹細胞に正常な遺伝子を導入する方法などが、臨床試験を通じて検証されています。
サラセミアの治療における副作用やリスク
サラセミアの治療は患者さんの生命予後を大幅に改善する一方で、定期的な輸血や鉄キレート療法に関連する副作用やリスクを伴います。
輸血療法に関連する副作用
輸血に伴う最も深刻な副作用が、鉄過剰症という状態です。
頻繁な輸血により体内に過剰な鉄分が蓄積されると、心臓、肝臓、内分泌器官などの臓器に障害を起こす恐れがあるため、定期的な検査と対策が不可欠です。
また、輸血によるアレルギー反応や、まれではありますが、感染症のリスクも考慮に入れる必要があります。
輸血関連の副作用 | 発生頻度 | 対策 |
鉄過剰症 | 非常に高い | 鉄キレート療法、定期的な検査 |
アレルギー反応 | 低い | 事前の適合性検査、慎重な観察 |
感染症伝播 | 非常に低い | 厳格な血液スクリーニング |
鉄キレート療法のリスク
経口鉄キレート剤の一つであるデフェラシロクスは、吐き気や下痢などの消化器症状を起こし、また、腎機能障害が生じることもあります。
注射薬であるデフェロキサミンは、長期使用により聴覚障害や視覚障害のリスクの可能性があるため、定期的な聴力検査や眼科検査が必要です。
脾臓摘出術に伴うリスク
重度の脾臓肥大(脾腫)を伴うサラセミアの患者さんには、輸血の量を減らしたり、腹部症状を軽減したりする目的で、脾臓摘出術が検討されます。
脾臓は免疫系で重要な役割を果たす臓器であるため、脾臓を摘出した後は、特定の細菌(莢膜細菌)による重症感染症のリスクが上昇するので注意が必要です。
また、血液の凝固が促進されることで血栓症のリスクも増加するため、手術後に長期にわたる経過観察を行います。
脾臓摘出後のリスク | 予防策 | 注意点 |
重症感染症 | 抗生物質の予防投与、ワクチン接種 | 発熱時は迅速な医療機関受診が必要 |
血栓症 | 抗凝固療法、十分な水分摂取 | 長距離移動時などは特に注意 |
骨髄移植に伴うリスク
骨髄移植はサラセミアの根治的治療法として期待されている一方で、重大なリスクを伴う治療法であるため、実施には慎重な検討が必要です。
移植前処置として行われる大量の化学療法や全身への放射線照射は、副作用を起こし、患者さんの体に大きな負担をかけます。
また、移植後に起こり得るGVHD(移植片対宿主病、ドナーの免疫細胞が患者の体を攻撃する現象)は、重大な合併症の一つです。
さらに、不妊や二次性悪性腫瘍(治療の影響で新たにがんが発生すること)などの長期的なリスクも考慮に入れる必要があります。
骨髄移植に関連するリスク
- 移植片拒絶(患者の体が移植された骨髄を排除してしまうこと)
- GVHD(急性および慢性の両方)
- 重症感染症
- 臓器障害(肝臓、腎臓、肺などの機能障害)
- 不妊
- 二次性悪性腫瘍
骨髄移植のリスクは、HLA(ヒト白血球抗原)マッチングの改善や支持療法(副作用や合併症に対する治療)の進歩により、以前と比べて低減されつつありますが、依然として懸念事項です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
輸血療法にかかる費用
一回の輸血にかかる費用は、平均して2万円から5万円程度です。
定期的な輸血が必要な患者さんの場合、年間の輸血費用は100万円を超えることもあります。
輸血頻度 | 年間概算費用 |
2週間ごと | 120万円〜300万円 |
4週間ごと | 60万円〜150万円 |
鉄キレート療法の費用
デフェロキサミンやデフェラシロクスなどの鉄キレート剤の月額費用は、およそ5万円から20万円です。
年間では60万円から240万円ほどの費用がかかります。
骨髄移植にかかる費用
重症のサラセミア患者に対して行われる骨髄移植は、一回限りの治療ですが、非常に高額な費用がかかります。
骨髄移植の総費用は、500万円から1000万円です。
その他の関連費用
サラセミアの治療には、定期的な検査や合併症の管理が必要です。
- 血液検査(月1回)約5,000円
- MRI検査(年1回)約30,000円
- 超音波検査(年2回)約10,000円×2回
費用項目 | 年間概算費用 |
輸血療法 | 60万円〜300万円 |
鉄キレート療法 | 60万円〜240万円 |
その他の検査・管理 | 10万円〜20万円 |
以上
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