原発性ガンマグロブリン血症(Waldenström macroglobulinemia)とは、血液中のリンパ球のB細胞(体内に侵入してきた細菌やウイルスなどを攻撃する白血球の一種)が異常に増殖することで起きる血液のがんです。
異常なB細胞が大量の免疫グロブリンM(IgM)を作り出し、血液中に過剰なIgMが蓄積すると、血液の粘り気が強くなり、体のさまざまな部分に影響を及ぼします。
原発性ガンマグロブリン血症は、ワルデンストロームマクログロブリン血症とも呼ばれます。
原発性ガンマグロブリン血症の主な症状
原発性ガンマグロブリン血症の症状には、過粘稠度症候群、クリオグロブリン血症、寒冷凝集素症があります。
過粘稠度症候群
過粘稠度症候群は、血液の粘り気が著しく高まることで起こる一連の症状のことです。
血液の流れが悪くなることで、体のさまざまな部分に影響が及びます。
症状 | 影響を受ける部位 |
視力の低下 | 網膜(目の奥にある光を感じる膜) |
めまい | 内耳(耳の中にある平衡感覚を司る部分) |
頭痛 | 脳 |
息苦しさ | 肺 |
クリオグロブリン血症
クリオグロブリン血症は、寒い環境で固まりやすいタンパク質(クリオグロブリン)が血液中に存在することで発症し、寒さによって症状が悪化します。
- 皮膚に現れる紫色のあざ(紫斑)
- 関節の痛み
- 指先が蒼白になり痛みを感じる(レイノー現象)
- 手足のしびれや痛み(末梢神経障害)
症状は、寒い環境に身を置いたときに顕著です。
寒冷凝集素症
寒冷凝集素症は、寒い環境で赤血球が固まりやすくなることで生じる、自分の免疫系が赤血球を攻撃する病気(自己免疫性溶血性貧血)の一種です。
クリオグロブリン血症と同じように、寒さによって症状が誘発されやすいという特徴があります。
症状 | 説明 |
溶血性貧血 | 赤血球が壊れることで起こる貧血 |
アクロチアノーシス | 手足の先が蒼白になったり紫色に変色したりする症状 |
疲れやすさ | 貧血によって全身がだるく感じる症状 |
その他の症状
主な症状群以外にも、原発性ガンマグロブリン血症ではさまざまな症状が現れます。
症状 | 関連する要因 |
感染症にかかりやすくなる | 免疫機能が低下すること |
出血しやすくなる | 血小板の働きが悪くなること |
手足のしびれや痛み | 免疫グロブリンが神経に沈着すること |
原発性ガンマグロブリン血症の原因
原発性ガンマグロブリン血症の原因は、B細胞に生じる遺伝子変異です。
また、環境要因や免疫システムの不具合も発症に関与しています。
B細胞の増殖
原発性ガンマグロブリン血症は、B細胞が制御を失って異常に増殖することが原因です。
通常、B細胞は体を守る免疫システムの一部として働き、抗体を産生する役割を担っています。
しかし、原発性ガンマグロブリン血症では、B細胞が歯止めなく増殖し、IgM(免疫グロブリンM)を大量に産生してしまいます。
このIgMの過剰な産生が血液の粘性を高め、さまざまな症状を起こすことになるのです。
遺伝子変異
原発性ガンマグロブリン血症の発症には、遺伝子に生じる変異が深く関わっています。
特に注目されているのが、MYD88遺伝子に起こる変異です。
遺伝子 | 変異の頻度 | 影響 |
MYD88 | 約90% | B細胞の持続的活性化 |
CXCR4 | 約30% | B細胞の挙動変化 |
ARID1A | 約10% | クロマチン構造の変化 |
MYD88遺伝子の変異は、患者さんの約90%で観察されており、原発性ガンマグロブリン血症の発症を理解するうえで欠かすことのできない要素です。
また、CXCR4遺伝子の変異も一部の患者さんで見られ、B細胞の動きや働きに影響を与えることが分かっています。
さらに、ARID1A遺伝子の変異も報告されており、遺伝子の発現を制御するクロマチン構造に影響を与える可能性があります。
遺伝子変異は、単独で作用することもあれば、複数の変異が組み合わさって影響を及ぼすことも。
環境要因の影響
遺伝子変異に加えて、環境要因も原発性ガンマグロブリン血症の発症に関与しています。
環境要因
- 特定のウイルス感染(C型肝炎ウイルスやヒトヘルペスウイルス8型)
- 有機溶剤などの化学物質への長期間の暴露
- 医療や職業上の理由による放射線被曝
- 慢性的な炎症状態(自己免疫疾患や慢性感染症)
- 職業性の要因(農業や特定の製造業での長期従事)
免疫システムの乱れ
免疫システムの機能不全も、原発性ガンマグロブリン血症に関係しています。
正常に機能している免疫システムは、体内で異常な細胞が増殖するのを抑えていますが、原発性ガンマグロブリン血症では、体内の異常を監視する免疫システムの機能が働いていません。
免疫システムの異常 | 影響 | 関連する因子 |
T細胞機能の低下 | B細胞の過剰増殖 | サイトカインバランスの乱れ |
NK細胞活性の減弱 | 腫瘍細胞の排除能力低下 | ストレスや加齢 |
補体系の異常 | 免疫複合体の処理障害 | 遺伝的素因 |
診察(検査)と診断
原発性ガンマグロブリン血症の診断は、臨床診断から最終的な確定診断に至るまでに、さまざまな検査と総合的な判断が不可欠です。
初期診断
原発性ガンマグロブリン血症の診断は、患者さんが感じている体の変化や不調と、血液検査の結果を確認することから始まります。
初期診断の項目 | 内容 |
問診 | 体調の変化や気になる症状がいつ頃から始まったかなどを詳しく聞き取る |
身体診察 | リンパ節が腫れていないか、お腹の中の臓器(肝臓や脾臓)が大きくなっていないかを確認 |
血液検査 | 血液中の細胞の数や種類、タンパク質の状態などを調べる |
免疫グロブリン検査
原発性ガンマグロブリン血症では、IgM(イムノグロブリンM)というタイプの抗体が異常に増えることが特徴です。
免疫グロブリン検査は、血液中に含まれるさまざまな種類の抗体の量を測定します。
- IgMの量を測定
- IgG、IgAという他の種類の抗体の量も測る(量が減っていることが多い)
- 免疫固定法で、異常なタンパク質(M蛋白)がないかを調べる
血液中のIgMの量が3g/dL以上あれば、原発性ガンマグロブリン血症の可能性が高いです。
骨髄検査
骨髄検査は、原発性ガンマグロブリン血症を確実に診断するために欠かせない検査です。
骨髄穿刺(骨髄液を注射器で吸い取る方法)または骨髄生検(骨髄の一部を細い針で採取する方法)により、骨髄の中にある血液細胞の状態を観察します。
骨髄検査の項目 | 観察内容 |
形態学的検査 | リンパ球様形質細胞(この病気に特徴的な細胞)が増えていないかを調べる |
フローサイトメトリー | CD19、CD20などの細胞表面にある特殊なタンパク質(表面抗原)の有無を確認 |
染色体検査 | 6番染色体の一部が欠けていないかなど、遺伝子レベルの異常を調べる |
骨髄の中にリンパ球様形質細胞が10%以上あることが、この病気を診断するうえでの基準の一つです。
遺伝子検査
原発性ガンマグロブリン血症の診断では、MYD88 L265Pという特定の遺伝子変異があるかどうかを確認します。
この変異は原発性ガンマグロブリン血症の患者さんの90%以上で見つかるため、診断を確定するうえで決め手となることが多いです。
画像診断
CT、MRI、PETなどの画像検査は、病気の広がりを確認したり、似たような症状を起こす他の病気との鑑別に役立ちます。
リンパ節が腫れていないか、脾臓が大きくなっていないかを調べる際に有効です。
画像検査の種類 | 用途 |
CT(コンピュータ断層撮影) | 体の断面図を撮影し、臓器やリンパ節の状態を詳しく観察します |
MRI(磁気共鳴画像) | 磁気を使って体内の様子を撮影し、特に軟部組織の状態を詳細に調べます |
PET(陽電子放射断層撮影) | がん細胞の活動を検出し、病気の広がりを全身的に評価します |
確定診断
原発性ガンマグロブリン血症の最終的な判断は、国際ワルデンストロームマクログロブリン血症ワークショップという専門家グループが定めた診断基準に基づき、以下の条件を満たすことが必要です。
- IgMモノクローナル蛋白(同じ構造を持つIgM抗体)が血液中に存在すること
- 骨髄中にリンパ球様形質細胞が10%以上浸潤(増殖)していること
- 似たような症状を引き起こす他の病気が除外されていること
原発性ガンマグロブリン血症の治療法と処方薬、治療期間
原発性ガンマグロブリン血症の治療は、化学療法、免疫療法、そして分子標的治療があり、これらを組み合わせて行います。
経過観察期間
症状が軽い患者さんの場合、すぐに治療を始めるのではなく、定期的な検査で経過を見守る期間を設けることがあります。
この期間中は、患者さんの体調の変化や血液検査の結果を観察し、治療を開始するタイミングを見極めていきます。
経過観察期間は数ヶ月から数年です。
化学療法
化学療法は、原発性ガンマグロブリン血症に対する主要な治療法の一つです。
複数の薬を組み合わせて使用することが多く、代表的な組み合わせとしてR-CHOP療法やDRC療法があります。
療法名 | 薬剤 | 特徴と使用状況 |
R-CHOP | リツキシマブ、シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾン | 広く使用される標準的な治療法で、比較的若い患者さんや体力のある方に適しています |
DRC | デキサメタゾン、リツキシマブ、シクロホスファミド | 高齢の患者さんや体力に不安のある方に対して効果的とされています |
BR | ベンダムスチン、リツキシマブ | 比較的新しい組み合わせで、特定の患者さんに有効性が示されています |
化学療法は数週間ごとに繰り返すサイクルで行われ、全体の治療期間は数ヶ月から半年程度です。
免疫療法
免疫療法は患者さん自身の免疫システムを活性化させて、異常な細胞を攻撃する治療法です。
原発性ガンマグロブリン血症の治療では、リツキシマブが広く使用されています。
リツキシマブは、B細胞の表面にあるCD20を狙い撃ちにするモノクローナル抗体で、単独で使用したり、他の薬と組み合わせて投与します。
投与スケジュールは週1回の点滴を4週間連続で行い、その後の維持療法として2〜3ヶ月ごとの投与です。
70代の男性患者さんの例では、リツキシマブを単独で使用したところ、6ヶ月後にIgMの値が大幅に低下し、症状の改善が見られました。
この患者さんの場合、その後2年間にわたって3ヶ月ごとの維持療法を続けた結果、病状が安定した状態を保てました。
分子標的治療
原発性ガンマグロブリン血症の分子レベルでのメカニズムが解明されてきたことで、分子標的治療薬が開発されています。
分子標的治療薬は、異常な細胞に特異的に作用することで、正常な細胞への影響を最小限に抑えつつ、高い効果を発揮させることが目標です。
薬剤名 | 標的となる分子 | 投与方法 | 特徴 |
イブルチニブ | BTK(ブルトン型チロシンキナーゼ) | 経口(飲み薬) | B細胞の増殖シグナルを抑える |
ザヌブルチニブ | BTK | 経口 | イブルチニブの改良版で、より選択性が高い |
ベネトクラクス | BCL-2 | 経口 | がん細胞の生存を阻害する |
アカラブルチニブ | BTK | 経口 | より選択性が高く、副作用が少ない可能性がある |
分子標的治療薬は長期間にわたって毎日服用する必要があり、治療期間は患者さんの状態に応じて数年に及ぶこともあります。
血漿交換療法
高粘度症候群で体に症状が出ている患者さんでは、血漿交換療法が効果的な治療選択肢です。
患者さんの血液から過剰なIgMを含む血漿を取り除き、新鮮凍結血漿や血漿の代わりとなる液体と入れ替えます。
血漿交換療法は1〜2週間に1回のペースで数回実施され、症状が改善するまで続けられます。
ただし、効果は一時的なものなので、根本的な治療として他の治療法と組み合わせて行われることが多いです。
原発性ガンマグロブリン血症の治療における副作用やリスク
原発性ガンマグロブリン血症の治療には、さまざまな副作用やリスクがあります。
化学療法に関連する副作用
化学療法は原発性ガンマグロブリン血症の主要な治療法の一つですが、体に多様な影響を及ぼします。
副作用 | 説明 |
骨髄抑制 | 血液を作る骨髄の働きが弱まり、赤血球、白血球、血小板の数が減少し、貧血や感染症の問題が起こる |
消化器症状 | 吐き気、嘔吐、下痢などの胃腸の不快な症状が現れる |
脱毛 | 一時的に髪の毛が抜けてしまう |
免疫療法に関連するリスク
免疫療法のリツキシマブを使う抗体療法は、効果的ですが特有のリスクがあります。
- インフュージョンリアクション(点滴をしている間や直後に起こる副作用で、発熱やかゆみ、息苦しさなどが現れる)
- B型肝炎ウイルスの再活性化
- 進行性多巣性白質脳症(PML)の発症リスク(脳の働きに影響を与える深刻な病気を引き起こす可能性)
長期的な合併症
長い期間にわたる治療や病気の進行により、いろいろな合併症が生じます。
合併症 | 影響 |
二次性悪性腫瘍 | 治療の影響で、別の種類のがんができやすくなる |
心血管疾患 | 心臓や血管に負担がかかり、心臓病や血管の病気のリスクが高まる |
神経障害 | 手足のしびれや痛みが長く続く |
感染症のリスク
治療によって体の免疫力が低下したり、病気自体の影響で体を守る力が弱まったりすることで、感染症にかかりやすくなります。
気をつけなければならない感染症
- 細菌性肺炎
- 帯状疱疹(水疱瘡のウイルスが再び活性化して起こる痛みを伴う皮膚の病気)
- 日和見感染症(通常は病気を起こさない弱い細菌やウイルスによって起こる感染症)
感染症を予防するために、抗生物質を使ったり、ワクチンを接種するタイミングを慎重に選んだりすることが重要です。
感染予防の方法 | 内容 |
手洗い・うがい | 外出後や食事前に丁寧に行う |
マスク着用 | 人混みに出るときは必ず着用 |
予防接種 | 医師と相談しながら受ける |
治療関連二次性骨髄異形成症候群/急性骨髄性白血病
長期間にわたって化学療法を受けると、治療関連二次性骨髄異形成症候群や急性骨髄性白血病などの別の血液の病気になるリスクが高くなります。
二次性血液腫瘍は治療が難しいことが多く、この点を考慮しながら治療法を選ぶことが必要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
化学療法の費用
化学療法の費用には、薬剤費に加えて入院費や検査費用も含まれます。
治療法 | 1クール(4週間)あたりの費用 |
R-CHOP療法 | 約80万円〜120万円 |
DRC療法 | 約60万円〜90万円 |
免疫療法の費用
リツキシマブの標準的な投与スケジュールでは、1回の投与あたり約40万円〜60万円です。
初回の治療では週1回の投与を4回行うため、約160万円〜240万円の費用が発生します。
分子標的薬の費用
イブルチニブなどの分子標的薬は、長期間服用します。
薬剤名 | 1ヶ月あたりの費用 |
イブルチニブ | 約100万円 |
ザヌブルチニブ | 約90万円 |
血漿交換療法の費用
血漿交換療法は1回あたり約20万円〜30万円です。
以上
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