Becker型筋ジストロフィー – 脳・神経疾患

Becker型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)とは、遺伝子の変異によって起こる進行性の筋力低下を主な症状とする神経筋疾患です。

主に男性に発症し、10代から20代にかけて歩行時のふらつきや階段の上り下りの困難さといった症状が現れ始め、徐々に筋力が低下していきます。

この疾患は、筋肉の細胞膜を強化するジストロフィンというタンパク質が十分に作られないことで発症します。

ただし、同じジストロフィン異常症であるDuchenne型筋ジストロフィーと比較すると、症状の進行が緩やかで、多くの患者さんは成人期まで自立歩行を維持できます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

Becker型筋ジストロフィーの主な症状

Becker型筋ジストロフィーは、主に下肢から始まる進行性の筋力低下と筋萎縮を特徴とし、10代から20代にかけて発症します。

発症初期における特徴的な症状

下肢近位筋における筋力低下が初発症状として現れ、特に大腿四頭筋や腸腰筋などの近位筋群で顕著な筋力低下が認められます。

歩行時の異常は、最も早期の臨床症状の一つで、階段昇降時やスロープでの移動において困難さを自覚することが多いです。

初期に観察される症状

  • 歩行時のふらつきや不安定性
  • 階段の昇り降りにおける困難さ
  • 転倒リスクの増加
  • 運動時の著明な疲労感
部位初期症状の特徴
大腿部顕著な筋力低下と機能障害
ふくらはぎ仮性肥大と筋緊張の変化
骨格筋全般進行性の筋力低下と萎縮

進行期における症状の進展

筋力低下は緩徐に進行し、上肢帯筋群や体幹筋へと影響が及び、より広範囲の運動機能の制限が生じるようになります。

心臓への合併症では、心筋細胞の変性により拡張型心筋症様の病態が起こることがあるので注意が必要です。

進行段階主要症状
初期歩行障害と運動制限
中期心筋症状と不整脈
後期呼吸機能障害と筋力低下

筋症状の特徴的なパターン

進行性の筋力低下は、特的のパターンを示しながら徐々に全身に広がっていき、次のような筋力低下の特徴が見られます。

  • 近位筋優位の進行性筋力低下
  • 左右対称性の症状進行
  • 骨格筋における選択的な障害パターン

随伴する全身症状

進行期では呼吸機能の低下が見られ、横隔膜や肋間筋などの呼吸補助筋の機能障害によって、換気能力の低下が起きます。

呼吸筋が弱くなることで夜間の低換気や睡眠時無呼吸などの症状が現れる可能性があり、注意深い経過観察が必要です。

Becker型筋ジストロフィーの原因

Becker型筋ジストロフィーは遺伝子の変異により、筋肉の細胞膜を強化するジストロフィンというタンパク質が不足することで発症します。

遺伝子変異のメカニズム

Becker型筋ジストロフィーはX染色体上にあるジストロフィン遺伝子の突然変異により、筋細胞の構造の維持に重要なジストロフィンタンパク質の産生量が減少することで起こります。

この遺伝子変異は、DNA配列の欠失や重複、点変異などによって生じ、変異の種類や位置によって症状の程度に個人差が生じます。

変異の種類発生頻度
欠失65%
重複10%
点変異25%

遺伝形式と発症メカニズム

Becker型筋ジストロフィーはX連鎖劣性遺伝形式をとるため、変異遺伝子を持つ母親から男児に遺伝します。

母親が保因者である場合、男児への遺伝確率は50%となり、女児は保因者となる可能性はありますが、発症することはありません。

  • 遺伝子検査による変異の特定
  • 家系図作成による遺伝パターンの解析
  • 保因者診断の実施
  • 遺伝カウンセリングの提供

細胞レベルでの影響

ジストロフィンタンパク質は筋細胞膜の構造維持に大切で、このタンパク質の不足は筋細胞を弱くします。

正常な筋細胞異常のある筋細胞
膜構造の安定膜構造の不安定
収縮力の維持収縮力の低下
再生能力高い再生能力低下

遺伝子変異の特性

Becker型筋ジストロフィーでは機能は低下しているものの、ある程度のジストロフィンタンパク質が産生されているので、同じジストロフィン異常症であるDuchenne型と比べると、症状の進行が緩やかです。

診察(検査)と診断

Becker型筋ジストロフィーの診断では、問診と所見の評価に加え、血液検査、画像診断、筋生検、遺伝子解析など検査法を組み合わせて行います。

初診時における基本的な評価手順

初診時の問診では、家族歴の聞き取りと発症時期の把握を行い、特に両親や同胞における似た症状がないか、発達歴、運動機能の獲得状況などについて情報を集めていきます。

神経学的な診察で評価する項目

  • 歩行パターンと姿勢の変化
  • 徒手筋力テストによる筋力評価
  • 関節の可動域測定と拘縮の評価
  • 深部腱反射の左右差と部位別の検査
評価項目確認内容と評価基準
筋力検査MMTスケールによる定量評価
深部腱反射左右差と部位別反応性
関節拘縮関節ごとの可動域制限度

血液検査

血液検査における血清CK値の上昇は、筋ジストロフィーの診断における重要なマーカーです。

検査項目特徴的な検査所見と意義
CK値著明な上昇と経時的変動
GOT/GPT二次性の軽度上昇
LDH筋組織障害による上昇
アルドラーゼ筋崩壊の指標として上昇

画像診断

MRIによる骨格筋の評価では、T1強調画像とT2強調画像を用いた詳細な解析を行い、筋組織の質的な変化と量的な変化の両面から進めていきます。

画像診断で評価する項目

  • 筋組織における信号強度の変化パターン
  • 脂肪組織による置換の程度と分布
  • 選択的な筋萎縮の分布と進行度

遺伝子検査と筋生検による確定診断

遺伝子検査ではジストロフィン遺伝子の変異解析を行い、エクソン欠失や重複、点変異などの変異パターンを同定することで、確定診断を行います。

筋生検による病理組織学的検査では、筋線維の大小不同、壊死・再生像、線維化などの特徴的な所見を観察することが可能です。

Becker型筋ジストロフィーの治療法と処方薬、治療期間

Becker型筋ジストロフィーの治療では、ステロイド薬を中心とした薬物療法と理学療法を組み合わせます。

薬物療法

ステロイド薬による治療は、筋力低下の進行を抑制する目的で実施します。

ステロイド薬の投与開始時期は、歩行機能の低下が明確になり始めた時期が推奨されており、早期からの介入により筋力低下の進行を効果的に抑制できます。

投与方法には連日投与と間欠投与があり、それぞれの患者さんの状態や年齢に応じて投与スケジュールを決めることが大切です。

薬剤名投与期間の目安
プレドニゾロン6ヶ月~数年
デフラザコート1年~長期的

理学療法による機能維持

関節の可動域を維持するための運動療法と、呼吸機能を保持するための呼吸リハビリテーションを併用することで、日常生活動作の維持を目指します。

理学療法は週2〜3回程度から開始し、患者さんの体力や生活リズムに合わせて徐々に調整していくことが重要です。

過度な運動は逆効果となる場合があるため、運動強度の設定には注意を払い、疲労度に応じて休息を取り入れながら実施していきます。

下肢の関節拘縮予防は重要度が高く、早期からのストレッチングと可動域の訓練を実施することで、歩行機能の維持を延長することが可能です。

  • 関節可動域訓練の実施
  • 筋力維持運動の指導
  • 呼吸機能訓練の導入
  • バランス練習の実践

心機能のモニタリング

心筋にも影響が及ぶことがあるため、定期的な心機能評価を行い、ACE阻害薬やβ遮断薬を使用することがあります。

心機能障害の早期発見と予防的な治療介入により、心不全の発症リスクを軽減でき、予後の改善につながります。

ただし、副作用を考慮し、ACE阻害薬やβ遮断薬は徐々に導入することが重要です。

評価項目実施頻度
心エコー検査6ヶ月~1年毎
心電図検査3~6ヶ月毎

Becker型筋ジストロフィーの治療における副作用やリスク

Becker型筋ジストロフィーの治療で用いられるステロイド薬や心機能維持のための薬剤などには、副作用が伴います。

ステロイド治療に関連する副作用

長期的なステロイド使用は、投与量や投与期間に応じて様々な副作用が現れるので、特に成長期では骨代謝への影響に注意が必要です。

ステロイド薬の副作用は、投与開始後早期から現れることがあり、消化器症状や血糖値の変動については、投与開始直後からのモニタリングが欠かせません。

注意が必要な副作用

  • 体重増加と満月様顔貌
  • 骨密度低下と骨粗鬆症の進行
  • 血糖値上昇と耐糖能異常
  • 消化管潰瘍と出血リスク
副作用発現頻度と特徴
骨粗鬆症高頻度かつ進行性
胃潰瘍中頻度で出血リスク
白内障低頻度だが進行性

呼吸管理における要因

人工呼吸器使用に伴うリスク要因については、定期的なモニタリングが不可欠で、特に感染症予防が大切です。

合併症対応方針
気道感染予防的な抗菌薬投与
肺炎定期的な胸部評価
無気肺体位変換による予防

循環器系の管理におけるリスク

心機能低下に対する薬物療法では、投与薬剤の種類や投与量によって様々な副作用があり、腎機能や電解質バランスへの影響についての経過観察が必要です。

ACE阻害薬やβ遮断薬などの心不全治療薬は、血圧低下や徐脈などの副作用を起こすことがあるので、投与開始時には少量から開始し、段階的に増やしていきます。

利尿薬の使用に際しては、特にカリウム値の変動は不整脈のリスクを高める要因となることから、定期的な血液検査を行います。

循環器系の治療に関連する副作用

  • 低血圧と循環動態の変動
  • 腎機能障害と電解質バランスの乱れ
  • 電解質異常に起因する不整脈
  • 心収縮力に影響を及ぼす薬剤相互作用

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療における費用

各種検査は状態や症状に応じて組み合わせて実施し、1回の外来受診で複数の検査を行うこともあります。

診療内容自己負担額
血液検査3,000円~
心電図2,500円~
筋力検査2,000円~

投薬治療の費用

ステロイド薬を中心とした薬物療法は長期的な継続が必要です。

薬剤種類月額費用
ステロイド2,000円~
心保護薬3,000円~

リハビリテーション費用

理学療法や作業療法などのリハビリテーションは、運動機能の維持に重要で、週に2〜3回程度行い、呼吸リハビリテーションは、呼吸機能の状態に応じて実施回数を決定します。

  • 理学療法(1回)1,500円~2,500円
  • 作業療法(1回)1,500円~2,500円
  • 言語聴覚療法(1回)1,500円~2,500円
  • 呼吸リハビリ(1回)1,500円~2,500円

以上

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