Benedikt症候群(Benedikt’s syndrome)とは、脳の中心部にある中脳の特定の部位が傷つくことで発症する神経の疾患で、手足の震えや目の動きに問題が出る症状が特徴的です。
この病気になると、脳の障害を受けた反対側の手足がふるえたり、うまく動かせなくなったりするほか、同じ側の目の動きが悪くなって、日常生活を送るのが困難になります。
Benedikt症候群の主な症状
Benedikt症候群の症状は、中脳被蓋部の病変により現れる、動眼神経麻痺と対側の小脳性運動失調、不随意運動などです。
動眼神経麻痺による眼球運動障害について
動眼神経麻痺により、眼瞼下垂や眼球運動の制限が生じ、患者さんの視覚機能に著しい影響を及ぼすとともに、日常生活における視覚的な情報処理にも支障をきたします。
外眼筋の機能低下により、上下左右の眼球運動が著しく制限され、複視などの症状を引き起こすことが多くみられるほか、急激な視線の移動や持続的な注視が困難となることで、読書やスマートフォンの操作などにも影響が起きます。
眼瞼挙筋の麻痺により、上眼瞼が下がる眼瞼下垂が出現し、視野が制限されることに加えて、病変側の眼球運動制限により、代償性の頭位変化が生じることもあり、頸部への負担が増大します。
眼球運動の方向 | 障害される外眼筋 |
上方向への運動 | 上直筋 |
内方向への運動 | 内直筋 |
下方向への運動 | 下直筋 |
症状は通常、病変と同側に出現しますが、神経学的所見の詳細な評価により、症状の程度や範囲を正確に把握することが重要です。
対側の運動障害と不随意運動
赤核および赤核周囲の神経線維が障害されることにより、病変の反対側に小脳性運動失調が現れ、症状は特に細かな動作や歩行時に顕著となることが多いです。
運動失調により、歩行時のふらつきや手足の協調運動障害が目立つようになるとともに、日常生活における微細な動作の制御にも影響が及び、書字動作や食事動作などにおいて困難さが増します。
不随意運動として、振戦やアテトーゼ様運動が特徴的に認められ、随意運動時に増強することがあるため、意図的な動作の遂行に支障をきたします。
感覚障害と筋力低下
中脳被蓋部の障害により、病変の反対側に表在感覚障害や深部感覚障害が現れることがあり、感覚障害は上肢から下肢まで広範囲に及ぶことが多いです。
感覚の種類 | 主な症状 |
表在感覚 | 温痛覚の低下 |
深部感覚 | 位置覚の障害 |
複合感覚 | 二点識別覚の低下 |
感覚障害の範囲や程度は個々の症例によって異なりますが、深部感覚障害が顕著な場合には、運動失調症状がさらに増悪する傾向にあることが明らかとなっています。
自律神経症状について
瞳孔括約筋の機能障害により、病変側の瞳孔が散大し、対光反射がまた弱くなるもしくは消失するとともに、瞳孔調節障害により近見時の焦点調節が困難となることで、読書や細かい作業時の視覚的な負担が増します。
交感神経系の関与により、発汗異常や皮膚温の変化なども観察されることがあり、これらの自律神経症状は他の神経学的症状と複合的に現れることで、全体的な身体機能に影響を及ぼすので注意が必要です。
Benedikt症候群の原因
Benedikt症候群は、脳幹の一部である中脳において、特に赤核や動眼神経核を含む領域に発生する様々な病変によって引き起こされる神経学的疾患であり、血管障害、腫瘍形成、炎症性変化などが主な原因として知られています。
中脳の解剖学的特徴と病変部位
中脳被蓋部は、生命活動と深く関わる様々な神経核や神経線維が高密度に集中している部位で、この領域における微細な損傷でさえも、複雑な神経学的症候群を引き起こします。
中脳被蓋部における神経構造の配置は非常にきわめて細かく、特に赤核と動眼神経核という二つの重要な神経核が近接して存在していることが、Benedikt症候群の特徴的な症状パターンを生み出す背景になっています。
解剖学的構造 | 主な機能 |
赤核 | 運動調節、姿勢制御 |
動眼神経核 | 眼球運動の制御 |
大脳脚 | 運動情報の伝達 |
中脳における神経回路網の複雑性と相互連絡の緊密さは、障害が多彩な神経症状を起こす原因となっており、運動調節系と眼球運動系の両方が同時に影響を受けやすいです。
血管性病変による発症メカニズム
中脳領域の血液供給は、主に脳底動脈とその分枝である傍正中動脈や四丘体動脈によって担われており、血管系における循環障害は、Benedikt症候群の発症につながる重要な要因です。
特に、脳底動脈からの穿通枝は中脳被蓋部の血液供給において大切な役割を果たしており、これらの小血管における微小な変化が、局所的な虚血や出血を起こす可能性があります。
発症に関与する血管性要因
- 脳底動脈の動脈硬化
- 穿通枝の閉塞
- 微小出血
- 血管奇形
- 血管炎症
中脳の血管構築は非常に繊細で、動脈硬化性変化や血管炎症などによる血管壁の障害は、血流動態に重大な影響を及ぼします。
腫瘍性病変と炎症性疾患
中脳における腫瘍性病変は、直接的な組織圧迫や浸潤によって神経構造を破壊し、Benedikt症候群の原因となります。
病変の種類 | 特徴的な所見 |
原発性腫瘍 | 中脳実質内の腫瘍性増殖 |
転移性腫瘍 | 他臓器からの転移巣 |
炎症性病変 | 脱髄や肉芽腫性変化 |
炎症性疾患による中脳病変では、自己免疫反応や感染によって引き起こされる組織障害が、神経核や神経線維の機能不全をもたらします。
外傷・感染症による発症
頭部への強い衝撃や穿通性外傷は、中脳実質の直接的な損傷や二次的な循環障害を起こし、Benedikt症候群の発症要因の一つです。
神経感染症による中脳病変では、病原体の直接的な組織侵襲や炎症反応による二次的な組織障害が、神経核や神経線維の機能障害を起こす可能性があります。
また、感染性病変による中脳障害では、急性期の炎症反応だけでなく、慢性的な組織変化や瘢痕形成なども発症の原因です。
診察(検査)と診断
Benedikt症候群の診断では、神経学的診察、画像検査、生理学的検査を組み合わせながら、中脳における病変の位置や性質を特定し、患者さんの症状との関連性を慎重に評価していきます。
神経学的診察の基本アプローチ
神経学的診察では、動眼神経麻痺による目の動きの異常や、手足の震えなどの運動失調といった特徴的な症状について、細やかな観察と詳細な記録を行うことが診断の第一歩です。
診察では、まず眼球運動検査を通じて、目の動きの制限や異常、瞳孔反応などを詳しく調べ、動眼神経の障害の程度や範囲を確認していきます。
検査項目 | 観察のポイント |
眼球運動 | 眼球の上下左右の動き、瞳孔反応 |
運動機能 | 手足の震え、バランス、協調性 |
反射機能 | 深部腱反射、病的反射の有無 |
続いて、手足の運動機能検査では、歩行時のバランスや協調運動の状態を注意深く観察し、症状の左右差や日常生活への影響度を評価します。
画像診断による病変の特定
画像診断では、高性能なMRIやCTスキャンを用いて、中脳の赤核や動眼神経核周辺の構造を詳細に観察し、わずかな異常所見も見逃さないよう入念な検査を実施します。
特に中脳被蓋部における微細な信号変化や構造異常の有無を慎重に確認することで、病変の範囲や性質をより正確に把握することが可能です。
以下の点に注目して画像評価を進めていきます。
- 中脳被蓋部の信号変化
- 赤核領域の構造異常
- 動眼神経核周辺の病変
- 血管性病変の有無
- 腫瘍性病変の有無
生理学的検査による機能評価
生理学的検査では、神経伝導検査や誘発電位検査などを通じて、神経系の機能状態を客観的なデータとして記録し、障害の程度や範囲を評価します。
検査種類 | 評価内容 |
神経伝導検査 | 神経の伝導速度、振幅 |
体性感覚誘発電位 | 感覚神経路の機能 |
視覚誘発電位 | 視覚神経路の状態 |
確定診断に向けた総合的アプローチ
確定診断に向けては、これまでの検査結果を分析し、各種所見の相互関係を考慮しながら、診断の確実性を高めることが必要です。
必要に応じて脳脊髄液検査や血液検査なども追加実施し、他の神経疾患との鑑別を慎重に進めていくことで、より正確な診断と今後の方針決定につなげていきます。
Benedikt症候群の治療法と処方薬、治療期間
Benedikt症候群への治療アプローチは、薬物療法を中心とした対症療法が基本です。
薬物療法による治療アプローチ
抗パーキンソン病薬や筋弛緩薬などを組み合わせた薬物療法を実施し、症状の軽減を図るとともに、患者さんの日常生活における活動性の向上を目指した包括的な治療を行います。
薬剤分類 | 主な薬剤名 | 投与目的 |
抗パーキンソン病薬 | レボドパ製剤 | 不随意運動の改善 |
筋弛緩薬 | バクロフェン | 筋緊張の緩和 |
薬剤は、症状の程度や患者様の状態に応じて投与量を調整していくことが重要で、投与開始時には慎重な用量設定と効果判定を行いながら、徐々に増量することが大切です。
リハビリテーション
理学療法士による運動療法や作業療法士による日常生活動作訓練を実施し、運動機能の改善と日常生活における自立度の向上を目指したリハビリテーションプログラムを実施します。
リハビリテーションプログラム
- 協調運動訓練による歩行機能の改善
- バランス訓練による姿勢制御の強化
- 筋力トレーニングによる基礎体力の向上
- 微細運動訓練による手指機能の回復
リハビリテーションは、薬物療法と並行して実施することで、より効果的な治療成果が期待でき、特に発症早期からの介入が機能回復において大きな意味を持ちます。
眼科的治療アプローチ
視覚症状に対する治療として、プリズムレンズの処方や眼筋手術などの治療選択肢があります。
治療法 | 適応となる症状 | 期待される効果 |
プリズムレンズ | 複視 | 視野の補正 |
眼筋手術 | 眼球運動障害 | 眼位の改善 |
眼科的治療は、神経内科的治療と連携しながら進めていくことが不可欠で、手術療法を選択する際には、全身状態や神経症状の安定性を十分に考慮した上で実施時期を決定していくことが必要です。
治療期間と経過
治療期間は3か月から6か月を要し、症状の改善度合いに応じて継続的な治療を実施していく必要がありますが、この期間は患者さん個々の回復過程によって大きく異なります。
リハビリテーションプログラムは、機能回復の状況を見ながら、6か月程度の期間で実施していきますが、特に発症早期の集中的なリハビリテーションが重要です。
Benedikt症候群の治療における副作用やリスク
Benedikt症候群の治療では、薬物療法による消化器症状や眼科的治療に伴う合併症などがあります。
薬物療法に関連する副作用
抗パーキンソン病薬の使用に伴い、消化器症状や起立性低血圧などの副作用が出現することがあり、治療開始初期における慎重な経過観察と、必要に応じた投与量の調整が必要です。
副作用の種類 | 主な症状 | 対処方法 |
消化器症状 | 悪心・嘔吐 | 食後服用 |
循環器症状 | 血圧低下 | 段階的増量 |
筋弛緩薬の使用では、眠気や疲労感などの副作用に気を付けることが重要で、特に日中の活動性や運転などの機械操作に影響を及ぼす可能性があります。
眼科的治療のリスク
プリズムレンズ装用による頭痛や目の疲れといった不快症状が生じることがあり、症状は装用開始直後に特に顕著となる傾向にありますが、多くの場合、時間経過とともに順応していきます。
注意が必要な合併症
- 眼精疲労による頭痛
- めまいや吐き気
- 視野狭窄の悪化
- 眼圧上昇
これらの症状は個々の状態により異なる傾向にあり、特にプリズムレンズの度数調整や装用時間の設定については、患者様の状態を細かく確認しながら進めていく必要があります。
リハビリテーションに伴うリスク
リスクの種類 | 考えられる症状 | 予防策 |
過負荷 | 筋肉痛・関節痛 | 負荷量調整 |
転倒 | 骨折・打撲 | 環境整備 |
運動負荷による疲労や関節への負担が蓄積することがあり、特に高齢の患者さんでは、骨折などの重大な事故につながる可能性があるため、リハビリテーションの強度や頻度については慎重に判断することが大切です。
投薬中止に関するリスク
薬物療法の急な中断により、症状が急激に悪化する可能性があるため、何らかの理由で服薬を中止する際には、相談の上段階的な減量を行うことが推奨されます。
薬剤の減量や中止には慎重な判断必要で、特に抗パーキンソン病薬については、突然の中止により悪性症候群などの重篤な合併症を引き起こす危険性があります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
基本的な診療費の内訳
MRI検査は1回あたり15,000円から30,000円程度の費用が発生し、症状の進行具合によって実施頻度が変動します。
血液検査やその他の一般的な検査費用として、1回の外来受診につき5,000円から10,000円が必要です。
検査項目 | 保険適用後の費用(目安) |
MRI検査 | 15,000円~30,000円 |
CT検査 | 10,000円~20,000円 |
血液検査 | 3,000円~8,000円 |
神経伝導検査 | 5,000円~12,000円 |
薬物療法にかかる費用
神経症状の緩和に使用する薬剤の費用について、主な薬剤群とその費用を示します。
薬剤分類 | 月額費用(目安) |
抗痙攣薬 | 8,000円~15,000円 |
筋弛緩薬 | 5,000円~12,000円 |
神経保護薬 | 10,000円~20,000円 |
リハビリテーション費用
リハビリテーションにおける主な費用項目
- 理学療法 1回 3,000円~6,000円
- 作業療法 1回 3,000円~6,000円
- 言語聴覚療法 1回 3,000円~5,000円
- 運動機能訓練 1回 2,000円~4,000円
専門的治療の費用
神経内科での専門的な治療では、症状の種類や重症度に応じて、複数の治療法を組み合わせます。
脳神経外科での手術的治療が必要となる場合、手術費用として300,000円から1,000,000円程度が必要です。
ボツリヌス療法などの特殊治療では、1回の治療につき50,000円から150,000円程度の費用がかかります。
以上
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