脳幹出血(橋出血) – 脳・神経疾患

脳幹出血(橋出血)(brainstem hemorrhage)とは、生命維持に不可欠な脳幹部で発生する出血性の脳血管疾患です。

脳幹は呼吸や心拍、血圧の調節など、生命活動の中心となる機能を担う部分です。

この疾患は主に高血圧によって血管が破綻することで発症し、意識障害、手足の麻痺、眼の動きの異常、めまい、嘔吐といった症状が突然現れます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

脳幹出血(橋出血)の種類(病型)

脳幹出血(橋出血)には、大きく分けて中心部橋出血と部分的橋出血という2つの種類があり、出血する場所と広がり方が異なります。

病型分類の基本

脳幹出血を分類するとき、出血がどこで起きて、どのように広がっているかを調べることが重要です。

CTやMRIなどの検査で見つかった出血の場所と広がり方から、どの種類の脳幹出血なのかを判断します。

分類基準特徴的な所見
解剖学的位置橋背側領域/腹側領域
出血の範囲限局性/びまん性

中心部橋出血

中心部橋出血は、脳幹の真ん中にある「橋」という部分の中心で起こる出血で、両側に広がっていきます。

この場所には、呼吸や心拍など、生きていく上で欠かせない働きを担う神経の集まりがあり、出血が起きると両側の神経に影響が及びます。

進展方向解剖学的特徴
外側進展型小脳脚への波及
上下進展型中脳/延髄への波及

出血は最初に橋の中心で始まり周りに広がっていき、上下方向に広がる場合は、生命に関わる神経の働きに影響を与える可能性が高いです。

部分的橋出血

部分的橋出血における主な出血部位

  • 背側型 橋の後ろ側で起こる出血で、脳脊髄液がある空間に近い場所
  • 腹側型 手足の動きを司る神経の通り道に沿って起こる出血
  • 外側型 小脳につながる部分の近くで起こる出血
  • 混合型 上記の特徴が複数組み合わさった出血

部分的橋出血の特徴は、出血が橋の特定の場所に限られることで、中心部橋出血と比べると、影響を受ける神経の範囲が狭いです。

脳幹出血(橋出血)の主な症状

脳幹出血(橋出血)の主な症状は、意識状態の変化から呼吸・循環の異常、さらには運動機能の障害まであります。

初期症状と進行

脳幹出血が発症するとまず激烈な頭痛が突如として襲ってくることが多く、今までに経験したことのないような強さで、市販の頭痛薬では効果が得られにくいといほどのものです。

頭痛に続いて、めまいや吐き気といった症状が重なり合って出現し、症状は時間とともに急速に進行します。

初期の頭痛は、脳の深部で起こっている出血による頭蓋内圧の上昇を反映しており、拍動性で持続的な性質を持つことから、通常の片頭痛や緊張性頭痛とは明らかに異なります。

意識障害と神経症状

意識レベル主な特徴
軽度めまい、ふらつき、吐き気
中度傾眠、見当識障害、言語障害
重度昏睡、自発呼吸の低下、瞳孔異常

意識障害は、最初は軽いめまいや吐き気程度であっても、急速に症状が悪化して重度の意識障害に移行することがあるため、継続的な観察が欠かせません。

出血の範囲が広がるにつれて、見当識障害(時間や場所、人物の認識が困難になる状態)や言語障害(話すことや理解することが難しくなる状態)といった神経症状が次々と重なり合って現れます。

運動機能への影響

脳幹は人体の運動制御システムの中枢として働いており、ここでの出血は全身の運動機能に深刻な影響を及ぼします。

  • 片側または両側の手足の麻痺
  • 歩行困難や姿勢保持の障害
  • 構音障害(呂律が回りにくい)
  • 嚥下障害(飲み込みづらい)
  • 顔面神経麻痺

両側の手足の麻痺が生じた場合は、脳幹の広範な領域が障害を受けている可能性が高く、呼吸機能や循環動態にも影響が及びます。

自律神経症状

症状の種類症状
循環器症状血圧変動、不整脈
呼吸器症状呼吸リズムの乱れ、無呼吸
体温調節発熱、体温低下
消化器症状嘔吐、嘔気、唾液分泌異常

血圧の急激な変動や不整脈などの循環器症状は、脳幹出血の重症度を反映し、呼吸リズムの乱れや一時的な呼吸停止は、生命に関わる緊急事態につながるため、呼吸管理が必要です。

眼球運動障害

脳幹には眼球の動きをコントロールする重要な神経核が集中しており、複視(物が二重に見える)や眼振(眼球が不随意に動く)といった症状が起きます。

また、瞳孔の大きさや対光反射の変化は、脳幹の機能障害の程度を評価する上で重要な神経学的所見です。

眼球運動の異常は、単に視覚の問題だけでなく、脳幹全体の機能障害の程度を反映する重要な指標となります。

脳幹出血(橋出血)の原因

脳幹出血(橋出血)は主に高血圧性血管障害が原因となって発症する疾患で、長期にわたる血圧上昇によって血管壁が次第に脆弱化し、最終的に破綻することで起こります。

高血圧と血管への影響

持続的な高血圧により、血管壁の強度低下や弾力性の消失といった重大な問題が引き起こされます。

通常の血管であれば血圧の上昇に対して対応できますが、長期間にわたって高い圧力にさらされることにより、血管壁の構造が徐々に変化し、本来持っているはずの血管としての機能が失われていくのです。

血管壁の変化は、まず内側から始まり外側へと進行していきますが、その過程で血管壁の肥厚、微小な瘤の形成、血管の変性といった構造の変化が起こります。

血管の変化病理学的特徴
血管壁肥厚壁の線維化進行
微小瘤形成血管壁の膨隆
血管変性弾性線維の減少

穿通枝動脈の特徴と脆弱性

穿通枝動脈の特徴

  • 血管径が0.1-0.5mm程度と非常に細い
  • 直接脳幹深部に入り込む走行パターン
  • 血管壁が比較的薄い構造
  • 分岐が多く、血流の負担が大きい
  • 側副血行路が乏しい解剖学的特徴

穿通枝動脈は構造上の特性から高血圧による負荷の影響を直接的に受けやすく、他の脳内血管と比較して損傷を受けやすい状態にあります。

また、穿通枝動脈は脳幹の深部に直接血液を供給する重要な役割を担っているため、血管に問題が生じると深刻な結果につながる可能性が高いです。

その他の関連因子

加齢に伴う血管の自然な老化や糖尿病による持続的な血管障害も、脳幹出血の発症に関与していて、要因が重なることで出血のリスクが相乗的に上昇します。

抗凝固薬や抗血小板薬などの使用は、出血のリスクを高める要因となり、高齢者や高血圧を持つ患者さんでは慎重な投与が必要です。

また、遺伝的な要因として、血管の形成異常や結合組織の脆弱性を伴う様々な疾患も原因となります。

生活習慣に関連する要因は、過度の飲酒、喫煙、不規則な生活リズム、持続的なストレスなどです。

診察(検査)と診断

脳幹出血(橋出血)の診断は問診から始まり、神経学的診察、そして画像検査や各種検査を組み合わせながら進めていきます。

問診と初期診察

初診では、患者さんやご家族から症状が現れた時の様子や、それまでの健康状態について聞き取ります。

問診項目確認内容
発症時期発症時刻、状況、急激か緩徐か
随伴症状頭痛、めまい、嘔吐の有無
既往歴高血圧、糖尿病、脳卒中の有無
服薬歴抗凝固薬、抗血小板薬の使用状況

問診では経過の特徴や、頭痛やめまいといった随伴症状の有無について、できるだけ情報を集めることで、診断の手がかりを得ます。

また、高血圧や糖尿病といった基礎疾患の有無や、抗凝固薬や抗血小板薬の使用状況なども重要な情報です。

神経学的診察

神経学的診察は、脳の機能を細かく調べる診察方法で、以下の項目を順番に確認していきます。

  • 意識レベルの評価(JCS、GCS)
  • 瞳孔径と対光反射の確認
  • 眼球運動と眼振の観察
  • 顔面筋力と感覚の確認
  • 四肢の運動機能と腱反射の検査
  • 感覚機能の評価
  • 小脳機能の確認

診察項目は、それぞれが脳幹の異なる部分の機能を反映しており、診察結果から出血している可能性が高い部位を推測できます。

意識状態の評価では、声かけや指示への反応、さらに痛み刺激への反応なども含めて、観察を行います。

瞳孔の大きさや左右差、光を当てた時の反応(対光反射)なども、脳幹機能を判断する上で欠かせない所見です。

画像検査による診断

検査方法特徴と利点
CT検査出血の有無を素早く判定、緊急時に有用
MRI検査詳細な病変の把握、周囲への影響を確認
MRA検査血管の異常や奇形の発見に有効
血管造影血管病変の精密な評価が必要な際に実施

画像検査の中でもCT検査は出血を見つけるのに優れており、わずか数分で結果が分かるという利点があるため、第一選択肢です。

MRI検査では、より詳細な画像が得られ、出血の範囲や周囲の脳組織への影響を立体的に観察できることから、診断の確実性を高めるために重要な役割を果たします。

脳幹出血(橋出血)の治療法と処方薬、治療期間

脳幹出血の治療ではまず急性期において、呼吸・循環の管理や脳圧亢進への対策などを徹底的に行いながら、内科的治療と外科的治療を患者さんの状態に応じて組み合わせます。

急性期の全身管理

管理項目方法
呼吸管理気道確保、人工呼吸器使用
循環管理血圧降下薬、輸液療法
体温管理解熱薬投与、体表冷却
栄養管理経管栄養、輸液栄養

急性期における治療の最大の目標は、患者さんの生命維持に直結する呼吸と循環の安定化です。

呼吸管理においては、脳幹の機能低下による呼吸状態の悪化を防ぐため、気管挿管や人工呼吸器を使用することで十分な酸素供給を確保します。

循環管理では、脳出血の進行を防ぐために血圧をコントロールすることが不可欠で、ニカルジピンなどの降圧薬を持続点滴で投与します。

内科的治療薬

急性期から回復期にかけて使用する主な薬剤

  • 降圧薬(ニカルジピン、ジルチアゼムなど)
  • 脳浮腫改善薬(グリセオール、マンニトールなど)
  • 止血薬(カルバゾクロム、トラネキサム酸など)
  • 抗痙攣薬(フェニトイン、レベチラセタムなど)
  • 鎮静薬(ミダゾラム、プロポフォールなど)

脳浮腫改善薬については、出血周囲の脳組織の腫れを抑制することで神経症状の進行を防ぎ、また頭蓋内圧の上昇を抑えることで二次的な脳損傷を予防します。

外科的治療

手術方法適応となる状況
血腫除去術大きな血腫による圧迫がある場合
脳室ドレナージ水頭症を合併している場合
減圧開頭術重度の脳浮腫がある場合

外科的治療の実施は、血腫の大きさや位置、患者さんの年齢や全身状態、さらには発症からの経過時間なども含めて総合的に判断することが重要です。

回復期の治療

回復期の治療においては、急性期からの薬物療法を継続しながら、患者さんの残存機能を最大限に活かした機能回復訓練を実施します。

この時期の薬物療法では、再発予防のための抗血小板薬や血圧管理のための降圧薬を中心とし、抗てんかん薬なども併用し、また、リハビリテーションの進行に合わせて投薬内容を調整します。

治療期間について

急性期の治療は2〜4週間程度を要し、回復期リハビリテーション病院での治療期間は一般的に3〜6ヶ月程度となることが多いです。

脳幹出血(橋出血)の治療における副作用やリスク

脳幹出血の治療過程では、投薬や医療処置に伴うさまざまな副作用やリスクがあります。

血圧管理に伴うリスク

血圧を下げる治療を行う際には、急激な血圧低下により脳への血流が減少することで、神経の症状が悪化したり、新たな脳の血流障害を引き起こしたりする危険性があります。

降圧療法のリスク医学的影響
過度の血圧低下脳血流低下
急激な変動血流再分布障害
低血圧持続臓器虚血

特に発症直後の時期には、血圧の変動が神経の症状を急激に悪化させるため、24時間体制での慎重な観察と管理が大切です。

薬物療法に関連する副作用

治療で使用する主な薬剤による副作用

  • 浸透圧利尿薬による電解質異常や腎機能障害
  • 抗凝固薬による出血性合併症のリスク上昇
  • ステロイド薬による血糖値上昇や感染リスク増加
  • 降圧薬による臓器血流低下

薬剤は、脳幹出血の治療において必要なものですが、副作用を引き起こす可能性があり、投与量や投与時期、患者さんの状態に応じて慎重に使用します。

呼吸管理に伴うリスク

呼吸管理合併症病態
人工呼吸関連肺炎細菌感染
気道損傷粘膜びらん
換気関連肺障害圧損傷

人工呼吸器を使用する場合、長期間の管理が必要になるほど合併症のリスクは高まり、意識が低下している状態では、唾液や胃の内容物が気管に入ることで起こる肺炎のリスクが上昇します。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院時の基本的な治療費用

病室タイプ1日あたりの自己負担額(概算)
一般病床5,000~8,000円
ICU20,000~30,000円
準個室12,000~15,000円
個室15,000~25,000円

急性期の治療では、状態に応じてICUでの管理が必要となることが多く、この場合は通常の病室より大幅に費用が増加します。

画像診断・検査費用

検査項目自己負担額(3割負担時)
CT検査4,000~6,000円
MRI検査8,000~12,000円
脳血管造影15,000~20,000円
血液検査1,500~3,000円

画像検査は定期的に実施する必要があり、特に急性期には頻回の検査が必要です。

治療に使用する医療材料費

人工呼吸器や持続点滴に必要な医療材料には以下のような費用がかかります。

  • 人工呼吸器関連材料 1日あたり 3,000~5,000円
  • 点滴関連材料 1日あたり 2,000~3,000円
  • モニタリング機器関連材料 1日あたり 2,500~4,000円
  • 気管内チューブ関連材料 1本あたり 8,000~12,000円

投薬治療費用

急性期の薬物療法では、降圧薬、抗浮腫薬、止血薬など、複数の薬剤を併用することが多く、1日あたりの薬剤費は5,000円から15,000円程度です。

リハビリテーション関連費用

早期離床や機能回復を目的としたリハビリテーションでは、1回あたり2,000円から4,000円程度の費用が発生し、1日に複数回実施することもあります。

以上

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