脳梁離脱症候群 – 脳・神経疾患

脳梁離脱症候群(callosum disconnection syndromes)とは、脳の中で左右をつなぐ太い神経の束である「脳梁」が傷つくことで発症する神経の疾患です。

脳梗塞や外傷性脳損傷などによって引き起こされ、普段何気なく行っている両手を使う動作が難しくなったり、目で見たものの名前がすぐに出てこなくなったり、日常生活での不便さを感じることが多くなります。

また、脳の左右の情報のやり取りがスムーズにできなくなることで、言葉を理解したり話すことにも影響が出ることもあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

脳梁離脱症候群の主な症状

脳梁離脱症候群の主な症状は、左右の大脳半球間の情報伝達が障害されることによって起こる左右の手足の協調運動障害、視覚情報処理の異常、言語機能の低下などの神経学的症状です。

左右協調運動の障害について

脳梁離脱症候群において最もよく見られる症状は、左右の手足の協調運動における困難さで、両手を使用する複雑な作業において著しい障害が認められます。

両手動作時には、一方の手が他方の手の意図した動きを妨げるような干渉現象が発生し、日常生活における基本的な動作にも支障をきたします。

利き手による単独の作業では問題を示さないものの、両手を協調させる必要がある作業において困難を示すことが特徴です。

この状態では、左右の手足がそれぞれ独立して、あたかも別々の意思を持っているかのように動いてしまう症状が観察されます。

両手動作の種類見られる症状
書字動作利き手で文字を書こうとすると反対の手が干渉して妨害する
着衣動作ボタンを留めようとすると両手の協調が取れず困難を示す
道具使用箸やナイフとフォークなど、左右の手で異なる動作が必要な場合に混乱する

視覚情報処理の異常

視覚情報処理における障害は、視野の左右での情報統合に問題が生じる重要な症状で、この症状により患者さんの視覚世界は独特の分断を経験します。

左右の視野からの情報が統合されないために、物体の認識や空間把握に困難さが生じ、特に新しい環境での移動や物体の操作において顕著です。

視覚情報処理の障害は、単に物を見る能力の問題だけではなく、視覚的な情報と他の感覚情報との統合にも影響を及ぼすことが明らかになっています。

例えば、視覚的に捉えた物体の形状と、触覚で得られる情報との統合が行われないために、物体の正確な認識や操作に支障をきたすことがあります。

視覚症状の分類具体的な現象
物体認識左視野で見た物体の名前を言えない
読字障害文章の左側を読み飛ばす傾向がある
空間認識立体物の奥行きや位置関係の把握が困難になる

言語関連症状

言語機能に関連する症状として、以下のような特徴的な現象が観察されます。

  • 左手で触れた物体の名前が言えない触覚性失名辞
  • 左視野に提示された文字や物体の呼称障害
  • 音声言語の理解と表出の不一致
  • 読み書きにおける特異的な困難さ

言語関連症状は、大脳の左半球に存在する言語中枢と右半球との連携が障害されることによって生じます。

左手で触れた物体の名前を言い表すことができない症状は、触覚情報と言語機能の連携における障害を示す典型的な例です。

感覚統合の問題

視覚や触覚などの異なる感覚情報を統合して処理する能力が低下することにより、物体の認識や操作に独特の困難さが見られます。

左右の手で触れた物体の情報が正しく統合されないことにより、物体の形状や質感の認識に重大な支障をきたします。

初めて触れる物体や複雑な形状を持つ物体を扱う際に顕著となり、環境からの様々な刺激に対する反応や対処に独特のパターンが現れるのです。

高次脳機能への影響

高次脳機能における影響として、注意機能や実行機能に関連する症状が起き、症状は複雑な課題や状況への対応において顕著です。

複数の課題を同時に遂行する際の困難さが目立ち、課題の優先順位付けや切り替えに関する機能が大きな影響を受けることが明らかになっています。

記憶機能は視覚性記憶と言語性記憶の統合に関する問題が生じることが多く、学習や情報処理に独特の影響を与えることが確認されています。

脳梁離脱症候群の原因

脳梁離脱症候群の主たる原因は、脳の左右半球をつなぐ神経線維束である脳梁に生じる損傷や機能障害で、脳卒中や外傷性脳損傷、腫瘍、手術などの様々な要因によって起きます。

脳梁の解剖学的特徴と損傷メカニズム

脳梁は人間の脳の中で最も大きな白質構造体で、およそ2億本もの神経線維が束となって左右の大脳半球をつないでいます。

この構造は前から後ろに向かって吻部、膝部、体部、峡部、膨大部という5つの部位に分かれており、それぞれが特定の脳領域同士の情報伝達を担当しています。

複雑な構造を持つ脳梁は、様々な原因によって損傷を受けますが、特に血管障害による損傷が最も多いです。

脳梁の部位連絡する皮質領域
吻部・膝部前頭葉領域
体部運動野・体性感覚野
峡部頭頂葉・側頭葉
膨大部後頭葉・側頭葉

脳梁離脱症候群を起こす疾患

脳梁離脱症候群の原因となる疾患は多岐にわたり、発症機序や進行の仕方も疾患ごとに大きく異なります。

特に注目すべきは、急性期に発症する疾患と慢性的に進行する疾患では、脳梁への影響の現れ方が全く違う点です。

  • 脳血管障害(脳梗塞、脳出血)
  • 外傷性脳損傷
  • 脱髄性疾患(多発性硬化症など)
  • 脳腫瘍
  • 先天性形成異常

脳血管障害による急性期の損傷と、多発性硬化症などの慢性進行性の疾患による損傷では、進行パターンや予後が大きく異なることが明らかになっています。

脳梁損傷のリスク因子

脳梁損傷のリスクを高める要因には、環境因子と遺伝的要因が複雑に関係しており、いろいろな要因が重なり合うことで、損傷のリスクが相乗的に上昇します。

生活習慣病との関連が深く、管理状態が予後に大きく影響を与えます。

リスク因子影響する機序
高血圧血管壁の損傷による微小出血
糖尿病血管障害と神経変性
喫煙血管内皮障害と酸化ストレス
加齢神経線維の脆弱化

診断までのプロセスと原因特定

画像診断技術の進歩により、脳梁の微細な構造変化や機能的な異常を高い精度で検出できるようになってきました。

MRIを用いたDTI(拡散テンソル画像)や脳機能的MRIは、従来の画像診断では捉えることが困難だった神経線維の走行や機能的な連結性の変化を可視化できます。

画像診断技術を組み合わせることで、脳梁離脱症候群の原因をより正確に特定し、個々の患者さんに対応を選択することが可能です。

診察(検査)と診断

脳梁離脱症候群の診断においては、神経学的診察における両手協調運動の評価、各種神経心理学的検査の実施、そして最新の画像診断技術を用いた多面的なアプローチが必要です。

神経学的診察の基本手順

両手の協調性を確認する神経学的診察では、両手でそれぞれ異なる動作を行う複数の課題を実施し、左右の手の動きの独立性と協調性について、詳細な観察を行います。

診察では、片手で円を描きながら、もう片方の手で直線を描くといった課題を患者さんに与え、遂行状況を細かく観察することで、両手の協調性における問題点を明らかにしていきます。

両手の動きが互いに干渉し合う状況や、意図しない手の動きが出現する際の特徴的なパターンを記録することで、診断の精度を高めることが不可欠です。

検査項目実施内容
交互運動検査両手で異なるリズムの反復運動を行う
二点識別検査左右の手で物体の形状や質感を識別する
運動模倣検査医師の示す手指の動きを模倣する

神経心理学的検査

神経心理学的検査においては、言語機能、視覚認知機能、空間認識能力など、多岐にわたる認知機能の詳細な評価を実施することで、脳梁離脱症候群に特徴的な認知機能の障害パターンを明らかにします。

神経心理学的検査を組み合わせることで、脳梁離脱症候群における認知機能の障害パターンを把握することが大切です。

  • 視覚性命名検査による左右視野での物体認識
  • 触覚性命名検査による左右手での物体認識
  • 聴覚性理解検査による言語処理能力の評価
  • 空間認知検査による立体認識能力の確認
  • 記憶機能検査による視覚性記憶と言語性記憶の評価

各検査は段階的に難易度を上げながら実施し、患者さんの認知機能における特徴的なパターンを分析することで、より正確な診断につなげていきます。

特に、左右の視野や手における認知機能の違いに注目し、それぞれの特徴を記録することで、脳梁離脱症候群に特有の症状パターンを明らかにすることが可能です。

画像診断

画像診断では、MRIやCTなどの構造画像に加え、機能的MRIや脳波検査などの機能画像も併用することで、脳梁の構造的・機能的な状態を多角的に分析します。

特に機能的MRIで、安静時や課題遂行時における左右大脳半球間の機能的な連携状態を詳細に観察することが重要です。

画像検査診断目的
MRI検査脳梁の形態学的異常を確認する
機能的MRI左右大脳半球間の機能的連携を評価する
脳波検査大脳両半球の電気的活動を記録する

脳梁離脱症候群の治療法と処方薬、治療期間

脳梁離脱症候群の治療では、患者さんの症状や状態に合わせて薬物療法、リハビリテーション、認知機能トレーニングなどを組み合わせた治療を行い、6ヶ月から1年程度の期間をかけて回復を目指します。

薬物療法の基本方針

脳梁離脱症候群の薬物療法では、神経伝達物質の働きを調整する薬剤を使用することで脳の左右半球間における情報伝達の改善を図り、複数の作用機序の異なる薬剤を組み合わせることで、より効果的な治療効果を引き出します。

抗てんかん薬は神経細胞の過剰な興奮を抑制する働きがあり脳の左右半球間の情報伝達を安定させる効果が期待できる一方で、神経伝達物質調整薬はシナプスでの情報伝達を促進することで脳の機能回復を助ける働きがあります。

薬剤分類主な使用目的
抗てんかん薬神経興奮の制御
神経伝達物質調整薬シナプス機能の改善
抗炎症薬神経炎症の抑制
神経保護薬神経細胞の保護

リハビリテーションプログラム

リハビリテーションは脳梁離脱症候群の治療において中核を成す治療法の一つで、両手の協調運動や視覚情報の処理、言語機能の回復に重点を置いたプログラムを実施します。

重要なのは、患者さんの回復段階に応じて徐々に難易度を上げていくことで、着実な機能回復を図ることです。

  • 両手協調運動訓練
  • 視覚情報処理訓練
  • 言語機能回復訓練
  • バランス訓練
  • 日常生活動作訓練

多面的なトレーニングプログラムは、脳の神経可塑性を最大限に活かしながら機能回復を促進することが目的です。

認知機能トレーニング

認知機能の改善に向けたトレーニングでは、コンピュータを用いた専門的なプログラムと従来型の認知リハビリテーションを効果的に組み合わせることで、失われた機能の代償的な回復を促進します。

特に記憶力や注意力、実行機能、視空間認知能力の向上に焦点を当てた総合的なアプローチを実施することが大切です。

トレーニング種類期待される効果
記憶力訓練短期記憶の向上
注意力訓練集中力の改善
実行機能訓練問題解決能力の向上
視空間認知訓練空間把握能力の改善

治療期間と経過

脳梁離脱症候群の治療期間は6ヶ月から1年程度が必要です。

この間、薬物療法による神経機能の安定化を図りながら並行してリハビリテーションや認知機能トレーニングを実施していくことで、より効果的な機能回復を目指します。

発症初期の3ヶ月間は脳の可塑性が最も高く機能回復が期待できる重要な時期です。

この時期に集中的なリハビリテーションを行うことで、より効果的な機能回復を促進することができ、その後の長期的な予後にも大きな影響を与えます。

脳梁離脱症候群の治療における副作用やリスク

脳梁離脱症候群の治療に伴う副作用やリスクには、薬物療法に関連する消化器系や自律神経系への多様な影響などがあります。

薬物療法における副作用

抗痙攣薬や筋弛緩薬などの投与に際しては、複数の薬剤を併用することによって、予期せぬ相互作用が発生することがあり、綿密なモニタリングが必要です。

薬物療法においては、個々の薬剤が持つ特有の副作用に加えて、複数薬剤の組み合わせによって生じる相互作用にも十分に注意し、定期的な血液検査による経過観察が欠かせません。

薬剤の種類主な副作用
抗痙攣薬眠気、めまい、食欲低下、肝機能障害
筋弛緩薬脱力感、嘔気、視覚障害、口渇
抗不安薬依存性、認知機能低下、ふらつき

投薬開始前に、患者さんの既往歴や現在服用中の他の薬剤との相互作用について確認し、特に高齢者や基礎疾患を有する患者さんに対しては、より慎重な投薬管理が求められます。

画像検査に伴うリスク

画像検査実施時には、それぞれの検査方法に特有のリスクが存在することを認識し、事前の十分な説明と必要な対策を講じることが重要です。

検査の種類関連するリスク
MRI検査金属製インプラントの影響、閉所恐怖症状の誘発
CT検査放射線被曝、造影剤アレルギー
血管造影出血、感染症、血管損傷

画像検査においては、造影剤使用に伴うアレルギー反応や、放射線被曝による影響などのリスクもあります。

免疫系への影響

免疫系への影響については、長期的な薬物療法を実施する際に注意が必要で、定期的な血液検査による免疫機能のモニタリングが欠かせません。

一部の治療薬は免疫系に影響を与え、感染症に対する抵抗力が低下するので、感染症の予防に対する配慮が必要です。

長期的な投薬により、骨密度の低下や内分泌系の機能変化など、様々な身体機能への影響が出現する可能性もあります。

肝機能・腎機能への負担

使用する薬剤の種類や投与量によって、肝臓や腎臓への負担が増大し、既往歴のある患者さんにおいては、より慎重な投薬管理とモニタリングが必須です。

高齢者においては、薬物の代謝能力が低下していることから、副作用が現れやすく、投与量の調整や代替薬の検討を行うこともあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院時の検査費用

MRI検査、CT検査、脳波検査などの神経学的検査は、保険診療の対象です。

検査の種類保険適用後の自己負担額(3割負担の場合)
MRI検査15,000円~25,000円
CT検査8,000円~15,000円
脳波検査4,000円~8,000円
血液検査3,000円~6,000円

薬物療法の費用

薬物療法における費用は、処方される薬剤の種類や投与量によって変動します。

薬剤の種類1ヶ月あたりの自己負担額(3割負担の場合)
抗痙攣薬3,000円~12,000円
筋弛緩薬2,000円~8,000円
神経調整薬4,000円~15,000円

リハビリテーション費用

リハビリテーションにかかる主な費用項目は以下の通りです。

  • 理学療法  1回あたり3,000円~5,000円
  • 作業療法  1回あたり3,000円~5,000円
  • 言語療法  1回あたり3,000円~5,000円
  • 認知機能訓練  1回あたり2,000円~4,000円

定期フォローアップの費用

標準的な外来診察と基本的な検査を含めた場合、1回あたり10,000円から20,000円程度の費用が必要です。

画像検査を含む総合的な定期検査では、30,000円から50,000円程度の費用となります。

入院時の総費用

急性期の入院治療では、1日あたり30,000円から50,000円、回復期の入院リハビリテーションでは、1日あたり20,000円から35,000円程度です。

標準的な入院期間である2週間から1ヶ月の場合、総額で300,000円から800,000円程度の費用が見込まれます。

以上

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