手根管症候群 – 脳・神経疾患

手根管症候群(carpal tunnel syndrome)とは、手首の部分にある手根管という狭い通路の中を通る正中神経が圧迫されることによって起こる神経障害のことです。

手のしびれや痛み、脱力感が、親指から中指に現れ、進行すると、物をつかむ力が弱くなったり、手先の細かい作業が困難になります。

この疾患は、40代以降の女性に多く見られ、妊娠中の方や糖尿病、関節リウマチなどの基礎疾患がある方は発症リスクが高いです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

手根管症候群の主な症状

手根管症候群では、手のしびれや痛み、脱力感といった神経症状が生じ、特に親指から中指にかけての症状が顕著となって、夜間に悪化します。

初期症状の特徴

手根管症候群の初期段階で見られるのは、手のしびれ感です。

夜間から早朝にかけて症状が強まり、多くの患者さんが夜中に手のしびれで目が覚めることを経験し、手を振ったり、揉んだりすることで一時的な症状の緩和を図ろうとします。

初期の段階の症状は一時的なもので、手首を動かすことで改善することがありますが、進行とともに症状の持続時間が延長します。

時間帯症状の特徴
早朝起床時のこわばり感が強い
日中活動による間欠的なしびれ
夜間持続的な痛みとしびれ
深夜痛みによる睡眠障害

感覚障害の分布と進行

正中神経の支配領域に一致して感覚障害が現れます。

見られる症状のパターン

  • 親指から中指にかけての痛みとしびれ感
  • 手掌部の違和感と感覚鈍麻
  • 指先の温度感覚の低下
  • 物を掴む際の触覚異常
  • 手首を曲げた際の電気が走るような痛み

感覚障害は、時間の経過とともに徐々に悪化し、症状の出現頻度や持続時間が増加するのが特徴です。

運動機能への影響

感覚障害の進行に伴い、手の運動機能にも影響が及んでいき、母指球筋の筋力低下がよく見られる症状です。

親指の巧緻運動が障害されることにより、ボタンかけや箸の使用などの細かい作業に支障をきたすようになってきます。

運動機能障害具体的な症状
握力低下物を落としやすくなる
巧緻運動障害小さな物がつまみにくい
母指球筋萎縮手のひらがやせる
手首の可動域制限曲げ伸ばしが困難

進行性の症状変化

症状の進行に伴い、しびれや痛みの範囲が徐々に拡大し、手首から前腕部にまで症状が及びます。

夜間の痛みの増強により睡眠の質が低下し、日中の手の使用にも大きな制限が生じることも。

進行期には、物を落としやすくなったり、ペットボトルのふたが開けづらくなったりするなど、手の使用に明らかな支障が出始め、また、母指球筋の萎縮が目立ち、手のひらの形状に変化が現れることもあります。

随伴症状

手根管症候群の主症状に加えて、手首を使う動作時の違和感や、前腕部までの放散痛、さらには肩こりなども伴うことがあり、症状が相互に影響し合って症状を複雑化させます。

長時間のパソコン作業や手作業で手首を曲げた状態での作業継続は、症状を悪化させる要因です。

手根管症候群の原因

手根管症候群は、解剖学的要因、全身性疾患、職業性要因、そして加齢変化など、複数の要因が組み合わさって発症します。

発症メカニズム

手根管は8個の手根骨と横手根靭帯によって形成される狭い通路で、この限られた空間に9本の屈筋腱と正中神経が通過します。

手根管の断面積は非常に小さく、わずかな圧力変化でも神経への圧迫が生じやすい構造です。

解剖学的リスク因子発症への影響
手根管の狭小化神経圧迫の直接原因
手根骨の変形通路の変形による圧迫
屈筋腱の肥厚内圧上昇の原因
滑膜の炎症浮腫による圧迫

手根管内部の圧力上昇や組織の炎症が起こると、正中神経への圧迫が増強され、様々な神経症状を引き起こします。

全身性疾患との関連

全身性疾患が手根管症候群の発症に関与することが多く、いくつかの疾患との関連が指摘されています。

  • 糖尿病による末梢神経障害と微小血管障害
  • 関節リウマチに伴う滑膜炎と関節変形
  • 甲状腺機能低下症による組織の浮腫形成
  • 腎不全による電解質バランスの乱れと浮腫
  • アミロイドーシスによる組織沈着

性別・年齢による影響

女性ホルモンの変動は手根管症候群の発症に大きく関与しており、妊娠期や更年期における内分泌環境の変化が発症リスクの一因です。

年齢・性別要因発症リスクへの影響
妊娠後期体液貯留による浮腫
更年期ホルモンバランスの変化
閉経後組織の脆弱化
高齢期変形性関節症の合併

加齢に伴う組織の変性や弾力性の低下も手根管症候群の発症要因で、50歳以上の女性での発症頻度が高くなっています。

職業性要因と生活習慣

現代社会におけるデジタル機器の普及により、手首への負担が増大しており、職業性の要因が手根管症候群の発症に大きく関与するようになってきました。

特にパソコンやスマートフォンの長時間使用による手首の反復運動や、不自然な姿勢での作業継続が、手根管内の圧力上昇や組織の炎症を引き起こします。

工具や機械を使用する作業では、振動や衝撃による物理的な負荷が手根管内の組織に影響を与えます。

遺伝的要因と体質的特徴

手根管症候群の発症には遺伝的な要因も関与しており、家族歴のある方は発症リスクが高いです。

遺伝的な要因は、手根管の解剖学的構造の個人差や、結合組織の質的特徴などがあり、他の環境因子と相互に作用することで発症リスクが上昇します。

診察(検査)と診断

手根管症候群の診断は問診と理学所見の確認から始まり、各種神経学的検査や電気生理学的検査を行います。

問診による臨床所見の確認

初診時の問診では、患者さんの症状の発現パターンや日常生活における状況について、聞き取りを実施します。

問診では夜間から早朝にかけての症状と、持続時間や程度について聴取することが診断の手がかりです。

また、利き手との関係性や、基礎疾患の有無、年齢や性別といった背景因子も含めて、情報収集を行います。

神経学的診察

診察手技診察のポイント
Tinel徴候手根管部の叩打による放散痛
Phalen試験手首屈曲位での症状再現
圧迫テスト手根管部の直接圧迫による誘発
母指対立母指球筋の筋力評価

神経学的診察ではまず視診から開始し、母指球部の筋委縮の有無や手指の変形、皮膚の色調変化などを観察することで、病態の進行度合いを推測できます。

続いて実施するTinel徴候の検査では、手根管部を神経叩打器で軽く叩打した際の放散痛やしびれの誘発について確認し、この神経刺激に対する反応は、正中神経の圧迫状態を反映する指標です。

Phalen試験では両手首を90度屈曲位で1分間保持していただき、手根管内の正中神経への圧迫が増強されることで、日常生活で経験する症状を再現します。

圧迫テストは、手根管部に直接的な圧迫を加えることで症状が誘発されるかどうかを確認します。

感覚検査と筋力検査の実施方法

綿棒やモノフィラメントを使用した触覚検査では、正中神経支配領域における感覚閾値を確認していき、両側同時に比較しながら検査を進めることで、より正確な感覚障害の評価が可能です。

温度覚検査においても同様のアプローチで、神経障害の範囲と程度を把握していきます。

電気生理学的検査

検査項目測定内容
運動神経伝導速度遠位潜時、振幅
感覚神経伝導速度伝導速度、波形
針筋電図自発電位、運動単位電位

電気生理学的検査は、神経障害の客観的評価法として広く用いられている手法です。

運動神経伝導検査では、手根管部での伝導障害を評価することで障害の程度を判断でき、感覚神経伝導検査の結果は、感覚神経線維の障害程度を反映する重要な指標となります。

また、針筋電図検査では、神経障害の持続期間や程度をより詳細に評価することが可能です。

画像診断

超音波検査では、手首の動きに伴う正中神経や周囲組織の動態を、リアルタイムで観察することができるのが利点です。

MRI検査は横断面や縦断面での観察が可能で、また、正中神経の走行や周囲組織との関係性、神経の圧迫部位なども調べられます。

さらに、画像診断は神経周囲の滑膜炎や腱鞘炎の存在、手根管内の占拠性病変の有無についても、客観的な評価ができます。

手根管症候群の治療法と処方薬、治療期間

手根管症候群の治療には、症状の程度や持続期間に応じて保存療法と手術療法があります。

保存療法の基本アプローチ

手根管症候群の初期段階では、正中神経への過度な圧迫を軽減するため、固定用装具を用いた保存療法が第一選択です。

夜間の装具装着が重要で、就寝中の無意識な手首の屈曲を防ぐことで神経への持続的な負担を効果的に軽減します。

装具の種類使用目的と特徴
ナイトスプリント夜間の手首屈曲防止用
リストブレース日中の手首固定用
カスタムメイド装具個別の手首形状に対応

装具療法による治療期間は4週間から8週間程度を要し、この間、装具の装着状況と症状の変化を確認しながら、装着時間や固定強度の微調整を行います。

薬物療法

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)による治療は、手根管内の炎症と疼痛の両方に働きかけることで症状改善を促進することが目標です。

ロキソプロフェンやジクロフェナクは全身性の抗炎症に効果があり、2週間から4週間の継続的な服用で、手根管内の炎症状態を効果的にコントロールできます。

また、局所療法として用いる外用薬は、剤形や特性によって使い分けられます。

主な外用薬

  • インドメタシンクリーム 浸透性が高く、深部の炎症に効果的で、夜間の疼痛管理に優れている
  • ケトプロフェンテープ 1日24時間の持続的な薬効により、安定した消炎鎮痛効果が期待できる
  • ジクロフェナクゲル べたつきが少なく、日中の使用にも適しており、仕事中でも使いやすい
  • フェルビナクローション 広範囲への塗布が容易で、手首全体の治療に適している
  • ロキソプロフェンパップ  1日1回の貼り替えで済むため、継続的な治療がしやすく、高齢者に推奨

ステロイド注射療法

手根管内へのステロイド注射による治療は、即効性のある治療法です。

夜間痛みが強い患者さんや日常生活に支障をきたしている方に対して、劇的な症状改善をもたらし、他の保存療法を併用しながら、2週間から3ヶ月程度の症状改善が期待できます。

注射薬の種類期待される効果持続期間
デキサメタゾン2〜4週間の持続的な効果が特徴
トリアムシノロン1〜3ヶ月の長期効果が期待できる
ベタメタゾン3〜8週間の中期的な効果を示す

注射療法を実施する際は年間3回程度までを目安とし、それ以上の頻回投与は避けることが大切です。

手術療法の実際

保存療法による十分な改善が得られない患者さんに対しては、手術療法を検討します。

手術には開放手術と鏡視下手術があり、いずれも横手根靭帯の切離により正中神経の除圧を実現する治療法です。

従来の開放手術では、手掌部に2〜3センチメートルの切開を加えて直視下で手術を行い、特重症例や再発例に対して選択します。

一方、鏡視下手術は1センチメートル程度の小切開で実施できる低侵襲な手術方法で、術後の疼痛が少なく、早期の社会復帰が可能なのが利点です。

手術時間は30分から1時間程度で、局所麻酔下での実施が可能なため、患者さんの身体的負担を最小限に抑えられます。

術後のには約2週間から4週間を要しますが、この期間中に段階的なリハビリテーションを行うことで、より早期の日常生活動作への復帰を目指します。

手根管症候群の治療における副作用やリスク

手根管症候群の治療には、保存療法から手術療法まで様々な段階がありますが、それぞれの治療方法において特有の副作用やリスクが伴います。

保存療法における装具使用のリスク

装具療法では間違った装着方法や過度な固定によって合併症が生じ、装具の長期使用により手首周辺の筋力低下や関節の拘縮が進行することがあり、高齢者においては注意が必要です。

固定具の圧迫による皮膚トラブルも見られることがあり、特に夏季は蒸れによる皮膚炎や湿疹のリスクが高まるため、装具の素材選択や装着時間の調整が欠かせません。

装具使用による合併症予防のポイント
皮膚の発赤・かぶれ定期的な装具の洗浄と乾燥
筋力低下医師の指示による装着時間の調整
関節拘縮定期的なストレッチ運動の実施
循環障害装具の締め付け具合の確認

内服薬・外用薬による副作用

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用に伴う消化器系への影響として、胃部不快感や食欲不振といった症状が現れることがあり、また、長期服用によって胃潰瘍や十二指腸潰瘍のリスクが上昇することも懸念されます。

外用薬による皮膚への副作用

  • 接触性皮膚炎による発疹や痒み
  • 長期使用による皮膚の菲薄化や色素沈着
  • 貼付剤による粘着部位の皮膚トラブル
  • 薬剤の浸透による局所的な刺激症状
  • まれに全身性の過敏反応

ステロイド注射に伴うリスク

手根管内へのステロイド注射は、投与部位の疼痛や腫脹といった一時的な症状から、より深刻な合併症まで、様々なリスクがあります。

合併症の種類発生頻度と特徴
局所感染100回に1回程度
神経損傷1000回に1-2回程度
腱断裂極めて稀だが重篤
皮膚萎縮頻度は低いが注意が必要

注射部位の痛みは数日間持続し、時として手指のしびれが一時的に増強することもあり、また、糖尿病患者さんでは血糖値の上昇に注意が必要です。

手術療法における合併症

手術療法では、術中・術後を通じて様々なリスクがあり、手術方法によってそれぞれ特有の合併症があります。

開放手術では大きな切開を必要とするため、創部の感染や瘢痕形成のリスクが高いです。

正中神経や屈筋腱、掌側動脈弓といった重要な組織への損傷リスクがあり、特に再手術例では癒着により組織の同定が困難となることがあります。

鏡視下手術においては、視野が制限されることによる合併症のリスクがあり、門脈の位置異常がある場合には特に注意が必要です。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

保存療法における費用

保存療法ではまず神経の圧迫を軽減するため手首の安静を保つ必要があり、夜間装具による固定装具代は約2,000円~5,000円です。

投薬による疼痛管理では、消炎鎮痛剤やビタミンB12製剤などを用います。

治療内容自己負担額(3割負担の場合)
消炎鎮痛剤300円~600円/週
ビタミンB12200円~400円/週
湿布薬100円~300円/週

手術療法に関する費用

手術は局所麻酔下で実施することが多く、日帰り手術や1~2泊の短期入院で対応します。

手術方法概算費用(3割負担)
直視下手術3~4万円
内視鏡手術4~5万円

検査関連の費用

手根管症候群の診断にはいくつかの検査が必要です。

  • MRI検査 4,000円~6,000円
  • 神経伝導検査 2,000円~3,000円
  • 筋電図検 2,000円~3,000円
  • エコー検査 800円~1,200円

以上

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