頭蓋咽頭腫(craniopharyngioma)とは、脳の深部に位置する下垂体(ホルモンを分泌する重要な腺)付近に発生する良性の腫瘍です。
この腫瘍は、胎児期における脳の発達過程で残存した組織から形成されます。
小児期や若年成人期に診断されることが多く、腫瘍が徐々に増大すると、周囲の重要な脳組織や神経、血管を圧迫し、神経学的症状や内分泌系の問題を起こします。
頭蓋咽頭腫の主な症状
頭蓋咽頭腫は、視覚障害、内分泌機能低下、頭痛などの症状を起こす脳腫瘍です。
視覚障害
頭蓋咽頭腫は視神経や視交叉に近接して発生することが多く、視覚に関する症状が初期から現れます。
腫瘍が視神経を圧迫すると、視力低下や視野狭窄が生じ、患者さんによっては、両眼の外側半分の視野が欠ける両耳側半盲が起こることも。
視覚症状 | 特徴 |
視力低下 | 徐々に進行 |
視野狭窄 | 周辺視野から欠損 |
両耳側半盲 | 両眼の外側視野欠損 |
内分泌機能障害
頭蓋咽頭腫は下垂体や視床下部に影響を及ぼすため、ホルモン分泌に関わる症状が現れます。
- 成長ホルモンの分泌低下 小児では成長障害が起こる。
- 甲状腺刺激ホルモンの分泌不全 倦怠感や体重増加、寒がりなどの症状起こす。
- 性腺刺激ホルモンの分泌低下 性的発達の遅れや不妊などの問題が生じることも。
- 副腎皮質刺激ホルモンの分泌不全 ストレスへの対応力低下や全身倦怠感をもたらす。
頭痛と頭蓋内圧亢進症状
腫瘍の増大に伴い頭蓋内圧が上昇し、持続的または間欠的な頭痛が生じ、特に朝方に強くなり、嘔吐を伴うことが多いです。
重症の場合、意識レベルの低下や痙攣発作が起こる可能性があります。
水頭症
頭蓋咽頭腫が脳脊髄液の循環を妨げると、水頭症を起こすことがあります。
水頭症では、頭蓋内圧亢進に伴う症状に加え、歩行障害や認知機能の低下が見られます。
症状 | 頻度 |
頭痛 | 高い |
嘔吐 | 中程度 |
歩行障害 | 低い |
認知機能低下 | 低い |
頭蓋咽頭腫の原因
頭蓋咽頭腫は、胎児の発達過程で形成される頭蓋咽頭管という構造の遺残組織から発生する脳腫瘍です。
発生学的な背景
頭蓋咽頭腫の発生は、胎児が成長する過程と密接に関連しています。
胎児の発達段階で形成される頭蓋咽頭管は、本来であれば完全に消失するはずの構造ですが、時として一部が残ってしまうことがあります。
この残存した組織が後に異常な増殖を始めることで、頭蓋咽頭腫が形成されるのです。
遺伝子変異の関与
近年の遺伝子解析技術の進歩により、頭蓋咽頭腫の発生には特定の遺伝子変異が関わっていることが明らかになってきました。
特に注目されているのは、BRAF遺伝子とCTNNB1遺伝子の変異です。
BRAF遺伝子の変異は、乳頭型と呼ばれるタイプの頭蓋咽頭腫の発生と強い関連があることが分かっています。
一方、CTNNB1遺伝子の変異は、エナメル上皮型と呼ばれる別のタイプの頭蓋咽頭腫の発生に関与していることが示唆されています。
頭蓋咽頭腫の型 | 関連する遺伝子変異 | 特徴 |
乳頭型 | BRAF | 嚢胞性で液体を含むことが多い |
エナメル上皮型 | CTNNB1 | 固形性で石灰化を伴うことが多い |
年齢による発症パターンの違い
頭蓋咽頭腫は、小児から大人まで幅広い年齢層で発生する腫瘍ですが、年齢によって発症のパターンに違いがあることが分かっています。
小児の場合、5歳から14歳の間に発症のピークがあり、大人では40歳から60歳の間で発症率が高いです。
- 小児の発症ピーク年齢 5-14歳
- 成人の発症ピーク年齢 40-60歳
- 全年齢での年間発生率 人口100万人あたり約1.3-2.0例
年齢群 | 発症の特徴 | 考えられる要因 |
小児 | 二峰性の分布、5-14歳にピーク | 成長期のホルモン環境の変化 |
成人 | 40-60歳で発症率が上昇 | 加齢に伴う細胞修復機能の低下 |
診察(検査)と診断
頭蓋咽頭腫の診断には、病歴聴取、神経学的検査、画像診断、および病理学的検査を組み合わせた包括的アプローチが欠かせません。
初期評価と神経学的検査
頭蓋咽頭腫の診断プロセスは、病歴聴取から始まります。
視力低下や頭痛などの症状の発現時期や進行について慎重に確認します。その後、神経学的検査を実施し、視野欠損や内分泌機能障害の有無を評価します。
画像診断
画像診断はMRI(磁気共鳴画像法)とCT(コンピュータ断層撮影)が主要な検査方法です。
検査方法 | 特徴 | 診断における役割 |
MRI | 軟部組織の詳細な描出が可能 | 腫瘍の位置、大きさ、周囲組織との関係を評価 |
CT | 石灰化の検出に優れる | 腫瘍内の石灰化を高精度で検出 |
内分泌機能検査の実施
頭蓋咽頭腫は視床下部-下垂体系に影響を及ぼすため、内分泌機能検査も診断過程で重要です。
- 成長ホルモン分泌刺激試験
- ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)分泌刺激試験
- 甲状腺機能検査
- 性腺機能検査
- 抗利尿ホルモン分泌不適切症候群(SIADH)の評価
確定診断
頭蓋咽頭腫の確定診断には病理学的検査が決定的な役割を果たし、手術時に採取した組織サンプルを用いて病理組織学的検査を実施します。
検査方法 | 目的 | 意義 |
生検 | 組織サンプルの採取 | 最小侵襲で腫瘍組織を得る |
病理組織学的検査 | 腫瘍の性質の確定 | 最終的な診断を下す |
病理組織学的検査では、頭蓋咽頭腫に特徴的な扁平上皮細胞や角化物質の存在を確認し最終的な確定診断に至ります。
病理学的所見 | 意義 | 診断における重要性 |
扁平上皮細胞 | 腫瘍の起源を示唆 | 頭蓋咽頭腫の特徴的所見 |
角化物質 | 頭蓋咽頭腫の特徴的所見 | 他の腫瘍との鑑別に有用 |
頭蓋咽頭腫の治療法と処方薬、治療期間
頭蓋咽頭腫の治療は、外科手術による腫瘍の摘出を中心に、放射線療法や薬物療法を組み合わせます。
外科的治療
外科手術による腫瘍の摘出は、頭蓋咽頭腫治療の要となる方法です。
理想的には腫瘍を完全に取り除くことですが、周囲に重要な神経の構造があるため、腫瘍の一部を残さざるを得ないこともあります。
手術の方法は、頭蓋骨を開けて行う経頭蓋法や、鼻の奥にある蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)という空洞を通して行う経蝶形骨洞法など、腫瘍の位置や大きさによって選ばれます。
手術後は5年以上にわたって経過を観察し、定期的にMRI検査を行い、腫瘍の再発を確認することが重要です。
放射線治療
放射線治療は、手術で腫瘍を完全に取り除くのが難しい場合や、腫瘍が再び現れた時に用いられる治療法です。
体の外から放射線を当てる外部照射法が採用され、治療期間は約6週間続きます。
放射線治療法 | 特徴 | 治療期間 | 適応 |
外部照射法 | 広い範囲に照射可能 | 約6週間 | 大きな腫瘍や複雑な形状の腫瘍 |
定位放射線治療 | 高精度で少ない回数 | 1-5日 | 小さな腫瘍や手術後の残存腫瘍 |
ガンマナイフ | 1回で大量の放射線を照射 | 1日 | 直径3cm以下の小さな腫瘍 |
薬物療法
薬物療法は、頭蓋咽頭腫によって影響を受けた内分泌機能(体内のホルモンバランス)を整えるために用いられます。
- コルチゾール補充療法 ヒドロコルチゾン(ストレスに対応するホルモンの補充)
- 甲状腺ホルモン補充療法 レボチロキシン(代謝を調節するホルモンの補充)
- 成長ホルモン補充療法 ソマトロピン(成長を促進するホルモンの補充)
- 抗利尿ホルモン補充療法 デスモプレシン(体内の水分量を調節するホルモンの補充)
ホルモン補充療法は、一生涯続けることが必要です。
化学療法
化学療法は頭蓋咽頭腫の標準的な治療法ではありませんが、腫瘍が再発した場合や、他の治療法が効果を示さない難しいケースにおいて試みられます。
BRAF(ビーラフ)という遺伝子の働きを抑える薬であるベムラフェニブやダブラフェニブなどが、一部の患者さんで効果を示しています。
薬剤を用いての治療期間は、6か月から1年程度です。
薬剤名 | 作用の仕組み | 投与期間 | 主な使用場面 |
ベムラフェニブ | BRAF遺伝子の働きを抑制 | 6か月-1年 | 再発例や難治例 |
ダブラフェニブ | BRAF遺伝子の働きを抑制 | 6か月-1年 | 再発例や難治例 |
治療後の長期的な経過観察
頭蓋咽頭腫の治療が終わった後も、長期にわたる慎重な経過観察が欠かせません。
経過観察は10年以上続けられ、中には生涯にわたって管理が必要となる患者さんもいます。
フォローアップ項目 | 頻度 | 目的 |
MRI検査 | 3-6か月ごと | 腫瘍再発の早期発見 |
内分泌機能評価 | 3-6か月ごと | ホルモンバランスの確認 |
視機能検査 | 6-12か月ごと | 視力・視野の変化の確認 |
頭蓋咽頭腫の治療における副作用やリスク
頭蓋咽頭腫の治療には、手術、放射線療法、薬物療法などがありますが、それぞれに特有の副作用やリスクが伴います。
手術療法に関連するリスク
手術中や術後に生じる主な合併症には、出血、感染、脳脊髄液漏(脳や脊髄を取り巻く液体が漏れ出す状態)などがあります。
これらの合併症は、術中管理と術後ケアにより最小限に抑えられますが、完全に回避することは困難です。
合併症 | 発生頻度 | 対策 |
出血 | 5-10% | 慎重な手術操作、術中モニタリング |
感染 | 2-5% | 厳重な無菌操作、予防的抗生剤投与 |
脳脊髄液漏 | 10-15% | 確実な硬膜閉鎖、術後管理の徹底 |
また、腫瘍の位置によっては、視神経や下垂体への影響が避けられない場合もあります。
内分泌機能障害
頭蓋咽頭腫の治療後、多くの患者さんで内分泌機能障害が生じます。これは腫瘍自体や治療の影響により、下垂体や視床下部の機能が障害されるためです。
主な内分泌機能障害
- 成長ホルモン分泌不全:小児の場合、成長障害を引き起こす可能性がある
- 甲状腺機能低下症:代謝の低下や倦怠感などの症状が現れる
- 副腎皮質機能不全:ストレスへの対応が困難になり、生命の危険を伴うことがある
- 性腺機能低下:性発達の遅れや不妊の原因となる可能性がある
- 尿崩症:多尿と脱水のリスクが高まりまる
視覚障害のリスク
頭蓋咽頭腫は視神経や視交叉(両眼からの視神経が交差する部位)に近接して発生するため、治療の過程で視覚障害が生じるリスクがあります。
視覚障害の種類 | 特徴 | 対応策 |
視力低下 | 一時的または永続的 | 術中神経モニタリング、段階的な減圧 |
視野欠損 | 部分的または全体的 | 慎重な手術操作、術後のリハビリテーション |
放射線療法に関連するリスク
放射線による脳組織への影響は、治療後数年経ってから現れることもあるため、長期的なフォローアップが不可欠です。
長期的リスクには、認知機能障害、二次性腫瘍(放射線誘発腫瘍)、脳血管障害などがあります。
小児患者の場合、成長や発達への影響も懸念されるため、放射線療法の適用には慎重な判断が求められます。
長期的リスク | 発生時期 | 予防・対策 |
認知機能障害 | 数ヶ月~数年後 | 認知リハビリテーション、薬物療法 |
二次性腫瘍 | 5年以上経過後 | 定期的な画像検査、早期発見 |
脳血管障害 | 数年~数十年後 | 血管リスク因子の管理、定期的な血管評価 |
再発のリスク
頭蓋咽頭腫は良性腫瘍ですが、完全摘出が困難な場合や、残存腫瘍がある場合、再発のリスクがあり、5年再発率は20-50%です。
再発リスク因子 | 影響度 | 対策 |
残存腫瘍 | 高 | 慎重な手術計画、術後補助療法の検討 |
腫瘍の性状 | 中 | 病理学的評価、個別化された治療戦略 |
初回治療の方法 | 中 | 適切な治療法の選択、複合的アプローチ |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術費用
頭蓋咽頭腫の手術費用は、300万円から800万円程度の範囲内となることが多いです。
高度な手術技術が必要な場合、費用がさらに高くなります。
放射線治療の費用
外部照射法では100万円から200万円程度、より精密なガンマナイフ治療では200万円から300万円かかります。
治療法 | 費用範囲 |
外部照射法 | 100-200万円 |
ガンマナイフ | 200-300万円 |
薬物療法の費用
ホルモン補充療法の費用
- 成長ホルモン補充療法 月額5-15万円
- 甲状腺ホルモン補充療法 月額1-3万円
- 副腎皮質ホルモン補充療法 月額0.5-2万円
総合的な治療費
頭蓋咽頭腫の治療は複合的であり、手術、放射線治療、薬物療法を組み合わせて行われます。
治療内容 | 概算費用 |
手術+放射線治療 | 400-1000万円 |
手術+薬物療法(1年) | 500-900万円 |
以上
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