びまん性星細胞腫 – 脳・神経疾患

びまん性星細胞腫(せいさいぼうしゅ)(diffuse astrocytoma)とは、脳や脊髄に生じる原発性の神経膠腫の一つで、星細胞と呼ばれる脳の支持細胞から発生する腫瘍です。

この腫瘍の特徴は脳組織に広範囲にわたって浸潤することで、境界線が不明瞭になります。

びまん性星細胞腫は、成人の脳腫瘍の中でも比較的頻繁に見られる腫瘍タイプの一つで、緩やかに進行します。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

びまん性星細胞腫の主な症状

びまん性星細胞腫(せいさいぼうしゅ)は、腫瘍の発生部位や大きさに応じて、多様な神経学的症状が現れます。

頭蓋内圧亢進に伴う症状

びまん性星細胞腫の進行に伴い頭蓋内圧が上昇すると頭痛が発生し、朝方に強くなる傾向があります。

また、嘔吐を伴うこともありますが、この嘔吐は必ずしも吐き気を伴わないのが特徴です。

視覚の問題も生じることがあり、一時的な視力低下や複視(物が二重に見える状態)といった症状が現れます。

症状特徴
頭痛朝方に悪化
嘔吐吐き気を伴わないことも
視覚異常視力低下、複視

腫瘍の局在に関連する症状

びまん性星細胞腫の症状は、腫瘍が脳のどの部位に発生しているかによります。

  • 前頭葉腫瘍:性格変化、判断力低下
  • 側頭葉腫瘍:記憶障害、言語障害
  • 後頭葉腫瘍:視覚障害
  • 小脳腫瘍:歩行障害、めまい

てんかん発作

びまん性星細胞腫患者さんの約30%がてんかん発作を経験します。

発作の型は多様で、全身性強直間代発作(全身の筋肉が硬直し、けいれんを伴う発作)から部分発作(体の一部のみが影響を受ける発作)までさまざまです。

中には、発作が初発症状となるケースもあります。

発作の種類特徴
全身性強直間代発作全身の筋肉が硬直し、けいれんを伴う
部分発作体の一部のみが影響を受ける

進行性の神経学的症状

びまん性星細胞腫は徐々に進行する傾向があるため、症状も時間とともに悪化します。

  • 運動機能の低下 腫瘍が運動野に近い場合に生じやすく、片側の手足の脱力や麻痺として現れる。
  • 感覚障害 腫瘍の位置によっては体の一部のしびれや感覚鈍麻として自覚される。
  • 言語機能の障害 左半球の言語中枢付近に腫瘍がある場合に起こりやすく、失語症として現れる。
進行性症状表現形態
運動機能低下片側の手足の脱力・麻痺
感覚障害体の一部のしびれ・感覚鈍麻
言語機能障害失語症

びまん性星細胞腫の原因

びまん性星細胞腫の原因は、遺伝子変異と環境要因の複雑な相互作用によるものです。

遺伝子変異

びまん性星細胞腫の発生では、細胞の増殖や分化を厳密に制御する遺伝子が影響を与え、正常な細胞の制御機構を崩壊させることで腫瘍化を促進します。

代表的な変異は、IDH1/IDH2遺伝子(細胞のエネルギー代謝に関与)やTP53遺伝子(細胞分裂や細胞死を制御する「ゲノムの守護者」と呼ばれる)の異常です。

遺伝子機能変異の影響
IDH1/IDH2細胞代謝の調節代謝産物の蓄積による細胞分化の阻害
TP53細胞周期の制御アポトーシス(細胞死)の抑制
ATRXクロマチン構造の維持テロメア長の異常な伸長

遺伝子変異は単独で作用するのではなく、複数の変異が段階的に蓄積することで、正常細胞が腫瘍細胞へと変化していくのです。

環境要因

遺伝子変異に加えて環境要因も、びまん性星細胞腫の発生リスクを高める可能性があります。

関与する環境要因

  • 電離放射線への過度の曝露(医療用X線や原子力施設での被ばくなど)
  • 特定の化学物質への長期接触(農薬や工業用溶剤など)
  • 慢性的な免疫系の機能低下(HIV感染や長期の免疫抑制剤使用など)
  • 持続的な高ストレス状態(長期の精神的・身体的ストレス)

環境要因は、直接DNA損傷を引き起こしたり、細胞の修復機能を低下させたりすることで、腫瘍形成の土壌を作り出すと考えられています。

遺伝的素因と家族歴の関連性

一部のびまん性星細胞腫は、遺伝的素因や家族歴と密接に関連していることが、明らかになってきています。

遺伝性症候群関連する脳腫瘍遺伝子変異
リー・フラウメニ症候群星細胞腫を含む多様な腫瘍TP53
神経線維腫症1型視神経膠腫、星細胞腫NF1
結節性硬化症上衣下巨細胞性星細胞腫TSC1/TSC2

遺伝性症候群では、腫瘍抑制遺伝子の生殖細胞変異が先天的にあるため、さまざまな種類の癌、特に脳腫瘍の発生リスクが上昇します。

細胞内シグナル伝達経路の制御不全

びまん性星細胞腫の発生と進展には、細胞内の複雑なシグナル伝達経路の制御不全も関与しています。

シグナル経路機能異常時の影響
PI3K/AKT/mTOR細胞生存と代謝調節細胞死抵抗性の獲得
RAS/RAF/MEK/ERK細胞増殖と分化無制限な細胞分裂
Notch細胞運命決定幹細胞様性質の維持

経路の異常活性化は、細胞の生存と増殖を過度に促進し、腫瘍の進行を加速させる要因です。

エピジェネティックな制御機構の破綻

遺伝子配列の変異だけでなく、エピジェネティックな制御機構の破綻もびまん性星細胞腫の発生に関わっています。

エピジェネティックな変化とは、DNA配列自体は変化せずに、遺伝子の発現パターンが変化することです。

特に、IDH1/IDH2遺伝子変異を持つびまん性星細胞腫で、腫瘍の特徴的な表現型と関連しています。

診察(検査)と診断

びまん性星細胞腫の診断は、神経学的診察、各種画像検査、病理学的検査を組み合わせて総合的に行われます。

初期評価と神経学的診察

びまん性星細胞腫の診断プロセスは問診から始まり、患者さんの症状の経過、どのくらいの期間続いているか、どのような状況で症状が悪化するかなどを聞き取ります。

その後、神経学的診察を実施し、脳神経機能(目の動き、顔の感覚など)、運動機能、感覚機能(触覚や痛覚)、反射、協調運動(指先の細かい動きなど)などを評価。

評価項目内容
問診症状の経過、持続期間
神経学的診察脳神経機能、運動機能評価

画像診断

画像診断は、びまん性星細胞腫の臨床診断に用いられる検査です。

MRI(磁気共鳴画像法)は、脳の軟部組織(グレーマターやホワイトマターなど)のコントラストに優れており、腫瘍の位置、大きさ、周囲の脳組織への広がりの程度を描き出せます。

造影剤を用いたMRIでは、腫瘍への血液の流れ方や、正常な脳では見られない血管からの染み出しの有無を評価できます。

CT(コンピュータ断層撮影)は、頭蓋骨の状態の評価や急に起こった出血の検出に役立ちます。

PET(陽電子放射断層撮影)は、腫瘍の代謝活性(どのくらい活発に活動しているか)を評価し、悪性度の低い腫瘍と高い腫瘍の鑑別に有用です。

脳脊髄液検査

脳脊髄液検査は、びまん性星細胞腫の診断を補助します。

腰の下部から細い針を刺して採取した脳脊髄液の中に含まれる細胞の数、タンパク質の濃度、ブドウ糖の濃度などを分析し、腫瘍の存在を示す腫瘍マーカーの検出や、腫瘍細胞そのものを直接見つけることも可能です。

ただし、この検査は脳の圧力が高くなっている場合には危険を伴うため、実施するかどうかの判断には慎重さが求められます。

  • 脳脊髄液中の細胞数増加
  • 脳脊髄液中のタンパク質濃度上昇
  • 脳脊髄液中のブドウ糖濃度低下
  • 腫瘍マーカーの検出

病理学的診断

びまん性星細胞腫の確定診断には、病理学的検査が欠かせません。

腫瘍組織の採取は、開頭手術による摘出や、ピンポイントで針を刺して組織を採取する方法(定位的生検)により行われます。

採取された組織は、特殊な染色法(HE染色)で細胞の形を観察したり、タンパク質を識別する染色法(免疫組織化学染色)で細胞の種類を特定したり、さらには遺伝子解析を用いて分析されます。

検査方法目的
HE染色細胞の形の観察
免疫組織化学染色細胞の種類の特定

びまん性星細胞腫の治療法と処方薬、治療期間

びまん性星細胞腫の治療は、手術、放射線療法、化学療法を組み合わせた多角的なアプローチが採用されます。

外科的切除

びまん性星細胞腫の治療において外科的切除は多くの場合、治療の第一歩です。

腫瘍の位置や大きさ、周囲の重要な脳構造との関係を慎重に評価した上で、可能な限り広範囲の切除が行われます。

しかし、びまん性星細胞腫は正常な脳組織に浸潤する性質があるため、完全切除が技術的に困難なケースも少なくありません。

切除の程度治療効果追加治療の必要性
全摘出予後良好経過観察中心
亜全摘出中程度補助療法検討
部分摘出限定的積極的補助療法必要

外科的切除の目的は、腫瘍量を可能な限り減らすことで症状の改善や進行の抑制を図るだけでなく、正確な組織診断を確定させ、その後の治療方針を決定するための重要な情報を得ることです。

放射線療法

手術後に残存した腫瘍細胞や、手術が困難な部位に存在する腫瘍に対しては、放射線療法が標準的な治療です。

局所照射が6週間程度にわたって行われ、腫瘍とその周囲の領域に対して、総線量50-60グレイ(Gy)が照射されます。

放射線療法は、高エネルギーの放射線を用いて腫瘍細胞のDNAに直接的な損傷を与え、細胞分裂や増殖を抑制することが可能です。

最近では、定位放射線治療(ガンマナイフやサイバーナイフなど)や陽子線治療といった、照射技術も導入されています。

化学療法

化学療法は、血液循環を介して全身に分布し、脳の深部や手術で到達困難な部位の腫瘍細胞にも作用する治療法です。

びまん性星細胞腫の化学療法では、アルキル化剤と呼ばれる抗がん剤が使用されます。

代表的な薬剤

  • テモゾロミド:経口薬で、血液脳関門を比較的容易に通過し、脳腫瘍に対して高い効果を示す
  • ニムスチン:日本で開発された薬剤で、脳腫瘍に対する有効性が確認されている
  • カルムスチン:局所投与が可能な薬剤で、手術時に腫瘍摘出腔に留置するウェハー製剤がある
  • ロムスチン:経口薬で、長期的な維持療法に用いられることがある

薬剤は単独で使用されることもありますが、多くの場合、放射線療法と併用されることで相乗効果を期待します。

薬剤名投与経路使用タイミング
テモゾロミド経口放射線療法併用および維持療法
ニムスチン静脈内投与単独療法または他剤との併用
カルムスチン局所投与(ウェハー)手術時の腫瘍摘出腔留置
ロムスチン経口維持療法

化学療法のスケジュールは数週間のサイクルを繰り返し、数か月から1年以上継続されることが多いです。

分子標的薬

びまん性星細胞腫の分子生物学的特徴が解明されるにつれ、腫瘍の特定の分子や遺伝子変異を標的とした分子標的薬の開発が急速に進んでいます。

特に、IDH1/IDH2遺伝子変異を持つびまん性星細胞腫に対する治療薬が注目を集めています。

標的分子代表的薬剤作用機序
IDH1イボシデニブ変異IDH1酵素の阻害による腫瘍増殖抑制
VEGFベバシズマブ血管新生阻害による腫瘍栄養供給の遮断
EGFRエルロチニブ細胞増殖シグナルの阻害

治療期間と長期的な経過観察の重要性

びまん性星細胞腫の初期の集中的な治療期間は3-6か月程度ですが、その後も定期的な経過観察が欠かせません。

画像検査を定期的に実施し、腫瘍の再増大や再発の兆候がないかモニタリングします。

経過年数検査頻度確認項目
1-2年目3-4か月毎腫瘍再増大、神経症状の変化
3-5年目6か月毎晩期再発、治療の長期効果
6年目以降年1回長期生存例の経過、二次がんのリスク

治療終了後も、5年、10年、さらにはそれ以降も長期的な経過観察を続けることが大切です。

びまん性星細胞腫の治療における副作用やリスク

びまん性星細胞腫の治療には、手術、放射線療法、化学療法などが用いられ、それぞれに特有の副作用やリスクが伴います。

手術に関連する副作用とリスク

手術は、びまん性星細胞腫の主要な治療法ですが、様々な合併症が起きる可能性があります。

脳浮腫(脳の組織に水分がたまる状態)は、手術後によく見られる合併症で、頭の中の圧力が上昇し、頭痛や意識レベルの低下を起こし、出血や感染症も、手術に伴うリスクです。

さらに、手術による脳組織への直接的な影響によって、神経学的障害(運動機能や感覚機能の問題)が起こることもあります。

合併症発生頻度症状
脳浮腫高頻度頭痛、意識レベルの低下
出血中頻度神経症状の悪化、意識障害
感染症低頻度発熱、創部の腫れや痛み

放射線療法の副作用

放射線療法の急性期の副作用には、脱毛、皮膚炎、倦怠感などがあり、一時的なものが多いです。

放射線壊死(放射線を当てた部分の脳組織が壊死する)は、治療後数ヶ月から数年後に発生する晩発性合併症の一つで、新たな神経症状を起こすことがあります。

認知機能障害も、放射線療法の長期的な副作用として報告されています。

  • 急性期副作用:脱毛、皮膚炎、倦怠感
  • 晩発性副作用:放射線壊死、認知機能障害
  • その他:口内炎、耳鳴り、めまい

化学療法の副作用

化学療法は、びまん性星細胞腫の治療において重要ですが、全身に影響を与える副作用が懸念されます。

骨髄抑制(骨髄の機能が低下する)は、化学療法の主要な副作用の一つで、血液を作る能力が低下することにより、感染症にかかりやすくなったり、貧血を起こしたりします。

よく見られる悪心・嘔吐は、制吐剤の使用が必要です。

また、末梢神経障害(手足の先のしびれや痛み)も、特定の抗がん剤で見られ、長期的に続く場合があります。

副作用症状対策
骨髄抑制感染症リスク上昇、貧血定期的な血液検査、感染予防
悪心・嘔吐食欲不振、体重減少制吐剤の使用、食事指導
末梢神経障害しびれ、痛み薬剤調整、リハビリテーション

免疫療法関連の副作用

免疫チェックポイント阻害薬(免疫系を活性化させる新しいタイプの薬)などの新しい治療法も、びまん性星細胞腫に対して試みられていて、これまでの治療法とは独特の副作用があります。

自己免疫関連有害事象(自分の免疫系が自分の体を攻撃してしまう状態)は、皮膚、消化器、肺、内分泌器官など様々な臓器に影響を及ぼし、時に重篤な症状を起こします。

甲状腺機能異常や下垂体炎などの内分泌障害も報告されており、ホルモンバランスの乱れによる様々な症状が現れる可能性も。

皮膚障害(発疹やかゆみ)や消化器症状も、免疫療法に特徴的な副作用です。

長期的なリスクと合併症

びまん性星細胞腫の治療後も長期的なリスクや合併症に直面することがあり、継続的な管理が必要です。

  • 二次性悪性腫瘍(治療の影響で新たに発生するがん)の発生リスク 放射線療法を受けた患者さんで上昇し、治療後数年から数十年後に発症することがある。
  • 内分泌機能障害 視床下部-下垂体系への治療の影響で生じる可能性があり、成長や代謝に影響を与える。
  • てんかん発作 腫瘍自体や治療の影響で長期的に持続することも。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

手術費用の内訳

脳腫瘍摘出術の費用は、300万円から600万円程度になります。

手術内容概算費用
開頭腫獺摘出術400-600万円
内視鏡下腫瘍摘出術300-500万円

手術には入院費用も含まれ、2〜4週間の入院が必要です。

放射線治療の費用

放射線治療は外来で行われることが多く、1回あたり2万円から3万円です。

治療内容回数総額
通常照射30回60-90万円
定位放射線治療5回100-150万円

化学療法の費用

化学療法の費用

  • テモゾロミド 月額30-50万円
  • ニムスチン 1回あたり10-15万円
  • ベバシズマブ 2週間ごとに30-40万円

以上

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