びまん性軸索損傷(diffuse axonal injury)とは、交通事故や転落など強い外力が頭部に加わることで発生する脳損傷です。
この傷害は、脳の白質(神経線維が集まっている部分)にある軸索(神経細胞の情報を伝える突起)が広範囲にわたって損傷を受けています。
軸索は脳の各部位をつなぐ重要な役割を担っているため、損傷は神経学的障害をもたらし、意識障害から始まり、記憶力の低下や体を思い通りに動かせないなどの症状が現れます。
びまん性軸索損傷の主な症状
びまん性軸索損傷の症状は、意識障害や神経学的異常など多岐にわたり、重症度に応じて身体機能の低下を起こします。
意識障害の特徴と進行
びまん性軸索損傷における最も顕著な症状は、意識障害です。
患者さんの意識レベルは、軽度の混濁から昏睡状態まで幅広く変化し、損傷の範囲や重症度に応じて刻々と違ってきます。
軽度の場合、一時的な混乱や見当識障害(時間や場所、人物の認識が困難になる状態)にとどまることもありますが、重度の損傷では、長期にわたる意識不明や植物状態に陥る可能性も否定できません。
意識障害の程度 | 特徴 |
軽度 | 一時的な混乱、見当識障害、軽度の意識レベル低下 |
中等度 | 持続的な意識混濁、応答性の低下 |
重度 | 昏睡状態、植物状態の可能性、長期的な意識障害 |
運動機能への影響
びまん性軸索損傷、運動機能にも大きな影響を及ぼし、患者さんの多くが、四肢の麻痺や筋力低下を経験します。
運動機能の障害は片側性または両側性に現れ、重度の場合、四肢の完全麻痺や筋緊張の異常を伴います。
感覚機能の変化
びまん性軸索損傷は感覚機能にも影響を与え、温度感覚の異常や、深部感覚(関節の位置や動きを感じる感覚)の障害も報告されています。
温度感覚の異常は火傷や凍傷のリスクを高め、深部感覚の障害はバランスの崩れや転倒のリスクを増大させるので、注意が必要です。
認知機能の低下
びまん性軸索損傷患者さんの多くが認知機能の低下を経験し、記憶力の減退や集中力の低下は、顕著な症状の一つです。
また、情報処理速度の遅延や判断力の低下も観察されます。
- 記憶障害(短期記憶や長期記憶の形成困難)
- 注意力散漫と集中力の持続困難
- 思考の柔軟性低下と固執性の増大
- 問題解決能力の減退と新規状況への適応困難
- 言語機能の障害(失語症や語彙の減少など)
自律神経系の乱れ
びまん性軸索損傷は自律神経系の機能にも影響を及ぼし、体温調節障害や発汗異常などの症状が現れることも。
また、心拍数や血圧の不安定化、消化器系の機能障害なども報告されています。
自律神経症状 | 症状例 |
体温調節障害 | 発熱、低体温、体温の急激な変動 |
循環器系異常 | 不整脈、血圧変動、起立性低血圧 |
消化器系障害 | 便秘、嚥下困難、消化不良 |
排泄機能異常 | 尿失禁、尿閉、頻尿 |
びまん性軸索損傷の原因
びまん性軸索損傷の原因は、頭部への強い衝撃や急激な加速度変化による脳組織の歪みです。
損傷は、交通事故や転落など、頭部に強い外力が加わる状況で発生しやすく、脳の重要な構造に広範囲な影響を及ぼします。
びまん性軸索損傷の発生メカニズム
びまん性軸索損傷は、脳が頭蓋骨内で急激に動くことで発生し、脳の白質(神経線維が集まっている部分)にある軸索(神経細胞の情報を伝える突起)が引き伸ばされたり、せん断力を受けたりして損傷します。
軸索は脳の各部位をつなぐ重要な役割があるため、広範囲な損傷は深刻な影響をもたらし、神経学的症状の原因です。
外傷性脳損傷の中でのびまん性軸索損傷の位置づけ
びまん性軸索損傷は外傷性脳損傷の中でも重度な形態で、他の脳損傷と異なり、局所的な損傷ではなく、脳全体に広がる点が特徴的です。
脳損傷の種類 | 損傷の特徴 | 発生原因 |
びまん性軸索損傷 | 広範囲の軸索損傷 | 急激な加速・減速 |
脳挫傷 | 局所的な脳組織の損傷 | 頭部への直接的な衝撃 |
硬膜外血腫 | 硬膜と頭蓋骨の間の出血 | 頭蓋骨骨折に伴う動脈損傷 |
硬膜下血腫 | 硬膜と脳の間の出血 | 静脈の裂傷や脳表面の損傷 |
びまん性軸索損傷を引き起こす事故や状況
びまん性軸索損傷を起こす事故や状況には以下のようなものがあります。
- 交通事故(特に高速での衝突や急ブレーキ)
- 転落事故(高所からの落下)
- スポーツ外傷(特にコンタクトスポーツでの衝突)
- 暴行による頭部への強い打撃
- 爆発による衝撃波
回転を伴う加速度変化や急激な減速が、脳組織に大きな歪みを生じさせ、びまん性軸索損傷のリスクを高めるのです。
軸索損傷の程度と影響
軸索損傷の程度は、受けた衝撃の強さや方向によります。
損傷の程度 | 軸索の状態 | 神経機能への影響 |
軽度 | 一時的な機能障害 | 短期的な症状、回復の可能性が高い |
中等度 | 部分的な切断 | 長期的な機能障害、リハビリテーションが必要 |
重度 | 完全な切断 | 永続的な神経機能の喪失の可能性 |
軽度の場合、軸索は一時的に伸びるだけで機能を回復する可能性がありますが、中等度から重度の損傷では、軸索の部分的または完全な切断が起こり、神経伝達に深刻な障害をもたらします。
二次的な損傷のメカニズム
びまん性軸索損傷では、初期の物理的な損傷に加えて、二次的な生化学的変化も関係しています。
二次的な損傷プロセスは、初期の損傷後も時間をかけて進行し、神経細胞の障害をさらに悪化させることに。
二次的損傷の要因 | 影響 |
カルシウムイオンの過剰流入 | 細胞内のバランス崩壊、細胞死の誘発 |
ミトコンドリア機能の低下 | エネルギー産生の減少、細胞の生存能力低下 |
酸化ストレスの増加 | 細胞膜や DNA の損傷、細胞機能の障害 |
炎症反応の惹起 | 周囲の健康な組織への影響、浮腫の形成 |
アポトーシス(細胞死)の誘導 | 神経細胞の減少、神経回路の破綻 |
診察(検査)と診断
びまん性軸索損傷の診断は、臨床症状の評価、神経学的検査、画像診断技術を組み合わせて行われます。
初期評価と臨床症状の観察
びまん性軸索損傷の診断プロセスは、患者さんの初期評価から始まります。
どのような状況で怪我をしたかや意識レベルの変化を確認し、患者さんの状態を総合的に把握することが大切です。
Glasgow Coma Scale (GCS) を用いて意識レベルを評価し、患者さんの眼球運動、言語反応、運動反応をそれぞれ点数化して行います。
GCSは、脳損傷の重症度を客観的に評価するうえで国際的に広く使用されている指標です。
GCS項目 | 最低点 | 最高点 | 評価内容 |
眼球運動 | 1 | 4 | 自発的に開眼するかどうか |
言語反応 | 1 | 5 | 会話の内容や明瞭さ |
運動反応 | 1 | 6 | 指示に従って体を動かせるか |
また、瞳孔の大きさや対光反射(光を当てたときの瞳孔の反応)の有無も重要な観察点です。
神経学的検査の実施と評価
神経学的検査では、患者さんの運動機能、感覚機能、反射機能を評価し、脳や脊髄の損傷の範囲や程度を推定します。
深部腱反射(膝蓋腱反射など)や病的反射(バビンスキー反射など)の有無は重要な診断指標です。
反射検査により、中枢神経系の障害部位をより正確に推定することが可能になり、びまん性軸索損傷の診断精度を高めます。
また、脳神経機能の評価も欠かせません。瞳孔反応、眼球運動、顔面筋の動き、嚥下(えんげ)機能などを注意深く観察します。
画像診断
初期段階では頭部CT検査が緊急時の評価に用いられ、迅速な診断と治療方針の決定に貢献します。
CTでは、脳内の出血や浮腫(むくみ)の有無を迅速に確認することができ、緊急処置の必要性を判断するうえで重要です。
ただし、さらなり詳細な審査としてMRI検査が診断の決め手となることが多く、拡散強調画像(DWI)やT2*強調画像が有用です。
従来のCTやMRIでは捉えきれなかった微細な脳組織の変化を検出することが可能になりました。
画像検査 | 特徴 | 診断における役割 |
CT | 急性期の出血検出に優れる | 緊急時の初期評価、大きな病変の検出 |
MRI-T2* | 微小出血の検出に有用 | 軸索損傷に伴う微小出血の詳細な評価 |
MRI-DWI | 軸索損傷による水分子拡散異常を検出 | 急性期の軸索損傷の早期発見と範囲特定 |
生化学的マーカーの活用
近年急速に研究が進んでいるのは、生化学的マーカーの活用です。
血清中の特定のタンパク質濃度を測定することで、脳損傷の程度をより客観的に推定することが可能になりつつあります。
主要な生化学的マーカー
- S100βタンパク:グリア細胞由来のタンパク質で、脳損傷の程度を反映
- Neuron-specific enolase (NSE):神経細胞に特異的な酵素で、神経細胞死の指標
- Glial fibrillary acidic protein (GFAP):アストロサイトのマーカーで、脳損傷の重症度評価に有用
- Ubiquitin C-terminal hydrolase-L1 (UCH-L1):神経細胞特異的なタンパク質で、軸索損傷の早期検出に期待
びまん性軸索損傷の治療法と処方薬、治療期間
びまん性軸索損傷の治療は、急性期の集中治療、薬物療法、リハビリテーションを組み合わせた総合的なアプローチが必要で、治療期間は数週間から数年に及びます。
急性期の治療
びまん性軸索損傷の急性期治療では、生命維持と二次的な脳損傷の予防が最優先事項です。
この段階では、脳圧モニタリングや人工呼吸器管理などの集中治療が行われ、患者さんの全身状態を細心の注意を払って管理します。
急性期治療の目標 | 方法 | 期待される効果 |
脳圧管理 | 脳室ドレナージ、浸透圧利尿薬の投与 | 脳浮腫の軽減、二次的損傷の予防 |
呼吸・循環管理 | 人工呼吸器、昇圧剤の使用 | 適切な酸素供給、血圧維持 |
体温管理 | 解熱剤投与、体表冷却 | 代謝抑制、脳保護 |
感染予防 | 抗生物質の投与 | 合併症の予防 |
急性期治療の期間は1〜2週間程度です。
薬物療法
びまん性軸索損傷の薬物療法は、二次的な脳損傷を最小限に抑え、神経機能の回復を促進することが目的です。
使用される薬剤
- マンニトール(脳浮腫の軽減)
- フェニトイン(てんかん発作の予防)
- アミトリプチリン(神経障害性疼痛の緩和)
- メチルプレドニゾロン(炎症の抑制)
- アマンタジン(意識レベルの改善)
薬剤名 | 効果 | 投与期間の目安 |
マンニトール | 脳浮腫の軽減 | 数日〜1週間 |
フェニトイン | てんかん発作の予防 | 数週間〜数ヶ月 |
アミトリプチリン | 神経障害性疼痛の緩和 | 数週間〜長期 |
メチルプレドニゾロン | 炎症の抑制 | 数日〜1週間 |
アマンタジン | 意識レベルの改善 | 数週間〜数ヶ月 |
薬物療法は患者さんの症状や経過に応じて調整され、数週間から数ヶ月継続されます。
リハビリテーション
びまん性軸索損傷後のリハビリテーションは、失われた機能の回復と残存機能の最大化を目指して行われます。
リハビリテーションの種類 | 目的 | 内容 |
理学療法 | 運動機能の回復、歩行訓練 | 筋力トレーニング、バランス訓練 |
作業療法 | 日常生活動作の改善 | 食事、着替え、入浴などの練習 |
言語療法 | 言語機能の回復、嚥下訓練 | 発声練習、コミュニケーション訓練 |
認知リハビリテーション | 記憶力、注意力の改善 | 記憶ゲーム、注意力トレーニング |
リハビリテーションは長期にわたって継続され、6ヶ月から1年、あるいはそれ以上の期間が必要となることも少なくありません。
びまん性軸索損傷の治療における副作用やリスク
びまん性軸索損傷の治療には、薬物療法や外科的介入などのアプローチがありますが、各治療法には固有の副作用やリスクがあります。
薬物療法に伴うリスクと対策
てんかん発作の予防に用いられる抗痙攣薬は、眠気や認知機能低下を起こす可能性があるため、患者さんの意識レベルや日中の活動状況を注意深く観察することが大事です。
また、脳浮腫(むくみ)の軽減に用いられるステロイド薬は、強力な抗炎症作用を持つ一方で、免疫抑制や胃潰瘍などの副作用が懸念されます。
薬剤名 | 副作用 | 対策 |
抗痙攣薬 | 眠気、めまい、認知機能低下 | 用量調整、代替薬の検討 |
ステロイド薬 | 免疫抑制、胃潰瘍、骨粗鬆症 | 胃薬の併用、骨密度モニタリング |
鎮静剤 | 呼吸抑制、血圧低下 | 慎重な投与量調整、バイタルサイン監視 |
人工呼吸器管理に伴うリスクと予防策
重症の びまん性軸索損傷 患者さんでは人工呼吸器管理が必要となることがありますが、この治療法にもいろいろなリスクが伴います。
長期の人工呼吸器使用は、人工呼吸器関連肺炎(VAP)や気道損傷のリスクを高めるため、感染管理プロトコルを遵守し、定期的な口腔ケアや体位変換を行うことが重要です。
また、長期臥床による筋力低下や廃用症候群(使わないことで機能が低下する状態)の発生も懸念されます。
リスクを最小限に抑えるため、患者さんの状態が安定次第、早期からのリハビリテーション介入が大切です。
外科的介入に伴うリスクと術後管理
びまん性軸索損傷の治療において、頭蓋内圧亢進(脳内の圧力が異常に高くなる状態)に対する減圧開頭術など、外科的介入が必要になることあります。
外科的処置に関連するリスクは、手術部位感染、術後出血、脳ヘルニア(脳の一部が頭蓋骨の開口部から押し出される状態)などです。
また、麻酔に関連するリスクも考慮する必要があります。
外科的処置 | リスク | 予防・管理策 |
減圧開頭術 | 感染、出血、脳ヘルニア | 厳密な無菌操作、術後モニタリング |
脳室ドレナージ | 感染、出血、脳室炎 | カテーテル管理、定期的な髄液検査 |
気管切開 | 気道感染、出血、気管狭窄 | 適切な気道ケア、定期的なカニューレ交換 |
長期臥床に伴うリスクと早期離床の重要性
びまん性軸索損傷の重症例では、長期の臥床を余儀なくされることがあり、特に注意が必要なのは、深部静脈血栓症や褥瘡(じょくそう:体重のかかる部分の皮膚が壊死する状態)です。
深部静脈血栓症の予防には、弾性ストッキングの着用や間欠的空気圧迫法の実施が有効で、さらに、抗凝固療法を行うこともあります。
褥瘡予防には、定期的な体位変換や体圧分散マットレスの使用が重要です。
筋力低下や関節拘縮(かんせつこうしゅく:関節の動きが制限される状態)を予防するためには、早期からの理学療法を行います。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院費用
びまん性軸索損傷の患者さんは長期の入院が必要で、脳神経外科病棟での1日あたりの入院費用は、約3万円から5万円程度です。
重症例では集中治療室(ICU)での管理となり、1日あたりの費用が10万円を超える場合もあります。
入院先 | 1日あたりの概算費用 |
一般病棟 | 3万円~5万円 |
ICU | 10万円以上 |
手術費用
減圧開頭術などの脳神経外科手術の費用は、約50万円から100万円です。
リハビリテーション費用
回復期には集中的なリハビリテーションが必要で、 1日あたりのリハビリテーション費用は、約1万円から2万円です。
医療機器使用料
医療機器の1日あたりの使用料
- 人工呼吸器 約2万円
- 脳波計 約5千円
- CT撮影 約1万円(1回あたり)
- MRI撮影 約2万円(1回あたり)
以上
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