絞扼・圧迫性ニューロパチー – 脳・神経疾患

絞扼(こうやく)・圧迫性ニューロパチー(entrapment and compression neuropathies)とは、神経が周囲の組織によって圧迫されたり絞められたりすることで発症する神経障害疾患です。

日常生活やデスクワークなどで繰り返される動作により、手足のしびれや痛み、筋力低下、感覚障害などの多彩な神経症状が現れ、進行性に悪化します。

神経は体のすみずみまで張り巡らされた精密な情報伝達システムですが、骨や筋肉、靭帯などの狭い空間を通過する部位において、物理的な圧迫や摩擦により障害を受けやすい特徴があります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

目次[

絞扼・圧迫性ニューロパチーの種類(病型)

絞扼・圧迫性ニューロパチーは、手根管症候群、肘部管症候群、橈骨神経麻痺、総腓骨神経麻痺、足根管症候群といった多様な病型があります。

末梢神経の走行と解剖学的特徴

末梢神経系における神経の走行経路は、特定の部位では骨や靭帯、筋肉などの周囲組織によって形成される狭い管腔部を通過する必要があることから、物理的な圧迫を受けやすい構造です。

神経走行部位解剖学的特徴
手根管部横手根靭帯と手根骨に囲まれた狭小な空間を正中神経が通過
肘部管尺側手根屈筋の二頭間を尺骨神経が通過、肘関節の屈伸による影響を受けやすい
上腕部上腕骨螺旋溝を橈骨神経が走行、解剖学的に骨性要素による圧迫を受けやすい

部位別にみる絞扼・圧迫性ニューロパチー

神経組織は本来、周囲からの物理的な圧迫に対して適応能力を有しているものの、慢性的な圧迫や急激な機械的ストレスが加わると、障害が起こります。

神経走行部位における狭窄部位の存在に加えて、反復する機械的負荷や姿勢による影響が複雑に絡み合って病態を形成していきます。

  • 手根管症候群における神経圧迫のメカニズム
  • 肘部管症候群でみられる尺骨神経の走行異常
  • 橈骨神経麻痺における上腕骨との位置関係
  • 総腓骨神経麻痺の解剖学的脆弱性
  • 足根管症候群における後脛骨神経の走行特性

神経圧迫による病理学的変化

神経組織に対する持続的な圧迫は、初期には可逆的な変化にとどまりますが、圧迫が継続することで障害が進行していきます。

病理学的段階組織学的変化
初期変化血液神経関門の破綻とミエリン鞘の浮腫性変化
中期変化シュワン細胞の変性とミエリン鞘の断裂
後期変化軸索変性と神経線維の脱落

絞扼・圧迫性ニューロパチーの主な症状

絞扼・圧迫性ニューロパチーでは、末梢神経が圧迫される部位に応じて、感覚障害、運動障害、自律神経障害といった神経学的症状が現れ、それぞれの神経支配領域に一致した特徴的な症状パターンを示します。

感覚神経症状の特徴と分布

神経が圧迫されることによって生じる感覚障害症状は、しびれ感、異常感覚、痛み、温度覚の低下などです。

神経支配領域主な感覚症状の特徴
正中神経領域手掌の橈側から中指にかけての異常感覚、夜間増悪傾向のあるしびれ感
尺骨神経領域小指から環指尺側にかけての感覚低下、手掌尺側の異常感覚
総腓骨神経領域下腿外側から足背にかけての感覚鈍麻、しびれ感の出現

感覚神経症状は、夜間や早朝に症状が増悪する傾向があります。

運動神経症状と筋力低下のパターン

運動神経の機能障害は、該当する筋肉の筋力低下や筋萎縮として現れます。

神経圧迫の程度が進行すると、手指の巧緻運動障害や歩行障害といった機能的な問題へと発展していき、筋力低下は障害された神経の領域に一致することから、神経学的診察において不可欠な所見です。

  • 手根管症候群における母指球筋の萎縮
  • 肘部管症候群による手内筋の筋力低下
  • 橈骨神経麻痺での手関節背屈障害
  • 総腓骨神経麻痺による足関節背屈力の低下
  • 足根管症候群での足趾屈曲力の減弱

自律神経症状の出現と特徴

圧迫性ニューロパチーにおいて、自律神経症状は比較的見落とされやすい症状の一つです。

障害が起こった神経の領域では、発汗異常や皮膚温の変化、毛細血管の反応性低下といった自律神経症状が現れることがあります。

自律神経症状臨床的特徴
発汗異常神経支配領域における発汗量の減少や消失
皮膚温変化障害部位より遠位での温度変化や色調変化
血管運動障害毛細血管の反応性低下による循環障害

神経症状の進行パターンと経時的変化

絞扼性ニューロパチーにおける症状は一般的に徐々に進行していきます。

初期には軽度の感覚異常のみであっても、圧迫が持続することによって運動障害や自律神経症状が加わるという経過をたどることが多いです。

絞扼・圧迫性ニューロパチーの原因

絞扼・圧迫性ニューロパチーは、狭い通路を通過する神経が、物理的な圧迫や摩擦により長期的なダメージを受けることで起きます。

神経への圧迫による病態変化

神経組織は非常に精密な構造を持つ生体システムで、持続的な圧迫や摩擦によって容易に機能障害を起こす特徴があります。

神経線維を取り巻くミエリン鞘と呼ばれる絶縁体様の構造体は、わずかな物理的刺激でも損傷を受けやすく、神経伝導速度の低下や神経機能の低下を招くのです。

絞扼・圧迫性ニューロパチーでの神経障害は、単純な物理的圧迫だけでなく、神経内の微小血管の循環障害も伴うことで、より複雑な病態を形成します。

職業性要因と生活習慣

職業カテゴリー主な発症リスク要因
デスクワーク手根管への持続的圧迫、不適切な姿勢
建設作業振動工具の使用、重量物の反復的な持ち上げ
製造業反復的な手作業、工具の長時間使用
医療従事者長時間の精密作業、不自然な姿勢維持

同じ動作の繰り返しや不自然な姿勢の維持は、絞扼・圧迫性ニューロパチーの発症の大きな要因です。

さらに、デジタル機器の普及に伴い、長時間のパソコン作業やスマートフォンの使用による手根管症候群の発症リスクが増加傾向にあります。

解剖学的要因と個体差

人体の解剖学的構造には個人差があり、神経が通過する経路の狭さや走行の特徴が発症リスクに影響を与えます。

解剖学的部位圧迫要因
手根管部位屈筋支帯の肥厚、手根骨の変形
肘部管部位尺骨神経溝の浅さ、靭帯の異常
腓骨頭部位腓骨神経走行の特異性
足根管部位屈筋支帯の異常、距骨の変位

全身性疾患との関連性

神経への圧迫や絞扼を起こすリスクの原因になる、全身性疾患があります。

  • 糖尿病による末梢神経の脆弱性増大と微小血管障害
  • 甲状腺機能低下症に伴う組織の浮腫性変化
  • 関節リウマチによる関節周囲組織の炎症性変化
  • 妊娠に伴うホルモンバランスの変化と体液貯留
  • 肥満による機械的圧迫と代謝異常

全身性疾患は神経組織の脆弱性を高め、通常では問題とならない程度の圧迫でも神経障害を起こす素地を形成することがあります。

特に糖尿病患者における末梢神経の脆弱性は、絞扼・圧迫性ニューロパチーの発症リスクを著しく上昇させるので注意が必要です。

また、自己免疫疾患に伴う炎症性変化は、神経周囲組織の腫脹や瘢痕形成を起こし、組織学的な変化が神経への慢性的な圧迫をもたらします。

診察(検査)と診断

絞扼・圧迫性ニューロパチーの診断には、病歴の聞き取りと神経学的診察に加え、電気生理学的検査や画像検査などの検査を組み合わせます。

問診における着目点

問診では、神経症状の発症時期や進行パターン、日内変動の有無などについて確認し、また、患者さんの職業や日常的な活動内容についても聴取することが大切です。

聴取項目臨床的意義
症状の出現時期急性発症か緩徐進行かで病態機序が異なる
日内変動夜間増悪は手根管症候群に特徴的
誘発因子特定の姿勢や動作との関連性を確認

神経学的診察の実際

神経診察では、感覚系、運動系、自律神経系の各領域について評価を実施します。

感覚検査で触覚、痛覚、温度覚、振動覚などについて検査を行い、運動機能検査では、徒手筋力テストを用いて個々の筋力を評価していきます。

  • Tinel徴候の確認方法と判定基準
  • Phalen試験の実施手順と解釈
  • Froment徴候の検査意義
  • 握力測定の定量的評価
  • ピンチ力測定の手技

電気生理学的検査の実施方法

神経伝導検査は、運動神経と感覚神経の両方について実施することが基本です。

検査項目測定パラメータ
運動神経伝導検査遠位潜時、伝導速度、複合筋活動電位
感覚神経伝導検査感覚神経活動電位、伝導速度
針筋電図自発電位、運動単位電位

画像診断による形態評価

超音波検査では神経の腫大や扁平化といった形態変化を観察し、MRI検査においては、T2強調画像での高信号変化や神経周囲の浮腫性変化といった特徴的な所見を確認することが大切です。

画像検査を実施する際には、両側性の比較や健常部位との対比を行うことで、病的変化をより明確に捉えられます。

生理学的検査の補助的役割

発汗試験や皮膚温測定といった自律神経機能検査は、神経障害の程度や範囲を客観的に評価する手段です。

サーモグラフィー検査では、神経障害に伴う血流動態の変化を視覚的に捉え、定量的感覚検査を用いることで、感覚障害の程度を数値化して評価できます。

絞扼・圧迫性ニューロパチーの治療法と処方薬、治療期間

絞扼・圧迫性ニューロパチーの治療においては、保存的治療から外科的治療まで段階的なアプローチを行い、薬物療法、理学療法、手術療法を組み合わせながら行います。

保存的治療

保存的治療では、神経への圧迫を軽減することを目的として、固定用装具の使用や活動制限などのアプローチが必要です。

装具療法では、手首や肘などの関節部位を一定の肢位で固定することで、神経への機械的なストレスを軽減できます。

装具の種類固定方法と特徴
手関節固定装具手関節を軽度背屈位で固定し、正中神経への圧迫を軽減
肘関節固定装具肘関節を軽度屈曲位で保持し、尺骨神経への負担を軽減
下腿装具足関節を背屈位に保持し、総腓骨神経の伸張を防止

薬物療法

神経障害に対する薬物療法では、非ステロイド性抗炎症薬やステロイド薬、神経障害性疼痛治療薬など、複数の薬剤を組み合わせます。

非ステロイド性抗炎症薬は、神経周囲の炎症を抑制し、疼痛やしびれの軽減に効果を発揮します。

ステロイド薬の局所注射療法は、神経圧迫部位に直接作用させることで、即効性のある症状改善が可能です。

また、神経障害性疼痛治療薬には、プレガバリンやガバペンチンといった薬剤があり、神経の異常興奮を抑制する作用を有しています。

  • 非ステロイド性抗炎症薬による疼痛コントロール
  • ステロイド局所注射による即効性の改善
  • 神経障害性疼痛治療薬による症状緩和
  • 末梢循環改善薬による血流促進
  • ビタミンB12製剤による神経再生促進

理学療法と運動療法

理学療法では、関節可動域訓練、筋力強化訓練などを実施していきます。

運動療法を行う際には、神経への過度な負担を避けながら、徐々に運動強度を上げていくという段階的なアプローチが不可欠です。

運動療法の種類実施内容と目的
神経モビライゼーション神経の滑走性改善と周囲組織との癒着防止
関節可動域訓練拘縮予防と関節機能の維持向上
筋力強化訓練筋力低下の予防と機能回復の促進

手術療法

手術療法は、保存的治療で十分な改善が得られない状況で検討する治療選択肢です。

手術では、神経の除圧操作を中心に、神経剥離や神経溝形成などの手技を追加することがあります。

術後のリハビリテーション

術後のリハビリテーションは治癒状態を確認しながら、段階的に運動負荷を増やうことが大切です。

早期からの関節可動域訓練は、関節拘縮の予防に重要で、筋力トレーニングは、術後の経過に応じて徐々に負荷を増やしていくことで、機能回復を目指します。

絞扼・圧迫性ニューロパチーの治療における副作用やリスク

絞扼・圧迫性ニューロパチーの治療での、薬物療法、手術療法、その他の治療介入には様々な副作用やリスクが伴います。

保存的治療における副作用

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用は胃腸障害や腎機能への影響があり、高齢者や基礎疾患を持つ患者さんでの使用には注意が必要です。

ステロイド薬の局所注射では、投与部位の疼痛や皮膚の萎縮、感染リスクの上昇があります。

薬剤分類主な副作用注意すべき患者群
NSAIDs消化管出血、腎障害高齢者、腎機能低下患者
ステロイド組織萎縮、血糖上昇糖尿病患者、感染症患者
神経性疼痛薬眠気、めまい自動車運転従事者

手術療法に関連するリスク

術中の予期せぬ出血、神経損傷といった合併症のリスクは、手術療法における避けられない課題です。

術後の創部感染や瘢痕形成、周辺組織との癒着による機能障害など、手術に伴う二次的な問題が発生することもあります。

手術手技の選択においては考慮するリスク

  • 麻酔に伴う呼吸器系および循環器系への影響
  • 術中の神経や血管の損傷
  • 術後の瘢痕形成による可動域制限
  • 手術部位の感染
  • 術後の慢性疼痛症候群の発生

リハビリテーションにおける注意点

リハビリ種類リスクリスク軽減策
運動療法過用性障害、疼痛増悪負荷量の調整
物理療法熱傷、神経刺激過剰出力強度管理
装具療法圧迫部位の皮膚障害装着時間調整

リハビリテーション実施中の過度な負荷は、神経組織への圧迫を増強させ、症状を悪化させる危険性があります。

また、装具療法における過度な圧迫は、皮膚の循環障害や新たな神経圧迫を起こす可ことがあるため、装着時間や圧迫強度の管理が欠かせません。

投薬治療における相互作用

複数の薬剤を併用する際には、薬物相互作用による副作用の増強や、期待する治療効果の減弱といった問題が生じる可能性があることを考慮しなければなりません。

高齢者や多剤併用が必要な患者さんでは、肝臓での代謝や腎臓からの排泄に影響を与える薬剤の組み合わせに十分な配慮が大事です。

抗凝固薬を服用中の患者さんでは、NSAIDsの併用による出血リスクの上昇もあります。

長期的な副作用への懸念

慢性的な薬物使用による臓器機能への影響は、肝機能や腎機能の低下として現れることがあり、定期的な機能評価が必要です。

ステロイド製剤の長期使用では、骨密度の低下や免疫機能の抑制、皮膚の脆弱化といった全身性の副作用が蓄積していきます。

さらに、手術後の瘢痕組織の形成過程では、周囲組織との癒着や拘縮により、新たな神経圧迫が生じるリスクがあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

診断に必要な検査費用

神経障害の程度や範囲を明確にするため、いくつかの検査を実施します。

検査名自己負担額(3割負担)
神経伝導検査4,000〜6,000円
筋電図検査3,000〜4,000円
MRI検査8,000〜12,000円

保存的治療における薬物療法費用

神経障害の症状緩和には、複数の薬剤を組み合わせて使用することが多いです。

  • 消炎鎮痛薬(2週間分) 1,500円
  • 神経障害性疼痛治療薬(1ヶ月分) 4,000円
  • ビタミンB12製剤(1ヶ月分) 2,000円
  • 末梢循環改善薬(1ヶ月分) 3,000円
  • ステロイド注射(1回) 3,000〜5,000円

手術療法に関連する費用

手術療法を選択した際の総費用には、手術料、入院費、麻酔料などが含まれ、入院期間は3〜5日程度です。

手術内容費用総額(3割負担)
手根管開放術12〜15万円
肘部管開放術13〜16万円
減圧術11〜14万円

以上

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