顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー – 脳・神経疾患

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy)とは、進行性の主に顔面、肩甲骨周囲、上腕の筋肉が徐々に衰えていく遺伝性神経筋疾患です。

この疾患は10代から20代の若い年齢で発症することが多く、初期症状として目を強く閉じることが難しくなったり、口笛を吹けなくなったりするなど、顔の表情に関わる筋力の低下から始まります。

日常生活における不便さを最小限に抑えるためには、早期からのリハビリテーションや定期的な医療機関への通院による経過観察が重要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの主な症状

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは、まず顔面部の筋肉が徐々に弱くなり始め、続いて肩甲骨周辺から上腕部の筋力が低下し、その後下肢へと症状が広がっていきます。

顔面における初期症状の特徴

顔面の筋力低下は、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー早期の最も特徴的な症状です。

表情筋の脆弱化により、徐々に笑顔を作ることが難しくなり、また口笛を吹くような繊細な口周りの動作が困難となっていきます。

就寝時にまぶたを完全に閉じることができない状態は、睡眠の質に影響を与えるだけでなく、角膜を保護する機能が低下することから、眼科的な合併症のリスクもあります。

症状部位具体的な症状
口周辺笑顔困難、口笛不可
目周辺まぶたが閉じにくい
頬部表情の乏しさ

上半身の進行性筋力低下と機能障害

肩甲骨周辺から上腕部にかけての筋肉減少は、日常生活における多くの動作に影響を及ぼすようになり、特に上肢を使用する際の制限が明確に現れます。

腕を挙げる動作や物を持ち上げる力が徐々に弱まっていく変化は、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの典型的な症状の一つです。

肩甲骨の安定性が失われることにより、腕を前方や側方に挙げる動作が著しく制限され、日常的な上肢の使用にも支障をきたすようになっていきます。

下肢症状の進展と全身への影響

下肢の筋力低下は、通常、上半身の症状が現れてから一定期間を経て現れることが多く、特に足首から始まる脱力感や歩行時の不安定性として認識されます。

下肢症状

  • 足首の脱力感
  • つま先が上がりにくい状態
  • 歩行時のふらつき
  • 階段昇降の困難さ

筋力低下のパターンは、近位筋から遠位筋へと進行していく傾向にあり、この特徴は診断や経過観察において有用な情報です。

進行段階主な症状
初期顔面筋力低下
中期上肢機能障害
後期下肢筋力低下

進行の特徴と経過観察のポイント

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーでの筋力低下の進行は比較的緩やかで、左右非対称に現れます。

非対称性は、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー評価において重要な指標です。

呼吸器系への影響と関連症状

呼吸機能の変化は、筋力低下の進行に伴って現れる可能性がある症状で、特に呼吸補助筋の機能低下が特徴的です。

  • 呼吸補助筋の機能低下
  • 夜間の呼吸状態変化
  • 運動時の息切れ

呼吸補助筋が弱まると、夜間や運動時における呼吸機能の低下として現れ、患者さんの身体活動に影響を与えます。

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの原因

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは、第4染色体上のD4Z4遺伝子領域の異常によって引き起こされる遺伝性の筋疾患です。

遺伝子変異のメカニズム

D4Z4領域の繰り返し配列に起こる短縮化という現象が、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの主な原因です。

健常な方の染色体では、この領域が11回以上繰り返されているのに対し、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの患者さんの染色体では、10回以下に減少することが明らかになっています。

D4Z4遺伝子領域の異常は、DUX4という筋肉の機能に関与するタンパク質の過剰な産生につながり、タンパク質の異常な蓄積は、筋細胞の正常な発達や機能維持を妨げる要因です

染色体状態D4Z4繰り返し回数
健常者11回以上
患者10回以下

遺伝形式について

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは常染色体優性遺伝形式をとり、片方の親から変異遺伝子を受け継ぐだけで発症します。

遺伝子変異の特徴として、浸透率が高く、変異を持つ人の約95%が何らかの症状を示すことが知られています。

遺伝学的な観点から見ると、同じ家系内でも症状の程度に大きな差が生じることがあり、これが表現度の違いです。

表現度の違いは、環境要因や他の遺伝的背景が影響している可能性が考えられています。

分子レベルでの病態

DUX4タンパク質の過剰発現は、筋細胞内で複数の異常な反応を起こします。

筋芽細胞の分化障害やミトコンドリア機能の低下、細胞死(アポトーシス)の促進など、様々な細胞機能に影響を及ぼすことが明らかになっています。

影響を受ける機能具体的な異常
細胞増殖筋芽細胞の分化障害
エネルギー代謝ミトコンドリア機能低下
細胞生存アポトーシスの促進

遺伝子検査の意義

分子遺伝学的な解析技術の進歩により、D4Z4領域の繰り返し回数の確認や4qA/4qBハプロタイプの判定が可能となっています。

遺伝子検査による正確な診断は、家系内での遺伝カウンセリングにおいて重要な情報です。

診察(検査)と診断

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの診断では、診察から遺伝子解析まで、様々な検査手法を組み合わせながら、臨床症状と照らし合わせて総合的な判断を行うことで確定診断に至ります。

初期診察の手順

神経内科医や筋疾患専門医による初期診察では、まず詳細な問診から開始し、患者さんの家族歴の聞き取りと全身の筋力の評価を実施していきます。

家族歴の聴取については、両親や兄弟姉妹にとどまらず、祖父母の世代まで遡って似ている症状の有無を確認することで、遺伝性疾患としての特徴を把握することが大切です。

筋力評価では、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーに特徴的な筋力低下のパターンを見極めるため、いくつかの部位を重点的に確認していきます。

  • 顔面筋(特に口輪筋と眼輪筋)の筋力低下の程度と左右差
  • 肩甲骨周囲の筋力低下とwing scapulaの有無
  • 上腕の近位筋優位の筋力低下
  • 体幹部の筋力低下と姿勢の変化
  • 下肢の筋力低下と分布
評価部位評価内容
顔面筋表情筋の動き、まぶたの閉じ具合、口笛や膨らまし
肩甲部腕の挙上角度、wing scapula、肩甲骨の固定力
上腕部屈曲・伸展の程度、日常動作への影響

臨床検査による診断アプローチ

血液検査での筋原性酵素の評価では特にクレアチンキナーゼ値の測定が、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの診断に重要な指標です。

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは、他の筋ジストロフィーと比較して軽度から中等度の上昇にとどまることが多いという特徴があります。

筋電図検査では、筋線維の電気的活動を詳細に分析することにより、筋障害のパターンを客観的に評価することが可能です。

安静時の自発放電や運動単位電位の振幅、持続時間などの変化から、筋障害の程度や進行状態を判断できます。

画像診断技術を用いた評価では、MRIやCTにより筋組織の状態を確認します。

特にMRI検査ではT1強調画像やSTIR画像を用いることで、筋の萎縮や脂肪変性の分布パターンを詳細に把握でき、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーに特徴的な所見を観察できます。

検査名評価対象
血液検査CK値、アルドラーゼ、炎症マーカー
筋電図筋活動電位、伝導速度、自発放電
MRI検査筋萎縮の分布、脂肪変性、T1/STIR画像

遺伝子検査による確定診断

遺伝子検査は顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの確定診断において中心となる検査法です。

遺伝子検査の項目

  • D4Z4リピート数の評価(特に短縮の有無)
  • 染色体4q35領域における構造異常の解析
  • DNAメチル化状態の詳細な確認
  • A型アレルの存在確認と表現型との関連

診断基準の評価

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの診断基準には、臨床症状と遺伝子検査の結果を組み合わせた複数の要素が含まれており、総合的に評価することで診断の確実性を高めていきます。

さらに筋生検による組織学的検査で、他の筋疾患との鑑別診断を行うことも大切です。

筋線維の大小不同、壊死・再生像、線維化、脂肪浸潤などの所見を詳細に観察することで、より正確な病態把握ができます。

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの治療法と処方薬、治療期間

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの治療には、リハビリテーション療法を中心とした運動療法と、症状の進行を抑制する薬物療法を組み合わせます。

基本的な治療戦略

運動療法では、過度な負荷を避けながら筋力維持を目指すことが重要です。

患者さんの体力や症状に合わせた運動プログラムを、実施していきます。

運動療法の種類実施頻度
軽度な筋力トレーニング週2-3回
ストレッチング毎日
有酸素運動週3-4回

薬物療法

薬物療法では、炎症を抑制するステロイド薬や筋力低下を緩和する薬剤を使用します。

投薬は、症状の進行状況や患者さんの年齢によって調整することが必要です。

処方される主な薬剤

  • 抗炎症薬(プレドニゾロン等)
  • 筋弛緩薬(ダントロレンナトリウム等)
  • ビタミンE製剤

呼吸リハビリテーション

呼吸機能の維持・改善のため、呼吸筋のトレーニングも並行して行うことが大切です。

呼吸理学療法士による指導のもと、呼吸筋の強化や呼吸パターンの改善を目指した訓練を継続的に行うことで、肺活量の維持ができます。

呼吸リハビリの内容期待される効果
腹式呼吸訓練呼吸効率の向上
胸郭ストレッチ可動域の維持
排痰訓練感染予防

治療期間と経過観察

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの治療は長期的な視点で進めていく必要があり、定期的な通院による経過観察を継続します。

特に発症初期の2年間は、3ヶ月ごとの診察で筋力の変化や関節可動域の評価を実施することが大切です。

安定期と変化時の通院頻度

  • 安定期には6ヶ月ごとの診察
  • 症状変化時には随時受診

運動療法と薬物療法を組み合わせた治療アプローチにより、筋力低下の進行を緩やかにし、日常生活動作の維持を目指します。

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの治療における副作用やリスク

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの治療で使用するステロイド薬や筋弛緩薬などの投薬治療、および運動療法には様々な副作用やリスクが伴います。

薬物療法における副作用

ステロイド薬の長期使用に伴う副作用については、モニタリングを行います。

特に、骨密度の低下や免疫機能の抑制などの全身性の影響について、定期的な検査による確認が欠かせません。

副作用の種類発現頻度
骨粗鬆症20-30%
血糖値上昇15-25%
胃潰瘍10-15%
高血圧10-20%

筋弛緩薬に関連するリスク

筋弛緩薬の使用に際しては、いくつかの注意点があります。

  • 肝機能への負担増加
  • めまいや立ちくらみの出現
  • 消化器系への影響

運動療法における身体的負担

過度な運動は筋組織への負担を増やし、予期せぬ合併症を起こす要因となることがあるので、理学療法士による観察のもと、運動強度や頻度の調整を行うことが必要です。

運動負荷想定されるリスク
過度な筋力トレーニング筋線維の損傷
持続的な有酸素運動疲労の蓄積
関節可動域訓練関節への負担

呼吸機能に関するリスク管理

呼吸筋の筋力低下に伴う合併症のリスク

  • 呼吸器感染症の発症
  • 睡眠時無呼吸の出現
  • 換気機能の低下

呼吸リハビリテーションでは、過度な負荷を避けながら、段階的に運動強度を調整していくことが大切です。

呼吸筋への負担が急激に増加しないよう、患者さんの体調や疲労度を考慮しながら進めていきます。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

診察費用の内訳

当疾患の基本的な診察にかかる費用には、通常の診察料に加えて各種検査料が含まれます。

健康保険適用後の費用

  • 血液検査 2,000円~4,000円
  • 筋電図検査 4,000円~8,000円

リハビリテーション費用

運動機能の維持のためには、医療施設でのリハビリテーションが大切です。

リハビリ1回あたりの費用

  • 理学療法 3,000円~6,000円
  • 作業療法 3,000円~5,000円
  • 言語療法 2,000円~4,000円

医療機器・補助具の費用

症状の進行に応じて医療機器や補助具が必要になってきます。

  • 装具類 15,000円~30,000円
  • 歩行補助具 10,000円~25,000円
  • 呼吸補助装置 50,000円~100,000円
  • 姿勢保持用具 20,000円~40,000円

以上

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