Fisher症候群(FS) – 脳・神経疾患

Fisher症候群(FS)(Fisher syndrome)は、眼球運動の障害と深部腱反射の消失、運動失調を主な3つの症状とする末梢神経系の自己免疫疾患です。

免疫システムが自分自身の神経組織を誤って攻撃することで、発症から2~4週間の経過で複視や歩行時のふらつきといった神経症状が進行的に現れます。

この疾患は、感染症やワクチン接種後に発症することが多く、40~50代の成人に好発する傾向があり、多くの患者さんは数か月の経過で症状が改善に向かいます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

Fisher症候群(FS)の主な症状

Fisher症候群(FS)では外眼筋麻痺による複視、運動失調による歩行障害、深部腱反射の消失が起こります。

外眼筋麻痺と複視の症状

外眼筋麻痺は最も特徴的な症状で、両眼の上下左右の動きが制限されることで、物が二重に見える複視が現れることが多いです。

眼球運動の制限は、通常両側性に生じ、側方視や上方視において顕著となり、まぶたが下がる眼瞼下垂を伴うケースも少なくありません。

複視の程度は日内変動があり、朝方より夕方に悪化するることから、夕方以降の活動には注意が必要です。

外眼筋麻痺の特徴患者さんの自覚症状
両側性の眼球運動制限物が二重に見える
側方・上方視での制限視界のぼやけ
眼瞼下垂の合併まぶたが重い感覚
日内変動の存在夕方の症状悪化

運動失調による歩行障害

運動失調は、手足の協調運動障害として現れ、歩行時のふらつきや転倒のリスクを高める要因です。

下肢のみならず上肢にも影響が及び、箸やペンを使用する際の巧緻性の低下、着衣や整容動作における不自由さなど、日常生活動作全般に支障をきたします。

深部腱反射の消失

深部腱反射の消失は、神経学的診察において他の神経疾患との鑑別に役立つ重要な所見で、膝蓋腱反射やアキレス腱反射の低下または消失として観察されます。

深部腱反射検査部位反射消失の特徴
上肢橈骨反射両側性に低下
上腕二頭筋反射早期から消失
膝蓋腱反射対称性に消失
アキレス腱反射完全消失多い

その他の随伴症状

Fisher症候群に伴う症状として、以下のような特徴的な症状が見られることがあります。

  • 嚥下障害や構音障害などの球症状
  • 顔面神経麻痺による表情筋の脱力
  • 四肢のしびれ感や感覚障害
  • 自律神経症状(発汗異常、血圧変動など)
  • 呼吸筋の筋力低下による呼吸困難

複視や運動失調といった中核症状に加えて随伴症状が出現した際は、より慎重な経過観察が必要です。

特に嚥下障害や呼吸筋の筋力低下は、誤嚥性肺炎や呼吸不全などの合併症につながる懸念があるため、早期発見と対応が大切になります。

Fisher症候群(FS)の原因

Fisher症候群(FS)の主たる原因は、感染症を契機として自己免疫反応が起こることです。

免疫システムの異常と自己抗体の関与について

人体における免疫システムは通常、細菌やウイルスなどの外敵から体を守る防御機構として機能していますが、Fisher症候群においては、免疫システムが誤って自身の神経組織を攻撃してしまいます。

特に注目すべき点は、末梢神経系に存在するガングリオシドGQ1bという糖脂質に対する自己抗体の存在が、発症メカニズムにおいて重要な役割を担っていることです。

感染症との関連性について

感染症の種類発症までの期間
上気道感染1~2週間
胃腸炎1~3週間
呼吸器感染症1~2週間
サイトメガロウイルス感染2~4週間

この表が示すように、Fisher症候群の発症には様々な感染症が先行し、上気道感染症や胃腸炎などの一般的な感染症が引き金となることが多いです。

遺伝的要因と環境因子の影響

遺伝的背景や環境要因もFisher症候群の発症に関与する可能性があることが、明らかになってきました。

  • HLA-B54抗原の保有
  • 特定の免疫関連遺伝子の変異
  • 自己免疫疾患の家族歴
  • 特定の地理的要因や季節性の影響
  • 生活環境やストレス要因の関与

これらの要因は、Fisher症候群の発症リスクを高める可能性がある因子として認識されています。

発症メカニズムの複雑性

影響を与える要因神経系への影響
免疫反応の強さ神経伝導障害の程度
抗体の種類症状の多様性
環境因子回復過程への影響
遺伝的背景発症リスクの変動

Fisher症候群の発症メカニズムについては、単一の要因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症に至ります。

診察(検査)と診断

Fisher症候群(FS)の診断においては、神経学的診察に加え、血液検査や髄液検査、神経伝導検査など複数の検査を組み合わせながら、総合的な医学的判断を行います。

初診時の診察と問診

問診では患者さんとの面談で、症状の発症時期や進行の様子、先行する感染症の有無などについて詳しく聞き取ります。

初診時には、複視の程度や眼球運動の制限、歩行時のふらつき具合など、神経学的な症状について細かく確認することが重要です。

診察での確認項目観察内容
眼球運動六方向の注視、瞳孔反応
歩行状態開眼・閉眼での歩行、つぎ足歩行
腱反射上下肢の反射、左右差の有無
感覚検査しびれの分布、温痛覚、振動覚

さらに、発症前2~4週間以内のウイルス感染症状や予防接種歴など、発症の契機となりうる要因についても確認していきます。

血液検査による抗体検査

血液検査では、Fisher症候群に特異的な抗GQ1b抗体の検出を中心に、様々な自己抗体の有無を調べます。

抗ガングリオシド抗体の中でも、特に抗GQ1b IgG抗体は診断の手がかりとして有用です。

血液検査項目検査の意義
抗GQ1b抗体診断特異性が高い
抗GM1抗体合併症の予測
一般血液検査炎症反応の確認
生化学検査全身状態の把握

髄液検査による診断補助

髄液検査では、蛋白細胞解離という特徴的な所見を確認でき、これは髄液中の蛋白量が増加しているにもかかわらず、細胞数は正常範囲内にとどまる状態を表しています。

検査する項目

  • 髄液の性状や色調の観察
  • 髄液圧の測定と記録
  • 蛋白質濃度の定量分析
  • 細胞数のカウントと分類
  • 糖濃度の測定
  • 細菌培養検査の実施

神経伝導検査による機能評価

神経伝導検査では、末梢神経の伝導速度や振幅を測定し、神経障害の程度や範囲を客観的に評価することが可能です。

運動神経と感覚神経の両方について検査を行い、神経伝導速度の低下や伝導ブロックの有無を確認することで、末梢神経障害の特徴を明らかにします。

F波検査では、末梢神経の近位部における障害の有無を確認でき、Fisher症候群における神経障害の分布や程度を判断する大切な指標です。

Fisher症候群(FS)の治療法と処方薬、治療期間

Fisher症候群の標準的な治療法には、免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)と血液浄化療法があり、治療法を単独もしくは組み合わせて実施します。

免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)

免疫グロブリン大量静注療法は、Fisher症候群の第一選択となる治療法です。

1日あたり400mg/kgの免疫グロブリンを投与することにより、異常な自己抗体の働きを抑制し、神経系への攻撃を軽減する効果が期待できます。

投与スケジュール投与量
第1日目400mg/kg
第2日目400mg/kg
第3日目400mg/kg
第4日目400mg/kg
第5日目400mg/kg

免疫グロブリン大量静注療法は入院での実施が必要となりますが、治療効果の発現が比較的早く、治療開始後2週間程度で症状の改善が認められます。

血液浄化療法

血液浄化療法は、血漿交換療法と免疫吸着療法の2種類があり、どちらも血液中の異常な自己抗体を除去することが目的です。

  • 血漿交換療法(PE)において血漿を新鮮凍結血漿に置換
  • 免疫吸着療法(IA)で特異的に自己抗体を除去
  • 治療頻度は週3〜4回
  • 通常2〜3週間の治療期間
  • 効果判定は2週間ごとに実施

血液浄化療法は、免疫グロブリン大量静注療法との併用や、単独での実施を検討します。

ステロイド療法

免疫抑制効果を期待してステロイド療法を実施することがあり、メチルプレドニゾロンのパルス療法や経口ステロイド薬の投与などが選択肢として挙げられます。

ステロイド薬投与方法
メチルプレドニゾロン点滴静注
プレドニゾロン経口投与
デキサメタゾン点滴静注
ヒドロコルチゾン点滴静注

ステロイド療法は、他の治療法と組み合わせて実施されることが多く、特に急性期における炎症反応の抑制に重要です。

リハビリテーション

急性期を脱した後のリハビリテーションプログラムは、運動機能や協調運動の回復を促進する上で不可欠な治療です。

理学療法士による運動療法では、筋力トレーニングや協調運動練習を段階的に進めていき、作業療法士による日常生活動作の訓練と組み合わせることで、より効果的なリハビリテーションを実現できます。

特に眼球運動障害に対するリハビリテーションでは、視覚機能の改善を目指したプログラムを実施することにより、複視などの症状改善が可能です。

また、嚥下障害に対する言語聴覚士によるリハビリテーションも併せて実施することで、より包括的な機能回復を目指せます。

Fisher症候群(FS)の治療における副作用やリスク

Fisher症候群の治療では、免疫グロブリン療法や血漿交換療法などの免疫療法に伴う副作用やリスクがあります。

免疫グロブリン療法における副作用

免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)では、投与中から投与後にかけて様々な副作用が現れることがあり、綿密な観察が重要です。

発現時期主な副作用
投与直後頭痛、発熱、悪寒
数時間後血圧変動、めまい
数日後皮膚症状、腎機能障害
長期的血栓症、溶血性貧血

投与速度に関連する副作用については、投与開始時は低速度から開始し、患者さんの状態を観察しながら徐々に速度を上げていきます。

血漿交換療法のリスク要因

血漿交換療法実施時には、血管確保に伴う合併症や循環動態の変動に注意します。

  • 血管確保部位の感染リスク
  • 出血傾向の増悪
  • 血圧低下や不整脈
  • 電解質バランスの乱れ
  • アレルギー反応の出現

ステロイド療法の合併症

ステロイド使用に伴う副作用は投与量や期間によって異なり、短期的な副作用から長期的な合併症まで生じる可能性があります。

投与期間観察すべき合併症
短期高血糖、消化器症状
中期満月様顔貌、浮腫
長期骨粗鬆症、易感染性
減量期副腎不全、離脱症候群

免疫抑制に伴う感染リスク

免疫機能の抑制により、通常では問題とならない病原体による日和見感染のリスクが上昇することがあります。

免疫抑制状態では、一般的な細菌感染症に加えて、ウイルスや真菌による感染症のリスクも上昇し、特に呼吸器感染症や尿路感染症などへの警戒が欠かせません。

免疫抑制療法中は、予防的な抗菌薬の投与を検討する場面もあり、個々の患者さんの状態や感染リスクに応じて判断していきます。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

免疫療法関連費用

免疫グロブリン大量静注療法は、1回の治療コースにおいて高額な治療費用が発生します。

治療内容概算費用(総額)
免疫グロブリン(5日分)120万円
血漿交換(1回)15万円
免疫吸着療法(1回)12万円

検査関連費用

神経伝導検査や血液検査など、診断に必要な各種検査を実施します。

  • 血液検査(抗GQ1b抗体) 40,000円
  • 神経伝導検査 15,000円
  • 頭部MRI検査 25,000円
  • 脳脊髄液検査 8,000円
  • 筋電図検査 12,000円

入院関連費用

入院費用項目1日あたり概算
入院基本料25,000円
食事療養費1,500円
投薬・注射料3,000円
処置料2,000円

リハビリテーション費用

標準的な外来リハビリテーションでは、1回あたり20分以上40分未満の場合、約2,070円で、週3回程度3〜6ヶ月間継続することが一般的です。

以上

References

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