Friedreich運動失調症(Friedreich’s ataxia)とは、進行性の遺伝性神経変性疾患で、主に小脳や脊髄の神経細胞に影響を及ぼす深刻な病気です。
10代前半までに症状が現れ始め、運動のバランスを保つことや、細かな手の動きをコントロールすることが徐々に困難になっていきます。
遺伝子の変異により、ミトコンドリアというエネルギーを作り出す細胞小器官の機能に問題が生じることで、運動や感覚に関わる神経系統に障害が起こります。
症状は初期に始まる歩行時のふらつきや転倒しやすさ、その後に見られる、手足の協調運動の障害や、発話の明瞭さの低下などです。
Friedreich運動失調症の主な症状
Friedreich運動失調症で見られるのは、運動失調、深部感覚の低下、筋力低下、心筋症など多彩な神経学的および全身性の症状です。
神経学的症状
初期症状として、両足のふらつきや不安定な歩行が現れることが多く、病状の進行に伴って協調運動障害や構音障害といった症状が顕在化していきます。
眼球運動障害も特徴的な症状の一つです。水平性眼振や衝動性眼球運動といった異常が起こり、読書や細かい作業に支障をきたすようになります。
運動失調の特徴
症状 | 特徴 |
歩行障害 | 失調性歩行、ふらつき |
協調運動障害 | 動作の不安定さ、測定障害 |
構音障害 | 不明瞭な発語、断綴性発語 |
眼球運動障害 | 注視時の眼振、衝動性眼球運動 |
感覚系の症状
深部感覚の低下は四肢遠位部から始まり、徐々に近位部へと進行していく過程を経て、全身の感覚機能に影響を及ぼします。
振動覚や位置覚の障害が顕著となることから、患者さんは自分の手足の位置を正確に把握することが難しくなり、運動機能の低下がさらに助長されます。
下肢の深部感覚障害が上肢よりも先行して現れることが多く、診断の重要な手がかりです。
感覚障害の特徴
- 振動覚の低下(特に下肢から)
- 位置覚の障害(関節の位置感覚の低下)
- 触覚の鈍麻(手足の感覚が鈍くなる)
- 温度覚の低下(温度を感じにくくなる)
- 痛覚の変化(痛みを感じにくくなる)
骨格筋の症状
筋力低下も下肢の近位筋から始まり、その後徐々に上肢にも症状が及んでいきます。
体幹の筋力低下は進行的に現れることから、姿勢の保持が困難となり、脊柱の変形や側彎症といった骨格系の問題を起こす要因です。
呼吸筋の機能低下は疾患の後期に認められ、呼吸機能検査では拘束性換気障害のパターンを示します。
筋力低下の部位と特徴
部位 | 特徴的な症状 |
下肢 | 近位筋優位の筋力低下 |
上肢 | 遠位筋優位の筋力低下 |
体幹 | 姿勢保持困難 |
呼吸筋 | 呼吸機能の低下 |
心臓・内分泌系の症状
Friedreich運動失調症では、左室肥大や不整脈といった心臓の構造的・機能的な異常が認められることがあります。
心臓の症状は必ずしも神経症状の重症度とは関係せず、独立して進行することもあるため、定期的な心機能評価による経過観察が不可欠です。
糖代謝異常も多くの患者さんにみられる症状で、インスリン分泌能の低下やインスリン抵抗性が起こることで、耐糖能異常や糖尿病を発症します。
内分泌系の異常は全身の代謝機能に影響を与えることから、栄養状態や体重の変化にも注意が必要です。
Friedreich運動失調症の原因
Friedreich運動失調症は、第9番染色体上にあるFXN遺伝子の変異によって起こる常染色体劣性遺伝性の神経変性疾患です。
遺伝子変異のメカニズム
FXN遺伝子の異常は、ミトコンドリアタンパク質であるフラタキシンの産生量を大幅に減少させる直接的な原因です。
フラタキシンは細胞内のエネルギー産生工場であるミトコンドリアにおいて、重要なタンパク質であり、このタンパク質が不足することによって細胞内のエネルギー産生システムに重大な支障をきたします。
Friedreich運動失調症は、遺伝子変異の程度によって発症時期や重症度が異なります。
遺伝子状態 | 三塩基リピート数 |
正常 | 5-33回 |
保因者 | 34-65回 |
患者 | 66回以上 |
遺伝形式と発症リスク
Friedreich運動失調症は常染色体劣性遺伝という遺伝形式を取り、両親からそれぞれ変異のあるFXN遺伝子を1つずつ受け継いだ場合にのみ発症する疾患です。
遺伝子変異を1つだけ受け継いだ保因者の方は症状を示さないものの、次世代に変異遺伝子を伝える可能性があります。
診察(検査)と診断
Friedreich運動失調症の診察では、神経学的診察に加え、遺伝子検査や心臓・脊髄のMRI検査など、複数の検査方法を組み合わせて行います。
診察の基本的な流れ
診察は問診から始まり、歩行の様子や姿勢の観察、反射検査などの神経学的診察を行うことが大切です。
診察の種類 | 内容 |
歩行観察 | つま先とかかとの接地の様子、ふらつきの程度 |
姿勢検査 | 立位バランス、座位バランスの確認 |
反射検査 | 腱反射、病的反射の有無 |
協調運動 | 指鼻試験、踵膝試験の実施 |
画像検査
MRI検査では脊髄の萎縮や小脳の状態を詳しく観察でき、頸部から胸部にかけての脊髄の様子を確認していきます。
心臓超音波検査では心筋の厚さや動きを観察し、心機能の状態を細かく調べることで、心臓への影響を把握することが可能です。
神経伝導検査で確認する項目
- 運動神経と感覚神経の伝導速度
- 神経活動の振幅
- 神経伝導の遅延や途絶の有無
- 神経の興奮性の変化
血液・生化学検査
血液検査では、ビタミンE値や血糖値、肝機能、腎機能などの項目を測定することにより、全身の状態を把握します。
検査項目 | 検査の意義 |
ビタミンE | 神経変性との関連を確認 |
血糖値 | 糖代謝異常の有無を確認 |
肝機能 | 肝臓への影響を確認 |
心筋マーカー | 心筋への影響を確認 |
遺伝子検査
遺伝子検査では、フラタキシン遺伝子内のGAAトリプレットリピートの数を解析することで、分子レベルでの確認を行うことができます。
遺伝子検査の結果は、その他の遺伝子変異の有無についても解析を進めていきます。
遺伝子検査で得られた情報は、同じ家系内での発症リスクの推定にも有用です。
MRIや心臓超音波検査などの画像検査は、半年から1年ごとに実施し、経時的な変化を捉えます。
Friedreich運動失調症の治療法と処方薬、治療期間
Friedreich運動失調症の治療では、抗酸化薬、神経保護薬、心機能改善薬などの投薬治療に加え、理学療法やリハビリテーションを組み合わせます。
薬物療法の基本
イデベノンを中心とした抗酸化薬による治療は、ミトコンドリア機能の改善を目的として実施され、6ヶ月から12ヶ月の継続投与によって効果判定を行います。
神経保護作用を持つビタミンE製剤の投与も広く実施されており、1日あたり800IUを目安として、神経変性の進行抑制を図ることが目標です。
投薬治療の内容
薬剤分類 | 投与期間の目安 |
抗酸化薬 | 6-12ヶ月 |
ビタミンE | 12ヶ月以上 |
神経保護薬 | 24ヶ月以上 |
心機能改善薬 | 継続的 |
運動療法とリハビリテーション
運動療法は週3回から5回の頻度で実施し、1回あたり30分から60分程度行うことで、運動機能の維持改善を目指します。
運動療法の例
- バランス訓練(1日20分、週3回)
- 筋力トレーニング(1日30分、週3回)
- 関節可動域訓練(1日15分、週5回)
- 歩行訓練(1日30分、週3回)
- 呼吸機能訓練(1日15分、毎日)
心機能管理のための治療
心不全の予防と治療にはACE阻害薬を中心とした治療が基本で、低用量から開始して徐々に増量していきます。
不整脈に対する治療では抗不整脈薬を使用し、投与開始後は経過観察を行いながら、薬剤の効果や心臓への負担を評価していくことが大切です。
β遮断薬による血圧管理は、心臓への負担を軽減させる目的で実施し、心筋代謝改善薬の投与は、心筋細胞のエネルギー代謝を改善することで心機能の維持を図ります。
治療目的 | 使用薬剤 |
心不全予防 | ACE阻害薬 |
不整脈管理 | 抗不整脈薬 |
血圧管理 | β遮断薬 |
心筋保護 | 心筋代謝改善薬 |
合併症に対する治療
糖尿病合併例に対しては、血糖コントロールを目的としたインスリン製剤や経口血糖降下薬による治療を実施し、段階的に投与量の調整を行っていきます。
骨格系の問題に対する整形外科的な治療では、装具療法を中心とした保存的治療が基本です。
言語聴覚療法は週2回から3回の頻度で実施し、呼吸機能の維持改善を目的とした呼吸リハビリテーションでは、呼吸筋の筋力強化や呼吸パターンの改善を目指します。
Friedreich運動失調症の治療における副作用やリスク
Friedreich運動失調症の治療では、使用する薬剤の種類や投与量、併用薬の組み合わせによって、様々な副作用やリスクがあります。
投薬治療の副作用
投薬治療を行う際は投与開始時には少量から始め、その後の経過を観察しながら段階的に増量していくことが大切です。
抗酸化作用を持つ薬剤は、胃腸への刺激による不快感や、まれに肝機能への影響が現れることもあるため、定期的な血液検査による確認が欠かせません。
投薬期間 | 注意すべき副作用 |
投与開始直後 | 急性アレルギー反応、消化器症状 |
1週間以内 | 肝機能値の変動、血圧変化 |
1ヶ月以内 | 血液検査値の異常、腎機能への影響 |
循環器系への影響
心臓や血管系に作用する薬剤を使用する際には、血圧低下や不整脈などの循環器系への影響に特に注意を払う必要があり、心電図モニタリングや血圧測定を定期的に実施します。
循環器系の観察項目
- 心拍数や血圧の変動
- 心電図波形の異常
- 末梢循環障害の有無
- 浮腫の出現状況
循環器系の副作用に対しては、投与量の調整や併用薬の変更を行うことで、重篤化を防げます。
神経系への作用と副作用
神経系に作用する薬剤では、めまいや眠気といった副作用に加え、運動機能や感覚機能への影響にも注意が必要です。
神経系の副作用 | 観察のポイント |
中枢神経系 | 意識レベル、認知機能、運動調節 |
末梢神経系 | 感覚異常、筋力低下、反射機能 |
自律神経系 | 発汗異常、体温調節、消化機能 |
免疫系への影響と感染リスク
免疫機能に影響を与える薬剤の使用では、感染症に対する抵抗力の低下や、予期せぬアレルギー反応が起こることがあります。
また、複数の薬剤を併用する際には、それぞれの薬剤の特性を考慮し、相互作用による副作用の出現を防ぐため、慎重な投与計画が重要です。
長期的な臓器機能への影響
継続的な投薬による肝臓や腎臓への負担を考慮し、定期的な臓器機能検査を実施することで、副作用の早期発見と対応が可能です。
特に腎機能や肝機能に影響を与える可能性のある薬剤では、投与量の調整や代替薬への変更を行うことにより、臓器機能の保護ができます。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬物療法にかかる費用
基本的な投薬には抗酸化薬、神経保護薬、心機能改善薬などが含まれます。
薬剤の種類 | 1ヶ月あたりの自己負担額 |
イデベノン | 4,500円 |
ビタミンE製剤 | 2,000円 |
ACE阻害薬 | 3,000円 |
β遮断薬 | 2,500円 |
リハビリテーション費用
運動機能維持のための理学療法や言語聴覚療法など、週に2~3回程度のリハビリテーションを実施します。
リハビリの種類 | 1回あたりの自己負担額 |
理学療法 | 1,500円 |
作業療法 | 1,500円 |
言語聴覚療法 | 1,700円 |
主な医療費負担の内訳
- 薬剤費(1ヶ月) 12,000円
- リハビリ(週2回) 12,000円
- 検査(月1回) 3,000円
装具・医療機器費用
装具や歩行補助具などの補装具費は、医療保険の給付対象となる部分と、補装具費支給制度による補助を受けられる部分があります。
短下肢装具の場合、負担額は7,000円から15,000円程度です。
以上
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