前頭側頭型認知症 – 脳・神経疾患

前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia)とは、脳の前頭葉と側頭葉が徐々に萎縮していく進行性の神経変性疾患です。

主に50代から60代の比較的若い年齢で発症することが多く、記憶障害が中心となるアルツハイマー病とは異なる症状を示します。

前頭側頭型認知症の特徴的な症状は、性格や行動の変化、言語能力の低下、社会性の喪失などです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

前頭側頭型認知症の主な症状

前頭側頭型認知症の症状は、行動や人格の変化、言語機能の低下、運動機能の障害、そして認知機能の影響です。

行動と人格の変化

前頭側頭型認知症の初期症状として最も目立つのが、行動と人格の変化です。

このような変化は、脳の前頭葉(思考や判断、感情のコントロールを司る部位)の機能低下によって起きます。

見られる症状

  • 脱抑制行動(社会的に不適切な行動)
  • 共感性の欠如(他者の気持ちを理解することが難しくなる)
  • 常同行動(同じ行動を繰り返す)
  • 食行動の変化(過食や偏食が顕著になる)
症状
脱抑制行動見知らぬ人に唐突に話しかける、場にそぐわない冗談を言う
共感性の欠如他人の感情を理解できず無関心な態度をとる、相手の立場に立って考えることが困難になる
常同行動同じ言葉や文章を何度も繰り返す、決まった時間に同じ行動を執拗に繰り返す
食行動の変化甘いものや特定の食べ物ばかりを好む、食事の量が急激に増加する

言語機能の低下

前頭側頭型認知症のもう一つの主要な症状は、言語機能の低下です。

この症状は、脳の側頭葉(言語や記憶に関わる部位)の機能低下によって生じます。

言語機能の分類

  1. 意味性認知症:単語の意味を理解することが困難になり、物の名前が出てこなくなる
  2. 進行性非流暢性失語:言葉を話すことが困難になり、文法の誤りや発話の流暢性が低下する
言語障害のタイプ特徴
意味性認知症日常的な物の名前が出てこない、単語の意味がわからず会話の文脈を理解できない
進行性非流暢性失語文法の誤りが目立つ、言葉がスムーズに出てこず会話の流れが途切れがちになる

運動機能の障害

前頭側頭型認知症の一部の患者さんでは、運動機能の障害も現れ、前頭葉や基底核(運動の調節に関わる脳の深部構造)の機能低下によって起こる症状です。

運動機能の障害

  • パーキンソニズム(動作の緩慢、筋肉の硬直、手足の震え)
  • 筋萎縮性側索硬化症(ALS)様の症状(筋力の低下や筋肉の萎縮)
  • 姿勢の異常や転倒のリスク増加(バランス感覚の低下)

認知機能の変化

前頭側頭型認知症では、記憶障害よりも実行機能の障害が顕著に現れます。

実行機能とは、計画を立てる、優先順位をつける、状況に応じて判断するなどの高次認知機能のことで、日常生活を円滑に送る上で欠かせない能力です。

前頭側頭型認知症における認知機能の変化

  • 注意力の低下(集中力が続かない、気が散りやすくなる)
  • 抽象的思考の困難(たとえや比喩を理解できない、物事を柔軟に捉えられなくなる)
  • 問題解決能力の低下(新しい状況への対応が困難になる、臨機応変な対応ができなくなる)
  • 判断力の低下(危険な行動をとる、金銭管理ができなくなる)
認知機能変化の内容
注意力集中力が持続せず、些細な刺激に気を取られやすくなる
抽象的思考たとえや比喩を字義通りに解釈し、言葉の裏にある意味を理解できない
問題解決能力予期せぬ事態に対処できず、日常生活の中で新たな課題に直面すると混乱する
判断力リスクを適切に評価できず危険な行動をとったり、複雑な金銭管理ができなくなる

前頭側頭型認知症の原因

前頭側頭型認知症の原因は、脳の前頭葉と側頭葉における神経細胞の変性と喪失です。

遺伝子変異と前頭側頭型認知症

前頭側頭型認知症の発症には、様々な遺伝子が関与しています。

特に注目を集めているのは、タウタンパク質やTDP-43タンパク質(TAR DNA結合タンパク質43)の異常を起こす遺伝子変異です。

これらのタンパク質が脳内に蓄積することによって、神経細胞の機能障害や死滅を起こす可能性が高まります。

そして、前頭側頭型認知症の発症に関与する主要な遺伝子変異は、MAPT遺伝子、GRN遺伝子、C9orf72遺伝子です。

遺伝子関連するタンパク質主な機能
MAPTタウ神経細胞の構造維持
GRNプログラニュリン細胞の成長と生存促進
C9orf72TDP-43RNA代謝の制御

遺伝子変異は、家族性前頭側頭型認知症(家系内で複数の発症者がみられる遺伝性の認知症)の原因です。

一方で、孤発性(家族歴のない)の前頭側頭型認知症も多くあり、遺伝子以外の要因も関与しています。

タンパク質の異常蓄積のメカニズム

前頭側頭型認知症では、特定のタンパク質が異常に蓄積することが観察されます。

主なものは、タウタンパク質、TDP-43タンパク質、FUSタンパク質(核タンパク質転写活性化因子)などです。

環境要因と生活習慣が及ぼす影響

前頭側頭型認知症の発症には、遺伝的要因だけでなく、環境要因や生活習慣も影響を与えます。

発症リスクを高める要因

  • 重度の頭部外傷の既往
  • 長期間にわたる慢性的なストレス
  • 長年の喫煙習慣
  • 継続的な過度のアルコール摂取
  • 栄養バランスの偏った不適切な食生活
  • 日常的な運動不足

このような要因は、脳内の神経細胞の変性や損傷を加速させる可能性があります。

炎症と酸化ストレスの影響

脳内で持続する慢性的な炎症や酸化ストレスも、前頭側頭型認知症の発症メカニズムに関与しています。

炎症反応や酸化ストレスが長期間にわたって続くと、神経細胞に対して様々なダメージを与え、正常な機能を著しく低下させます。

要因神経細胞への主な影響二次的な影響
炎症細胞膜の損傷細胞内外の物質輸送障害
酸化ストレスDNA損傷タンパク質の異常生成

診察(検査)と診断

前頭側頭型認知症の診断は、問診から始まり、神経学的検査、認知機能検査、さまざまな画像検査、場合によっては遺伝子検査を組み合わせて行います。

問診と神経学的検査

診断の第一歩は問診で、症状が始まった時期や症状の進み方、日常生活での変化などについて、聞き取ります。

次に、神経学的検査を行い、反射の強さや速さ、体の動きや力の入れ具合、感覚の鋭さなどを調べ、神経系に何か異常がないかを確認します。

認知機能検査

認知機能検査は、患者さんの思考力や記憶力、判断力といった認知機能を、客観的な数値で評価するために行います。

代表的な検査

  • MMSE(Mini-Mental State Examination)全般的な認知機能を30点満点で評価
  • FAB(Frontal Assessment Battery)前頭葉の機能を18点満点で評価
  • CDR(Clinical Dementia Rating)認知症の重症度を0~3で評価
  • 神経心理学的検査バッテリー言語、記憶、注意力など、さまざまな認知機能を詳しく調べる

検査を組み合わせることで、認知機能の低下の程度や特徴を多面的かつ詳細に把握できます。

検査名評価内容特徴
MMSE全般的な認知機能簡便で短時間で実施可能、認知症のスクリーニングに有用
FAB前頭葉機能前頭側頭型認知症の早期発見に特に有効
CDR認知症の重症度日常生活での機能レベルを詳細に評価
神経心理学的検査バッテリー言語、記憶、注意力など認知機能を総合的かつ詳細に評価

画像検査

画像検査は、肉眼では見えない脳の構造的・機能的変化を可視化し、診断の精度を高めるために実施します。

  1. MRI(磁気共鳴画像法) 強い磁場を使って脳の詳細な断層画像を撮影し、前頭葉や側頭葉の萎縮を鮮明に観察でき、前頭側頭型認知症では、これらの部位が特徴的に萎縮。
  2. CT(コンピュータ断層撮影) X線を使って脳の断層画像を撮影し、脳の全体的な構造を確認し、腫瘍や出血など、他の疾患を除外するのに役立つ。
  3. SPECT(単一光子放射断層撮影) 放射性同位元素を用いて脳血流の分布を調べ機能的な変化を捉え、前頭側頭型認知症では、前頭葉や側頭葉の血流が低下する特徴的なパターンが見られる。
  4. PET(陽電子放射断層撮影) 特殊な放射性薬剤を用いて、脳の代謝活動や特定のタンパク質の蓄積を観察でき、特徴的なタウタンパク質の蓄積を可視化できる場合も。
画像検査用途特徴
MRI脳の構造的変化の観察高解像度で詳細な画像が得られる
CT脳の全体構造の確認と他疾患の除外短時間で撮影可能、骨の異常も観察可能
SPECT脳血流の評価機能的な変化を捉えられる
PET脳の代謝活動やタンパク質蓄積の観察分子レベルの変化を可視化できる

遺伝子検査

一部の前頭側頭型認知症では、遺伝的要因が関与します。

家族歴があったり40~50代の若年で発症した場合、遺伝子検査を行うこともあります。

主な関連遺伝子は、MAPT、GRN、C9orf72ですが、遺伝子検査の結果のみでは診断を確定できません。

遺伝子関連する症状や特徴遺伝子検査の意義
MAPTタウタンパク質の異常による神経変性家族性の前頭側頭型認知症の診断補助
GRNプログラニュリンの減少による神経保護機能の低下若年発症の前頭側頭型認知症の原因特定
C9orf72ALS(筋萎縮性側索硬化症)を合併する傾向ALS合併リスクの評価

前頭側頭型認知症の治療法と処方薬、治療期間

前頭側頭型認知症の治療は、患者さんの症状をコントロールし、病気の進行を遅らせることを目的とした対症療法を中心に行います。

薬物療法によるアプローチ

前頭側頭型認知症の薬物療法では、患者さんの行動の変化や精神症状を改善が目標です。

現時点では前頭側頭型認知症に特化した治療薬は開発されていませんが、症状に応じて複数の薬を使用することで、患者さんの生活の質を向上できます。

代表的な薬は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)と呼ばれる抗うつ薬や、非定型抗精神病薬です。

薬の種類期待される効果使用目的
SSRI気分の改善抑うつ症状の軽減
非定型抗精神病薬興奮や攻撃性の抑制行動障害の改善

非薬物療法の重要性

薬による治療と並行して、薬を使わない治療法も前頭側頭型認知症の患者さんにとって大切です。

非薬物療法

  • 認知リハビリテーション(頭の体操のようなトレーニング)
  • 言語療法(言葉の使い方や理解力を維持するための訓練)
  • 作業療法(日常生活の動作を維持・改善するための訓練)
  • 理学療法(体の機能を維持・改善するための運動療法)
  • 音楽療法(音楽を通じて心身の健康を促進する療法)
  • アートセラピー(絵画や工作などの創作活動を通じて自己表現を促す療法)

前頭側頭型認知症の治療における副作用やリスク

前頭側頭型認知症の治療に用いられる薬は、記憶力や考える力、行動の問題を良くすることを目指しますが、副作用やリスクもあります。

抗精神病薬の副作用

前頭側頭型認知症で見られる行動の問題(興奮したり、攻撃的になること)を抑えるために使われる抗精神病薬には、副作用があります。

主な副作用

  • 錐体外路症状(手足が震えたり、体が硬くなったりするパーキンソン病に似た症状)
  • 転びやすくなる
  • 眠気が強くなりすぎる
  • 心臓や血管に悪影響を与える

高齢の方では副作用が出やすく、より注意深い観察が必要です。

副作用症状注意点
錐体外路症状手の震え、体の動きが硬くなる歩行や日常動作に支障が出ないか観察
過度の眠気ボーっとする、反応が遅くなる転倒や事故のリスクが高まるので要注意
心臓への影響脈が乱れる、血圧が下がる定期的な心電図検査や血圧測定が必要

抗うつ薬のリスク

前頭側頭型認知症に伴う落ち込みやうつ状態に対して、抗うつ薬を使うことがあります。

最近の抗うつ薬(SSRIやSNRIと呼ばれるもの)は比較的安全性が高いと言われていますが、それでもリスクがあります。

  • セロトニン症候群(脳内の神経伝達物質のバランスが崩れて起こる症状)
  • 出血しやすくなること
  • 体内の電解質(ナトリウムやカリウムなど)のバランスが崩れること
  • 性機能に関する問題

抗てんかん薬の副作用

前頭側頭型認知症の患者さんの中には、てんかん発作が起きる方もいて、抗てんかん薬を使います。

抗てんかん薬は発作を抑える効果がある一方で、副作用があります。

  • 眠気や疲れやすさ
  • めまい
  • 物事を考えたり覚えたりする力への影響
  • 骨がもろくなる
  • 肝臓の働きが悪くなる
抗てんかん薬の種類副作用日常生活での注意点
カルバマゼピン眠気、めまい、肝臓への影響車の運転や機械操作に注意
バルプロ酸手の震え、髪が抜けやすくなる、膵臓の炎症定期的な血液検査が必要
レベチラセタムイライラ、攻撃的になる、不眠気分の変化に注意

薬の飲み合わせによるリスク

前頭側頭型認知症の患者さんは、他の病気のために複数の薬を飲んでいることが多く、薬同士の相互作用によるリスクが高くなります。

以下のような組み合わせには特に注意が必要です。

  • 抗精神病薬と抗うつ薬を一緒に使うと、セロトニン症候群が出る
  • 抗てんかん薬と他の脳に作用する薬を一緒に使うと、眠気が強くなりすぎる
  • 抗凝固薬と抗うつ薬を一緒に使うと、出血しやすくなる

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療の費用

外来診療では定期的な診察や検査が行われ、画像検査は、1回あたり5,000円から15,000円程度かかります。

検査項目概算費用
MRI検査10,000円
CT検査7,000円

神経心理検査などの特殊検査も必要に応じて実施され、費用は3,000円から10,000円です。

薬物療法の費用

抗うつ薬や抗精神病薬などの処方薬は、1ヶ月あたり5,000円から20,000円程度の費用がかかります。

リハビリテーションの費用

リハビリテーションは、認知機能の維持や生活能力の向上に重要です。

リハビリ種類1回あたりの概算費用
言語療法3,000円
作業療法2,500円

以上

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