胚細胞腫瘍(germ cell tumor)とは、体内で生殖細胞から発生する腫瘍のことです。
腫瘍は主に性腺(精巣や卵巣)に発生しますが、脳や胸部、腹部など体のさまざまな部位にも見られます。
若年層に多く発症し、胚細胞腫瘍には良性と悪性があり、種類や発生部位によって現れる症状や体への影響が異なります。
胚細胞腫瘍の種類(病型)
胚細胞腫瘍には、胚腫、奇形腫、胎児性癌、卵黄嚢胞腫、絨毛癌、混合性胚細胞腫瘍といった多様な病型があります。
胚腫と奇形腫
胚腫は、未分化な胚細胞から発生する腫瘍で、胚細胞腫瘍の中で最も頻度が高い病型です。
奇形腫は三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)由来の組織を含む腫瘍であり、成熟度によって成熟奇形腫と未熟奇形腫に分類されます。
病型 | 特徴 | 発生起源 |
胚腫 | 高い放射線感受性、比較的予後良好 | 未分化胚細胞 |
奇形腫 | 三胚葉組織の混在、成熟度による分類 | 多分化能を持つ胚細胞 |
胎児性癌と卵黄嚢胞腫
胎児性癌は、高度に未分化な胚細胞から発生し、急速な増殖と強い浸潤性を特徴とする悪性度の高い腫瘍です。
卵黄嚢胞腫は、原始卵黄嚢(胎児の栄養を担う組織)に類似した組織を持つ腫瘍で、アルファフェトプロテイン(AFP、胎児期に産生されるタンパク質)の産生が特徴的です。
絨毛癌と混合性胚細胞腫瘍
絨毛癌は、栄養膜細胞(胎盤を形成する細胞)への分化を示す悪性度の高い腫瘍です。
混合性胚細胞腫瘍は、複数の病型が混在する腫瘍であり、個々の成分の割合によって臨床像が異なります。
各病型の特徴
- 胚腫:放射線治療に対する感受性が高く、適切な治療を行えば比較的予後が良好
- 奇形腫:成熟度により予後が異なり、完全摘出できれば予後良好な場合がある
- 胎児性癌:急速な増殖を示し、周囲組織への浸潤性が強いため、早期発見と迅速な治療が必要
- 卵黄嚢胞腫:AFP産生が特徴的で、化学療法に対する感受性がある
- 絨毛癌:高い悪性度を示し、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)を産生する
- 混合性胚細胞腫瘍:複数の成分が混在するため、各成分の個別評価が治療方針の決定に重要
胚細胞腫瘍の主な症状
胚細胞腫瘍の症状は、腫瘍が発生した場所や大きさによって、頭痛や視覚に関する問題、体内のホルモンバランスの乱れなどがあります。
鞍上部胚細胞腫瘍の症状
鞍上部(トルコ鞍という脳の構造物の上方)に生じる胚細胞腫瘍は、近くにある視神経や下垂体(体のホルモンバランスを調整する重要な器官)に影響を与えるため、特徴的な症状が現れます。
視覚に関する障害は、この部位の腫瘍で最もよく見られる症状の一つです。
腫瘍が視神経を押し付けることで、物がよく見えなくなったり、見える範囲が狭くなったりするなどの視力の問題が生じます。
また、両目の外側の視野が欠けてしまう両耳側半盲という状態になることもあります。
下垂体の機能が正常に働かなくなることも、鞍上部胚細胞腫瘍の症状です。
下垂体前葉から分泌されるホルモンの異常により、体の成長が妨げられたり、性に関する機能が低下したりします。
子供や思春期の患者さんでは、身長が伸びなくなったり、第二次性徴が現れなかったりすることがあります。
尿崩症も鞍上部胚細胞腫瘍に特徴的な症状です。
下垂体後葉から分泌される抗利尿ホルモン(体内の水分量を調整するホルモン)の働きが妨げられることで、頻繁に尿が出たり、常に喉が渇いたりする状態になります。
症状 | 原因 |
視覚障害 | 視神経への圧迫 |
成長障害 | 下垂体前葉ホルモンの分泌異常 |
尿崩症 | 抗利尿ホルモンの分泌阻害 |
松果体部胚細胞腫瘍の症状
松果体(脳の中心近くにある小さな器官)に発生する胚細胞腫瘍は、近くにある中脳水道(脳脊髄液が流れる通路)を圧迫することで、特有の症状を起こします。
頭蓋内圧が高くなることによる症状が主に現れ、これは腫瘍が脳脊髄液(脳と脊髄を保護する液体)の流れを妨げることによって生じる状態です。
- 激しい頭痛
- 吐き気や嘔吐
- 物が二重に見える(複視)
- 上を向くことが難しくなる(眼球上転障害)
上を向くことが難しくなることと物が二重に見えることが同時に起こる状態を「Parinaud症候群」と呼びます。
また、松果体は体内時計のリズムを調整する役割も担っているため、睡眠に関する問題が生じることも。
共通する症状
胚細胞腫瘍がどの部位に発生したかにかかわらず、共通して現れる症状もいくつかあります。
頭痛は、胚細胞腫瘍患者さんに最もよく見られる症状の一つです。
腫瘍が大きくなることで頭蓋内の圧力が上昇し、持続的または断続的に頭痛が起こります。
吐き気や実際に吐いてしまうこともよく見られる症状です。
共通症状 | 関連する状態 |
頭痛 | 頭蓋内圧の上昇 |
吐き気・嘔吐 | 頭蓋内圧の上昇 |
けいれん | 脳組織への圧迫 |
意識障害 | 脳全体の機能に影響 |
胚細胞腫瘍の原因
胚細胞腫瘍の原因は、胎生期における原始生殖細胞(将来、精子や卵子になる細胞)の異常な移動と増殖にあります。
胚細胞腫瘍の発生起源を探る
胚細胞腫瘍は、生殖器官に発生する腫瘍ですが、中枢神経系(脳や脊髄)に発生することもあります。
この現象は、胎児の発達過程で原始生殖細胞が本来あるべき場所とは異なる場所に迷い込んでしまうことが原因です。
遺伝子異常
胚細胞腫瘍の発生には、遺伝子レベルでの変化が関わっていることが分かってきました。
関係があるのは、染色体12番の短腕(12pと呼ばれる部分)に見られる異常です。
染色体12番の短腕には、細胞の増殖や分化(未熟な細胞が成熟した細胞になること)をコントロールする重要な遺伝子がいくつかあります。
染色体の変化 | 関連する遺伝子 | 遺伝子の役割 |
12p過剰 | NANOG, STELLAR | 細胞の未分化状態の維持 |
i(12p) | KRAS, CCND2 | 細胞増殖のシグナル伝達 |
環境因子
胚細胞腫瘍の発生には遺伝的な要因だけでなく、環境因子も関係している可能性があります。
妊娠中のお母さんが放射線や特定の化学物質にさらされることで、お腹の中の赤ちゃんの原始生殖細胞に悪影響を与え、腫瘍が発生するリスクを高めることが指摘されています。
ただし、環境因子と胚細胞腫瘍の発生との直接的な因果関係については、まだ十分な科学的証拠が得られていません。
年齢と性別
中枢神経系の胚細胞腫瘍は、子供から若い大人の時期に発症することが多く、特に思春期前後の年齢層に多く見られます。
年齢層 | 発症傾向 | 要因 |
小児期 | やや多い | 細胞分裂が活発 |
思春期 | 最も多い | ホルモンの変化 |
成人期 | 比較的少ない | 細胞の安定化 |
また、性別によっても発症する場所に違いがあります。
- 男性:松果体(脳の奥深くにある小さな器官)周辺での発症が多い
- 女性:鞍上部(脳下垂体の上の部分)での発症が多い
診察(検査)と診断
胚細胞腫瘍の診断は、患者さんの症状や病歴についての聞き取りから始まり、神経の働きを調べる検査、画像を使った検査、血液や脳脊髄液の検査、そして腫瘍の一部を採取して顕微鏡で調べる検査を通じて確定されます。
初期診察と神経学的検査
胚細胞腫瘍を診断するプロセスは、患者さんがどのような症状を感じているか、いつ頃からその症状が始まったかなどを聞き取ることから始まります。
次に、神経の働きを総合的に調べる検査を行い、脳の神経の働き、体を動かす機能、感覚の機能、反射の機能などを確認します。
特に目の検査は非常に大切で、これは鞍上部や松果体部にできた腫瘍では、物が見えにくくなるなどの視覚の問題が初めに現れることが多いからです。
画像診断
画像を使った検査は、胚細胞腫瘍を診断する上で欠かせず、MRI(磁気共鳴画像法)が有効です。
MRIを使うと、腫瘍がどこにあるか、どのくらいの大きさか、周りの脳の組織にどの程度影響を与えているかを調べられます。
また、造影剤を使ったMRIを行うと、腫瘍の中の血液の流れ方や腫瘍の性質をより知ることができます。
CT(コンピュータ断層撮影)も補助的に使われ、腫瘍の中にカルシウムが溜まっている(石灰化している)かどうかを調べるのに適している方法です。
PET(陽電子放射断層撮影)は、腫瘍が良性か悪性か、他の場所に広がっていないかを判断する手がかりが得られます。
血液や脳脊髄液の検査
胚細胞腫瘍ができると、血液や脳脊髄液の中に腫瘍マーカーが増えます。
主な腫瘍マーカー
・AFP(アルファフェトプロテイン):胎児の肝臓で作られるタンパク質
・β-hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピンのβサブユニット):妊娠初期に胎盤で作られるホルモン
・PLAP(胎盤性アルカリフォスファターゼ):胎盤で作られる酵素
卵黄嚢腫瘍ではAFPが、絨毛癌ではβ-hCGが増え、腫瘍マーカーの検査は、病気を診断するだけでなく、治療がどのくらい効いているか、病気が再び現れていないかを確認するのも重要です。
生検
最終的に確実な診断を下すには、生検が必要です。
生検は頭蓋骨を一時的に開ける手術や、内視鏡検査で行われ、腫瘍細胞の形や大きさ、特殊な染色を使った際の反応の仕方、遺伝子の異常などが調べられます。
胚細胞腫瘍の治療法と処方薬、治療期間
胚細胞腫瘍の治療法は、手術、放射線療法、化学療法を組み合わせて行います。
手術療法
胚細胞腫瘍では、手術で腫瘍を完全に取り除くことが理想的ですが、腫瘍の場所や大きさによっては一部だけを取り除く場合もあります。
手術の目的は、腫瘍組織を取り除くことで症状を改善させることと、病理診断のために必要な組織を採取することです。
手術方法 | どんな時に選ばれるか |
開頭術(頭蓋骨を一時的に開ける手術) | 大きな腫瘍、脳の深い部分にある腫瘍 |
内視鏡手術(小さな穴から細い管を入れて行う手術) | 小さな腫瘍、脳の表面に近い腫瘍 |
手術後は3〜6ヶ月程度、定期的に検査を行いながら経過を見ていきます。
放射線療法
放射線療法は、手術で取りきれなかった腫瘍を小さくしたり、腫瘍が再び大きくなるのを防いだりするのに効果的な治療法です。
胚腫では放射線の効果が高いため、標準的な治療として広く使われています。
放射線療法は1日1回、週に5日のペースで4〜6週間にわたって行われます。
化学療法の薬の組み合わせ
胚細胞腫瘍で行われる化学療法の薬の組み合わせは、シスプラチン、エトポシド、ブレオマイシンという3種類の抗がん剤を使うBEP療法です。
薬剤名 | 注入法 |
シスプラチン | 点滴で静脈から |
エトポシド | 点滴で静脈から |
ブレオマイシン | 筋肉注射 |
化学療法は3〜4週間を1サイクルとして、4〜6サイクル繰り返し行われ、治療全体の期間は約3〜6ヶ月です。
治療後の経過観察と長期的な健康管理
胚細胞腫瘍の治療が終わった後も、定期的に病院に通って検査を受けることが大切です。
治療後から2年間は3〜6ヶ月ごとに、その後は年に1〜2回の頻度で、MRIなどの画像検査や、腫瘍マーカーの測定が行われます。
経過観察の期間は最低でも5年間です。
胚細胞腫瘍の治療における副作用やリスク
胚細胞腫瘍の治療には、手術で腫瘍を取り除く方法、放射線を使って腫瘍を小さくする方法、抗がん剤を使う化学療法などがありますが、治療法にはそれぞれ特有の副作用やリスクが伴います。
手術に伴う副作用とリスク
出血や感染症は、どんな手術でも起こる可能性がありますが、脳腫瘍の手術では深刻な結果につながることがあります。
脳の中で出血が起きると、神経の働きが永久に損なわれたり、命に関わる危険性があるので注意が必要です。
感染症も、髄膜炎脳炎など、重い合併症を引き起こす可能性があり、腫瘍がある場所によっては、周りにある脳の構造を傷つけてしまうリスクもあります。
視床下部や下垂体の近くにある腫瘍では、ホルモンバランスが崩れ、成長ホルモンの分泌が異常になったり、性ホルモンの働きが低下したりする影響があります。
手術のリスク | 影響 |
出血 | 神経の働きが損なわれる、命に関わる危険 |
感染症 | 髄膜炎、脳炎 |
周りの組織を傷つける | ホルモンのバランスが崩れる |
放射線療法の副作用
放射線療法は、脳に放射線を当てることで、様々な副作用が起こる可能性があります。
治療の直後に現れる副作用
- 頭痛
- 吐き気
- 嘔吐
- 脱毛
- 皮膚が赤くなったり痛くなったりする
症状は一時的なもので、治療が終わってしばらくすると良くなることが多いですが、長い時間が経ってから現れる副作用は、より深刻な問題です。
長期的な影響として、認知機能が低下することがあり、物事を覚えたり学んだりする能力が落ち、集中力が続かなくなることが報告されています。
また、何年も経ってから新しい腫瘍ができてしまうリスクが高くなります。
体内のホルモンバランスが崩れることも、放射線療法の重要な副作用の一つです。
化学療法の副作用
化学療法は体全体に効く治療法であるため、様々な臓器に影響を与えます。
治療の直後に現れる副作用
- 骨髄抑制(白血球が減る、貧血になる、血小板が減る)
- 吐き気や嘔吐
- 脱毛
- 口の中が痛くなる
- 下痢
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術費用の内訳
手術費用の目安
項目 | 費用(保険適用後) |
開頭手術 | 30万円〜50万円 |
内視鏡手術 | 20万円〜40万円 |
放射線療法の費用
放射線療法の費用は照射回数や方法によって変動します。
治療法 | 費用(保険適用後) |
通常照射 | 15万円〜25万円 |
定位放射線 | 20万円〜30万円 |
化学療法にかかる費用
化学療法の費用
- シスプラチン使用時 1クール約5万円〜10万円
- エトポシド使用時 1クール約3万円〜8万円
- ブレオマイシン使用時 1クール約2万円〜5万円
通常4〜6クール実施するため、総額で20万円〜60万円です。
その他の関連費用
MRIやCTなどの画像診断、血液検査、病理検査などの費用も加算されます。
検査費用は、保険適用後で1回あたり1万円〜3万円程度です。
以上
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