舌咽神経痛

舌咽神経痛(glossopharyngeal neuralgia)とは、喉の奥深くや耳の下部分、時として舌の根本部分に突如として生じる激烈な痛みを特徴とする神経疾患です。

痛みは多くの患者さんが電気ショックのような鋭い痛み、と表現するほどの強さがあります。

この疾患による痛みは通常、体の片側にのみ現れ、食事をする際の咀嚼動作や嚥下動作、会話中の発声、あるいは咳やくしゃみといった日常的な行為によって起き、持続時間は数秒から数分に及ぶことがあります。

原因は脳内の血管による舌咽神経への圧迫で、その他には頭蓋内腫瘍や神経系感染症、事故などによる外傷性の後遺症などです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

舌咽神経痛の主な症状

舌咽神経痛の主たる症状は、咽頭部、舌の奥、または耳の周辺における激烈な電撃様の痛みであり、嚥下動作や会話によって誘発されます。

痛みの性質と特徴的な様相

舌咽神経痛における痛みは、一般的な神経痛とは異なる独特の性質を持っており、患者の多くが表現する痛みは稲妻のような鋭さを伴う電気が走るような感覚です。

痛みは数秒から数分間という短い時間で起り、痛みの強さについては、多くの患者が経験したことのない激しさであると表現します。

痛みの発現部位は、舌の基部から咽頭、扁桃部位にかけての範囲で感じられることが多いです。

痛みの性質臨床的特徴
持続時間数秒から数分間の短時間発作
強度電撃様の激痛
部位舌基部、咽頭、扁桃、耳介周囲

発症パターンと誘発因子

舌咽神経痛の発症には、特徴的なパターンがあり、患者さんの日常生活における様々な動作が痛みの誘発要因です。

嚥下運動や会話、咳、あくびなどの日常的な口腔内の動きによって痛みが生じ、中でも冷たい飲み物を摂取する際や、特定の食べ物を咀嚼する時に顕著に現れます。

随伴症状と身体所見

舌咽神経痛には、主たる痛みの症状に加えて、いくつかの随伴症状が伴うことがあります。

  • 嚥下困難や嚥下時の違和感
  • 咽頭部における持続的な不快感
  • 耳周辺の灼熱感や圧迫感
  • 舌の奥の部分における異常感覚
  • 声の変化や嗄声

症状の発現形式と進行パターン

舌咽神経痛の症状は予期せぬタイミングで突如として一側性に生じることが多く、両側性に症状が現れることはまれです。

症状の特徴臨床的意義
発現様式一側性が多く、両側性は少数
時間的推移不規則な間隔での発作性出現
痛みの性質電撃様、灼熱感、圧迫感

症状の進行は、発作的な痛みの頻度や強度が時間とともに変化し、寒冷期には症状が増悪する傾向があります。

痛みの性質については、患者さんによって表現の仕方に違いがありますが、「電気が走るような」「焼けるような」「刺すような」といった表現が用いられ、これらの表現は診断における貴重な情報です。

発作時の痛みは強烈で、表情が一瞬にして歪むほどの激しさを伴います。

舌咽神経痛の原因

舌咽神経痛の原因は、血管による神経の圧迫や神経鞘の損傷、また腫瘍などの器質的病変による舌咽神経への直接的あるいは間接的な刺激です。

血管性圧迫による神経障害

舌咽神経痛の発症において、最も一般的な原因として挙げられるのが血管による神経圧迫で、後下小脳動脈や椎骨動脈などの血管が舌咽神経を圧迫することによって症状が起こります。

血管による圧迫は、加齢に伴う血管の蛇行や動脈硬化によって生じることが多く、50歳以上の方で発症頻度が高いです。

圧迫血管の種類圧迫部位の特徴
後下小脳動脈神経根出口部位
椎骨動脈延髄外側部
上小脳動脈脳幹部周辺

腫瘍性病変による神経圧迫

舌咽神経の走行経路で発生する腫瘍性病変も、舌咽神経痛を起こす重要な原因の一つです。

神経鞘腫や髄膜腫などの良性腫瘍、悪性腫瘍による神経への直接的な圧迫や浸潤が、持続的な神経刺激を起こし、激しい痛みの原因となります。

舌咽神経痛を引き起こす可能性のある主腫瘍性病変

  • 神経鞘腫による直接的な神経圧迫や変性
  • 髄膜腫による周辺組織への圧迫効果
  • 転移性脳腫瘍による局所的な浸潤
  • 頭蓋底腫瘍による神経走行経路の圧迫
  • 咽頭部腫瘍による間接的な神経刺激

炎症性および変性疾患による影響

中枢神経系や末梢神経系における炎症性疾患も、舌咽神経痛の発症要因となり、多発性硬化症などの脱髄性疾患では、神経鞘の損傷によって痛みが起こります。

また、帯状疱疹ウイルスの感染後に発症する帯状疱疹後神経痛も、原因の一つです。

炎症性疾患神経への影響
多発性硬化症脱髄による神経伝導障害
帯状疱疹後神経痛ウイルス感染後の神経障害
血管炎神経栄養血管の障害

診察(検査)と診断

舌咽神経痛の診察においては問診と神経学的検査を基本とし、さらに最新の画像診断技術を組み合わせることで、他の疾患との区別を明確にします。

診察の基本的な流れ

初診時の問診で、患者さんが体験している痛みの性質について、強さや種類といった特徴から、どのような状況で痛みが出現するのか、どのくらいの時間続くのかまで、聴取していきます。

痛みの位置の特定にあたっては、患者さんご自身に実際に痛む部分を指し示していただくことで、舌咽神経の走行に沿った痛みの分布なのか、他の神経領域に及んでいるのかを確認することが大切です。

確認項目内容
感覚検査咽頭後壁の触覚・温度覚に対する反応、痛覚の評価、刺激に対する過敏性の有無
運動検査嚥下運動の円滑さ、発声時の声質変化、舌の動きや位置の確認
反射検査咽頭反射の強さ、嘔吐反射の有無、その他の関連する神経反射の確認

画像診断

画像診断装置を用いた検査では、神経への物理的な圧迫の有無や、周辺組織における異常所見の有無を観察することが可能で、特にMRI検査では神経と血管の立体的な位置関係を把握できます。

脳神経の詳細な走行経路を把握するためには、特殊な撮影方法を組み合わせることで、より明確な画像情報を得ることが可能です。

検査の種類観察対象
MRI断層撮影脳神経の走行経路、血管との接触状態、周辺組織の状態評価
CT断層撮影頭蓋底の骨構造変化、腫瘍性病変の石灰化、急性期出血の確認
MR血管撮影脳血管の走行異常、血管のループ形成、血管径の変化

鑑別診断のポイント

神経痛の診断において注意すべき類似疾患との区別について、以下のポイントを中心に慎重な検討を進めていきます。

  • 三叉神経痛 痛みの部位が顔面に限局する傾向があるのに対し、舌咽神経痛では咽頭から耳にかけての痛みが特徴的
  • 片頭痛やクラスター頭痛などの頭痛性疾患 痛みのパターンや随伴症状が異なる
  • 咽頭炎などの炎症性疾患 発熱や咽頭の発赤といった特徴的な所見を伴う
  • 頸椎症による神経圧迫 首の動きによる症状の変化や、上肢のしびれを伴う

診断確定までのステップ

診断の精度を高めるための補助的な検査として、神経ブロック試験を実施することがあり、この検査では特定の神経に対して局所麻酔薬を注入することで、一時的に痛みが改善するかどうかを確認します。

神経ブロックによる症状の変化を観察することで、痛みの原因となっている神経を特定できます。

舌咽神経痛の治療法と処方薬、治療期間

舌咽神経痛の治療では、カルバマゼピンなどの抗てんかん薬による薬物療法を第一選択として開始し、効果が不十分な場合には微小血管減圧術などの外科的治療を検討します。

薬物療法による痛みのコントロール

薬物療法の中心となるカルバマゼピンは、神経の過剰な興奮を抑制する作用を持ち、1日200~800mgを2~3回に分けて服用することで、多くの患者さんにおいて痛みの軽減効果が得られます。

また、ガバペンチンやプレガバリンといった新世代の抗てんかん薬も、カルバマゼピンと同様の作用機序により痛みを抑制することから、第二選択薬として広く使用されており、特に高齢者における使用実績が豊富です。

薬剤名標準投与量
カルバマゼピン200-800mg/日
ガバペンチン900-1800mg/日
プレガバリン150-300mg/日

外科的治療のアプローチ

微小血管減圧術は、頭蓋内で神経を圧迫している血管を特殊な材料を用いて減圧する手術で、手術時間は通常3~4時間程度で、入院期間は約2週間です。

また、ガンマナイフによる定位放射線治療も有効な選択肢の一つで、頭蓋を開けることなく放射線を患部に集中照射することで、神経の興奮を抑制する効果が期待できます。

治療実施にあたっての流れ

  • 初診時の詳細な問診と神経学的診察の実施
  • MRIやCTなどの画像検査による病態の確認
  • 投薬開始と用量調整による効果の確認
  • 必要に応じた外科的治療の検討と実施
  • 定期的な経過観察による治療効果の評価

神経ブロック療法と局所治療

神経ブロック療法は、局所麻酔薬を用いて痛みの伝達を一時的に遮断する方法であり、即効性のある治療法です。

治療法期待される効果持続期間
局所麻酔薬による神経ブロック数時間~数日
ステロイド注入併用数週間~数ヶ月
高周波熱凝固数ヶ月~1年以上

治療期間と経過

薬物療法による治療効果は投与開始から1~2週間程度で、効果が認められた場合は3~6ヶ月程度の継続投与を行います。

外科的治療を選択した際の回復期間は、微小血管減圧術の場合、手術後約1週間で日常生活への復帰でき、その後2~3週間程度で通常の社活動への参加が可能です。

ガンマナイフ治療を選択した場合には、治療直後から通常の生活を送ることができ、治療効果の発現までには2~4週間程度を要します。

神経ブロック療法については即効性が期待できる治療法である一方で、効果の持続期間には個人差が大きく、数日から数ヶ月程度です。

舌咽神経痛の治療における副作用やリスク

舌咽神経痛の治療においては、薬物療法から外科的治療まで、それぞれの治療方法に特有の副作用やリスクがあります。

薬物療法における副作用

神経の痛みを抑制する目的で使用する抗てんかん薬には、患者さんの年齢や体質、服用期間によって異なる副作用があり、特に高齢の方や腎機能に問題のある方では、より慎重な投与量の調整が必要です。

投薬開始時から定期的な血液検査を実施し、肝機能や腎機能への影響を観察するとともに、白血球数などの血球成分についても継続的にモニタリングを行います。

薬剤の種類主な副作用
カルバマゼピンめまい・眠気・吐き気・肝機能障害・骨髄抑制・皮膚症状・低ナトリウム血症
ガバペンチン浮腫・体重増加・めまい・協調運動障害・末梢性浮腫・過度の眠気
プレガバリンふらつき・傾眠・意識障害・めまい・体重増加・視覚障害・運動失調

神経ブロックに伴うリスク

神経ブロック治療は、局所麻酔薬を用いて特定の神経の働きを一時的に遮断する治療法ですが、合併症のリスクがあります。

合併症の種類症状
局所の問題穿刺部位の出血・血腫形成・局所感染・神経周囲の炎症反応・組織損傷
神経損傷一過性または持続性のしびれ・運動麻痺・知覚異常・神経炎症症状
血管内注入意識レベルの低下・痙攣発作・循環動態の急激な変化・呼吸抑制

手術療法のリスク要因

手術療法では、術中・術後を通じて様々な合併症のリスクがあります。

  • 髄液漏に起因する持続性の頭痛や髄膜炎の発症リスク
  • 内耳への影響による聴力低下や耳鳴りの出現とその進行
  • 顔面領域における一時的または永続的な感覚異常や運動機能の低下
  • 手術創部における感染症の発生と、それに伴う炎症反応の惹起

保険適用と治療費

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

画像診断検査による費用

画像診断では、MRI検査、CT検査を用います。

検査項目3割負担での費用
MRI検査約8,000円
CT検査約5,000円
造影MRI約12,000円

薬物療法における費用

薬物療法は神経の過剰な興奮を抑える目的で実施し、症状の程度に応じて投与量を調整します。

薬剤名28日分の費用(3割負担)
カルバマゼピン約2,500円
ガバペンチン約4,000円
プレガバリン約3,500円

手術療法に関する費用

手術治療の種類と概算費用については以下の通りです。

  • 微小血管減圧術 入院費用込み約30万円
  • ガンマナイフ治療 日帰り約15万円
  • 神経ブロック療法 外来約5,000円
  • 高周波熱凝固術 日帰り約8万円

以上

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