高次脳機能障害(higher brain dysfunction)とは、交通事故による衝撃や脳卒中による血流障害、脳腫瘍による圧迫などが原因で脳に損傷を受けることによって発症する認知機能の複合的な障害のことです。
この障害では、買い物リストを書いたのに家に忘れてきてしまったり、いつも使っている道なのに突然迷子になったりするような記憶力の低下が起こります。
また、電車の乗り換えの際に案内表示を読んでも理解できなかったり、家族との会話中に言葉が出てこなかったりするような言語理解の問題も見られます。
さらに、それまで当たり前にできていた日常生活の活動に支障をきたすことが特徴です。
高次機能障害の種類(病型)
高次脳機能障害はいろいろな病型がありますが、よく見られるのは、認知症、失語症、失行症、失認症などです。
認知機能の低下と認知症
認知症は記憶力や判断力、実行機能など、複数の認知領域に渡って機能低下が認められる状態です。
認知機能の領域 | 主な特徴 |
記憶力 | 新しい情報の取り込みや保持が困難になる |
実行機能 | 計画立案や問題解決能力が低下する |
注意力 | 集中力の持続や複数の作業の同時進行が難しくなる |
見当識 | 時間や場所、状況の把握が不確実になる |
認知症における脳の機能低下は、神経細胞の変性や脳血管の障害など、様々な要因によって起こります。
言語機能の障害と失語症
失語症は言語に関する高次脳機能の障害であり、話す、聞く、読む、書くといった言語機能全般に影響を及ぼします。
失語症の症状は損傷を受けた脳の部位によって異なるパターンを示し、言語野として知られる特定の脳領域との関連性が指摘されています。
- ブローカ失語 表出性言語の障害が顕著で、文法的な誤りを伴う非流暢な発話
- ウェルニッケ失語 聴覚的理解の障害が中心となり、流暢だが意味の通じない発話
- 伝導失語 復唱障害が目立ち、自発話や理解は比較的保たれる
- 全失語 言語機能全般にわたる重度の障害
運動機能の協調と失行症
失行症は随意運動の障害を特徴とする高次脳機能障害で、運動機能自体には問題がないにもかかわらず、目的に応じた動作を円滑に行うことができない状態です。
失行症は運動の計画や実行に関わる大脳皮質の機能不全によって生じる現象であり、運動野自体の障害とは区別して考える必要があります。
失行症の型 | 特徴的な症状パターン |
観念運動性失行 | 道具の使用方法が分からなくなる |
観念性失行 | 一連の動作の順序立てが困難になる |
肢節運動失行 | 四肢の個別の動きがぎこちなくなる |
構成失行 | 図形の模写や空間的な構成が不確実になる |
知覚認知の障害と失認症
失認症では感覚器官には異常がないにもかかわらず、外界からの刺激を正しく認識することができません。
視覚や聴覚などの感覚情報処理過程における高次の認知機能の障害です。
高次機能障害の主な症状
高次脳機能障害では、注意力の低下や記憶障害、遂行機能障害、社会的行動障害など、様々な認知機能の障害が複合的に現れます。
注意機能の障害について
注意の持続が困難になることで、一度に複数の作業に取り組むことができなくなったり、周囲の状況に気付きにくくなったりする症状が現れ、騒がしい環境での作業では集中力を維持することが難しくなります。
また、視野の一部に注意が向かなくなる半側空間無視という症状では、食事の際に左側の食べ物に気づかないことや、文章を読む際に左側の文字を読み飛ばしてしまうといった問題が生じます。
記憶機能の障害について
記憶の種類 | 主な症状と特徴 |
短期記憶 | 数分前の出来事を思い出せない、新しい情報を覚えられない |
長期記憶 | 以前からの知識や技能は保たれるが、事故や発症後の記憶が抜け落ちる |
展望記憶 | 予定や約束を忘れる、服薬管理ができない |
記憶障害は高次脳機能障害の中でも特に重要な症状の一つであり、日々の生活における様々な場面で影響を及ぼします。
遂行機能と言語の障害について
遂行機能の障害により、物事の優先順位をつけることや、計画を立てて実行することが困難になり、急な予定変更への対応や複雑な作業の段取りを組み立てることに支障をきたします。
言語機能の障害見られる症状
- 話したい言葉が出てこない(喚語困難)
- 相手の話の意図を理解することが難しい
- 文字の読み書きに時間がかかる
- 長い文章の理解が困難になる
- 電話での会話が特に苦手になる
認知と行動の障害パターン
障害の分類 | 症状 |
認知速度 | 情報処理が遅くなる、即座の判断が困難 |
空間認識 | 距離感がつかみにくい、地図の理解が苦手 |
身体認識 | 自分の体の状態把握が不正確、バランスの低下 |
認知機能の障害は、一つ一つの症状が独立して存在するわけではなく、相互に関連し合いながら症状を形成することが一般的です。
高次機能障害の原因
高次脳機能障害は、外傷性脳損傷、脳血管障害、脳腫瘍、感染症など様々な要因によって起こります。
外傷性脳損傷による発症機序
外傷性脳損傷は高次脳機能障害の主要な原因の一つで、交通事故や転落事故などによる衝撃で脳組織が損傷を受けることで発症します。
外傷による脳への影響は、受傷直後に生じる一次性損傷と、その後に起こる二次性損傷という二段階のプロセスを経て脳機能の障害をもたらすことが特徴です。
損傷の種類 | 発生メカニズム |
一次性損傷 | 直接的な衝撃による即時的な脳組織の損傷 |
二次性損傷 | 炎症反応や浮腫による遅発性の機能障害 |
びまん性軸索損傷 | 回転性の力による神経線維の広範な断裂 |
局所性脳挫傷 | 特定部位における組織の挫滅性損傷 |
脳血管障害と神経細胞の機能不全
脳血管障害による高次脳機能障害の発症には、血管の閉塞による虚血性変化と、出血による圧迫性変化が関与しています。
脳血管障害では、血流障害による酸素供給の低下が神経細胞の機能不全を起こし、細胞死へと至る連鎖反応が生じるのです。
- 脳主幹動脈の閉塞による広範な脳梗塞は、複数の認知機能領域に影響を及ぼす
- 穿通枝梗塞による深部白質病変は、情報処理速度の低下をもたらす
- くも膜下出血後の血管攣縮は、二次的な脳障害を引き起こす
- 脳内出血による物理的圧迫は、局所的な機能障害の原因
脳腫瘍による組織圧迫と浸潤
脳腫瘍は直接的な脳組織の圧迫効果と、周囲組織への浸潤による神経回路の破壊を起こします。
腫瘍の性質 | 機能障害への影響 |
良性腫瘍 | 緩徐な増大による代償機能の発達が可能 |
悪性腫瘍 | 急速な増大と浸潤による急激な機能低下 |
転移性腫瘍 | 多発性病変による複合的な機能障害 |
髄膜腫 | 表在性の圧迫による皮質機能への影響 |
感染症と炎症性変化による神経障害
感染症は病原体の直接的な神経細胞への感染と、それに伴う免疫応答による組織障害という二つの要素があります。
感染症による高次脳機能障害は、急性期の炎症反応による一時的な機能低下から、慢性期に起きる永続的な機能障害まであります。
診察(検査)と診断
高次脳機能障害の診断では、問診から始まり神経学的診察、各種の神経心理検査、画像検査などを行います。
初診時の問診と診察
問診では、受傷や発症からの経過時間、日常生活での困りごと、ご家族から見た行動の変化などについて、できるだけ詳しい情報を集めることが重要です。
初診時の診察では、意識状態、見当識、基本的なコミュニケーション能力などを確認しながら、神経学的な異常の有無を調べていきます。
診察項目 | 確認内容 |
意識レベル | 覚醒度、応答性、見当識 |
脳神経系 | 瞳孔反射、眼球運動、顔面筋力 |
運動機能 | 筋力、協調運動、反射 |
感覚機能 | 触覚、痛覚、位置覚 |
神経心理検査による認知機能の評価
認知機能の詳しい状態を把握するため、様々な神経心理検査を組み合わせながら、注意力や記憶力、言語能力などを確認します。
代表的な神経心理検査
- 長谷川式認知症スケール改訂版(HDS-R)による全般的な認知機能の評価
- ウェクスラー成人知能検査(WAIS)による知的機能の詳細な分析
- 三宅式記銘力検査による言語性記憶の測定
- Trail Making Testによる注意の転導性や遂行機能の確認
- コース立方体組み合わせテストによる視空間認知能力の検査
画像検査による脳の状態確認
検査種類 | 主な確認項目 |
MRI検査 | 脳の構造異常、損傷部位の特定 |
CT検査 | 出血の有無、骨折、急性期変化 |
SPECT検査 | 脳血流の分布、機能的な異常 |
画像検査では、脳の構造的な異常だけでなく、血流の状態や代謝の様子まで調べられ、症状と脳の状態との関連を明らかにできます。
高次機能障害の治療法と処方薬、治療期間
高次脳機能障害の治療では、認知リハビリテーション、作業療法、言語聴覚療法などの非薬物療法と、脳機能改善薬や神経伝達物質調節薬などの薬物療法を組み合わせます。
認知リハビリテーションの実践
認知リハビリテーションは高次脳機能障害の基本的な治療法で、障害を受けている認知機能の回復や代償的手段の獲得を目指す手法です。
認知リハビリテーションでは、注意力トレーニング、記憶力強化、実行機能改善などに焦点を当てたプログラムを3〜6ヶ月の期間にわたって実施します。
訓練プログラム | 実施期間と頻度 |
注意力トレーニング | 週3回・3ヶ月間 |
記憶力強化練習 | 週2回・4ヶ月間 |
実行機能訓練 | 週2回・6ヶ月間 |
視空間認知訓練 | 週2回・3ヶ月間 |
作業療法による機能回復
作業療法では日常生活動作の改善を目標に、実践的な課題を通じて失われた機能の回復を図ることが不可欠です。
作業療法士は患者さんの残存機能を活かしながら、食事、着替え、整容などの基本的な生活動作から、より複雑な社会的活動まで、6ヶ月から1年の期間で実施します。
高次脳機能障害に対する作業療法
- 基本的日常生活動作の訓練(3ヶ月間)
- 手段的日常生活動作の練習(4ヶ月間)
- 職業関連活動の訓練(6ヶ月間)
- 社会活動参加への準備(3ヶ月間)
言語聴覚療法とコミュニケーション能力の向上
言語聴覚療法は、言語機能やコミュニケーション能力の回復を目指し、6ヶ月から1年以上続けます。
言語療法の種類 | 治療期間の目安 |
構音訓練 | 3〜6ヶ月 |
失語症訓練 | 6〜12ヶ月 |
読解訓練 | 4〜8ヶ月 |
書字訓練 | 4〜8ヶ月 |
薬物療法による脳機能の改善
薬物療法は認知機能の改善や神経伝達物質の調節を目的として、3ヶ月から1年以上の期間にわたって継続的に投与を行う治療法です。
脳機能改善薬の投与では、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬などを用いて、神経伝達物質のバランスを整えることで認知機能の向上を行います。
神経伝達物質調節薬による治療は、セロトニン再取り込み阻害薬やノルアドレナリン作動薬などを使用し、脳内の化学物質バランスを最適化することで認知機能の改善を目指すアプローチです。
また、抗認知症薬による治療では、ドネペジルやメマンチンなどを継続投与し、認知機能の維持・改善を図ります。
高次機能障害の治療における副作用やリスク
高次脳機能障害の治療では、薬物療法やリハビリテーションなど様々な介入方法において、それぞれ特有の副作用やリスクがあります。
薬物療法における副作用について
向精神薬による治療では、眠気や疲労感といった一般的な副作用に加え、認知機能への影響にも注意が重要です。
薬剤分類 | 主な副作用 |
抗不安薬 | 眠気、めまい、ふらつき |
抗うつ薬 | 食欲低下、便秘、口渇 |
抗てんかん薬 | 眠気、集中力低下、めまい |
薬剤による副作用は、投与開始初期に強く現れ、服用時間や用量の調整によって軽減できることが多いです。
リハビリテーションにおけるリスク
過度な運動負荷や認知課題への取り組みは、疲労の蓄積や体調の悪化を起こす可能性があり、以下のような点に留意します。
- 過度な運動による身体的な疲労の蓄積
- 長時間の認知課題による精神的な負担の増加
- バランス訓練時の転倒リスク
- 複雑な課題による混乱や不安の惹起
- 環境変化によるストレス負荷
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
認知リハビリテーションにかかる費用
認知リハビリテーションを週2回のペースで3ヶ月間継続すると、自己負担はおおよそ96,000円から144,000円必要になります。
言語聴覚療法の費用
治療内容 | 3割負担時の費用 |
個別訓練(40分) | 3,500円 |
グループ訓練(60分) | 2,000円 |
摂食機能療法 | 4,500円 |
言語機能検査 | 6,000円 |
投薬治療における費用負担
脳機能改善薬の処方には以下のような費用が発生します。
- 一般的な脳循環改善薬 月額6,000円から12,000円
- 抗認知症薬 月額8,000円から15,000円
- 神経調節薬 月額5,000円から10,000円
- 漢方薬 月額3,000円から8,000円
作業療法と理学療法の費用
作業療法は1回40分の個別訓練で3,500円から4,500円の自己負担となり、週3回の実施で月額42,000円から54,000円の費用です。
理学療法と組み合わせることが重要な事例では、月額の医療費が60,000円を超えることもあります。
画像診断・検査費用
検査種別 | 3割負担時の費用 |
MRI検査 | 15,000円~20,000円 |
CT検査 | 10,000円~15,000円 |
脳波検査 | 5,000円~8,000円 |
神経心理検査 | 6,000円~9,000円 |
以上
Clark IA, Alleva LM, Vissel B. The roles of TNF in brain dysfunction and disease. Pharmacology & therapeutics. 2010 Dec 1;128(3):519-48.
Sakaguchi H, Ueda A, Kosaka T, Yamashita S, Kimura E, Yamashita T, Maeda Y, Hirano T, Uchino M. Cerebral amyloid angiopathy-related inflammation presenting with steroid-responsive higher brain dysfunction: case report and review of the literature. Journal of Neuroinflammation. 2011 Dec;8:1-0.
Nelson JE, Tandon N, Mercado AF, Camhi SL, Ely EW, Morrison RS. Brain dysfunction: another burden for the chronically critically ill. Archives of internal medicine. 2006 Oct 9;166(18):1993-9.
Gibson GE, Pulsinelli W, Blass JP, Duffy TE. Brain dysfunction in mild to moderate hypoxia. The American journal of medicine. 1981 Jun 1;70(6):1247-54.
Hara T, Abo M, Sasaki N, Yamada N, Niimi M, Kenmoku M, Kawakami K, Saito R. Improvement of higher brain dysfunction after brain injury by repetitive transcranial magnetic stimulation and intensive rehabilitation therapy: case report. Neuroreport. 2017 Sep 6;28(13):800-7.
Hughes CG, Morandi A, Girard TD, Riedel B, Thompson JL, Shintani AK, Pun BT, Ely EW, Pandharipande PP. Association between endothelial dysfunction and acute brain dysfunction during critical illness. The Journal of the American Society of Anesthesiologists. 2013 Mar 1;118(3):631-9.
Moreno-De-Luca A, Myers SM, Challman TD, Moreno-De-Luca D, Evans DW, Ledbetter DH. Developmental brain dysfunction: revival and expansion of old concepts based on new genetic evidence. The Lancet Neurology. 2013 Apr 1;12(4):406-14.
Nakagawara J, Osato T, Kamiyama K, Honjo K, Sugio H, Fumoto K, Murahashi T, Takada H, Watanabe T, Nakamura H. Diagnostic imaging of higher brain dysfunction in patients with adult moyamoya disease using statistical imaging analysis for [123I] iomazenil single photon emission computed tomography. Neurologia medico-chirurgica. 2012;52(5):318-26.
Stevens RD, Nyquist PA. Types of brain dysfunction in critical illness. Neurologic clinics. 2008 May 1;26(2):469-86.
Wrase J, Reimold M, Puls I, Kienast T, Heinz A. Serotonergic dysfunction: brain imaging and behavioral correlates. Cognitive, Affective, & Behavioral Neuroscience. 2006 Mar;6:53-61.