低髄液圧症(intracranial hypotension)とは、脳と脊髄を保護する脳脊髄液が何らかの原因で減少し、脳への圧力が低下することによって様々な症状を起こす疾患です。
この病気の特徴的な症状として、立位や座位で悪化し、横になると改善する起立性頭痛があり、頭痛に加えて吐き気、めまい、耳鳴り、視覚障害なども伴います。
脳脊髄液の減少は、交通事故などの外傷、硬膜の自然損傷、脊椎の手術後など、様々な要因で発生します。
低髄液圧症の主な症状
低髄液圧症の主な症状は、起立時に悪化する体位性頭痛を中心として、めまい、吐き気、耳鳴り、視覚異常、頸部痛などの多彩な症状が現れます。
体位性頭痛の特徴と発現メカニズム
体位性頭痛は低髄液圧症において最も特徴的で、患者さんの多くが経験する症状です。
頭痛は立位や座位をとると30分以内に発症し、後頭部から首にかけての重い痛みとして感じられ、横になることで15分から30分程度で症状が改善に向かうという特徴があります。
頭痛の性質は拍動性で、両側性に現れ、日常生活における身体活動によって症状が増悪します。
立位での頭痛は重力の影響により脳が下方に牽引されることで硬膜や血管、神経などの痛覚に敏感な組織が刺激されることが原因です。
視覚および聴覚における症状
視覚症状としては、焦点が合わない、視界がぼやける、複視といった症状が見られることがあり、外眼筋を支配する脳神経への影響によって起きます。
視覚症状 | 発現頻度 |
焦点が合わない | 非常に多い |
複視 | やや多い |
視野異常 | 比較的少ない |
光過敏 | まれに出現 |
視覚症状に加えて、耳鳴りや聴覚過敏、難聴といった聴覚症状も現れることがあり、症状は内耳圧の変化によって生じます。
自律神経症状と平衡機能への影響
自律神経症状として、めまいや吐き気、嘔吐などが高頻度で生じ、体位変換時に特に顕著となり、日内変動を伴うことが多いです。
自律神経症状 | 特徴的な出現パターン |
めまい | 起立時に増強 |
嘔気 | 体動で悪化 |
食欲不振 | 終日持続 |
動悸 | 間欠的に出現 |
平衡機能の障害による症状
- ふらつきや歩行時のバランスの悪さが出現し、特に起立直後や歩き始めに強くなる
- 階段の昇り降りや段差のある場所での移動が困難になる
- 急な方向転換時にバランスを崩しやすくなる
- 暗所での歩行に著しい不安定さが生じる
- 直線上を歩く際にまっすぐ進めないことがある
認知機能と記憶力への影響
認知機能への影響として、集中力の低下や記憶力の減退が見られ、長時間の読書や細かい作業、デジタル機器の使用時などに症状として現れます。
脳脊髄液の圧力低下は、脳の物理的な位置変化をもたらすだけでなく、脳循環動態にも影響を及ぼすことで、記憶の形成や保持にも影響を与えます。
また、新しい情報の習得や記憶の定着に時間を要し、短期記憶の形成に困難を感じる方も多いです。
認知機能への影響は、脳脊髄液圧の変動による脳血流の変化や、脳組織への慢性的な負荷が関与しています。
頸部および上肢の症状
頸部症状として、首や肩のこわばりや痛み、重圧感などが起き、症状は長時間の座位や立位で増強します。
脊髄神経根への牽引刺激や圧迫によって引き起こされる上肢のしびれや脱力感、違和感なども多く見られる症状です。
また、頸部から肩甲骨周辺にかけての不快感や痛みは、姿勢変化に伴って悪化します。
低髄液圧症の原因
低髄液圧症は、脳脊髄液の漏出や産生低下によって頭蓋内圧が低下することで発症し、原因は外傷性と非外傷性に大きく分類できます。
脳脊髄液漏出の基本的メカニズム
脳脊髄液の漏出は、硬膜に何らかの損傷が生じることで発生し、脊椎レベルでの髄液漏出が全体の約85%を占めます。
硬膜の損傷部位からの脳脊髄液漏出は、正常な髄液循環システムを阻害し、脳への十分な浮力が保てなくなることで頭蓋内圧の低下を起こします。
脊椎の構造的特徴として硬膜は胸椎(頚椎と腰椎の間にある背骨の一部)レベルで弱く、このことが胸椎領域での髄液漏出が多い理由です。
外傷性の原因分析
外傷の種類 | 発生メカニズム |
交通事故 | 急激な加速度変化による脊椎への衝撃で硬膜が損傷 |
スポーツ外傷 | 激しい運動や衝突による脊椎への直接的な衝撃 |
医療処置後 | 腰椎穿刺や硬膜外麻酔などの医療行為による穿刺 |
外傷性の原因では、急激な加速度変化や直接的な衝撃による脊椎への負荷が、硬膜の損傷を起こします。
交通事故やスポーツ外傷における外力は、脆弱性の高い胸椎レベルでの硬膜損傷を起こしやすく、外傷による髄液漏出は早期に症状が現れることが多いです。
非外傷性の要因
非外傷性の低髄液圧症の原因として、以下のようなものが挙げられます。
- 結合組織の脆弱性による自然発生的な硬膜の損傷
- 骨棘などの脊椎変性による慢性的な硬膜への刺激
- 遺伝的要因による髄液産生量の低下
- 先天的な硬膜の構造異常
- 加齢に伴う髄液循環システムの機能低下
特殊な発症要因と環境因子
要因分類 | 発症リスク |
体質的要因 | マルファン症候群などの結合組織疾患の存在 |
解剖学的要因 | 脊椎の変形や骨棘の形成による慢性的な刺激 |
環境要因 | 気圧の変化や高地での生活による髄液圧への影響 |
結合組織の疾患を持つ患者さんでは硬膜の強度が本来よりも低下していることがあり、通常では問題にならない程度の負荷でも髄液漏出が生じることがあります。
解剖学的な要因では、脊椎の変形や骨棘(こつきょく 骨が変形してできるトゲのような突起物)の形成による慢性的な刺激が、硬膜に損傷を起こします。
環境因子による影響は、気圧の変化が大きい環境での生活や、高地での長期滞在などが髄液圧のバランスを崩す要因です。
診察(検査)と診断
低髄液圧症の診断においては、問診と神経学的診察を基本として、画像診断や髄液圧測定などの複数の検査を組み合わせて行います。
問診と神経学的診察の実施手順
問診では体位性頭痛の有無や日内変動パターンについて聴取を進めていきます。
頭痛の性状や増悪因子、緩和因子などについて時系列に沿って確認することで、低髄液圧症に特徴的な症状の有無を把握できます。
神経学的診察では脳神経系の機能を確認していき、眼球運動や瞳孔反応、顔面感覚、聴力などの脳神経症状について確認を行うことが大切です。
神経学的診察項目 | 診察のポイント |
脳神経機能検査 | 眼球運動障害の有無、顔面神経麻痺の確認 |
運動機能検査 | 筋力低下、協調運動障害の評価 |
感覚機能検査 | しびれの分布、温痛覚異常の確認 |
反射検査 | 深部腱反射の左右差、病的反射の有無 |
また、起立試験を実施することで体位変換に伴う症状の変化を観察することができ、診断の精度を高めることにつながります。
画像診断による脳脊髄液漏出の確認
MRIによる画像診断では、以下のような特徴的な所見を観察します。
- 硬膜の造影効果増強が認められ、特に立位での撮影で顕著
- 脳下垂体の腫大が見られ、上下径が増大する傾向
- 硬膜下水腫の存在が確認できる事例も散見される
- 小脳扁桃のわずかな下垂が観察される
- 静脈洞の拡張が特徴的な所見として認められる
画像診断の中でもガドリニウム造影MRIは非常に有用な検査方法で、硬膜の造影効果を観察することが可能です。
脊髄腔造影CTでは造影剤の漏出部位を特定し、より詳細な病態の把握ができます。
髄液圧測定と髄液検査
腰椎穿刺による髄液圧測定は、低髄液圧症の診断において重要な検査項目の一つです。
髄液検査項目 | 検査内容と意義 |
開放圧測定 | 髄液圧の定量的評価を行い、基準値との比較を実施 |
髄液性状分析 | 細胞数、蛋白量、糖値などの生化学的検査を実施 |
髄液量評価 | 髄液産生量と吸収量のバランスを確認 |
漏出試験 | 造影剤使用による髄液漏出の有無を確認 |
放射性同位体脳槽シンチグラフィー
放射性同位体を用いた脳槽シンチグラフィーでは、髄液の循環動態や漏出部位の特定を行えます。
定期的に撮影を行いながら髄液の動きを追跡し、検査時間は24時間から48時間です。
脊髄造影検査
脊髄造影検査では、造影剤を用いて脊髄腔内の観察を行い、髄液漏出の有無や程度、漏出部位の特定を試みます。
CT脊髄造影では、より詳細な解剖学的構造の観察が可能となり、微細な髄液漏出部位の同定にも有用です。
低髄液圧症の治療法と処方薬、治療期間
低髄液圧症の治療は、保存的治療から侵襲的治療まで段階的なアプローチを取り入れて行います。
保存的治療の基本方針
安静臥床による保存的治療は、多くの患者において第一選択となる治療法で、十分な水分補給と併せて実施することで脳脊髄液の自然な修復を促進します。
臥床安静療法では、1日あたり15時間以上の安静時間を確保し髄液圧の安定化を図り、2週間から4週間程度継続することで治療効果を高めることが可能です。
治療段階 | 実施内容 |
初期治療 | 完全臥床による安静と十分な水分補給 |
中期治療 | 短時間の座位訓練と緩やかな活動量増加 |
後期治療 | 日常生活への段階的な復帰プログラム |
薬物療法
カフェインの経口投与は、髄液産生を促進する作用があり、1日400-800mgの投与量で治療を開始し、症状の改善に応じて4週間から8週間かけて漸減します。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の投与では、頭痛などの症状緩和を目的とし、胃粘膜保護剤と併用しながら2週間から4週間程度の投与します。
内服薬による治療では、以下のような投薬スケジュールを組むことが重要です。
- 朝食後にカフェイン含有薬剤を投与し、髄液産生を促進
- 昼食後にNSAIDsを投与し、疼痛コントロールを実施
- 夕食後に胃粘膜保護剤を投与し、消化器系への影響を軽減
- 就寝前に緩和薬を投与し、睡眠の質を確保
- 症状に応じて補助的な投薬を追加
硬膜外自己血パッチ療法
パッチ療法 | 治療効果と期間 |
初回治療 | 1週間での効果判定と追加治療の検討 |
複数回治療 | 2〜3週間の間隔を空けた段階的実施 |
長期フォロー | 3ヶ月間の経過観察による効果持続の確認 |
硬膜外自己血パッチ療法は、患者さん自身の血液を硬膜外腔に注入することで髄液漏出部位を修復する治療法で、20ml程度の自己血を使用して実施します。
初回の血液パッチ療法で十分な効果が得られない際は、2週間から3週間の間隔を空けて追加の治療を検討することが必要です。
ブラッドパッチ後のケア
血液パッチ療法実施後は、24時間の完全臥床を行い、その後1週間程度かけて徐々に活動範囲を広げていきます。
治療後の安静期間中は、定期的な水分補給と栄養バランスの取れた食事摂取を心がけ、急激な体位変換を避けることで治療効果を安定させることが大切です。
血液パッチ療法の効果は個人差が大きく、1回の治療で改善する場合もあれば、複数回の治療を要することもあります。
低髄液圧症の治療における副作用やリスク
低髄液圧症の治療における副作用やリスクには、硬膜外自己血パッチ療法に関連する合併症、薬物療法による有害事象、輸液や安静による身体機能への影響などがあります。
硬膜外自己血パッチ療法における留意点
硬膜外自己血パッチ療法では、患者さんの血液を硬膜外腔に注入する医療行為に伴い、様々な副作用が生じます。
また、脊髄圧迫による神経症状は、血液注入量や注入速度との関連性が高いです。
自己血パッチの副作用 | リスク要因 |
局所性神経障害 | 注入部位と血液量の関係 |
感染性合併症 | 無菌操作の維持状況 |
アレルギー反応 | 薬剤過敏性の有無 |
血腫形成 | 凝固系の状態 |
硬膜外自己血パッチ療法を行う前に、血液培養検査や凝固系検査によって、事前にリスク因子を把握し合併症の予防に努めることが不可欠です。
輸液療法と電解質バランス
輸液療法を実施する際には、以下のような副作用があります。
- 電解質異常による不整脈や筋力低下
- 輸液過多による心負荷の増大や浮腫
- 急速投与による循環動態の変動
- 投与経路に関連する静脈炎や血栓症のリスク
- アレルギー反応や発熱などの全身症状
補液の種類や投与速度を細かく調整しながら、バイタルサインの継続的なモニタリングを実施します。
安静臥床に伴う身体的影響
長期の安静臥床により、深部静脈血栓症や筋力低下、骨密度低下などの二次的な健康問題が発生することがあります。
安静臥床の影響 | 予防的介入 |
循環器系への影響 | 下肢の自動運動指導 |
筋骨格系の変化 | リハビリテーション |
呼吸機能の低下 | 呼吸訓練の実施 |
消化器系の変調 | 食事内容の工夫 |
高齢者や基礎疾患を有する患者さんにおいては、二次的な合併症に対する予防的な対応が大切です。
薬物療法による副作用
鎮痛薬や抗炎症薬の使用に際しては、消化器系への影響や腎機能への負荷に注意を払いながら投与量を調整します。
カフェイン含有製剤の継続使用では、依存性や離脱症状の出現、ステロイド製剤の使用においては、血糖値の上昇や免疫機能の低下、骨密度への影響などがあります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
基本的な外来診療費と入院費用
一般的な外来診療ではMRI検査を含む画像診断を行い、入院治療選んだ場合、治療費管は約2週間です。
治療内容 | 保険適用後の費用 |
外来診療(初回) | 5,000円〜8,000円 |
MRI検査 | 15,000円〜25,000円 |
入院費用(1日) | 10,000円〜15,000円 |
処方薬(1ヶ月) | 3,000円〜8,000円 |
投薬治療にかかる費用
カフェイン製剤や非ステロイド性抗炎症薬は、1ヶ月あたり3,000円から8,000円で、胃粘膜保護剤などの併用薬を含めると、月額の薬剤費は5,000円から1万円になります。
ブラッドパッチ療法の費用
ブラッドパッチ療法の費用項目
- 施術費用 30,000円〜50,000円
- 術後の安静入院費用 10,000円〜15,000円/日
- 術後の投薬費用 3,000円〜5,000円
- 施術後のフォローアップ診察 3,000円〜5,000円
血液パッチ回数 | 総費用の目安 |
1回目 | 5万円〜8万円 |
2回目 | 4万円〜6万円 |
3回目以降 | 3万円〜5万円 |
以上
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