転移性脳腫瘍(metastatic brain tumor)とは、体の他の部位に発生したがんが脳へ転移して形成された腫瘍のことです。
原発巣(がんが最初に発生した場所)から、がん細胞が血液やリンパ液を介して脳へ移動し、そこで増殖することで生じます。
転移性脳腫瘍の原因となるがんには、肺がん、乳がん、大腸がん、腎臓がんなど多岐にわたりますが、限定されるわけではありません。
転移性脳腫瘍の主な症状
転移性脳腫瘍の症状は、腫瘍の発生部位や大きさによって多岐にわたり、頭痛や神経機能の障害、認知能力の変化などがあります。
頭痛と頭蓋内圧上昇に伴う症状
転移性脳腫瘍に最も頻繁に見られる症状の一つが頭痛です。
頭痛は、腫瘍の増大に伴って頭蓋内の圧力が高まることで起こります。
頭痛の特徴として、起床時や深夜に症状が悪化し、また体を動かしたり咳をしたりすると痛みが増すことが多いです。
頭蓋内圧の上昇に伴い、次のような症状も現れます。
- 吐き気
- 嘔吐
- めまい感
- 視力の異常(特に両眼の視野が欠ける同名半盲という症状)
- 意識状態の変化
神経機能の障害
転移性脳腫瘍の位置によって、神経機能の障害が生じます。
腫瘍の発生部位 | 症状 |
前頭葉 | 性格の変化、判断能力の低下 |
側頭葉 | 記憶力の低下、言語機能の障害 |
頭頂葉 | 感覚障害、空間認識の困難 |
後頭葉 | 視覚情報処理の障害 |
これらの症状は、腫瘍が脳の特定の領域を圧迫したり、浸潤したりすることによって生じます。
認知機能の変化
転移性脳腫瘍は、患者さんの認知機能にも大きな影響を及ぼします。
現れる認知症状
- 記憶力の著しい低下
- 集中力の持続が困難になる
- 思考のスピードが遅くなる
- 判断力が鈍る
- 性格が変わったように感じられる
痙攣発作
転移性脳腫瘍の患者さんの約15〜20%に痙攣発作が見られます。
痙攣発作の種類 | 特徴 |
全般性発作 | 意識を失い、全身が硬直して痙攣する |
部分発作 | 体の一部が痙攣したり、異常な感覚を覚える |
痙攣発作は、腫瘍が脳の正常な電気的活動を乱すことによって起きます。
特に、大脳皮質(脳の表面にある灰白質の層)に腫瘍がある場合、痙攣発作のリスクが高いです。
内分泌系の機能変化
転移性脳腫瘍が下垂体や視床下部(脳の深部にあり、ホルモン分泌を調節する部位)に影響を与える場合、体内のホルモンバランスが乱れます。
- 体重の急激な増減
- 体温調節が上手くいかなくなる
- 性機能の低下
- 睡眠リズムの乱れ(不眠や過度の眠気)
影響を受ける内分泌腺 | 症状 |
下垂体 | 成長の停滞、性腺機能の低下 |
甲状腺 | 代謝の異常、体重の変化 |
副腎 | 極度の疲労感、血圧の低下 |
転移性脳腫瘍の原因
転移性脳腫瘍の原因は、他の臓器で発生したがん細胞が血流やリンパ流を介して脳に到達し、定着・増殖することです。
原発巣からの転移メカニズム
まず、原発巣(最初にがんが発生した場所)のがん細胞が周囲の組織に浸潤し、血管やリンパ管に侵入し、がん細胞は周囲の正常組織を破壊しながら広がっていきます。
その後、がん細胞は循環系を通じて全身を巡り、脳の血管内に到達。
この過程で、多くのがん細胞は免疫系によって排除されますが、一部の細胞は生き残って脳に辿り着きます。
段階 | プロセス | 説明 |
1 | 浸潤 | がん細胞が周囲の組織に広がる |
2 | 脈管侵襲 | 血管やリンパ管に入り込む |
3 | 循環 | 血液やリンパ液の流れに乗る |
4 | 脳到達 | 脳の血管に到着する |
転移しやすい原発巣
全てのがんが同じように脳に転移するわけではありません。
特に転移しやすい原発巣として、以下のものが挙げられます。
- 肺がん 脳との近接性や豊富な血流量から、最も頻度が高い
- 乳がんホルモン 受容体の状態によって転移リスクが変動する
- 悪性黒色腫(皮膚がんの一種) 早期から転移する傾向がある
- 腎臓がん 血管新生を促進する因子を多く産生する
大腸がんや前立腺がんなどは、相対的に脳転移の頻度が低いです。
原発巣 | 転移頻度 | 特徴 |
肺がん | 高い | 脳との解剖学的近接性 |
乳がん | 中程度 | ホルモン受容体の影響大 |
大腸がん | 低い | 肝臓転移が多い |
腫瘍のサイズが大きいほど、またリンパ節転移が多いほど、脳転移のリスクが高まります。
遺伝子変異と転移能力
がん細胞の転移能力は、特定の遺伝子変異と密接に関連しています。
- 細胞接着に関わる遺伝子の異常 がん細胞の遊離を促進し
- 血管新生を誘導する遺伝子の活性化は 腫瘍の成長と転移を助長
- 血管内皮増殖因子(VEGF)の過剰産生 新しい血管の形成を促し、がん細胞に栄養と酸素を供給
遺伝子変異 | 影響 | 転移への寄与 |
E-カドヘリン機能低下 | 細胞接着の減弱 | がん細胞の遊離を促進 |
VEGF過剰産生 | 血管新生の促進 | 腫瘍の栄養供給を改善 |
診察(検査)と診断
転移性脳腫瘍の診断は、患者さんの症状や病歴についての聞き取りから始まり、神経学的検査、最新の画像診断技術を用いた検査、そして組織の一部を採取する生検まで、段階を追って進められます。
初期評価
転移性脳腫瘍の診断過程では、過去にがんと診断されたことがあるか、現在の健康状態、そして最近になって気づいた神経系の症状(頭痛やめまいなど)があればその経過について、お尋ねします。
続いて、神経学的検査を実施し、脳の機能に異常がないかを評価します。
検査項目 | 評価内容 |
意識状態 | 目覚めの程度、周囲への反応 |
運動機能 | 筋肉の力強さ、体の動きの滑らかさ |
感覚機能 | 触った感覚、痛みの感じ方、温度の感じ方 |
反射 | 膝蓋腱反射などの反射、異常な反射の有無 |
画像診断
転移性脳腫瘍の診断において使用される画像診断は、MRI(磁気共鳴画像法)とCT(コンピュータ断層撮影)です。
MRIは脳の軟らかい組織の違いをはっきりと映し出すことができ、小さな異常でも見つけられます。
一方、CTは骨の構造や突然起こった出血を見つけるのに優れており、緊急時や、何らかの理由でMRIを受けられない場合に使用されます。
画像検査 | 特徴 |
MRI | 脳の細かい構造まで鮮明に映し出せる、軟らかい組織の違いがよくわかる |
CT | 骨の構造がよくわかる、急に起こった出血を見つけやすい |
また、造影剤という特殊な薬を使った検査も行われ、腫瘍に血液が流れ込む様子や、通常は物質が通りにくい血液脳関門(脳を守る仕組み)が壊れていないかを調べることで、より詳しい情報を得ることが可能です。
PET検査
PET(陽電子放射断層撮影)検査は、がん細胞が通常の細胞よりも活発に働いているという特徴を利用して、腫瘍を見つけ出す検査方法です。
FDG-PET(フルオロデオキシグルコースを用いたPET)では、がん細胞が糖(ブドウ糖)を多く取り込む性質を利用して腫瘍を発見します。
この検査は、がんが最初にできた場所(原発巣)を特定したり、脳以外の臓器にがんが広がっていないかを調べたりするのに役立ちます。
脳脊髄液検査
症例によっては、脳と脊髄を取り巻いている液体(脳脊髄液)の検査が行われることがあります。
腰の辺りから細い針を刺して採取した脳脊髄液を詳しく分析し、がん細胞が含まれていないか、腫瘍マーカーの濃度が高くなっていないかを調べます。
この検査は、がんが脳や髄膜に広がっている可能性が疑われるときに重要です。
脳脊髄液検査で調べられる項目
- 液体中に含まれる細胞の数と種類
- タンパク質の濃度
- 糖分の濃度
- がんに関連する物質(CEA、CA19-9などの腫瘍マーカー)の濃度
- がん細胞が含まれていないかの確認(細胞診)
生検
画像検査で腫瘍らしきものが見つかっても、その正体を確実に知るためには、実際に組織の一部を採取して顕微鏡で調べます。
この検査を生検といい、腫瘍の一部をごく少量取り出して詳しく調べる方法です。
定位的生検(ピンポイントで狙って組織を採取する方法)や開頭生検(頭蓋骨を一部開いて直接組織を採取する方法)などがあり、腫瘍の位置や大きさ、患者さんの全身の状態などを考慮してが選ばれます。
生検法 | 特徴 |
定位的生検 | 体への負担が少ない、脳の深い部分にある腫瘍でも採取可能 |
開頭生検 | 大きめの組織片を採取でき、詳しい検査が可能 |
転移性脳腫瘍の治療法と処方薬、治療期間
転移性脳腫瘍の治療は、手術による腫瘍の切除、放射線を用いた治療、そして薬を使った治療を組み合わせた多面的なアプローチで行わます。
外科的切除
転移性脳腫瘍の治療において、外科手術による腫瘍の切除は重要な選択肢の一つです。
腫瘍が一つだけで手術で到達しやすい場所にある場合、外科的切除が最初に検討される治療法となります。
手術の目的は、腫瘍をできるだけ多く取り除き、周りの正常な脳の組織への圧迫を減らすことです。
手術方法 | 特徴 |
開頭手術 | 頭蓋骨を一時的に開いて直接アプローチする方法。大きな腫瘍の摘出に適している |
内視鏡手術 | 小さな穴から細い管を入れて行う手術。体への負担が少なく、脳の深い部分にある腫瘍にも有効 |
手術後は1〜2週間程度の入院が必要となり、その後の回復期間を含めると、治療にかかる期間は1〜2か月ほどです。
放射線療法
放射線療法は、単独で行われることもありますし、手術の後の補助的な治療として広く用いられることもあります。
主な方法は、脳全体に放射線を当てる全脳照射と、ピンポイントで放射線を集中させる定位放射線照射(ガンマナイフやサイバーナイフなどと呼ばれる特殊な装置を使用)です。
全脳照射は、脳の複数の場所に転移巣がある場合に選ばれることが多く、2〜3週間かけて行われます。
定位放射線照射は、限られた範囲の腫瘍に対して高い線量の放射線を集中的に当てる方法で、1〜5回程度の治療で完了します。
放射線療法の種類 | どんな時に使うか | 治療にかかる期間 |
全脳照射 | 脳の複数箇所に転移がある場合 | 2〜3週間 |
定位放射線照射 | 限られた範囲の腫瘍がある場合 | 1〜5日 |
放射線療法全体の治療期間は、約1〜4週間です。
薬物療法
転移性脳腫瘍の薬物療法には、化学療法と分子標的薬という2種類の方法があります。
使われる化学療法は、テモゾロミドやカルボプラチンなどの抗がん剤です。
分子標的薬は、がん細胞に特有の分子を狙い撃ちにする薬で、肺がんが脳に転移した場合、EGFR阻害薬という種類の薬が使われます。
薬物療法のスケジュール
- 化学療法:3〜4週間を1クールとして、複数回繰り返す
- 分子標的薬:毎日または決められた間隔で飲み続け、効果が続く限り治療を継続
治療期間は数か月から1年以上続きます。
ステロイド療法
ステロイド(主にデキサメタゾンという薬)は、腫瘍の周りにできるむくみ(浮腫)を減らし、神経の症状を改善するために使われます。
ステロイドの投与は他の治療と同時に行われ、症状が良くなるにつれて少しずつ量を減らしていき、投与期間は数日から数週間程度です。
抗てんかん薬
転移性脳腫瘍の患者さんの中には、てんかん発作が起こる方もいるため、抗てんかん薬が処方されることがあります。
主に使われる薬
- レベチラセタム
- ラモトリギン
- バルプロ酸ナトリウム
抗てんかん薬は発作を予防したり、抑えたりするために継続的に服用し、長期間にわたることが多いです。
転移性脳腫瘍の治療における副作用やリスク
転移性脳腫瘍の治療には、手術、放射線を使った治療、薬を使う治療など、いくつかの方法がありますが、それぞれの治療法には特有の副作用やリスクが伴います。
手術に伴うリスク
手術による腫瘍の切除は、転移性脳腫瘍の主要な治療法の一つですが、脳という非常に繊細な組織を扱うため、特別なリスクがあります。
手術中や手術後に起こる可能性がある合併症
合併症 | どのくらいの頻度で起こるか |
出血 | 100人中1〜5人 |
感染 | 100人中1〜2人 |
脳のむくみ(浮腫) | 100人中5〜10人 |
神経の働きの障害 | 100人中5〜15人 |
放射線治療の副作用
放射線治療は体を傷つけずに行える治療法ですが、脳の組織に放射線を当てることによる副作用が生じます。
放射線治療に伴う副作用は、早く現れるものと、時間が経ってから現れるものに分けられます。
治療中や治療直後に現れる副作用
- 髪の毛が抜ける
- 体がだるくなる
- 頭痛
- 吐き気
治療後数か月から数年経ってから現れる可能性がある副作用
- 物事を理解したり記憶したりする能力(認知機能)の低下
- 脳の組織が壊れる(脳壊死)
- 新たな腫瘍ができる
薬物治療の副作用
転移性脳腫瘍の薬物治療では、がん細胞を攻撃する化学療法薬や、がん細胞の特定の部分を狙い撃ちする分子標的薬が使用され、さまざまな副作用があります。
薬の名前 | 副作用 |
テモゾロミド | 血液を作る働きが弱まる、吐き気・嘔吐 |
ベバシズマブ | 血圧が高くなる、尿に蛋白が出る、血栓ができやすくなる |
エルロチニブ | 皮膚に発疹ができる、下痢、肝臓の働きが悪くなる |
ステロイド薬を使うことのリスク
ステロイド薬は脳のむくみを軽くする効果がありますが、長期使用には注意が必要です。
ステロイド薬を長期間使うことで起こる可能性があるリスク
- 体を病気から守る力(免疫機能)が弱くなる
- 骨がもろくなる(骨粗鬆症)
- 糖尿病になる
- 胃や十二指腸に潰瘍ができる
- 気分の変化や不眠などの精神的な症状が出る
副作用は、ステロイド薬をたくさん使うほど、また長く使うほど起こりやすくなります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術療法にかかる費用
手術療法は転移性脳腫瘍の治療において主要な選択肢の一つです。
手術の種類 | 概算費用 |
開頭腫瘍摘出術 | 100万円〜300万円 |
内視鏡下腫瘍摘出術 | 80万円〜200万円 |
放射線療法の概算費用
放射線療法は単独で実施されるほか、手術と組み合わせて行われることもあります。
放射線療法の種類 | 概算費用 |
全脳照射 | 30万円〜80万円 |
定位放射線手術 | 100万円〜200万円 |
薬物療法にかかる費用
代表的な薬物療法の月額概算費用
- 抗がん剤治療 20万円〜100万円
- 分子標的薬治療 30万円〜150万円
- 免疫療法 50万円〜200万円
以上
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