ミトコンドリア脳筋症 – 脳・神経疾患

ミトコンドリア脳筋症(mitochondrial encephalomyopathies)とは、体内のエネルギー生産の場であるミトコンドリアの機能に問題が生じることで、脳や筋肉に症状があらわれる遺伝性の疾患です。

体の中では食事から得た栄養をもとに、ミトコンドリアがエネルギーを作り出していますが、この疾患では十分なエネルギーを作ることができないため、体に大きな負担がかかります。

症状は筋力の低下や疲れやすさといった比較的軽いものから、てんかんや心臓の問題、知的発達の遅れなど、さまざまです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

ミトコンドリア脳筋症の種類(病型)

ミトコンドリア脳筋症には、慢性進行性外眼筋麻痺(CPEO)、ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)、ミオクローヌスてんかんと赤色ぼろ線維を伴うミトコンドリア脳筋症(MERRF)という3つの代表的な病型があります。

CPEOの特徴

慢性進行性外眼筋麻痺(CPEO)は、ミトコンドリア病の中でも発症頻度が高い病型で、遺伝子変異のパターンによって複数のサブタイプに分類できます。

CPEOでの遺伝子変異は単一の大規模な欠失から複数の欠失まで、様々なパターンが確認されています。

  • mtDNA大規模欠失
  • 単一大規模欠失
  • 複数欠失

MELASの特徴

ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)は、若年期から成人期にかけて発症します。

MELASの特徴的な遺伝子変異は、ミトコンドリアDNAのtRNA遺伝子における点変異、特にtRNALeu遺伝子におけるA3243G変異が多いです。

変異部位変異の種類
tRNALeuA3243G変異
tRNAPheT582C変異

MERRFの特徴

MERRFの遺伝子変異の中で最も頻度が高いのがtRNALys遺伝子のA8344G変異で、この変異は母系遺伝をとるのが特徴です。

  • tRNALys遺伝子のA8344G変異
  • ミトコンドリアDNA点変異
  • 母系遺伝形式

ミトコンドリア脳筋症の主な症状

ミトコンドリア脳筋症は、全身の臓器に多彩な症状を起こし、筋肉の衰弱、運動機能の低下、視覚や聴覚の障害、心臓や脳の機能低下などがよく見られます。

主な症状の概要

ミトコンドリア脳筋症における症状は、年齢や病型によって大きく異なりますが、共通する特徴として筋力の低下や疲れやすさが挙げられます。

症状の分類症状
神経症状てんかん発作、意識障害
筋肉症状筋力低下、運動障害
感覚症状視力低下、難聴
全身症状疲労感、発育遅延

CPEOの症状

CPEOは、眼の周囲の筋肉から徐々に症状が進行していく病型で、症状は、両眼のまぶたが下がる眼瞼下垂や、眼球運動の制限です。

  • 眼瞼下垂(両側または片側)
  • 複視(物が二重に見える)
  • 眼球運動の制限
  • 顔面筋の筋力低下

MELASの症状

MELASでは、脳卒中様発作が主要な症状です。

主要症状随伴症状
脳卒中様発作頭痛・嘔吐
筋力低下運動失調
痙攣発作認知機能低下
乳酸アシドーシス消化器症状

症状は10代から20代にかけて現れることが多く、進行性の経過をたどります。

MERRFの症状

MERRFはミオクローヌスてんかんを特徴とし、不随意運動や全身性の筋力低下が顕著に表れます。

  • ミオクローヌス(突発的な筋収縮)
  • てんかん発作
  • 小脳性運動失調
  • 感音性難聴

その他の症状

それぞれの病型に特有な症状の他にも、心臓、肝臓、腎臓など、全身の様々な臓器に症状が生じることがあります。

臓器症状
心臓不整脈、心筋症
内分泌系糖尿病、低身長
消化器嘔吐、食欲不振
腎臓尿細管機能障害

ミトコンドリア脳筋症の原因

ミトコンドリア脳筋症は、細胞内のエネルギー産生工場であるミトコンドリアの機能障害によって起き、発症メカニズムには遺伝子変異が関与していることが明らかになっています。

ミトコンドリアDNAと核DNAの関係性

ミトコンドリアは独自のDNAを持ち、この特殊な構造が疾患の発症メカニズムを理解する上で鍵となります。

ミトコンドリア脳筋症の発症メカニズムを考える際に注目すべき点は、ミトコンドリアDNAと核DNAの相互作用で、二つの異なるDNAの協調的な働きがエネルギー代謝において不可欠です。

DNA種類遺伝子数
ミトコンドリアDNA37個
核DNA約1000個

遺伝子変異のメカニズム

ミトコンドリア脳筋症の遺伝子変異のパターンは多岐にわたり、それぞれが異なる臨床像を引き起こす原因です。

遺伝子変異のパターン

  • 点変異
  • 大規模欠失
  • 重複変異

変異の蓄積と組織障害

細胞分裂を繰り返す過程で変異したミトコンドリアDNAの割合が増加していくと、ミトコンドリア脳筋症が進行していきます。

ミトコンドリアDNA変異の蓄積は、組織によって異なる程度で起こることが分かっていて、これは、各患者さんで症状が異なることを説明できる根拠の一つです。

変異の種類遺伝形式
mtDNA変異母系遺伝
核DNA変異メンデル遺伝

診察(検査)と診断

ミトコンドリア脳筋症の診断には、問診と神経学的診察を基本として、血液・尿検査、画像検査、筋生検、遺伝子検査など、複数の検査を組み合わせます。

診察の基本と問診

初診時に発症時期や進行の様子、家族歴などについて聞き取りを行うとともに、全身の診察を実施します。

特に神経学的診察では、筋力、反射、感覚、協調運動など、全身の神経系統の機能を評価することが大切です。

また、発達歴や運動機能を獲得した過程、知的発達の状況なども確認することで、病状の進行パターンを把握できます。

問診項目確認内容
発症時期初発症状の出現時期
家族歴血縁者の類似症状
既往歴これまでの病気や手術
生活状況日常生活での困りごと

血液検査

血液検査では、乳酸値やピルビン酸値の測定が診断の手がかりとなります。

運動負荷の前後での乳酸値の変動は、ミトコンドリアの機能異常を示す重要な指標で、また、尿中の有機酸分析では、ミトコンドリア機能障害に特徴的な代謝産物を検出することが可能です。

検査項目

  • 血液ガス分析
  • 血中乳酸・ピルビン酸測定
  • 肝機能検査
  • 血糖値測定

画像診断

脳MRIやMRスペクトロスコピーなどの画像検査により、脳の構造変化や代謝異常を観察します。

MRIでは、大脳基底核や脳幹部の信号異常、小脳の萎縮、白質病変などの特徴的な所見を詳細に評価し、また、MRスペクトロスコピーを用いることで、脳内の代謝物質の異常を検出できます。

検査種類評価内容
頭部MRI脳実質の異常所見
MRスペクトロスコピー脳内代謝物質の分析
心臓超音波心機能の評価
筋CT筋肉の萎縮状態

筋生検による組織診断

筋肉の一部を採取して顕微鏡で観察する筋生検では、赤ぼろ線維の有無やミトコンドリアの形態異常について評価します。

電子顕微鏡による観察で、ミトコンドリアの数や大きさ、形態の異常、クリステの配列の乱れなどを確認。

また、酵素組織化学的検査により、エネルギー産生の障害を直接に証明することも可能となります。

遺伝子検査による確定診断

血液や筋肉の細胞からDNAを抽出し、ミトコンドリアDNAや核DNAの変異を解析することで、確定診断に至ります。

遺伝子検査の結果は、将来の妊娠・出産に関する遺伝カウンセリングにも重要な情報となることから、説明と同意のもとで実施することが大切です。

ミトコンドリア脳筋症の治療法と処方薬、治療期間

ミトコンドリア脳筋症は現時点では特効薬はなく、ビタミン剤や補酵素などの薬物療法を中心に、栄養療法や運動療法を組み合わせた対症療法により、症状の進行抑制と患者さんの生活の質の向上を目指していくことになります。

対症療法としての薬物療法

ミトコンドリア脳筋症に対する薬物療法は、細胞のエネルギー産生を補助することが主な目的で、ビタミン剤やコエンザイムQ10などの投与が治療の基本です。

ただし、薬物療法の目的は症状の進行抑制と体調の安定化で、完治や劇的な改善を期待するものではありません。

薬剤分類主な効果
ビタミンB群代謝促進
コエンザイムQ10電子伝達系補助
L-カルニチン脂肪酸代謝促進

栄養療法による代謝サポート

薬物療法と並んで、ビタミン類やミネラル、アミノ酸などの必須栄養素の補給も大切です。

必須栄養素の補給については、単に不足を補うという観点だけでなく、細胞のエネルギー産生を最適化するという視点から、摂取するタイミングや組み合わせにも十分な配慮が必要になってきます。

特にアミノ酸の補給は、エネルギー代謝に直接関わる要素なので、定期的な検査結果をもとに、きめ細かな調整を行っていきます。

栄養療法

  • 必須アミノ酸の補充
  • ビタミン類の積極的摂取
  • ミネラルバランスの調整

計画的な投薬管理

薬物療法の効果を最大限に引き出すためには、規則正しい服用を継続することが欠かせません。

投薬スケジュールの設定に際しては、薬剤の特性だけでなく、患者さんの生活リズムや服薬のしやすさなども考慮に入れながら、無理のない形で継続できるよう工夫を重ねます。

投与時期主な投与薬剤
朝食後ビタミンB群
夕食後コエンザイムQ10

運動療法による機能維持

運動療法については、過度な負荷を避けながら全身の機能維持を図っていくことが重要で、それぞれの患者さんの状態に応じたプログラムを組み立てていきます。

低強度の有酸素運動については、ミトコンドリアの機能維持に寄与する可能性があるという研究結果も報告されています。

適度な運動の継続は全身の代謝機能の維持に有効であると考えられており、長期的な視点での運動療法の実施が大切です。

  • 低強度の有酸素運動
  • 関節可動域訓練
  • バランス練習

ミトコンドリア脳筋症の治療における副作用やリスク

ミトコンドリア脳筋症の薬物療法では、ビタミン剤やコエンザイムQ10などの投与において、消化器症状や肝機能障害といった副作用に加え、長期使用による合併症のリスクに注意が必要です。

薬物療法の副作用

副作用の多くは一時的なものですが、継続的な観察と定期的な血液検査による確認が大切です。

薬剤の種類主な副作用
ビタミンB群悪心・嘔吐、下痢
コエンザイムQ10食欲不振、胃部不快感
L-アルギニン消化器症状、発疹
アスコルビン酸腎臓結石、下痢

投与量に関連するリスク

薬剤の投与量が過剰になると、様々な臓器への負担が増大することがあり、慎重な投与量の調整が必要になります。

過剰投与によるリスク

  • 急激な血中濃度上昇による頭痛
  • 高用量での肝機能への影響
  • 腎機能への負荷増大
  • 電解質バランスの乱れ

長期投与による影響

継続的な薬物投与に伴い、体内での代謝産物の蓄積や臓器への負担が徐々に増加する傾向がみられ、注意すべき点がいくつかあります。

投与期間注意すべき変化
3ヶ月以内肝酵素上昇、腎機能低下
6ヶ月以内電解質異常、骨密度低下
1年以内内分泌機能変化、代謝異常
1年以上臓器への蓄積性影響

併用薬との相互作用

複数の薬剤を同時に使用する際には、予期せぬ相互作用が発生する可能性があることを考慮しなければなりません。

他の疾患で使用している薬剤との相互作用により、副作用が強くなったり、新たな健康上の問題が生じることがあります。

相互作用に注意する薬剤

  • 解熱鎮痛剤との併用による胃腸障害
  • 降圧剤との相互作用
  • 抗凝固薬との出血リスク
  • 糖尿病薬との血糖値変動

検査値異常のモニタリング

副作用の早期発見と対応のために、定期的な血液検査や尿検査が必須です。

検査項目モニタリングの目的
肝機能検査薬物性肝障害の確認
腎機能検査腎負荷の評価
血中電解質電解質バランスの確認
血液凝固系出血リスクの評価

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療における検査費用

定期的な外来診療では、症状の進行を把握するために複数の検査を組み合わせて実施します。

検査項目3割負担額(円)
血液検査3,000~5,000
MRI検査15,000~20,000
筋生検30,000~50,000
遺伝子検査20,000~30,000

入院時の基本費用

一般病室を利用する場合、基本的な入院費用に加えて、各種検査や処置の費用が加算されます。

急性期の症状に対応する場合は、より集中的な医療管理が必要です。

項目3割負担額(円/日)
一般病室5,000~8,000
検温・処置2,000~3,000
食事療養費460~780
投薬管理1,000~2,000

主な投薬費用

よく用いられる薬剤は保険診療の対象となるため、医療保険を利用することで負担を軽減できます。

ただし、サプリメントなどの一部の薬剤は保険適用外となることがあり、その場合は全額自己負担です。

  • ビタミンB1製剤 1,500~2,000円/月
  • ビタミンB2製剤 2,000~2,500円/月
  • コエンザイムQ10 3,000~5,000円/月
  • L-アルギニン 4,000~6,000円/月

以上

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