オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)(multiple system atrophy with predominant cerebellar ataxia)とは、脳内の小脳やオリーブ核、橋などの神経細胞が進行性に変化し次第に細胞数が減少していく神経変性疾患です。
この疾患は50歳以上に発症し、小脳機能の低下に伴って歩行時の不安定性や手足の協調運動障害、構音障害などの運動機能の問題が徐々に表面化していきます。
神経変性の過程で自律神経系にも異常をきたすことから、起立性低血圧による立ちくらみや排尿障害といった自律神経症状も伴うことが多いです。
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)の主な症状
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)は、小脳性運動失調を主症状として発症し、自律神経障害や錐体外路症状など多彩な神経症状が徐々に進行していきます。
初期からみられる運動障害
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)で最もよく見られる小脳性運動失調は、初期の段階から歩行時のふらつきとして現れ、両足を広げて歩く傾向が強くなるとともに、手足の協調運動にも障害が生じます。
神経変性の進行に伴い、姿勢を保持することが徐々に困難になっていき、急な方向転換や階段の昇り降りの際に不安定さが顕著です。
手先の細かい動作を必要とする作業では、手のふるえや動きのぎこちなさが目立つようになり、書く時に文字が徐々に大きくなったり、歪んだりする現象が見られ、お箸を使う動作なども次第に困難になっていきます。
症状 | 特徴 |
歩行障害 | 広幅歩行、動揺性歩行、小刻み歩行 |
手指運動障害 | 測定障害、企図振戦、反復拮抗運動障害 |
眼球運動障害 | 注視眼振、衝動性眼球運動、追従運動障害 |
自律神経系の異常
自律神経障害はオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)の特徴的な症状の一つで、病状の進行に伴って様々な形で現れます。
起立性低血圧による症状は、立ち上がった際やベッドから起き上がる時に急激な血圧低下が起こり、めまいや立ちくらみ、さらには失神発作などを起こします。
膀胱機能障害から起こる排尿障害で見られる症状は、尿意を感じてからトイレまでの時間が短くなる切迫性尿失禁や、排尿後も尿が残っている感覚が続く残尿感などです。
体温調節機能の障害により発汗異常が起こり、暑い環境下での多汗や寒い環境下での発汗低下など、温度変化に対する身体の適応能力が低下していきます。
自律神経症状
- 循環器系障害(起立性低血圧、めまい、失神、血圧変動)
- 排尿障害(頻尿、切迫性尿失禁、残尿感、排尿困難)
- 発汗異常
- 消化管機能障害(便秘、腸管運動低下)
- 性機能障害
錐体外路症状
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)では、パーキンソン病に似た症状群が現れることが特徴的な所見の一つです。
錐体外路症状 | 臨床的特徴と経過 |
筋固縮 | 四肢や体幹の筋肉が進行性に固くなり、関節の動きが制限される |
無動・寡動 | 全般的な動作の緩慢化が進行し、表情筋の動きも減少して仮面様顔貌となる |
姿勢保持障害 | 体幹の前傾姿勢や側方への傾きが現れ、バランスの維持が困難になる |
振戦 | 安静時や動作時に手足の震えが出現することがある |
嚥下・構音障害
嚥下機能の低下により、食事中にむせる頻度が増加することで誤嚥性肺炎のリスクが高まっていくため、注意が必要です。
構音障害は患者さんのコミュニケーション能力に影響を及ぼす症状であり、声の大きさや高さの調節が難しくなるとともに、子音の発音が不明朗になります。
また、小脳性構音障害の特徴として、話し方が断続的になり、文節ごとに区切られた不自然な抑揚のパターンが現れます。
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)の原因
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)は、脳内の特定のタンパク質であるαシヌクレインが異常に蓄積することが原因です。
αシヌクレインの異常蓄積のメカニズム
脳内にあるαシヌクレインというタンパク質が異常な形に変化して蓄積していくと、神経細胞の中に特殊な構造物(グリア細胞封入体)が形作られ、神経細胞の働きが損なわれていくことが分かってきました。
神経細胞の中でαシヌクレインが異常な形に変化する過程では、様々な細胞内の情報伝達の仕組みが混乱を起こし、神経細胞が十分な働きを発揮できなくなっていくことも明らかになっています。
遺伝子の関与と環境因子の影響
オリーブ橋小脳萎縮症の発症には、複数の遺伝子が関係している可能性が高いことが分かってきました。
発症に関連がある遺伝子
遺伝子名 | 主な働きと異常による影響 |
SNCA遺伝子 | αシヌクレインの量を調整する働きがあり、異常があると過剰産生につながる |
COQ2遺伝子 | 細胞のエネルギー生産に重要で、異常があるとエネルギー不足を引き起こす |
SLC1A4遺伝子 | 神経伝達物質の運搬を担い、異常があると情報伝達に支障をきたす |
MAPT遺伝子 | 神経細胞の形を保つ働きがあり、異常があると細胞構造が不安定になる |
細胞へのダメージと神経細胞死のプロセス
神経細胞内で起こる異常なタンパク質の蓄積は、細胞内の様々な部分に強いストレスを与え、細胞の重要な器官の働きを低下させていきます。
神経細胞が死滅していく過程では、いくつかの要因が複雑に絡み合っています。
- 細胞内のエネルギー工場であるミトコンドリアの機能が低下し、必要なエネルギーが作れなくなる
- タンパク質を作る場所である小胞体に過度の負担がかかり、正常な働きができなくなる
- 細胞内の不要物を処理する仕組み(オートファジー)の効率が落ちていく
- 脳内で慢性的な炎症が続く状態になる
- 神経細胞を支える働きをするグリア細胞の機能に異常が生じる
環境要因がもたらす発症リスク
遺伝的な要因に加えて、環境もオリーブ橋小脳萎縮症の発症に関わっています。
代表的な環境要因
環境要因 | 神経細胞への影響と考えられるメカニズム |
重金属への曝露 | 細胞内で有害な物質が増え、細胞にダメージを与える |
農薬との接触 | 神経細胞内の物質の流れが乱れ、正常な代謝が妨げられる |
持続する炎症 | 免疫システムのバランスが崩れ、細胞を攻撃する物質が増える |
ウイルス感染 | 神経細胞が直接的な損傷を受け、回復が難しくなる |
環境要因と遺伝的な要因が組み合わさることで、神経細胞内での異常なタンパク質の蓄積が促進され、様々な細胞内の情報伝達の仕組みが正常に働かなくなっていことが発症の原因です。
診察(検査)と診断
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)の診断は問診から始まり、神経学的診察、各種画像検査、生理機能検査などを組み合わせて行います。
問診と神経学的診察
問診では患者さんやご家族からの聞き取りを通じて、症状の発症時期や進行の仕方、日常生活での困難さなどについて、確認していくことから診断が始まります。
患者さんの歩き方や姿勢の変化、手足の動きの特徴、言葉の出し方など、様々な角度から注意深く観察を行いながら、神経学的な診察を進めていきます。
神経学的診察では、運動機能や感覚機能、反射機能など、複数の要素について調べていくことが大切です。
神経学的診察の評価項目
診察項目 | 評価内容 |
運動機能評価 | 歩行パターン、姿勢バランス、手足の協調性、筋力低下の分布 |
脳神経機能評価 | 視覚・聴覚機能、顔面感覚、嚥下機能、構音機能 |
反射機能評価 | 深部腱反射の左右差、病的反射の有無、姿勢反射の状態 |
自律神経評価 | 血圧変動、体温調節、排尿機能、発汗異常の有無 |
画像検査
MRI検査やCT検査などの画像診断では、脳の様々な部位の変化を観察することが可能です。
MRI検査での画像評価
- 小脳半球や虫部における萎縮の程度と分布パターン
- 脳幹部(特に橋とオリーブ核)の形態変化の特徴
- 大脳皮質や白質における信号変化の有無と分布
- 脳室系の拡大状態と脳溝の開大程度
- 特徴的な画像所見(ホットクロスバン徴候など)の確認
生理機能検査による機能評価
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)の診断では、自律神経機能検査や電気生理学的検査などを通じて、神経系の機能状態を客観的なデータとして評価することが必要です。
生理機能検査と評価目的
検査の種類 | 評価の目的と得られる情報 |
シェロング検査 | 起立時の血圧変動パターンと自律神経機能の状態 |
心筋MIBGシンチ | 心臓における交感神経終末の機能と分布状態 |
神経伝導検査 | 末梢神経の伝導速度と振幅の測定による機能評価 |
嚥下造影検査 | 嚥下機能の各段階における詳細な動態評価 |
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)の治療法と処方薬、治療期間
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)では、運動機能障害や自律神経症状に対する薬物療法とリハビリテーションを組み合わせた治療アプローチを長期的に継続します。
基本的な治療方針とアプローチ
薬物療法は症状の進行を考慮しながら段階的に導入していき、状態に応じて投与量や投与時期を調整しながら、複数の薬剤を組み合わせて使用します。
運動失調症状に対してはタルチレリン水和物製剤を中心とした治療を行い、症状の程度に応じて1日0.1mgから開始し、効果を見ながら徐々に増量していくことが重要です。
主な治療薬 | 投与量と期間 |
タルチレリン水和物 | 1日0.1mg〜0.4mg、長期継続 |
塩酸アマンタジン | 1日50mg〜150mg、症状に応じて調整 |
レボドパ製剤 | 1日100mg〜300mg、効果を観察しながら継続 |
リハビリテーション治療
理学療法士による運動機能訓練は発症初期から開始し、週3〜4回程度の頻度で継続的に実施します。
作業療法では、日常生活動作の訓練を中心に、手指の細かな運動や姿勢の保持能力の向上を図る運動を組み入れながら行っていくことが大切です。
言語聴覚療法では、構音障害や嚥下障害に対する訓練を行い、コミュニケーション能力の維持と誤嚥予防に向けた取り組みを継続的に行います。
リハビリテーションでの訓練項目
- バランス訓練(立位保持訓練、歩行訓練、姿勢制御訓練)
- 筋力強化訓練(下肢筋力訓練、体幹筋力訓練、上肢機能訓練)
- 協調性訓練(手指の巧緻運動訓練、目と手の協調運動訓練)
- 嚥下機能訓練(口腔機能訓練、嚥下反射訓練)
- 呼吸訓練(呼吸筋強化訓練、発声訓練)
自律神経症状に対する治療
起立性低血圧に対しては、ドロキシドパやミドドリン塩酸塩などの昇圧薬を使用します。
自律神経症状治療薬 | 使用目的と投与期間 |
ドロキシドパ | 低血圧改善、長期継続使用 |
ミドドリン塩酸塩 | 血圧維持、症状に応じて調整 |
臭化ジスチグミン | 排尿障害改善、必要期間継続 |
酢酸フルドロコルチゾン | 血圧維持補助、長期使用 |
治療期間と経過観察
治療開始後3ヶ月程度で初期評価を行い、薬物療法の効果判定とリハビリテーションプログラムの見直しを行います。
投薬治療は症状の進行に合わせて継続的に行っていく必要があり、半年から1年ごとに総合的な評価を実施しながら、投与量や併用薬の調整を行っていくことが不可欠です。
リハビリテーション治療は週3〜4回の外来を基本として、自宅での自主トレーニングを組み合わせながら進めていきます。
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)の治療における副作用やリスク
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)の治療で使用する薬剤には、それぞれ特有の副作用を伴います。
運動失調改善薬の副作用
タルチレリン水和物製剤による治療では、服用開始直後から数週間は消化器系の不快な症状が現れることがあります。
胃部不快感や食欲不振などの症状は、服用時間や食事のタイミングを調整することで軽減できる場合も多いです。
主な副作用 | 発現頻度と対応策 |
胃部不快感 | 10%程度、食後服用へ変更 |
食欲不振 | 5%程度、投与時期の調整 |
嘔気・嘔吐 | 3%程度、制吐剤の併用検討 |
下痢 | 2%程度、整腸剤の併用 |
自律神経症状治療薬のリスク
昇圧薬による治療では、血圧上昇に伴う様々な症状が現れることがあり、特に高齢の患者さんでは、投与開始時から血圧モニタリングを綿密に行うことが不可欠です。
ドロキシドパやミドドリン塩酸塩などの昇圧薬使用時には、臥位高血圧や頭痛、動悸といった症状が見られ、投与量の微調整を要することも少なくありません。
排尿障害改善薬では副交感神経刺激作用による副作用があるので、心疾患や消化器疾患を併存している患者さんでは慎重な投与が重要です。
自律神経症状治療薬使用時の注意点
- 血圧上昇による頭痛や動悸への注意
- 消化器症状(腹痛、下痢、便秘)の観察
- 心拍数変動や不整脈の有無の確認
- 口渇や発汗異常の出現確認
- 薬剤相互作用への留意
併用薬剤によるリスク増大
複数の薬剤を併用することで、それぞれの副作用が増強されることがあり、高齢者や腎機能低下を伴う患者さんでは注意が必要です。
併用薬剤 | リスク |
昇圧薬+利尿薬 | 電解質異常、脱水 |
抗コリン薬+排尿障害改善薬 | 口渇、便秘悪化 |
降圧薬+昇圧薬 | 血圧変動増大 |
抗うつ薬+自律神経作用薬 | セロトニン症候群 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
投薬治療の費用内訳
オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)の治療には、運動失調改善薬や自律神経症状治療薬などを使用します。
薬剤分類 | 月額自己負担(3割負担) |
運動失調改善薬 | 6,000円~12,000円 |
自律神経治療薬 | 4,500円~9,000円 |
筋緊張改善薬 | 3,000円~6,000円 |
併用処方薬 | 2,400円~6,000円 |
リハビリテーション費用
理学療法や言語聴覚療法などのリハビリテーションにおける費用項目
- 運動機能訓練(20分) 1,500円
- バランス訓練(20分) 1,500円
- 歩行訓練(20分) 1,500円
- 嚥下機能訓練(20分) 1,700円
- 言語訓練(20分) 1,800円
検査費用
検査種別 | 自己負担額(3割負担) |
MRI脳検査 | 15,000円~20,000円 |
脳波検査 | 4,500円~6,000円 |
嚥下造影検査 | 7,500円~9,000円 |
自律神経機能検査 | 6,000円~8,000円 |
その他の医療費
定期的なリハビリテーション実施時の補助機器や装具などの費用も考慮する必要があり、5,000円から3万円程度の費用が発生します。
以上
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