新生児型筋無力症(neonatal myasthenia gravis)とは、重症筋無力症のある母親から抗体が胎盤を通じて新生児に移行し、一時的に起こる筋力低下の状態です。
症状は出生後数時間から数日以内に現れ、弱々しい泣き声、母乳やミルクを上手に飲めない、全身の筋肉の力が弱いなどです。
新生児型筋無力症は一過性の疾患で、母親由来の抗体が新生児の体内で徐々に減少するため、数週間から数ヶ月で自然に回復します。
新生児型筋無力症の主な症状
新生児型筋無力症は筋肉の力が弱くなり、特に目の周り、呼吸に使う筋肉、手足の筋肉に症状が現れ、哺乳が困難になったり呼吸が苦しくなったりします。
全身の筋肉低下
新生児型筋無力症で最もよく見られる症状は、体全体の筋肉の力が弱くなることです。
症状は出生直後から数日以内に現れ、時間の経過とともに悪化します。
筋力低下の程度は、軽度から重度までさまざまです。
影響を受ける筋肉 | 症状 |
四肢筋 | 運動機能の低下 |
体幹筋 | 姿勢保持の困難 |
全身の筋力低下に伴う症状
- 筋緊張の低下
- 反射の減弱または消失
- 自発運動の減少
眼症状
眼筋の障害は、新生児型筋無力症の特徴的な症状の一つです。
眼症状は片側または両側に現れ、症状の程度は日内変化があります。
主な眼症状
- 眼瞼下垂(まぶたが下がる)
- 眼球運動障害
- 瞳孔反応の低下
呼吸障害
呼吸筋の弱さによる呼吸障害は、新生児型筋無力症の重要な症状です。
呼吸障害の程度は、軽度の努力呼吸から重度の呼吸不全まであり、泣いているときや哺乳時に呼吸困難が顕著になります。
呼吸障害の程度 | 臨床所見 |
軽度 | 努力呼吸 |
重度 | 呼吸不全 |
哺乳障害
多くの新生児型筋無力症患者さんで哺乳障害が見られ、哺乳障害は、口腔周囲の筋力低下や舌の動きの制限が原因です。
哺乳障害の症状
- 吸う力の低下
- 嚥下困難
- 哺乳時の疲労
哺乳障害により、体重増加不良や脱水のリスクが高まります。
その他の症状
新生児型筋無力症では主要症状以外にも様々な症状が現れ、全身の筋力低下に起因するものが多く、患者さんの全体的な健康状態に影響を与えます。
その他の症状
- 顔面筋の弱さによる表情の乏しさ
- 泣き声の弱さ
- 四肢の動きの減少
新生児型筋無力症の原因
新生児型筋無力症の原因は、母体から胎児へ移行する自己抗体による神経筋接合部の機能障害です。
自己免疫反応のメカニズム
新生児型筋無力症は、母体の免疫系が深く関わる自己免疫疾患です。
母体内で作られた抗体が胎盤を通り抜け、胎児の神経筋接合部(神経と筋肉がつながる部分)に影響を与えることで発症します。
抗体の種類 | 標的部位 |
抗AChR抗体 | アセチルコリン受容体 |
抗MuSK抗体 | 筋特異的チロシンキナーゼ |
胎盤を介した抗体の移行
胎盤は本来、母体と胎児の間で栄養や酸素のやりとりを行う器官です。
母体内でつくられる自己抗体は、IgG型免疫グロブリン(体内に侵入した異物を攻撃する抗体の一種)で、このIgG抗体には、胎盤を通過する力があります。
- 妊娠初期:抗体の移行量は少ない
- 妊娠中期:抗体の移行量が増加
- 妊娠後期:抗体の移行量が最大となる
神経筋接合部への影響
胎児の体内に入り込んだ自己抗体は、神経筋接合部にたどり着きます。
神経筋接合部は神経細胞と筋肉細胞がつながる場所で、体の動きをコントロールする上で中心的な役割を果たしています。
自己抗体が及ぼす作用
作用部位 | 影響 |
アセチルコリン受容体 | 受容体の減少や機能低下 |
筋特異的チロシンキナーゼ | シグナル伝達の阻害 |
こうした作用によって神経から筋肉への信号の伝わり方に支障が生じ、筋力が弱くなったり疲れやすくなるといった症状が現れるのです。
遺伝的要因の影響
特定の遺伝子の変化が、自己免疫反応の起こりやすさや抗体の産生量の増加と関連しています。
関係のある遺伝子
- HLA(ヒト白血球抗原)遺伝子の特定のタイプ
- 免疫調節遺伝子の変異
- 神経筋接合部の構造や機能に関与する遺伝子の変異
診察(検査)と診断
新生児型筋無力症の診断は、病歴聴取、身体診察、特殊検査を組み合わせて行います。
診察の基本
新生児型筋無力症の診断では、病歴聴取と身体診察が基礎で、妊娠中の母体の状況や分娩経過、出生直後の新生児の状態などについて聞き取ります。
特に、母親が重症筋無力症を患っているかどうかは貴重な情報です。
身体診察では、新生児の全身の筋力や反射、眼球運動を観察します。
診察項目 | 観察ポイント |
筋力 | 全身の動き、四肢の動き |
反射 | 吸啜反射(哺乳反射)、把握反射 |
眼球運動 | 眼瞼下垂(まぶたが下がる)、眼球の動き |
臨床診断の手順
臨床診断では特徴的な症状の有無とその経過を評価し、以下の症状が見られると、新生児型筋無力症を考慮します。
- 全身の筋力低下
- 哺乳困難
- 呼吸障害
- 弱々しい泣き声
- 眼瞼下垂(まぶたが下がる)
症状が出生直後から数日以内に現れ休息すると良くなる傾向がある場合、新生児型筋無力症の可能性が高いです。
また、エドロフォニウムテスト(テンシロンテスト)を行い、症状が一時的に改善するかどうかを確認します。
確定診断のための特殊検査
臨床診断で新生児型筋無力症が疑われた場合、確定診断のために特殊検査を実施します。
- 抗アセチルコリン受容体抗体検査
- 反復刺激筋電図検査
- 単線維筋電図検査
検査名 | 目的 |
抗アセチルコリン受容体抗体検査 | 自己抗体の有無を確認 |
反復刺激筋電図検査 | 神経筋接合部の機能を評価 |
単線維筋電図検査 | 神経筋伝達の詳細な状態を把握 |
鑑別診断の重要性
新生児型筋無力症の診断では、似た症状を示す他の疾患との鑑別が欠かせません。
鑑別が必要な疾患
- 先天性筋無力症候群(生まれつきの筋無力症)
- 脊髄性筋萎縮症(脊髄の運動神経細胞の病気)
- 先天性ミオパチー(生まれつきの筋肉の病気)
- 周産期仮死による筋力低下(出産時の酸素不足による筋力低下)
新生児型筋無力症の治療法と処方薬、治療期間
新生児型筋無力症の治療は、抗コリンエステラーゼ薬(神経伝達を助ける薬)を中心に行い、症状がひどい場合には免疫グロブリン療法や血漿交換療法を組み合わせながら、数週間から数か月かけて行います。
抗コリンエステラーゼ薬
新生児型筋無力症の治療では、まず抗コリンエステラーゼ薬を使用します。
抗コリンエステラーゼ薬は、神経筋接合部でアセチルコリン(神経伝達物質の一種)の分解を抑え、神経の信号を筋肉に伝わりやすくする薬剤です。
代表的な薬にピリドスチグミンがあり、飲み薬または点滴で使います。
薬の名前 | 使い方 | 一般的な量 |
ピリドスチグミン | 飲む/点滴 | 1日あたり体重1kgにつき7-10mg |
ネオスチグミン | 筋肉注射/点滴 | 1日あたり体重1kgにつき0.04-0.08mg |
免疫グロブリン療法
症状が重い場合や、抗コリンエステラーゼ薬があまり効かない時は、免疫グロブリン療法を検討します。
この療法は、体を守る抗体のもとになる免疫グロブリンを高い濃度で点滴し、自己抗体の働きを抑える効果があり、体重1kgあたり2gを2〜5日間かけて点滴します。
免疫グロブリン療法の利点
- 効果が早く現れる
- 副作用が比較的少ない
- 短い期間で効果が得られる
血漿交換療法
症状がかなり重かったり他の治療法では効果がない時には、血漿交換療法を用います。
患者さんの血液から害のある自己抗体を含む血漿を取り除き、新しい血漿成分と入れ替えます。
1回で血漿量の1〜1.5倍を交換し、数日おきに3〜5回繰り返し行う方法が標準です。
治療法 | 適応 | 頻度 |
血漿交換療法 | 症状が重い時 | 1クールで3-5回 |
免疫吸着療法 | 血漿交換が難しい時 | 1クールで3-5回 |
ステロイド薬の併用
症例によってはステロイド薬を一緒に使い、プレドニゾロンなどの飲み薬を少量から始め、症状が良くなるにつれ徐々に減らしていきます。
ステロイド薬は免疫の働きを抑え、自己抗体が作られるのを抑制することが可能です。
治療期間と経過観察
新生児型筋無力症は、治療を始めてから数週間から数か月で症状が良くなります。
- 軽症例:数週間〜2か月くらい
- 中等症例:2〜4か月くらい
- 重症例:4〜6か月以上
新生児型筋無力症の治療における副作用やリスク
新生児型筋無力症の治療には、薬物療法や血漿交換療法などがあり、それぞれ特有の副作用やリスクがあります。
抗コリンエステラーゼ薬の副作用
抗コリンエステラーゼ薬は、新生児型筋無力症の主要な治療薬です。
神経と筋肉の接合部でアセチルコリン(神経伝達物質)の分解を抑え、筋力を改善しますが、いくつかの副作用があります。
- 消化器症状(腹痛、下痢、嘔吐)
- 心拍数の低下
- 気管支分泌物の増加
- 筋肉のけいれん
このような副作用は、薬剤の使いすぎによってコリン作動性クリーゼ(重篤な副作用)を起こす危険性があるので注意が必要です。
副作用 | 発生頻度 |
消化器症状 | 高頻度 |
心拍数低下 | 中頻度 |
気管支分泌増加 | 中頻度 |
筋肉のけいれん | 低頻度 |
ステロイド薬の副作用
ステロイド薬は免疫反応を抑える効果により症状を改善する薬剤ですが、長期間の使用や多量の投与に伴い、副作用が発生します。
- 感染しやすくなる
- 骨密度の低下
- 成長が遅れる
- 副腎の機能が弱まる
血漿交換療法のリスク
血漿交換療法は、血液中の自己抗体(体を攻撃する抗体)を取り除く治療法です。
血漿交換療法のリスク
- 血圧低下
- 感染症
- 出血傾向
- 電解質の異常
リスク | 対策 |
血圧低下 | 頻繁に血圧を測る |
感染症 | 清潔な操作を徹底する |
出血傾向 | 血液を固まりやすくする因子を補充する |
電解質異常 | 電解質のバランスを管理する |
免疫グロブリン大量静注療法の副作用
免疫グロブリン大量静注療法は自己抗体の働きを抑える治療法で、いくつかの副作用があります。
- 頭痛
- 発熱
- アレルギー反応
- 血栓塞栓症(血液が固まりやすくなる)
特に、腎臓の働きが悪い患者さんでは慎重に投与します。
長期的なリスク管理
新生児型筋無力症の治療では、短期的な副作用だけでなく長期的なリスクにも注意が必要です。
気をつける点
- 成長や発達への影響
- 免疫機能の変化
- 薬剤耐性
- 二次的な合併症が起こる
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院治療にかかる費用
入院期間は2週間から1ヶ月程度で、入院費用は1日あたり約3万円から5万円です。
治療に使用する薬剤費や検査費用も発生します。
項目 | 概算費用 |
入院費(1日) | 1万円〜3万円 |
薬剤費(1日) | 5千円〜1万円 |
免疫グロブリン療法の費用
重症例では免疫グロブリン療法が行われます。
1クール(5日間)あたりの費用は約50万円から100万円です。
治療法 | 1クールあたりの費用 |
免疫グロブリン療法 | 50万円〜100万円 |
血漿交換療法 | 30万円〜50万円 |
外来治療と薬剤費
症状が安定してきたら、外来での治療に移行します。
外来治療では、抗コリンエステラーゼ薬を数ヶ月から1年程度継続使用し、費用は月額1万円から3万円です。
以上
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