動眼神経麻痺(oculomotor nerve palsy)とは、第三脳神経(動眼神経)の機能が障害されることによって、眼球運動の制限や瞼の下垂、瞳孔の異常などが起きる神経疾患です。
動眼神経は眼球を上下左右に動かす6つの外眼筋のうち4つを支配しており、この神経の障害により、眼球運動に著しい制限が生じ、複視(物が二重に見える)や、視野の異常といった症状が現れます。
さらに、上眼瞼を挙上する筋肉(上眼瞼挙筋)も動眼神経の支配を受けているため、眼瞼下垂を伴うことが特徴的です。
動眼神経麻痺の主な症状
動眼神経麻痺では、眼瞼下垂、眼球運動障害、瞳孔散大を主要な3つの症状として認め、症状が複合的に出現することで視覚機能に大きな影響を及ぼします。
眼瞼下垂と視野への影響
動眼神経麻痺による眼瞼下垂は、上眼瞼挙筋の機能が低下することによって起き、上まぶたが自然と下がってしまいます。
上眼瞼挙筋は通常10ミリメートルから12ミリメートル程度まぶたを挙上する機能を持っていますが、動眼神経麻痺によって機能が障害されることで、まぶたの開きが著しく制限されます。
上方視野における制限は特に顕著で、階段の昇降や高所にある物の確認などにおいて困難を感じる方が多く、両側性の場合にはより深刻な視野障害が生じるので注意が必要です。
眼瞼下垂の程度 | 視野への影響 |
軽度 | 上方視野の部分的な制限 |
中等度 | 上半分の視野障害 |
重度 | ほぼ完全な視野遮断 |
眼球運動障害の特徴と立体視への影響
動眼神経麻痺によって支配される外眼筋の機能低下は、眼球運動の著しい制限をもたらし、複視(物が二重に見える状態)という形で視覚に影響を与えることが多く、医療機関を受診するきっかけとなることも少なくありません。
眼球を上下左右に動かす際に制限が生じ、内側方向、上方向、下方向への動きに制限が認められますが、これは動眼神経が支配する外眼筋(上直筋、下直筋、内直筋、下斜筋)の機能が低下することによって起こる現象です。
複視は側方視において顕著となり、物を見る際の焦点が定まりにくくなることで、読書やパソコン作業などの細かい作業に支障をきたし、この症状は視線の方向によって変化します。
障害される眼球運動 | 関連する外眼筋 |
上転障害 | 上直筋 |
内転障害 | 内直筋 |
下転障害 | 下直筋 |
回旋障害 | 下斜筋 |
また、距離感の把握が困難になることで、物をつかむ際の距離感覚が低下したり、段差の認識が難しくなったりもします。
瞳孔異常と光反応について
瞳孔散大は動眼神経麻痺における特徴的な症状の一つで、瞳孔括約筋の機能低下によって起きが、単に瞳孔が大きくなるだけでなく、光に対する反応性の低下や、調節機能の障害など、複数の視機能に影響を及ぼします。
通常、瞳孔は明るい場所では収縮し、暗い場所では散大するという生理的な反応を示しますが、動眼神経麻痺によって瞳孔括約筋の機能が低下すると、反応が鈍くなったり、消失したりするのです。
動眼神経麻痺における瞳孔症状
- 患側の瞳孔が健側と比較して散大している
- 光を当てた時の瞳孔収縮反応が鈍くなる
- 調節反応(近くのものを見る時の瞳孔収縮)が障害される
- 瞳孔の形が正円でなくなる
- 左右の瞳孔サイズに差が生じる
随伴症状
動眼神経麻痺には様々な随伴症状が出現することがあり、特に急性期には症状の進行や変化に注意を払う必要があります。
頭痛は多くの患者さんが経験する随伴症状の一つであり、患側の前頭部や眼窩周囲に限局した痛みとして自覚されることが多く、痛みのパターンは診断の手がかりです。
眼痛については、持続的な鈍痛として表現され、眼球運動時に増強する傾向があります。
随伴症状 | 臨床的特徴 |
頭痛 | 患側の前頭部や眼窩周囲に多い |
眼痛 | 持続的な鈍痛が特徴的 |
複視 | 特に側方視で顕著 |
動眼神経麻痺の原因
動眼神経麻痺は、脳幹部から眼窩に至る経路のどこかで動眼神経が障害されることによって発症し、糖尿病や動脈瘤、腫瘍、外傷など様々な基礎疾患が原因です。
血管障害による発症
脳動脈瘤による圧迫は動眼神経麻痺の代表的な原因であり、後交通動脈瘤による圧迫は瞳孔異常を伴う動眼神経麻痺を起こすことが多いです。
脳梗塞や脳出血などの脳血管障害も動眼神経麻痺の原因となり、中脳や橋の梗塞では動眼神経核自体が障害されることがあります。
血管障害の種類 | 主な発症部位 |
後交通動脈瘤 | 動眼神経走行部 |
脳底動脈瘤 | 中脳周辺部 |
脳幹梗塞 | 動眼神経核 |
代謝性疾患による発症
糖尿病性神経障害は動眼神経麻痺の主要な原因の一つで、血糖コントロールが不良な状態が続くことで、動眼神経の微小血管に障害が生じ、神経虚血を起こします。
高血圧や高脂血症などの生活習慣病も血管障害を介して動眼神経麻痺の原因となることがあり、基礎疾患の管理も大切です。
原因になる代謝性疾患
- 糖尿病性神経障害による微小血管障害
- 動脈硬化性変化による神経虚血
- 甲状腺機能異常による代謝障害
- 電解質異常による神経機能障害
- ビタミンB群欠乏による神経障害
炎症性・感染性疾患による発症
髄膜炎や脳炎などの中枢神経系感染症では、炎症が波及することで動眼神経が障害されます。
炎症性疾患 | 発症メカニズム |
細菌性髄膜炎 | 直接的な神経炎症 |
ウイルス性脳炎 | 免疫介在性障害 |
真菌性感染症 | 肉芽腫性炎症 |
腫瘍性病変による発症
頭蓋内腫瘍による直接的な圧迫や浸潤により動眼神経麻痺が生じることがあり、特に海綿静脈洞部の腫瘍では複数の脳神経に同時に障害が起きます。
転移性脳腫瘍も動眼神経麻痺の原因となることがあり、原発巣からの転移巣が動眼神経の走行に沿って発生することで神経障害が生じます。
悪性リンパ腫などの血液腫瘍も、中枢神経系に浸潤することで動眼神経麻痺を引き起こすことがあり、全身状態の評価も必要です。
診察(検査)と診断
動眼神経麻痺の診断においては、眼球運動や瞳孔反応などの神経学的所見について観察を行うとともに、頭部MRIやCTなどの画像検査を組み合わせることで、原因となる病変の特定と病態の把握を進めていきます。
神経学的診察の手順
眼球運動検査では、上下左右および斜め方向を含む9方向眼位での眼球の動きを観察し、各方向における運動制限の有無とその程度を記録するとともに、複視の出現パターンと程度を評価します。
瞳孔機能検査においては、直接対光反射と間接対光反射の両方を評価しながら、瞳孔径の左右差や散瞳の有無を確認し、さらに瞳孔の形状や虹彩の状態について観察を行うことが大切です。
検査項目 | 診察のポイント |
眼球運動 | 9方向眼位での制限 |
瞳孔反応 | 対光反射と散瞳の有無 |
眼瞼下垂 | 程度と左右差の確認 |
画像診断の実施
MRI検査では、T1強調画像による解剖学的構造の評価、T2強調画像による浮腫性変化の検出、そしてガドリニウム造影剤を用いた造影検査による血管性病変や腫瘍性病変の同定を組み合わせて行います。
MRAやCTAによる血管評価では、動脈瘤や血管奇形の有無について確認を行い、3D再構成画像による評価も加えることで、血管性病変の形態把握を進めます。
行う画像検査
- 頭部MRI(拡散強調像による急性期病変の検出)
- MRA(脳動脈瘤のスクリーニング)
- 造影CT(腫瘍性病変の検索)
- 頸部血管エコー(動脈解離の評価)
- 眼窩部造影MRI(眼窩内病変の検索)
血液・生化学検査の実施
検査カテゴリー | 検査項目 |
糖尿病関連 | 血糖値、HbA1c |
炎症マーカー | CRP、赤沈 |
自己抗体 | 抗核抗体、抗GQ1b抗体 |
電気生理学的検査
瞬目反射検査や瞳孔機能検査などの電気生理学的検査では、動眼神経の機能を評価するとともに、経時的な変化を追跡することで、神経障害の程度や回復過程を把握することが重要です。
また、眼電図検査と神経伝導検査を組み合わせることで、眼球運動の制限パターンを記録し、末梢神経障害の有無や程度を判定するとともに、全身性疾患の関与を検討します。
動眼神経麻痺の治療法と処方薬、治療期間
動眼神経麻痺の治療においては、ステロイド薬による抗炎症療法を基本としながら、原因疾患に応じた薬物療法と理学療法を組み合わせて行います。
ステロイド療法
ステロイド療法は動眼神経麻痺の治療における中心で、プレドニゾロンやメチルプレドニゾロンを使用することで、神経周囲の炎症を抑制する効果が期待できます。
通常は点滴による静脈内投与から開始し、その後、内服薬へと切り替えていく段階的な投与スケジュールを組むことが多いです。
投与経路 | 代表的な薬剤名 | 投与期間 |
静脈内投与 | メチルプレドニゾロン | 3〜5日間 |
経口投与 | プレドニゾロン | 2〜4週間 |
神経栄養因子製剤による治療
神経栄養因子製剤は、障害された神経の修復を促進する働きを持ち、使用するのはメチルコバラミンやビタミンB12製剤などです。
薬剤は神経の再生を助ける作用を持ち、注射剤として筋肉内に投与することで高い血中濃度を維持し、より効果的な治療効果を引き出せます。
薬剤分類 | 投与方法 | 標準的な投与期間 |
メチルコバラミン | 筋肉注射 | 4〜8週間 |
ビタミンB12製剤 | 内服・注射 | 8〜12週間 |
理学療法とリハビリテーション
医学的リハビリテーションの一環として、いくつかの治療法を組み合わせながら実施することで、より効果的な回復が見込めます。
- 温熱療法による局所の血行促進と代謝改善を図るアプローチ
- 眼球運動訓練による外眼筋の機能回復を促すエクササイズ
- マッサージによる局所の循環改善と筋緊張の緩和
- 電気刺激療法による神経伝導機能の改善
- 複視に対する視覚訓練と眼球運動の協調性向上プログラム
抗血小板薬と血管拡張薬による治療
動眼神経への血流を改善し、神経機能の回復を促進するため、抗血小板薬や血管拡張薬による薬物療法を実施することがあり、微小血管障害が疑われるときに有用です。
血管拡張薬としてはプロスタグランジンE1製剤やシロスタゾールなどを使用し、血管を広げることで神経への酸素や栄養の供給を増やす効果があります。
抗血小板薬には、アスピリンやクロピドグレルなどが含まれ、血液の流れを改善することで神経機能の回復を支援する働きを持っています。
動眼神経麻痺の治療における副作用やリスク
動眼神経麻痺の治療で使用するステロイド薬や神経栄養因子製剤などには、免疫機能の低下、血糖値の上昇、消化器症状といった様々な副作用が伴います。
ステロイド療法に伴う副作用
ステロイド薬による治療では、投与量や期間によって副作用が現れることがあります。
ステロイド薬の長期投与においては、骨密度の低下や筋力の低下といった全身性の副作用が見られることもあり、高齢の患者さんでは転倒のリスクに注意が必要です。
副作用の種類 | 主な症状と特徴 |
代謝性変化 | 血糖値上昇、脂質異常 |
消化器症状 | 胃部不快感、食欲亢進 |
皮膚症状 | 皮膚の菲薄化、紫斑 |
精神神経症状 | 不眠、興奮、抑うつ |
免疫機能低下に関連するリスク
ステロイド薬による免疫抑制作用は、感染症に対する抵抗力を低下させる可能性があり、呼吸器感染症や皮膚感染症などの二次感染に対する観察が欠かせません。
免疫機能の低下に伴うリスク
- 一般的な感染症に罹患しやすくなる
- 既存の感染症が悪化する可能性
- 創傷治癒が遅延する
- 日和見感染のリスクが高まる
- 予防接種の効果が減弱する
血管作動薬使用時の循環器系リスク
血管拡張薬や抗血小板薬の使用に際しては、血圧の変動や出血傾向といった循環器系のリスクがあり、高血圧や心疾患を併存する患者さんでは慎重な投与することが大切です。
血管作動薬による治療中は、定期的な血圧測定や心電図検査を実施し、循環器系の変化を継続的にモニタリングすることで、重篤な合併症の予防に努めます。
薬剤の種類 | 注意すべき副作用 |
血管拡張薬 | 低血圧、めまい |
抗血小板薬 | 出血傾向、消化器出血 |
降圧薬併用 | 過度の血圧低下 |
神経栄養因子製剤投与時の注意点
神経栄養因子製剤の投与では、注射部位の痛みや腫れといった局所反応が生じることがありますが、症状は一時的なものであり、投与方法の工夫や投与部位の変更によって軽減できることが多いです。
ビタミンB12製剤などの神経栄養因子製剤では、アレルギー反応や皮膚症状が出る可能性があり、初回投与時には慎重に経過観察を行います。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
基本的な診断検査費用
MRI検査やCT検査による画像診断は、動眼神経麻痺の原因特定に欠かせない検査です。
検査名 | 3割負担時の費用 |
MRI(造影なし) | 15,000円前後 |
MRI(造影あり) | 20,000円前後 |
CT検査 | 8,000円前後 |
血液検査一式 | 3,000円前後 |
投薬治療の費用
神経機能の改善や基礎疾患の治療に用いる薬剤には、以下のようなものがあります。
- ビタミンB12製剤 1か月分 2,000円〜3,000円
- 抗血小板薬 1か月分 2,500円〜4,000円
- 神経栄養因子製剤 1か月分 3,000円〜5,000円
- ステロイド薬 1か月分 1,500円〜3,000円
入院治療費用
治療内容 | 3割負担時の費用 |
脳神経減圧術 | 30〜40万円 |
腫瘍摘出術 | 35〜45万円 |
血管形成術 | 40〜50万円 |
入院期間は約2〜4週間となり、リハビリテーション費用は1回あたり500円前後で、週3回程度実施します。
以上
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