進行性非流暢性失語 – 脳・神経疾患

進行性非流暢性失語(progressive nonfluent aphasia)とは、脳の前頭葉や側頭葉の一部が徐々に萎縮することで起こる神経変性疾患です。

会話の際に言葉がすぐに出てこなかったり、文法的に正しい文章を組み立てることが次第に困難になったりするなど、言語機能に関する様々な症状が現れます。

症状は緩やかに進行し、時間の経過とともに言語機能の低下がより顕著になっていきます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

進行性非流暢性失語の主な症状

進行性非流暢性失語の症状は、話す際の流暢性の低下と文法的な誤りの増加、さらには言語理解や書き言葉にも影響が及ぶ言語障害です。

言語機能の変容

進行性非流暢性失語は、患者さんの言語機能に著しい影響を与えます。

多くの場合、会話を開始する際に困難を感じ、単語を探し出すのに時間を要し、発話のペースが遅くなります。

特に顕著なのは、文章を構成するのが難しくなることです。

特徴的な発話パターン

患者さんの発話には、いくつかの特徴的な変化が観察されます。

症状具体例
文法的誤り語順の乱れ、助詞の不適切な使用
発音の困難特に子音の明瞭さが低下
  • 話し言葉の滑らかさが失われ、聞き手に不自然な印象を与える。
  • 複雑な表現を避け、単純な言い回しを選択する。
  • 会話の最中に言葉が出てこなくなり、沈黙の時間が長引く。

言語理解能力の変化

進行性非流暢性失語は、言語を理解する能力にも影響を及ぼします。

複雑な構造を持つ文章や、多段階にわたる指示を理解することが困難になり、とりわけ、抽象的な概念や比喩的な表現を理解することに苦心するようになります。

一方で、日常的な簡単な会話の内容はよく理解できることが多いです。

書き言葉への影響

この疾患は、書き言葉にも影響を及ぼします。

  • 文字を書く速度の低下
  • 文法的誤りの増加
  • 長文作成の困難
  • 不適切な句読点の使用

書き言葉における文法的な誤りは、しばしば話し言葉で見られるパターンと似しています。

影響を受ける能力症状
読解力長文や複雑な文章の理解が困難になる
書字能力文字の形や配置が不規則になる

進行性非流暢性失語の原因

進行性非流暢性失語の原因は、前頭葉や側頭葉の特定領域における神経細胞の変性と喪失です。

神経細胞の変性プロセス

進行性非流暢性失語の発症に関与しているのは、神経細胞の変性プロセスです。

この過程では、脳内の特定領域、特に前頭葉と側頭葉の一部で、神経細胞が徐々に機能を失い、最終的には死滅に至ります。

神経細胞の変性は、タウタンパク質や TDP-43(TAR DNA結合タンパク質43)などの異常タンパク質の蓄積によって起きます。

異常タンパク質が神経細胞内に過剰に蓄積すると、細胞の正常な機能が阻害され、やがて細胞死という不可逆的な状態に陥るのです。

異常タンパク質影響関連する他の神経疾患
タウタンパク質神経原線維変化アルツハイマー病
TDP-43RNA代謝異常筋萎縮性側索硬化症

遺伝的要因の影響

特定の遺伝子変異も、進行性非流暢性失語の発症リスクを高めることが明らかになっています。

MAPT(微小管関連タンパク質タウ)遺伝子やGRN(プログラニュリン)遺伝子の変異が、進行性非流暢性失語を含む前頭側頭型認知症の原因です。

遺伝子変異は、タウタンパク質やプログラニュリンの異常な産生や蓄積を誘発し、神経細胞の変性を加速させます。

神経伝達物質の異常

進行性非流暢性失語の病態形成において、神経伝達物質の異常は極めて重要な役割があります。

神経細胞間のコミュニケーションを担う神経伝達物質のバランスが崩れることで、言語機能に関わる脳領域の活動が阻害されます。

関与しているのは、アセチルコリンやグルタミン酸などの神経伝達物質の減少です。

神経伝達物質の異常は、神経細胞の変性や死滅と密接に関連しており、相互に影響し合いながら症状を進行させます。

神経伝達物質機能関連する認知機能
アセチルコリン記憶・学習注意力、情報処理速度
グルタミン酸興奮性伝達記憶形成、シナプス可塑性

炎症反応と酸化ストレス

進行性非流暢性失語の発症と進行には、脳内の炎症反応と酸化ストレスも関与しています。

神経細胞の変性が始まると、周囲のグリア細胞(神経細胞以外の脳細胞)が活性化され炎症性サイトカインを放出し、さらなる神経細胞の損傷を起こし、症状の悪化を加速させます。

加えて、酸化ストレスによる細胞内のミトコンドリア(細胞内のエネルギー産生器官)機能障害も、神経細胞の変性を促進する要因の一です。

診察(検査)と診断

進行性非流暢性失語の診断は、病歴聴取から始まり、神経学的検査、言語機能評価、脳画像検査などを組み合わせます。

初期評価と病歴聴取

進行性非流暢性失語の問診では、言語機能の変化や日常生活への影響について、聞き取りを行います。

症状が最初に現れた時期や、その後どのように進行していったか、さらには家族内で同様の症状を持つ方がいないかも、診断を進める上で欠かせない情報です。

神経学的検査

次に、患者さんの全身の神経機能を評価する神経学的検査を実施します。

検査項目評価内容
運動機能筋力の程度、体の動きの協調性
感覚機能触覚や痛覚の感じ方
反射深部腱反射(膝蓋腱反射など)、病的反射(バビンスキー反射など)

神経学的検査を用い、言語障害以外に何か他の異常がないかを確認していきます。

進行性非流暢性失語の特徴は、初期段階では言語機能以外の神経学的所見があまり目立たないことです。

言語機能評価

言語機能の評価は、進行性非流暢性失語の診断で最も重要です。

評価する項目

  • 自然な会話における話し方の流暢さ
  • 文法的な正確性
  • 適切な単語を思い出す能力
  • 聞いた言葉を正確に繰り返す能力
  • 文章を読んで理解する力
  • 文字を書く能力

脳画像検査

脳の構造や機能を客観的に評価するために行われるのが、画像検査です。

検査方法評価内容
MRI(磁気共鳴画像法)脳の構造的な変化や萎縮の程度
SPECT(単一光子放射断層撮影)脳の各部位の血流状態
PET(陽電子放射断層撮影)脳の代謝活動の様子

画像検査により、進行性非流暢性失語に特徴的な前頭葉や側頭葉の萎縮、あるいは機能低下の有無を確認していきます。

進行性非流暢性失語の治療法と処方薬、治療期間

進行性非流暢性失語の治療は、進行を遅らせることを目的とした薬物療法と、言語機能の維持・改善を図るリハビリテーションです。

薬物療法

進行性非流暢性失語の薬物療法では、脳内の神経伝達物質のバランスを調整するアセチルコリンエステラーゼ阻害薬を使用します。

この薬は、脳内のアセチルコリン(記憶や学習に重要な役割を果たす神経伝達物質)の量を増やすことで、認知機能や言語機能の低下を抑える効果が期待できます。

代表的な薬剤は、ドネペジルやリバスチグミンです。

ただし、症状の進行を遅らせる可能性がありますが、完全に病気の進行を止めることはできません。

薬剤名作用期待される効果
ドネペジルアセチルコリン増加認知機能維持、言語機能改善
リバスチグミンアセチルコリン・ブチリルコリン増加認知機能全般の改善

言語リハビリテーション

言語リハビリテーションは、進行性非流暢性失語の治療において非常に重要な役割があります。

言語聴覚士の指導のもと、患者さんの残っている言語機能を最大限に活用し、コミュニケーション能力の維持・改善することが目標です。

発話訓練、文法練習、語彙拡大などがあり、また、病気の進行に備えて、代替コミュニケーション手段(ジェスチャー、絵カード、文字盤など)の導入も検討します。

認知リハビリテーション

進行性非流暢性失語の治療では、言語機能だけでなく、脳の総合的な認知機能の維持・改善も大切です。

認知リハビリテーションでは、注意力、記憶力、実行機能などの訓練を行います。

リハビリテーションは直接的な言語機能の改善だけでなく、脳全体の活性化を通じて間接的に言語能力の維持にも寄与する可能性があります。

認知機能訓練例期待される効果
注意力視覚探索課題(特定の物を素早く見つける)集中力向上、情報処理速度改善
記憶力単語記憶ゲーム(覚えた単語を思い出す)短期記憶力強化、語彙力向上

進行性非流暢性失語の治療における副作用やリスク

進行性非流暢性失語の治療では、使用する薬剤やリハビリテーションに関連する副作用やリスクがあります。

薬物療法に伴う副作用

進行性非流暢性失語の治療では、症状の進行を少しでも遅らせることを目的として薬剤を使用し、それぞれに特有の副作用が伴うため、服用開始後の経過観察が欠かせません。

アルツハイマー型認知症の治療薬のコリンエステラーゼ阻害薬を使用する際には、消化器系の副作用が高い頻度で見られます。

薬剤名副作用
ドネペジル(商品名:アリセプトなど)吐き気、下痢、食欲不振
リバスチグミン(商品名:イクセロンパッチなど)食欲不振、嘔吐、皮膚炎(貼付剤の場合)

また、別のタイプの認知症治療薬であるNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)では、めまいや頭痛、便秘といった症状が生じます。

ただし、副作用の多くは一時的なものであり、薬の投与量を調整することで改善することが多いです。

リハビリテーションに関連するリスク

言語療法を中心としたリハビリテーションにも一定のリスクがあります。

  • 過度の身体的・精神的疲労
  • 思うように成果が出ないことによるフラストレーションの蓄積
  • 言語能力の低下に伴う自尊心の低下
  • リハビリテーションの負担による二次的な抑うつ状態の発生

認知機能全般への影響

進行性非流暢性失語の治療を行う際には、言語機能だけでなく、認知機能全般への影響にも注意が必要です。

治療法認知機能への影響
薬物療法注意力の一時的な低下、眠気の増強
リハビリテーション短期的な認知負荷の増加、集中力の消耗

薬物療法による副作用として、一時的に注意力が低下したり、眠気が強くなることがあります。

また、リハビリテーションを行う過程で、短期的に認知機能への負荷が増加し、一時的な疲労感や混乱を起こします。

併存疾患への影響

進行性非流暢性失語の患者さんの中には、他の神経疾患や全身の病気を同時に抱えているケースが少なくありません。

進行性非流暢性失語の治療に使用する薬剤が、併存疾患に思わぬ影響を与えることがあります。

コリンエステラーゼ阻害薬は心臓の電気的な伝導システムに影響を与え、NMDA受容体拮抗薬は腎臓の機能が低下している患者さんでは、体内での薬物動態が変化します。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療にかかる費用

外来診療では定期的な診察と薬物療法を行い、薬剤費は月額5,000円から2万円程度です。

言語療法や作業療法などのリハビリテーション費用は、1回あたり1,000円から3,000円となります。

項目費用
薬剤費(月額)5,000 – 20,000円
リハビリ(1回)1,000 – 3,000円

入院治療にかかる費用

症状が進行したり集中的なリハビリテーションが必要な際は、入院治療を行うことがあります。

入院費用は、1日あたり約1万円から3万円の自己負担となります。

その他の関連費用

  • 画像診断(MRIやCT) 3,000円から1万円程度
  • 神経心理学的検査  5,000円から2万円程度
  • 補助具や介護用品の購入費用
検査項目費用
MRI5,000 – 15,000円
神経心理学的検査5,000 – 20,000円

以上

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