進行性核上性麻痺(PSP)(progressive supranuclear palsy)とは、主に中年期以降に発症する神経変性疾患で、脳内に異常なタウタンパク質が蓄積することにより、様々な神経症状が徐々に進行していく病気です。
まぶたが開きにくい、物が二重に見える、歩行時のバランスが悪くなるといった症状から始まり、上下方向の眼球運動が制限されます。
当初はパーキンソン病と診断されることもありますが、症状の進行が速く、L-ドーパなどのパーキンソン病治療薬への反応が乏しいことが、この疾患の特徴です。
進行性核上性麻痺(PSP)の主な症状
進行性核上性麻痺(PSP)の症状は、歩行障害、姿勢保持の困難さ、眼球運動障害、嚥下機能の低下などの運動機能障害です。
眼球運動障害と視覚症状
眼球運動障害は、進行性核上性麻痺における代表的な症状です。
垂直方向への眼球運動に制限が生じ、その中でも下向きの視線移動が顕著に困難になり、階段を降りる動作や読書をする際に影響が出てきます。
視覚に関連する問題として、複視(物が二重に見える状態)や羞明(まぶしさを強く感じる状態)なども現れ、患者さんの視覚的な不快感を増強させる要因となります。
症状 | 影響 |
垂直性眼球運動障害 | 上下方向の視線移動が困難になり、特に下方視に著しい制限が現れる |
瞬目回数の減少 | 目の乾燥感や違和感が増加し、角膜への負担が大きくなる |
輻輳障害 | 近くの物にピントを合わせることが難しくなり、読書などの近業作業に支障が出る |
姿勢制御と歩行の問題
初期段階から観察される症状として、姿勢の不安定さと歩行障害があり、後方への転倒傾向が顕著に現れることが特異的です。
症状は姿勢反射障害によって起き、患者さんの身体バランスを損い、影響は日常生活における様々な動作に及びます。
歩行時には小刻みな足取りがよく見られ、方向転換の際にはすくみ足やふらつくので、移動時の安全確保に細心の注意が必要です。
歩行パターン | 特徴的な症状 |
加速歩行 | 突進様歩行となり、前のめりで歩く傾向がある |
すくみ足 | 急な方向転換時に足が地面に張り付いたように動きが止まる |
姿勢反射障害 | 特に後方への転倒リスクが高く、バランスを崩しやすい |
嚥下・構音障害
誤嚥性肺炎などの合併症予防の観点から注目すべき点は、嚥下機能と発声発語に関する障害です。
進行性核上性麻痺の患者さんに共通して認められる症状
- 飲み込みの開始が遅延し、むせやすくなる
- 声が単調で小さくなり、話すスピードが遅くなる
- 発音が不明瞭になり、特に子音の発音が困難になる
- 咳反射が弱くなり、誤嚥のリスクが高まる
- 唾液の分泌過多と嚥下反射の低下により、よだれが増加する
嚥下障害は、肺炎などの深刻な合併症を起こす原因となることから、早期からの対応と継続的な観察が必要な症状です。
構音障害は、発話の明瞭度が著しく低下することにより、周囲とのコミュニケーションに大きな影響を及ぼします。
また、声量の低下や発話速度の変化により、日常的な会話においても支障をきたすようになり、定期的な評価と継続的なサポートが大切です。
筋固縮や姿勢の変化も発声機能に影響を与えることから、声質の変化や発話の持続時間の短縮などが観察され、患者さんの発話能力全般に関係してきます。
進行性核上性麻痺(PSP)の原因
進行性核上性麻痺(PSP)は、脳内のタウタンパク質が異常に蓄積することで、中脳や大脳基底核などの特定の脳領域で神経細胞が変性・脱落していく進行性の神経変性疾患です。
タウタンパク質と神経細胞の関係性
タウタンパク質は本来、神経細胞の軸索内で微小管を安定化させる重要な働きを担っているものの、何らかの要因により過剰にリン酸化されることで、異常な凝集体を形成します。
異常な凝集体は神経細胞内に蓄積し、やがて神経細胞の機能低下や細胞死を起こすことで、脳の様々な部位に影響を及ぼしていきます。
遺伝子変異とPSPの関連性
遺伝子名 | 主な影響 |
MAPT遺伝子 | タウタンパク質の構造や機能に直接的な影響を与える |
STX6遺伝子 | 細胞内小胞輸送システムに影響を及ぼす |
MOBP遺伝子 | ミエリン鞘の形成・維持に関与する |
遺伝子研究により、特定の遺伝子変異がPSPの発症リスクを高めることが明らかになってきました。
中でもMAPT遺伝子の変異は、タウタンパク質の異常を直接的に起こす可能性があります。
環境要因とリスク因子
外傷性脳損傷の既往や環境中の神経毒性物質への曝露なども、PSPの発症に関与している可能性について研究が進められています。
特に注目すべき要因
- 頭部外傷の既往歴(特に若年期や中年期)
- 農薬などの環境化学物質への長期的な曝露
- 慢性的な炎症反応の存在
- 酸化ストレスの蓄積
- ミトコンドリア機能障害
脳内の病理学的変化
影響を受ける脳領域 | 主な病理変化 |
中脳黒質 | 神経細胞の変性・脱落、グリオーシス |
大脳基底核 | タウ陽性神経原線維変化、神経細胞死 |
視床下核 | 神経細胞密度の低下、異常タウの蓄積 |
脳領域における変化は、神経回路のネットワークを通じて相互に影響し合い、疾患の進行に関与することが示唆されていて、神経炎症やグリア細胞の活性化も病態の進行に関わっていることが分かってきました。
また、ミトコンドリアの機能障害やオートファジーの異常なども、神経細胞死を促進する要因です。
さらに、タウタンパク質の異常な蓄積が起こす細胞内シグナル伝達の乱れや、シナプス機能の低下なども、進行を加速させる要因となっている可能性が指摘されています。
診察(検査)と診断
進行性核上性麻痺(PSP)の診察では、問診と神経学的診察を基本として、MRIやDATスキャンなどの画像検査、さらに各種運動機能検査や認知機能検査を組み合わせながら総合的な判断を行います。
問診と神経学的診察
問診では、初発症状の出現時期や進行の様子、日常生活での困りごとなど、患者さんやご家族からお話を伺うことが重要です。
神経学的診察では、眼球運動、姿勢保持、歩行状態、筋力、反射などの詳細な観察を通じて、神経系の機能を細かく確認していきます。
画像検査による脳の構造評価
検査名 | 主な観察項目 |
MRI検査 | 中脳被蓋の萎縮、第三脳室の拡大 |
DAT SPECT | 線条体におけるドパミントランスポーターの分布 |
MIBG心筋シンチ | 心臓への取り込み低下の有無 |
画像検査の中でも特にMRI検査では、T1強調画像やT2強調画像を用いて、脳幹部や大脳の形態学的な変化を詳しく観察できます。
中脳被蓋の萎縮度を定量的に評価する際には、独自の計測方法を用いて正確な数値化を行うことで、より客観的な判断材料を得ることが可能です。
運動機能検査と認知機能検査
運動機能に関する検査項目として、以下のような評価を実施します。
- 歩行速度と歩幅の測定
- 立ち上がりテスト
- 姿勢反射検査
- 筋力テスト
- 協調運動検査
- バランス機能評価
血液検査と生理学的検査
検査カテゴリー | 検査項目 |
血液生化学検査 | 甲状腺機能、ビタミンB12、葉酸 |
自律神経機能検査 | 起立性低血圧、発汗機能 |
血液検査では、他の神経疾患との鑑別に必要な項目を確認することで、より正確な診断につながる情報を得られます。
自律神経機能検査においては、血圧変動や体温調節機能など、様々な角度から自律神経系の働きを評価することが大切です。
脳波検査や誘発電位検査などの神経生理学的検査も、補助的な診断ツールとして活用することがあり、認知機能検査では、前頭葉機能や実行機能を中心に、標準化された検査バッテリーを用いて詳細に調べます。
また、嚥下機能検査や言語機能検査なども、患者さんの状態に応じて実施することで、機能評価を行えます。
進行性核上性麻痺(PSP)の治療法と処方薬、治療期間
進行性核上性麻痺(PSP)の治療では、薬物療法とリハビリテーション療法を組み合わせて行い、レボドパ製剤やアマンタジン製剤などの投薬を継続的に実施するとともに、理学療法や作業療法、言語療法などの専門的なリハビリテーションを並行して進めていきます。
薬物療法による治療
神経伝達物質のバランスを整えるための薬物療法では、ドパミン系の機能を補完するレボドパ製剤が中心です。
薬物療は投与開始から2〜3週間程度で初期効果を確認し、その後も継続的な経過観察を行いながら投与量の微調整を行います。
レボドパ製剤による治療では、朝・昼・夕の1日3回に分けて服用することで、安定した血中濃度を維持し、より効果的な治療効果を得られることが多いです。
アマンタジン製剤やその他の補助的な薬剤についても、患者さんの状態に応じて組み合わせを工夫し、より良い治療効果を目指して投与を継続します。
薬剤名 | 投与目的と作用機序 |
レボドパ製剤 | 脳内のドパミン量を増加させ、運動機能の改善を図る |
アマンタジン製剤 | ドパミンの放出を促進し、神経伝達を円滑にする |
抗コリン薬 | 筋固縮の軽減と姿勢の改善を目指す |
リハビリテーション療法
運動機能の維持・改善を目指すリハビリテーション療法には、複数の専門的なアプローチを組み合わせることが標準です。
理学療法士による運動機能訓練では、バランス能力の向上や筋力の維持に焦点を当てた運動プログラムを作成し、継続的な実施を通じて機能の維持を図ることを目標としています。
作業療法では、日常生活における基本的な動作の練習を中心に、実践的なアプローチを行うことで、生活機能の維持・向上を目指した取り組みを行います。
言語聴覚療法においては、嚥下機能と構音機能を行い、安全な経口摂取の継続と明瞭な発話の維持が目標です。
- 理学療法による歩行訓練と姿勢保持の練習
- 作業療法を通じた日常動作の機能維持
- 言語聴覚療法による嚥下機能と発話機能のトレーニング
- 視覚機能に対する特殊な運動療法
- 呼吸器リハビリテーションによる肺機能の維持
治療期間と継続的なケア
治療期間については、症状の進行を考慮しながら長期的な視点で医療的介入を継続することが不可欠です。
定期的な診察を通じて薬物療法の効果を評価し、必要に応じて投与量や投与タイミングの調整を行うことで、より効果的な治療を実現することが目標となります。
理学療法や作業療法では、運動機能の維持を目指して週2〜3回程度の頻度で実施し、言語聴覚療法については、週1〜2回の定期的な訓練を継続することで、より効果的な治療効果を引き出せます。
治療内容 | 実施頻度と期間 |
薬物療法 | 毎日の継続的な服用が基本、効果をみながら用量を調整 |
理学療法 | 週2〜3回の頻度で実施、状態に応じて強度を調整 |
言語療法 | 週1〜2回の定期的な訓練を継続的に実施 |
進行性核上性麻痺(PSP)の治療における副作用やリスク
進行性核上性麻痺(PSP)の治療では、投与する薬剤の種類や量、患者様の体調によって、様々な副作用やリスクが生じます。
L-ドーパ製剤による副作用
副作用の種類 | 発現頻度 |
消化器症状 | 40-60% |
起立性低血圧 | 20-30% |
不随意運動 | 15-25% |
幻覚・妄想 | 10-20% |
L-ドーパ製剤の使用に際しては、消化器系の不調が比較的高頻度で現れることがあり、制吐剤などの併用を検討します。
また、薬剤の血中濃度が上昇することで、不随意運動や精神症状が起きることもあるため、投与量の微調整を行うことが大切です。
抗コリン薬関連の副作用
抗コリン薬の投与によって生じうる副作用については、次のような点に注意が必要です。
- 口腔内乾燥による嚥下困難の増悪
- 排尿障害や便秘の悪化
- 眼圧上昇のリスク
- 認知機能への悪影響
- 体温調節機能の低下
向精神薬使用時のリスク
薬剤カテゴリー | 主な副作用 |
抗不安薬 | 眠気、ふらつき、依存性 |
抗うつ薬 | 食欲不振、口渇、血圧変動 |
向精神薬の使用においては、転倒リスクの増加や認知機能への影響を慎重に考慮しながら投与量を決定していきます。
薬物相互作用による予期せぬ副作用にも十分な注意を払う必要があり、定期的な血液検査によるモニタリングが重要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬物療法にかかる費用
薬物療法における主要な費用は、ドパミン系の薬剤を中心とした処方箋医薬品です。
薬剤名 | 30日分の自己負担額 |
レボドパ配合剤 | 2,500〜4,000円 |
アマンタジン | 1,800〜2,500円 |
抗コリン薬 | 1,500〜2,000円 |
リハビリテーション費用
リハビリテーションでは、複数の専門職による包括的なアプローチを行います。
基本的な医療費の内訳
- 理学療法 1回あたり450〜580円
- 作業療法 1回あたり450〜580円
- 言語聴覚療法 1回あたり450〜580円
- 嚥下機能療法 1回あたり450〜580円
- 運動器リハビリ 1回あたり450〜580円
検査および画像診断費用
定期的な検査や画像診断も治療には欠かせません。
検査項目 | 自己負担額 |
MRI検査 | 4,000〜6,000円 |
血液検査 | 1,000〜1,500円 |
嚥下機能検査 | 2,000〜3,000円 |
以上
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