ライ症候群(Reye’s syndrome)とは、主に子どもに発症する急性脳症です。
この症候群は、インフルエンザなどのウイルス感染後にアスピリンを服用すると、発症のリスクが著しく上昇します。
初期段階では嘔吐や意識の変化などの症状が現れ、病状が進行すると肝臓や脳に重大な障害を起こし、生命を脅かすほどの深刻な状態に陥ります。
早期に正確な診断を行い迅速に対応を取ることが、非常に大切です。
ライ症候群の主な症状
ライ症候群の症状は、急激な脳浮腫と肝機能障害です。
初期症状
ライ症候群の初期段階では嘔吐が起き、この嘔吐はウイルス感染からの回復期に突如として始まり、数時間から数日にわたって続きます。
嘔吐に加えて著しい倦怠感や傾眠傾向が現れ、極度の疲労感を訴えたり、普段よりも長時間眠る傾向を示したりします。
症状は、体内で進行している深刻な代謝異常が原因です。
脳への影響
症状が進行すると脳機能に影響が現れ、患者さんの意識状態や行動に明らかな変化が生じます。
見られる症状は、混乱や錯乱状態、周囲の状況を正確に把握できない、質問に対する応答が不適切、見当識障害(時間や場所、人物の認識が困難になる状態)です。
さらに重症化すると、全身または部分的なけいれんが発生し、最悪の場合昏睡状態に至ります。
神経学的症状は、脳浮腫の進行を反映しており、脳の機能が広範囲に障害されていることで起こります。
症状の段階 | 神経学的症状 | 医学的解釈 |
初期 | 嘔吐、傾眠 | 代謝異常の初期兆候 |
中期 | 混乱、錯乱 | 脳浮腫の進行 |
後期 | けいれん、昏睡 | 重度の脳機能障害 |
肝機能障害
ライ症候群では、肝臓の機能に重大な影響が及ぶことが特徴です。
肝機能障害の結果血中アンモニア濃度が上昇し、脳機能のさらなる悪化をもたらします。
黄疸や出血傾向(皮下出血や鼻出血)が観察され、症状は肝臓が正常に機能していないことを示す重要なサインです。
また、肝臓の腫大により、右上腹部に不快感や痛みを感じる患者さんもおり、肝臓の炎症や腫脹を反映しています。
代謝異常
ライ症候群における代謝異常は身体機能に影響を及ぼし、いろいろな症状を起こします。
現れる症状
- 低血糖:意識レベルの変動や異常行動の原因となる。
- 電解質バランスの乱れ:筋力低下や不整脈を起こす。
- 代謝性アシドーシス(血液の酸性化):呼吸が速くなる代償性過換気や、重症例では心機能低下を起こす。
- 凝固障害:出血傾向が増加し、内出血のリスクが高まる。
代謝異常は、全身の機能不全をさらに悪化させる要因となり、症状の複雑化や重症化につながります。
代謝異常 | 関連する症状や所見 | 潜在的な合併症 |
低血糖 | 意識レベルの低下、発汗 | 脳機能障害の悪化 |
電解質異常 | 不整脈、筋力低下、けいれん | 心臓や神経系の機能不全 |
アシドーシス | 呼吸困難、心機能低下 | 多臓器不全のリスク増加 |
症状の進行と重症度
ライ症候群は初期の嘔吐や倦怠感から、数時間から数日のうちに重篤な神経症状へと発展することがあり、迅速な対応が必須です。
症状の重症度は、脳浮腫の程度と肝機能障害の進行に密接に関連し、全身状態の悪化を起こします。
ライ症候群の原因
ライ症候群の原因は、ウイルス感染後のアスピリン使用と、関連する生体反応の連鎖です。
ライ症候群の原因概要
ライ症候群の発症において最も重要な引き金となるのが、ウイルス感染後のアスピリン摂取です。
ウイルスの感染とアスピリンの組み合わせが体内で生化学的反応を起こし、脳や肝臓に深刻なダメージを与えます。
ウイルス感染とアスピリンの関係性
ライ症候群の発症メカニズムでは、ウイルス感染とアスピリン使用の相互作用が関係していますが、注目すべきなのは、インフルエンザやみずぼうそうに罹患した後にアスピリンを服用すると、発症リスクが劇的に上昇するという点です。
アスピリンに含まれるサリチル酸が、ウイルス感染によってすでに弱っている体内で異常な代謝反応を起こし、ライ症候群の発症につながると考えられています。
ウイルス感染の種類 | リスク度 | 注意すべき期間 |
インフルエンザ | 非常に高 | 感染後2週間 |
みずぼうそう | 高 | 発疹出現後1週間 |
上気道感染 | 中 | 症状出現後5日間 |
胃腸炎 | 中 | 回復期まで |
診察(検査)と診断
ライ症候群の診断は病歴聴取、身体診察、血液検査、画像診断、および肝生検を組み合わせて行います。
病歴聴取と身体診察
ライ症候群の診断では、患者さんやご家族から、症状がいつ頃から始まり、どのように進行したか、最近ウイルス感染がなかったか、どのような薬を使用していたかを、聞き取ります。
特に、アスピリンの使用歴はライ症候群と関連があるため、重要な情報です。
身体診察では意識レベルの評価、神経学的所見の確認、黄疸の有無、肝臓の腫れを調べ、疾患の進行度や重症度を推測します。
診察項目 | 確認ポイント | 臨床的意義 |
意識状態 | 傾眠、混乱、昏睡 | 脳機能障害の程度を反映 |
神経学的所見 | 瞳孔反射、筋緊張 | 脳幹機能や大脳皮質機能の評価 |
肝臓 | 腫大、圧痛 | 肝機能障害の指標 |
皮膚 | 黄疸、出血斑 | 肝機能障害や凝固異常の兆候 |
血液検査
血液検査は、体内で起こっている異常を数値化して評価するための重要な検査です。
検査項目には、肝機能検査(AST、ALT、ビリルビンなどの肝酵素)、血中アンモニア濃度、血糖値、電解質、凝固機能検査が含まれ、検査結果から肝臓の障害度や代謝異常の程度を判断します。
肝酵素の上昇と血中アンモニア濃度の増加は、ライ症候群を示唆する重要な所見となり、診断の決め手になります。
また、血中乳酸値や血清脂質プロファイルの測定も、体内で起こっている代謝異常の評価に役立ち、ライ症候群の特徴的な所見である脂肪酸代謝異常を捉えるのに有用です。
画像診断
画像診断は、脳浮腫の程度や肝臓の状態を視覚的に評価するために実施します。
頭部CTやMRIは脳浮腫の有無や程度を確認でき、脳全体にわたるびまん性の浮腫はライ症候群に特徴的な所見です。
腹部超音波検査や腹部CTは、肝臓の腫大や脂肪変性(肝臓に脂肪が異常に蓄積した状態)の評価に用います。
画像検査 | 評価対象 | 特徴的所見 |
頭部CT/MRI | 脳 | びまん性脳浮腫 |
腹部超音波 | 肝臓 | 肝腫大、エコー輝度上昇 |
腹部CT | 肝臓 | 肝腫大、低吸収域 |
肝生検
肝生検は、肝臓の組織を直接採取して顕微鏡で観察することで、ライ症候群に特徴的な変化を確認できます。
ただし、ライ症候群では凝固障害(出血しやすい状態)を伴うことが多いため、肝生検の実施には注意が必要です。
肝生検では肝細胞の脂肪変性や、ミトコンドリア(細胞内のエネルギー生成を担う小器官)の形態異常を確認し、このような所見はライ症候群に特徴的なものです。
臨床診断と確定診断
ライ症候群の臨床診断は、典型的な症状経過と各種検査所見の組み合わせに基づいて行い、以下の所見が揃えば、ライ症候群の可能性が高いと判断します。
- 急性脳症の症状(持続する嘔吐、意識障害など)
- 肝機能異常(血液検査での肝酵素の上昇)
- 血中アンモニア濃度の上昇
- 画像検査での脳浮腫の所見
- 最近のウイルス感染歴やアスピリン使用歴
診断基準 | 所見 | 診断的意義 |
臨床症状 | 急性脳症 | 中枢神経系の急激な機能低下を示唆 |
血液検査 | 肝酵素上昇、高アンモニア血症 | 肝機能障害と代謝異常の指標 |
画像所見 | びまん性脳浮腫 | 脳の広範囲な浮腫を示す特徴的所見 |
病歴 | ウイルス感染後、アスピリン使用 | 発症の誘因となる背景因子 |
鑑別診断として、先天性代謝異常症や薬物中毒による脳症などを考慮し、代謝スクリーニング検査や薬物検査などの追加の検査も実施することが大切です。
ライ症候群の治療法と処方薬、治療期間
ライ症候群の治療は集中治療室での全身管理と支持療法を基本とし、薬物療法を組み合わせながら行い、治療期間は数週間から数か月を要します。
初期対応と全身管理
ライ症候群と診断された患者さんは直ちに集中治療室(ICU)に入院になり、24時間体制で全身状態をモニタリングします。
この段階では、呼吸機能と循環動態の維持が最優先事項です。
支持療法
ライ症候群の治療の中心は、患者さんの生命維持機能をサポートしながら体の自然な回復を促す支持療法です。
行われる支持療法
- 人工呼吸器を用いた呼吸管理により、体内に十分な酸素を供給
- 輸液療法を通じて水分・電解質バランスを細やかに調整
- 血圧を適切な範囲に保ち、全身の臓器に十分な血液を送る
- 脳圧亢進に対して、脳浮腫を軽減する治療を行う
- 経管栄養などにより、患者さんの栄養状態を最適に保つ
支持療法の種類 | 目的 | 方法 |
呼吸管理 | 十分な酸素供給 | 人工呼吸器の使用 |
輸液療法 | 体液バランスの維持 | 点滴による水分・電解質補給 |
血圧管理 | 適切な血流確保 | 昇圧剤や降圧剤の使用 |
脳圧管理 | 脳の二次的損傷防止 | 頭位挙上、薬物療法 |
薬物療法
ライ症候群の治療過程では、患者さんの症状や全身状態に応じて様々な薬剤を使用します。
薬剤の種類 | 効果 | 使用上の注意点 |
マンニトール | 脳浮腫の軽減 | 電解質バランスの監視が必要 |
利尿薬 | 体内水分量の調整 | 脱水に注意 |
抗けいれん薬 | けいれん発作の予防 | 副作用の観察が重要 |
鎮静薬 | 脳代謝の抑制 | 呼吸抑制に注意 |
治療期間と経過観察
ライ症候群の軽症例では数週間程度で回復の兆しが見られることがあるものの、重症例では数か月以上の長期にわたる入院治療が必要です。
急性期を脱した後も定期的な経過観察を行い、リハビリテーションプログラムを組み込むなど、回復を支援します。
重症度 | 治療期間 | フォローアップの頻度 |
軽症 | 2〜4週間 | 月1回程度 |
中等症 | 1〜3か月 | 2週間に1回程度 |
重症 | 3か月以上 | 週1回以上 |
ライ症候群の治療における副作用やリスク
ライ症候群の治療では、脳浮腫の管理、代謝異常の是正、肝機能のサポートなどを行い、各治療法には特有の副作用やリスクが伴います。
脳浮腫管理に関連するリスク
脳浮腫の管理はライ症候群治療の中心で、患者さんの生命予後に直結する重要な課題です。
浸透圧利尿薬のマンニトールやグリセロールの使用は、体内の電解質バランスの乱れを起こすリスクがあり、低ナトリウム血症や高カリウム血症に注意が必要です。
また、薬剤による過度の利尿作用は体内の脱水を招き、循環する血液量の減少や腎臓の機能障害につながる危険があります。
薬剤 | 副作用 | 対策 |
マンニトール | 電解質異常、脱水 | 頻回の電解質測定、適切な水分補給 |
グリセロール | 溶血(赤血球の破壊)、腎機能障害 | 定期的な血液検査、腎機能モニタリング |
代謝異常是正に伴うリスク
ライ症候群では、血中アンモニア濃度の上昇(高アンモニア血症)が問題となり、L-アルギニンやフェニル酪酸ナトリウムを使用しますが、消化器に対する刺激が強く、吐き気や下痢を起こしやすいです。
特に、フェニル酪酸ナトリウムは高用量で投与すると神経系に対する毒性を示すリスクがあるため、慎重な投与量の調整が必要となります。
また、ライ症候群では低血糖も問題となるためブドウ糖を静脈内投与しますが、急激な血糖上昇を招くことがあります。
肝機能サポートに関するリスク
ライ症候群では肝臓の機能低下するため様々な薬剤や栄養療法を用い、副作用があります。
- 抗酸化剤(ビタミンCやビタミンE)の高用量投与による腎臓での結石形成リスク
- カルニチン(脂肪酸の代謝に必要な物質)補充療法に伴う吐き気や下痢などの消化器症状
- 分岐鎖アミノ酸製剤(特殊なアミノ酸の混合物)投与による電解質バランスの乱れ
- 静脈栄養(点滴による栄養補給)に伴う感染リスクや、脂肪肝などの代謝性合併症
治療法 | 潜在的リスク | モニタリング項目 |
抗酸化療法 | 腎結石、胃腸障害 | 尿検査、消化器症状の観察 |
静脈栄養 | カテーテル感染、脂肪肝 | 血液培養、肝機能検査 |
薬物相互作用のリスク
ライ症候群の治療では複数の薬剤を同時に使用することが多く、それに伴い薬物同士の相互作用のリスクが高まります。
脳浮腫の管理に用いる利尿薬と、電解質バランスを整えるための電解質補正薬を併用すると、体内の電解質濃度が急激に変動するリスクがあります。
また、ライ症候群では肝臓の機能が低下しているため、薬物代謝過程が変化し、一般的な投与量でも予想外の副作用が出やすくなる点に注意が必要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院費用の内訳
ライ症候群の治療では集中治療室(ICU)での管理が必要で、一日あたりの費用は、保険適用後で約3〜5万円です。
入院期間 | 概算費用(保険適用後) |
1週間 | 約20〜35万円 |
1か月 | 約90〜150万円 |
検査・処置費用
ライ症候群の診断と経過観察には、様々な検査が必要です。
主な検査項目と費用
- MRI検査 約2〜3万円
- 脳波検査 約5,000〜8,000円
- 血液検査 約1,000〜3,000円
薬剤費
ライ症候群の治療に使用する薬剤の費用
薬剤名 | 概算費用(1日あたり) |
マンニトール | 約1,000〜2,000円 |
抗けいれん薬 | 約500〜1,500円 |
以上
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