球脊髄性筋萎縮症(BSMA)(spinal and bulbar muscular atrophy)とは、X染色体上のアンドロゲン受容体遺伝子の異常により起こる遺伝性の神経筋疾患です。
40歳前後の男性で発症し、手足の震えや筋力低下が始まり、その後、嚥下障害や構音障害などの球麻痺症状が現れます。
この疾患では、下位運動ニューロンの変性により、四肢の近位筋を中心とした筋萎縮と筋力低下が進行性に生じます。
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)の主な症状
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)は、進行性の筋力低下と筋萎縮が主な症状です。
初期症状と進行パターン
筋力低下は30歳から50歳の間に発症し、緩やかに進行し、初期段階では、階段の昇降時につまずきやすくなることや、重い物を持ち上げる動作に困難を感じることが多くみられます。
症状は、下肢近位筋に始まり、徐々に上肢近位筋へと広がっていき、進行に伴い歩行時のふらつきや姿勢の不安定さが顕著になり、転倒のリスクが高まることが特徴です。
球麻痺症状
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)では球麻痺症状が起こり、嚥下障害や構音障害といった症状が現れ、食事中にむせることが増えたり、話し方が不明瞭になったりします。
また、舌の萎縮や線維束性収縮(ぴくつき)も観察され、球麻痺症状の一部です。
球麻痺症状の分類 | 症状 |
運動機能障害 | 舌の動きの低下、口唇の運動障害、顔面筋の脱力 |
嚥下関連症状 | 飲み込みの困難さ、むせ、誤嚥のリスク増加 |
構音障害 | 発音の不明瞭さ、声量の低下、話しにくさ |
筋力低下の特徴と分布
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)の筋力低下は、四肢近位部、特に肩や腰の周りの筋肉から始まり、進行性に広がっていきます。
部位 | 主な症状と特徴 |
上肢 | 肩関節周囲の筋力低下、腕の挙上困難 |
下肢 | 大腿部の筋力低下、立ち上がり動作の困難さ |
体幹 | 姿勢保持の困難さ、バランスの低下 |
筋力低下は左右対称性に現れることが多く、診断における不可欠な所見です。
自律神経症状と内分泌症状
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)では、筋症状に加えて様々な自律神経症状が見られます。
主な自律神経症状
- 発汗異常による体温調節機能の変化
- 心拍数や血圧の変動
- 排尿障害や便秘などの消化器症状
- 皮膚の血管運動障害
内分泌系にも影響が及び、現れる症状は、女性化乳房や不妊などです。
感覚神経症状
感覚神経症状も見られるものの、運動神経症状と比較すると軽度で、手足の先端部におけるしびれ感や痛み、温度感覚の低下などが報告されています。
感覚神経症状は、振動覚や位置覚といった深部感覚も含めて評価することが大切です。
筋萎縮の分布と特徴
筋萎縮は、筋力低下と同様に四肢近位部から始まることが多いです。
舌の萎縮は球脊髄性筋萎縮症(BSMA)に特徴的な所見で、舌の表面にしわが目立つようになります。
筋萎縮の進行に伴い筋肉の容積が減少し、外見上の変化として認識できるようになり、筋萎縮の程度は、罹患の期間や年齢によって異なりますが、進行性の経過をたどります。
全身症状と二次的な影響
全身の筋力低下は様々な身体機能に影響を及ぼし、呼吸筋の脆弱化により、深い呼吸が困難になったり、息切れを感じやすくなったりします。
また、嚥下機能の低下は、誤嚥性肺炎のリスクを高める要因となることから、十分な注意が必要です。
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)の原因
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)は、X染色体上のアンドロゲン受容体遺伝子の異常により置き、CAGリピートと呼ばれる遺伝子配列の異常な繰り返しが原因です。
遺伝子変異のメカニズム
アンドロゲン受容体遺伝子における異常は、第1エクソン内のCAGリピート配列の過剰な繰り返しによって起こされることが分かっています。
健常者のCAGリピート数は38回以下であるのに対し、BSMAを発症する方では40回以上の繰り返し、CAGリピートの数が多ければ多いほど発症年齢が低いです。
CAGリピート数 | 臨床的意義 |
38回以下 | 正常範囲内、発症なし |
39-40回 | 境界領域、発症の可能性あり |
41回以上 | 疾患の原因となる変異 |
遺伝形式と伝達パターン
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)はX連鎖性劣性遺伝形式をとり、X染色体上に存在する変異遺伝子は男性に影響を及ぼすことから、発症者は男性です。
女性の保因者は無症状であるものの、次世代への遺伝子伝達の可能性があります。
環境因子との相互作用
遺伝子変異が基本的な原因ですが、環境要因も発症時期や進行速度に影響を与えます。
アンドロゲンホルモンのレベルは年齢とともに変動することから、加齢に伴う内分泌環境の変化が発症時期に関与する可能性が考えられています。
細胞特異的な脆弱性
運動ニューロンと球部の神経細胞が特に障害を受けやすい理由について、これらの細胞に特有の生化学的特性が関与していることが分かってきました。
アンドロゲン受容体は運動ニューロンに多く発現することから、これらの細胞が選択的に障害を受けやすい状況にあります。
さらに神経細胞の種類によって、異常タンパク質への対処能力に違いがあることも判明してきました。
診察(検査)と診断
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)の診断には、問診と神経学的診察を基本として、複数の検査による総合的な判断と遺伝子検査による確定診断を行います。
初診時の診察と問診のポイント
診察では、まず患者さんの症状の発症時期や進行の様子についてお聞きします。
BSMAでは、手足のふるえや筋力低下といった症状が40歳前後から現れ始めることが多く、徐々に進行していく経過をたどります。
家族歴の聴取も診断において重要な要素で、特に母方の男性親族における似た症状の有無について、詳しく確認することが必要です。
神経学的診察
診察項目 | 確認のポイント |
筋力検査 | 四肢近位筋の筋力低下、特に上腕や大腿の筋力 |
反射検査 | 腱反射の低下または消失の有無 |
感覚検査 | 振動覚や位置覚の異常の有無 |
歩行観察 | 歩行パターンの異常、ふらつきの程度 |
神経学的診察では筋力検査に時間をかけ、四肢の近位筋、特に上腕や大腿の筋力を中心に調べていきます。
また、舌の萎縮や線維束性収縮の有無、嚥下機能の状態なども観察します。
補助的検査による客観的評価
補助的検査によって、症状の客観的な評価と他の疾患との鑑別を進めていきます。
主な検査項目
- 血液検査 クレアチンキナーゼ(CK)値の測定
- 筋電図検査 神経原性変化の確認
- 画像検査 MRIによる脊髄や筋肉の状態確認
- 嚥下造影検査 嚥下機能の詳細評価
- 呼吸機能検査 呼吸筋への影響の評価
遺伝子検査による確定診断
検査項目 | 特徴と意義 |
遺伝子検査 | アンドロゲン受容体遺伝子のCAGリピート数の確認 |
遺伝カウンセリング | 検査前後の心理的サポートと遺伝的影響の説明 |
家系調査 | 家族内での遺伝的影響の確認と予防的対応 |
遺伝子検査では、X染色体上のアンドロゲン受容体遺伝子におけるCAGリピート数の異常を確認します。
検査を実施する前には、必ず遺伝カウンセリングを行い、検査の意義や結果が持つ意味について十分な説明を行うことが必須です。
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)の治療法と処方薬、治療期間
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)では、リハビリテーション療法を中心とした運動機能の維持・改善と、薬物療法による症状緩和を組み合わせて治療を継続します。
リハビリテーション療法
理学療法士による運動療法は、筋力維持と関節可動域の確保において中心的な役割を担い、個々の患者の体力や筋力に合わせて、ストレッチングや関節可動域訓練を組み入れながら実施していきます。
また、言語聴覚士による嚥下機能訓練も併用することで、誤嚥予防や構音機能の維持に大きな効果をもたらすことが多いです。
運動療法の種類 | 期待される効果 |
有酸素運動 | 心肺機能の維持、全身持久力の向上 |
筋力トレーニング | 残存筋力の維持、筋委縮の進行抑制 |
バランス訓練 | 姿勢保持能力の向上、転倒予防 |
作業療法士による日常生活動作の訓練も大切で、生活の質を維持するための技術を習得できます。
薬物療法による症状コントロール
薬物療法では、アンドロゲン受容体の機能に着目した治療薬を使用し、代表的な治療薬は、アンドロゲン受容体への結合を抑制する働きを持つ5α還元酵素阻害薬です。
投与期間は半年から1年を基本として、効果や副作用をモニタリングしながら調整を行います。
薬剤分類 | 主な作用機序 |
5α還元酵素阻害薬 | アンドロゲン受容体への結合抑制 |
抗アンドロゲン薬 | テストステロンの作用抑制 |
筋弛緩薬 | 筋肉の緊張緩和 |
対症療法として使用する薬剤
- 筋痙攣や筋緊張に対する筋弛緩薬
- 嚥下障害改善のための咽頭機能改善薬
- 疼痛管理のための鎮痛薬
- 自律神経症状に対する自律神経調節薬
補助療法と支持療法
嚥下障害に対する補助療法として、食事形態の工夫や栄養補助食品の活用が有用で、呼吸機能の維持のために、呼吸リハビリテーションや呼吸補助装置の使用を考慮することも必要です。
頸部筋力低下に対しては、頸部装具などの補助具を使用することで、姿勢保持や日常生活動作の改善につながります。
治療期間と投薬スケジュール
投薬スケジュールは、朝夕の2回投与を基本として、症状の変化に応じて用量を調整していく方法が一般的です。
リハビリテーション療法は週2〜3回の頻度で実施し、自宅での自主トレーニングと組み合わせて継続します。
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)の治療における副作用やリスク
球脊髄性筋萎縮症(BSMA)の治療では、使用する薬剤や実施する医療処置によって様々な副作用やリスクが生じます。
薬物療法における副作用
抗アンドロゲン薬による治療では、男性ホルモンを抑制することによる特徴的な副作用があります。
副作用の種類 | 発現頻度と特徴 |
女性化乳房 | 約30%の患者で認められ、投与開始後3ヶ月以内に出現 |
性機能低下 | 約25%で発現し、投与量に依存して増加 |
骨密度低下 | 長期投与で10-15%に発現、骨折リスクが上昇 |
貧血 | 約20%で認められ、徐々に進行する傾向 |
副作用は投与量や期間によって発現リスクが変化するため、定期的な血液検査やホルモン値のモニタリングが大切です。
骨密度低下については定期的な骨密度測定を行い、ビタミンDやカルシウム製剤の併用を検討し、また、貧血の進行を防ぐため、鉄分補給やエリスロポエチン製剤の使用を考慮します。
リハビリテーションに伴うリスク
運動療法やリハビリテーションを行う際には、以下のようなリスクに注意が必要です。
- 過度な運動による筋力低下の加速
- 関節可動域訓練時の筋・腱損傷
- 呼吸リハビリテーション時の誤嚥
- バランス訓練時の転倒
- 疲労の蓄積による全身状態の悪化
嚥下障害に対する介入のリスク
介入方法 | 想定されるリスク |
嚥下訓練 | 誤嚥性肺炎、窒息 |
食事形態調整 | 栄養不足、脱水 |
経管栄養 | 局所感染、出血 |
胃瘻造設 | 術後感染、腹膜炎 |
嚥下機能の低下に対する介入では、誤嚥性肺炎のリスクが高くなることから、経管栄養や胃瘻造設などの処置を行う際には、事前に十分な感染対策を講じ、術後の管理を徹底することが重要です。
また、栄養状態の維持と脱水予防のため、必要な栄養素や水分量を確実に確保できるよう、摂取方法を工夫していきます。
呼吸管理におけるリスク
呼吸筋力の低下に対する人工呼吸器の使用では、様々な合併症が起こることがあります。
人工呼吸器関連肺炎の予防には、加温加湿管理と定期的な回路交換が欠かせません。
また、長期の人工呼吸器使用では、気道粘膜の損傷や気管支炎などの合併症に気を付けることが大切です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
基本的な医療費の内訳
薬物療法における主要な治療薬の費用は、1ヶ月あたり2万円から3万円です。
薬剤名 | 30日分の費用(3割負担) |
5α還元酵素阻害薬 | 8,000円 |
抗アンドロゲン薬 | 12,000円 |
筋弛緩薬 | 5,000円 |
リハビリテーションの費用
- 理学療法 1回 3,000円
- 作業療法 1回 3,000円
- 言語聴覚療法 1回 2,800円
検査関連の費用
定期的な検査費用には、血液検査や画像診断が含まれます。
検査項目 | 費用(3割負担) |
血液生化学検査 | 2,400円 |
筋電図検査 | 4,500円 |
MRI検査 | 15,000円 |
医療機器・補助具の費用
頸部装具などの補助具は1万円から3万円程度、呼吸補助装置は、機種により10万円から30万円です。
以上
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