脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)(spinal cord infarction)とは、脊髄を栄養する動脈が何らかの原因で詰まったり、狭くなったりすることで、脊髄の神経組織に酸素や栄養が十分に行き渡らなくなり、神経細胞が障害を受ける疾患です。
この病気は、脳卒中と同様のメカニズムで発症しますが、脊髄という特殊な場所で起こるため、手足の麻痺や感覚障害、膀胱直腸障害など、発症部位より下方の体に症状が現れます。
発症の原因として、動脈硬化、血栓症、大動脈疾患、外傷、感染症などが挙げられ、特に高血圧や糖尿病、心臓病などの基礎疾患がある方は発症リスクが高いです。
脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)の主な症状
脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)では、突発的な激痛とともに両側性の運動麻痺や感覚障害が現れ、膀胱直腸障害を伴います。
発症初期における特徴的な症状
脊髄梗塞の発症時において、患者さmmの多くは突如として激しい背部痛や頸部痛が起き、痛みは神経根に沿って放散することが多いです。
急性期の痛みは、脊髄への血流が突然途絶えることによって起き、数時間から24時間程度持続します。
運動機能における障害の特徴
障害部位 | 主な症状の特徴 |
上肢 | 筋力低下や筋緊張の変化が出現し、手指の巧緻運動に影響が及ぶことがある |
下肢 | 対称性の弛緩性麻痺が生じ、深部腱反射の低下や消失を伴う |
運動障害の進行は急速であり、数時間のうちに麻痺に至り、下肢における運動障害は両側性に現れ、歩行機能に重大な影響を及します。
運動機能の障害は、前脊髄動脈の血流障害によって脊髄前角の運動ニューロンが障害されることに起因しており、不可欠な評価項目です。
感覚機能障害の様相
感覚障害は病変部位より下位に現れ、温痛覚障害が顕著となる一方で、触覚や位置覚は比較的保たれることが多いです。
主な感覚障害
- 温痛覚障害が両側性に出現し、障害部位以下のレベルで見られる
- 深部感覚(位置覚、振動覚)は比較的保たれる
- しびれ感や異常感覚が出現することがある
- 感覚レベルが明確に判別できることが多い
- 病変の範囲によって感覚障害の程度に差が生じる
自律神経系の機能不全
障害される機能 | 症状 |
排尿機能 | 尿閉や排尿困難が生じ、残尿感を伴う |
排便機能 | 便秘や排便困難が出現し、便意が低下 |
自律神経系の症状として、膀胱直腸障害は患者さんの生理的機能に大きな影響を与え、尿意を感じにくくなったり、排尿時に力みづらくなったりするなど、複雑な症状を呈します。
また、排便機能においても同様の障害が認められ、便秘傾向や便意の低下など、複数の症状が組み合わさって現れます。
自律神経症状は、脊髄の中間質外側核や副交感神経核の障害によって引き起こされるものであり、症状の重症度は病変の範囲や程度によって変動することが多いです。
脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)の原因
脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)は、脊髄を養う血管である前脊髄動脈やその分枝が血栓や塞栓により閉塞することで、脊髄組織への血流が途絶え、神経細胞が壊死することが原因です。
発症のメカニズムと血管構造
脊髄への血液供給は、前脊髄動脈と後脊髄動脈という主要な動脈によって行われています。
特に、前脊髄動脈は脊髄前方の約3分の2の領域に栄養を供給する重要な血管であるため、この血管の閉塞は広範な神経障害を起こします。
血管名 | 主な特徴と役割 |
前脊髄動脈 | 脊髄前方の約3分の2の領域に血液を供給し、運動機能に関わる神経組織を養う |
後脊髄動脈 | 脊髄後方の約3分の1の領域に血液を供給し、感覚機能に関わる神経組織を養う |
直接的な原因
血管の閉塞や狭窄をもたらす直接的な原因は、動脈硬化性変化による血栓形成、心臓からの塞栓、大動脈解離や大動脈瘤手術後の合併症、外傷性の血管損傷、炎症性血管炎などです。
高齢者では、動脈硬化性変化が基盤となって発症することが多く、高血圧症や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病が関係しています。
基礎疾患と危険因子
以下の基礎疾患や状態は、脊髄梗塞の発症リスクを高めることが知られています。
- 心房細動などの不整脈による心原性塞栓症
- 大動脈疾患(解離、動脈瘤、粥状硬化など)
- 凝固異常を伴う血液疾患
- 膠原病による血管炎
- 感染性心内膜炎
リスク要因 | 発症への影響 |
加齢 | 血管壁の弾性低下と動脈硬化の進行を促進する |
高血圧 | 血管内皮障害と動脈硬化を加速させる |
糖尿病 | 微小血管障害と血液粘稠度の上昇をもたらす |
喫煙 | 血管内皮機能障害と血栓形成を促進する |
環境因子と誘発要因
日常の環境因子や身体活動も、脊髄梗塞の発症に関与することが明らかになっており、長時間の同一姿勢保持や急激な体位変換、過度な頸部の伸展や回旋などの物理的要因が血流動態に影響を与えることがあります。
さらに、脊椎の変形や椎間板ヘルニアなどの脊椎疾患があると、圧迫や牽引により血流が低下することで、脊髄梗塞のリスクが上昇します。
スポーツ活動や事故による外傷、手術などの医療行為に伴う血管損傷も、脊髄梗塞を引き起こす要因です。
また、感染症や炎症性疾患による血管炎、自己免疫疾患に伴う血管病変なども、脊髄梗塞の原因になります。
診察(検査)と診断
脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)の診断では、神経学的診察を基盤として、MRI検査による画像診断や髄液検査などの複数の検査手法を組み合わせます。
神経学的診察の実施手順
神経学的診察では両側の筋力テストを実施することで、各髄節の運動機能の左右差や障害の程度について観察を行いながら、障害部位の診断を進めます。
実施項目 | 診察内容 |
徒手筋力テスト | 上肢及び下肢の各筋群における筋力を5段階で判定し、左右差の有無を確認 |
深部腱反射検査 | 上腕二頭筋、上腕三頭筋、膝蓋腱、アキレス腱などの反射を確認 |
神経学的診察は、温痛覚や触覚、深部感覚などについても検査をすることが大切です。
画像診断による病変の確認
MRI検査は脊髄梗塞の診断において中心的な役割を担う画像診断法で、T2強調画像やDWI(拡散強調画像)を用いることで、脊髄内部の異常信号をより鮮明に捉えられます。
撮像法 | 画像所見の特徴 |
T2強調画像 | 病変部位が高信号を示し、脊髄の浮腫性変化を確認できます |
DWI | 急性期の梗塞巣を高信号として捉えることが多く見られます |
MRIによる画像診断では、脊髄の前方に位置する前脊髄動脈の支配領域に一致した信号変化の有無を観察することが必要です。
髄液検査による補助診断
診断の補助として重要な情報になる髄液検査における確認項目は、次の通りです。
- 髄液細胞数の測定により炎症性疾患との鑑別
- 蛋白定量により血液脊髄関門の機能状態を評価
- 糖定量により代謝状態の変化を確認
- 髄液圧の測定により頭蓋内圧の状態を把握
- ミエリン塩基性蛋白の測定により髄鞘障害の程度を推定
電気生理学的検査の実施
体性感覚誘発電位検査(SEP)や運動誘発電位検査(MEP)などの電気生理学的検査は、脊髄の機能的な障害を評価する手法です。
SEP検査では、末梢神経を電気刺激した際の大脳皮質感覚野における誘発電位を記録することにより、感覚伝導路の機能状態を分析できます。
また、MEP検査は、経頭蓋磁気刺激法を用いて運動野を刺激し、反応を末梢の筋肉から記録することで、錐体路系の機能を評価することが可能です。
脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)の治療法と処方薬、治療期間
脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)の治療では、血栓溶解療法や抗凝固療法による急性期治療を行い、その後はリハビリテーションと薬物療法を組み合わせた治療を継続します。
急性期の治療戦略
発症早期の血栓溶解療法では、アルテプラーゼという血栓溶解薬を静脈内投与することで、閉塞した血管の再開通を行います。
治療薬 | 投与方法と期待される効果 |
アルテプラーゼ | 静脈内投与、血栓溶解による血流再開 |
ヘパリン | 持続点滴、血栓の進展予防 |
エダラボン | 点滴静注、フリーラジカル消去による神経保護 |
急性期における抗凝固療法では、ヘパリンの持続点滴により血栓の進展を防止し、同時にエダラボンを投与することで虚血に伴う酸化ストレスから神経細胞を保護する治療を実施します。
回復期の薬物療法
回復期に移行すると、抗血小板薬や抗凝固薬による再発予防治療を開始し、神経保護薬や循環改善薬を併用しながら、長期的な機能回復を目指した治療を継続することが重要です。
回復期における治療薬
- クロピドグレルやアスピリンなどの抗血小板薬による血栓予防
- シロスタゾールによる血管拡張と血流改善
- シチコリンやメコバラミンによる神経再生促進
- プロスタグランジンE1製剤による微小循環改善
投与期間 | 治療内容と使用薬剤 |
急性期(〜2週間) | 血栓溶解薬、抗凝固薬、神経保護薬の点滴治療 |
回復期(2週間〜3か月) | 抗血小板薬、循環改善薬の内服治療 |
維持期(3か月〜) | 再発予防薬の継続投与 |
リハビリテーション医療
急性期から回復期にかけて、理学療法や作業療法を段階的に進めていく中で、筋緊張を緩和させるバクロフェンやダントロレンなどの筋弛緩薬を使用し、スムーズな運動機能の回復を促進します。
また、神経因性疼痛に対してはプレガバリンやガバペンチンなどの鎮痛薬を使用し、リハビリテーションの継続に支障をきたさないよう疼痛管理を行いながら、機能回復訓練を進めることが大切です。
脊髄梗塞(前脊髄動脈症候群)の治療における副作用やリスク
脊髄梗塞の治療では、抗凝固薬や血栓溶解薬などの投薬による出血性合併症のリスクや、ステロイド薬による免疫機能低下、また各種薬剤の相互作用による副作用があります。
抗凝固療法に関連する副作用とリスク
抗凝固薬による治療においては、出血性の合併症が最も慎重な経過観察を要する副作用で、特に消化管出血や頭蓋内出血などの重篤な出血性合併症に細心の注意が必要です。
ワルファリンを使用する際には、血液凝固能の指標(PT-INR値)を定期的にモニタリングしながら用量調整を行いますが、時として急激な変動が生じることがあります。
抗凝固薬 | 主な副作用とリスク |
ワルファリン | 消化管出血、頭蓋内出血、皮下出血、月経過多 |
ヘパリン | 出血傾向、血小板減少症、アレルギー反応 |
直接経口抗凝固薬(DOAC)も、様々な出血性合併症のリスクがあるので、肝機能や腎機能の状態を観察しながら、慎重な投与量の調整が欠かせません。
血栓溶解療法における注意点
血栓溶解薬投与中は、脳出血や消化管出血などの重大な出血性合併症に加え、アレルギー反応や血圧低下などが生じることがあります。
特にrt-PA製剤の投与においては、投与後24時間以内の出血性合併症の発現リスクが高まることから、バイタルサインの継続的なモニタリングが重要です。
血栓溶解療法実施時の副作用とリスク
- 頭蓋内出血や消化管出血などの重篤な出血性合併症
- アナフィラキシーショックを含むアレルギー反応
- 再灌流障害による神経症状の一時的な悪化
- 血圧低下や不整脈などの循環器系の合併症
- 発熱や悪心・嘔吐などの全身症状
ステロイド療法に伴うリスク管理
ステロイド薬の副作用 | 具体的な症状と影響 |
感染症リスク | 細菌感染、真菌感染、ウイルス感染の増加 |
代謝性変化 | 高血糖、電解質異常、骨粗鬆症の進行 |
ステロイド薬の投与では、免疫機能の抑制に伴う感染症リスクの上昇や、血糖値の上昇、電解質バランスの乱れなどに対するモニタリングが大切です。
長期的なステロイド投与は、骨粗鬆症の進行や筋力低下、また皮膚の脆弱化など、全身性の副作用のリスクがあります。
リハビリテーション実施時の留意点
リハビリテーションでは、過度な負荷による神経症状の悪化や、循環動態の変動に伴う血圧変動などに注意を払う必要があります。
特に、急性期のリハビリテーションは、血圧の急激な変動や不整脈の出現などの循環器系の合併症リスクが高いです。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
急性期治療における費用
急性期治療では、血栓溶解療法や抗凝固療法などの薬物治療に加え、24時間体制の医療管理が必要です。
治療内容 | 3割負担での概算費用 |
血栓溶解療法 | 15-20万円 |
MRI検査 | 3-5万円 |
入院費(1週間) | 10-15万円 |
回復期における費用
以下の項目が回復期の主な医療費となります。
- 入院リハビリテーション(1日あたり3,000-5,000円)
- 理学療法・作業療法(1回あたり2,000-3,000円)
- 薬物療法(月額2-3万円)
- リハビリ用装具(5-10万円)
リハビリ内容 | 3割負担での概算費用 |
理学療法(20分) | 2,000円 |
作業療法(20分) | 2,000円 |
言語聴覚療法 | 2,000円 |
以上
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