亜急性小脳変性症(subacute cerebellar degeneration)とは、悪性腫瘍に関連して発生する傍腫瘍性神経症候群(がんに伴う神経系の異常)の一種です。
この疾患では、小脳(運動の調節を担う脳の部位)の機能が数週間から数か月かけて徐々に低下します。
主な症状は、歩行時のふらつき、手足の動きのぎこちなさ、話し方の変化などです。
亜急性小脳変性症の主な症状
亜急性小脳変性症は、小脳の機能障害によって起きる多様な症状を特徴とする神経疾患です。
進行性の運動障害
亜急性小脳変性症で最もよく見られるのは、進行性の運動障害で、数週間から数か月の短期間で悪化します。
初期段階では、歩行時の失調や四肢の協調運動障害が現れます。
平衡感覚の喪失
小脳は体の平衡を制御する中枢であるため、機能の低下により重度の平衡障害が生じます。
起立時でも姿勢が不安定となり転倒リスクが上昇し、暗所や不整地で顕在化する症状です。
言語障害と眼球運動の異常
亜急性小脳変性症では、言語機能と眼球運動にも障害が及びます。
症状 | 特徴 |
構音障害 | 発音の不明瞭化 |
断綴性構音 | 発話の断続性 |
眼振 | 不随意的眼球運動 |
言語機能と眼球運動の障害により、言語的コミュニケーションや視覚情報処理に障害が生じ、会話や読書などの認知活動に困難が出ます。
筋力低下と筋緊張の変化
亜急性小脳変性症の進行に伴い生じるのが、筋力低下や筋緊張の変化です。
- 四肢の筋力低下
- 筋緊張低下(筋弛緩)
- 反射異常(深部腱反射の亢進または減弱)
筋力低下は下肢に主に現れ、歩行や起立保持をより難しくします。
自律神経症状
小脳の機能障害は、自律神経系にも影響を及ぼします。
自律神経の影響から出る症状
症状 | 詳細 |
排尿障害 | 頻尿や尿失禁 |
発汗異常 | 発汗過多または発汗減少 |
血圧変動 | 起立性低血圧など |
亜急性小脳変性症の原因
亜急性小脳変性症の原因は、自己免疫反応による小脳神経細胞の損傷や、悪性腫瘍に伴う傍腫瘍性症候群です。
免疫系の異常と小脳の変性
亜急性小脳変性症の発症の原因の一つは、免疫系の異常です。
自己免疫反応により体が誤って小脳の神経細胞を攻撃してしまい、小脳の構造や機能が徐々に損なわれていきます。
免疫系異常の要因
要因 | 影響 |
遺伝的素因 | 免疫系の過剰反応を誘発 |
環境因子 | 自己抗体の産生を促進 |
悪性腫瘍との関連性
亜急性小脳変性症は、悪性腫瘍と関連して発症することがあります。
これは傍腫瘍性症候群(腫瘍に関連して神経系に障害が生じる状態)と呼ばれる現象の一種です。
腫瘍細胞が産生する物質が間接的に小脳に影響を与え、また、腫瘍に対する免疫反応が、小脳の神経細胞も巻き込むこともあります。
関連している腫瘍
- 肺小細胞癌
- 乳癌
- 卵巣癌
- ホジキンリンパ腫
自己抗体の役割
自己抗体(体内の正常な組織や細胞を攻撃する抗体)も、亜急性小脳変性症の発症メカニズムに関わっています。
自己抗体は、小脳の特定のタンパク質や受容体が標的とし、神経細胞の機能障害や細胞死を起こします。
自己抗体 | 標的 |
抗Yo抗体 | プルキンエ細胞(小脳の主要な神経細胞) |
抗Hu抗体 | 神経細胞核 |
抗Ri抗体 | 中枢神経系 |
その他の要因
亜急性小脳変性症の原因はにもあり、ウイルス感染後に発症するケースもあります。
特定の薬物や毒素への曝露、栄養障害や代謝異常も、発症リスクを高める要因です。
- アルコールの過剰摂取
- ビタミンE欠乏
- 甲状腺機能異常
- 自己免疫疾患の既往歴
遺伝的要因の影響
遺伝的な要因も、亜急性小脳変性症の発症に関与します。
特定の遺伝子変異が免疫系の異常を起し、また、家族性の症例も報告されていますが、頻度は低いです。
遺伝子 | 関連する症状 |
PRKCG | 運動失調(体の動きをコントロールする能力の低下) |
CACNA1A | 小脳萎縮 |
ITPR1 | バランス障害 |
診察(検査)と診断
亜急性小脳変性症の診断は、病歴聴取、神経学的診察、各種検査を組み合わせて行います。
初期評価と病歴聴取
亜急性小脳変性症の問診では、症状がいつ頃から始まったか、どのように進行してきたか、日常生活にどのような影響があるかなどを聞き取ります。
ご家族と患者さんの病歴、職業、生活習慣なども大切な情報です。
神経学的診察
病歴聴取に続いて神経学的診察を行い、以下のような項目を調べます。
- 歩行と姿勢の安定性
- 四肢の協調運動
- 眼球運動と視覚機能
- 話し方と嚥下機能
- 筋力と筋緊張
検査結果は、小脳の働きがどの程度影響を受けているかを判断する重要な手がかりです。
検査項目 | 評価内容 |
ロンベルグ試験 | 目を閉じた時の立ち方の安定性 |
指鼻試験 | 腕の動きの正確さ |
踵膝試験 | 足の動きの正確さ |
画像診断
神経学的診察の後は、画像診断が必須です。
行われる画像検査
検査名 | 目的 |
MRI(磁気共鳴画像法) | 小脳の萎縮(縮み)の評価 |
CT(コンピュータ断層撮影) | 急に起こる出血がないかの確認 |
SPECT(単一光子放射断層撮影) | 小脳の血流の評価 |
MRIは小脳がどの程度縮んでいるか、どの部分が影響を受けているかを調べられます。
血液検査と髄液検査
亜急性小脳変性症の診断には、血液検査と髄液検査も必要です。
検査の目的
- 腫瘍マーカーの検出
- 自己抗体の有無の確認
- ビタミン欠乏症の評価
- 感染症がないかの確認
特に、抗Yo抗体や抗Hu抗体などの、腫瘍に関連した神経の症状を起こす抗体の検出は、診断上とても大切です。
髄液検査では、タンパク質の濃度や細胞の数、特殊なタンパク質の存在を調べます。
電気生理学的検査
電気生理学的検査も、補助的な診断方法として使われます。
- 脳波検査
- 誘発電位検査
- 筋電図検査
検査は神経系の働きの異常を評価し、他の神経の疾患との鑑別に役立ち、体性感覚誘発電位検査は、小脳が原因の運動のぎこちなさを評価するのに有用です。
亜急性小脳変性症の治療法と処方薬、治療期間
亜急性小脳変性症の治療は免疫抑制療法を中心とし、ステロイド薬や免疫グロブリン療法を用いて、数週間から数ヶ月行います。
免疫抑制療法
亜急性小脳変性症の治療では、免疫抑制療法が中心です。
免疫抑制療法は過剰な免疫反応を抑え、小脳の損傷を最小限に抑える働きがあり、症状の進行を遅らせ、機能回復を促進する効果が期待できます。
治療法 | 効果 |
ステロイド療法 | 炎症抑制 |
免疫グロブリン療法 | 自己抗体(体内の正常な組織を攻撃する抗体)の中和 |
ステロイド薬による治療
ステロイド薬は、亜急性小脳変性症の治療において第一選択肢となることが多いです。
高用量のメチルプレドニゾロン(強力な抗炎症作用を持つ)を静脈内に投与するパルス療法から始め、その後経口プレドニゾンに切り替え、徐々に量を減らしていきます。
ステロイド療法の典型的な流れ
- 高用量メチルプレドニゾロン静脈内投与(3〜5日間)
- 経口プレドニゾンへの切り替え
- 数週間から数ヶ月かけての段階的な減量
免疫グロブリン療法
免疫グロブリン療法はステロイド療法と一緒にまたは単独で使用し、体内の自己抗体を無効化し、免疫系の異常を調整する効果があります。
5日間連続で静脈内に投与し、その後は症状に応じて定期的に投与を続けます。
投与方法 | 投与期間 |
初回治療 | 5日間連続 |
維持療法 | 3〜4週間ごと |
その他の免疫抑制剤
ステロイド薬や免疫グロブリン療法の効果が十分でない場合、他の免疫抑制剤の使用を検討します。
長期的な免疫抑制効果が期待できる、シクロフォスファミドやアザチオプリンなどが選択肢です。
代表的な免疫抑制剤
- シクロフォスファミド
- アザチオプリン
- ミコフェノール酸モフェチル
- リツキシマブ
対症療法の併用
免疫抑制療法と並行して、患者さんの症状に応じた対症療法も大切です。
めまいや嘔吐に対しては制吐剤を使用し、ふらつきや歩行障害に対してはリハビリテーションを実施します。
治療期間と経過観察
亜急性小脳変性症の治療期間は数週間から数ヶ月ですが、長期にわたる場合もあります。
治療中は定期的な神経学的診察や画像検査を行い、治療効果を評価します。
評価項目 | 頻度 |
神経学的診察 | 2〜4週間ごと |
MRI検査(磁気共鳴画像法) | 3〜6ヶ月ごと |
亜急性小脳変性症の治療における副作用やリスク
亜急性小脳変性症の治療は免疫抑制療法や対症療法が中心となりますが、さまざまな副作用やリスクがあります。
免疫抑制療法の副作用
免疫抑制療法は亜急性小脳変性症の主要な治療法で、免疫機能の低下に関連する副作用が起こります。
主な副作用
- 感染症にかかりやすくなる
- 骨粗鬆症(骨がもろくなる病気)
- 胃腸の問題(胃潰瘍、吐き気、嘔吐)
- 皮膚の変化(にきび、体毛が増える)
薬剤 | 副作用 |
ステロイド | 骨がもろくなる、糖尿病、高血圧 |
免疫抑制剤 | 感染症にかかりやすくなる、肝臓の働きが悪くなる |
血漿交換療法のリスク
血漿交換療法(血液の一部を入れ替える治療)には、いくつかのリスクがあります。
- 血圧が下がる
- アレルギー反応
- 感染症
- 出血しやすくなる
治療中や治療後は、注意深く状態を観察することが大切です。
対症療法の副作用
対症療法は症状を和らげることを目的としていますが、使う薬によってさまざまな副作用が出ます。
対症療法 | 副作用 |
めまいを抑える薬 | 眠くなる、口が渇く |
筋肉の緊張をほぐす薬 | 筋力が低下する、眠くなる |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院治療にかかる費用
入院治療が必要な場合、1日あたりの自己負担額は約3,000円から10,000円です。
入院期間 | 概算費用 |
2週間 | 4万2千円〜14万円 |
1ヶ月 | 9万円〜30万円 |
外来治療の費用
外来での継続的な治療には、診察料や薬剤費が含まれます。
治療内容 | 概算費用(1回あたり) |
免疫グロブリン療法 | 2万円〜5万円 |
ステロイド療法 | 5千円〜1万5千円 |
リハビリテーション費用
症状改善のためのリハビリテーションも重要な治療の一環です。
1回あたりの自己負担額は約500円から1,500円で、週に2〜3回程度実施します。
以上
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