側頭葉てんかん(temporal lobe epilepsy)とは、脳の側頭葉(聴覚や記憶、感情などを司る部位)に異常な電気活動が生じることで起きる神経疾患です。
意識の変容や奇妙な感覚、自動症(意識がもうろうとした状態で、無意識に反復的な動作をする症状)が現れます。
発作は数秒から数分間続き、既視感(初めて体験することなのに、以前に経験したような感覚)や聴覚や嗅覚の幻覚を伴うこともあります。
側頭葉てんかんの主な症状
側頭葉てんかんはの症状は、意識の変容や自動症などの、多様な感覚症状や運動症状起こします。
意識の変化と自動症
側頭葉てんかんの発作では、意識の変化が顕著です。
患者さんは周囲の状況を正確に把握することが困難になり、周囲からの呼びかけに対する反応が鈍くなります。
さらに、意識が朦朧とした状態で、目的を持たない動作を繰り返す自動症が現れることも珍しくありません。
このような症状は、数秒から数分間持続します。
感覚症状
側頭葉てんかんでは、いろいろな感覚症状も見られます。
感覚の種類 | 症状 |
嗅覚 | 実際にない匂いを感じる |
味覚 | 金属のような味がする |
聴覚 | 耳鳴りや異音を聞く |
感覚の異常は、発作の前兆として現れることが多いです。
また、過去の記憶が突如として蘇るような既視感(デジャヴ)や、現実感が失われるような離人感も現れます。
運動症状
側頭葉てんかんでは、意思とは無関係に起こる不随意運動が頻繁に観察されます。
- 口や顔の動き(食べるような動作、舐めるような動作)
- 手の反復運動(物をつまむような動き、何かをつかむような動き)
- 体全体の揺れや、目的もなく歩き回るような動き
運動症状は患者さんの意識が朦朧とした状態で起こることが多く、患者さん自身は動作をしていることに気づいていないこともあり、周囲の人が異変に気づくことも少なくありません。
二次性全般化発作
側頭葉てんかんの一部の患者さんでは、最初は脳の一部で起こっていた局所発作が脳全体に広がり、二次性全般化発作(全身けいれん発作)に移行することがあります。
症状 | 特徴 |
強直間代発作 | 全身の筋肉が硬直し、その後激しく痙攣する |
意識消失 | 発作中は完全に意識を失い、周囲の状況を覚えない |
転倒のリスク | 突然の意識消失により、転倒や外傷の危険がある |
二次性全般化発作は、側頭葉てんかんの中でも重症度が高い症状です。
側頭葉てんかんの原因
側頭葉てんかんは、脳の側頭葉(聴覚や記憶、感情などを司る部位)における異常な電気活動が原因です。
側頭葉てんかんの多様な原因
遺伝的要因、脳の構造的異常、外傷、感染症など、複数の因子が単独または複合的に作用して側頭葉てんかんの発症に至ります。
いろいろな要因が脳内の神経細胞のバランスを崩し、異常な電気活動を起こすことで、てんかん発作が生じる仕組みです。
遺伝的要因の影響
遺伝的要因は、側頭葉てんかんの発症リスクを高める重要な要素の一つです。
特定の遺伝子変異が、神経細胞の電気的な活動を制御するタンパク質の構造や機能に変化をもたらし、脳の興奮性を高めます。
遺伝子 | 関連する機能 |
SCN1A | ナトリウムチャネル(神経細胞の電気信号伝達に関与) |
LGI1 | シナプス形成(神経細胞間の情報伝達部位の形成に関与) |
DEPDC5 | mTOR経路制御(細胞の成長や代謝を制御する経路に関与) |
ただし、遺伝的要因があるからといって、必ずしも発症するわけではありません。
環境要因との相互作用も発症の有無に大きく関わり、ストレスや睡眠不足、アルコール摂取などの生活習慣が、遺伝的な素因を持つ人のてんかん発作のリスクを高めます。
脳の構造的異常と側頭葉てんかん
脳の構造的異常も、側頭葉てんかんの発症原因となり得ます。
海馬硬化症は、側頭葉てんかんと密接に関連する代表的な構造的異常です。
海馬(記憶や空間認識に重要な役割を果たす脳の一部)の神経細胞が減少し、グリア細胞(神経細胞をサポートする細胞)が増加することで、正常な神経回路のバランスが崩れ、てんかん発作が誘発されやすくなります。
この過程では、神経細胞の過剰な興奮や、神経回路の再編成が起こり、異常な電気活動が生じやすくなるのです。
他にも、脳腫瘍や皮質形成異常(脳の表面構造の異常)などの構造的問題が、側頭葉てんかんの原因となることがあります。
外傷や感染症による影響
頭部外傷や脳の感染症も、側頭葉てんかんの発症リスクを高める要因です。
- 頭部外傷:脳震盪(のうしんとう)や脳挫傷など、頭部に強い衝撃を受けることで生じる損傷
- 感染症:脳炎、髄膜炎など、脳やその周囲の組織に炎症が生じる疾患
- 血管障害:脳卒中、動静脈奇形など、脳の血管に関連する異常
損傷や炎症は、神経細胞の機能不全や神経回路の再構築を促し、てんかん発作の閾値(いきち)を下げると考えられています。
要因 | 影響メカニズム |
外傷 | 神経細胞損傷、瘢痕(はんこん)形成による異常な電気活動の誘発 |
感染症 | 炎症、神経細胞死による脳内環境の変化 |
血管障害 | 虚血(きょけつ)、出血による神経細胞への酸素・栄養供給の障害 |
脳の生化学的変化と側頭葉てんかん
神経伝達物質のバランス異常も、側頭葉てんかんの発症に関与します。
関係があるのは、興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸と、抑制性神経伝達物質であるGABA(ガンマアミノ酪酸)のバランスの崩れです。
バランスの崩れは、神経細胞間の信号伝達を過剰に促進したり抑制することで、脳全体の活動パターンに影響を与え、てんかん発作のリスクを高めます。
また、イオンチャネル(細胞膜に存在する、イオンの出入りを制御するタンパク質)の機能異常も、神経細胞の興奮性に影響を与え、てんかん発作のリスクを高める要因です。
生化学的変化は、遺伝的要因や環境要因によって起きることがあります。
神経伝達物質 | 作用 | てんかんとの関連 |
グルタミン酸 | 興奮性 | 過剰分泌で過興奮 |
GABA | 抑制性 | 不足で興奮抑制低下 |
セロトニン | 調節性 | バランス異常で発作閾値変化 |
診察(検査)と診断
側頭葉てんかんの診断は、患者さんからの聞き取りと神経学的検査を基本とし、脳波検査やMRI等の画像診断を組み合わせて進められます。
問診と神経学的検査
側頭葉てんかんの問診で、患者さんから発作の様子や起こる頻度、どのくらい続くかなどの情報を聴き取ります。
加えて、家族や発作を目撃した方からの情報も診断の手がかりです。
神経学的検査では意識がはっきりしているか、反射はどうか、体の動きや感覚に問題はないかなどをチェックします。
脳波検査
脳波検査は側頭葉てんかんの診断において欠かせない重要な検査方法です。
検査の種類 | 特徴 |
通常脳波 | 20〜30分程度の短時間で記録を行う |
長時間ビデオ脳波 | 24時間以上にわたり継続的に記録を行う |
脳波検査では、側頭葉の領域に特徴的な鋭い波(棘波や鋭波と呼ばれます)が観察されることがあります。
ただし、発作と発作の間(発作間欠期)の脳波では異常が見つからないこともあるため、より長い時間をかけて脳波を記録する長時間ビデオ脳波モニタリングが必要です。
画像診断
側頭葉てんかんの診断には患者さんの脳の状態を調べるために、さまざまな画像検査が用いられます。
- MRI(磁気共鳴画像法)脳の詳細な構造を見られる
- CT(コンピュータ断層撮影)脳の全体的な状態を短時間で確認できる
- PET(陽電子放射断層撮影)脳の代謝活動を可視化できる
- SPECT(単一光子放射断層撮影)脳の血流状態を調べられる
MRIは、海馬硬化(側頭葉てんかんの原因となることがある海馬の変化)や腫瘍、血管の異常などの構造的な問題を高い精度で発見できるため、とても有用な検査方法です。
PETやSPECTは、脳の代謝や血流の変化を目で見える形にでき、てんかんの発作が始まる場所(てんかん焦点)を特定するのに役立ちます。
臨床診断と確定診断
側頭葉てんかんの臨床診断は、患者さんからの聞き取りと神経学的検査の結果を基に、総合的に判断して行われます。
診断の種類 | 特徴 |
臨床診断 | 症状や病気の経過に基づいて行う初期の診断 |
確定診断 | 各種検査結果を含めて総合的に評価して下す最終的な診断 |
側頭葉てんかんの治療法と処方薬、治療期間
側頭葉てんかんの治療は抗てんかん薬による薬物療法を中心に、難治性の場合は外科的治療も考慮され、治療期間は生涯にわたることが多い慢性疾患です。
薬物療法による治療
側頭葉てんかんの治療において、抗てんかん薬を使用する薬物療法が第一選択です。
薬物療法は、脳内の異常な電気活動を効果的に制御することで、発作の頻度や強度を軽減する効果があります。
薬剤名 | 作用機序 |
カルバマゼピン | ナトリウムチャネル遮断(神経細胞の過剰な興奮を抑える) |
レベチラセタム | シナプス小胞タンパク結合(神経伝達物質の放出を調整) |
ラモトリギン | ナトリウムチャネル遮断(カルバマゼピンとは異なる作用点) |
単剤で十分な効果が得られない場合、他の薬剤を追加する多剤併用療法に移行します。
外科的治療の選択肢
薬物療法で十分な発作抑制が得られない難治性の場合、外科的治療が検討されます。
側頭葉切除術は、てんかん原性焦点(発作の起源となる部位)を含む側頭葉の一部を切除する手術です。
手術前に行う検査
- MRI(磁気共鳴画像法)による脳構造の詳細な評価
- 脳波検査による発作焦点の正確な特定
- 神経心理学的検査(記憶や言語機能の評価)
- PET(陽電子放射断層撮影)やSPECT(単一光子放射断層撮影)などの機能画像検査
検査結果を総合的に判断し、手術のリスクと利益を十分に考慮した上で適応を決定します。
迷走神経刺激療法
外科的切除が適さない患者さんには、迷走神経刺激療法が選択肢の一つです。
迷走神経刺激療法では、胸部に埋め込んだ装置から電気刺激を迷走神経(首から胸、腹部を通る神経)に送り、刺激により脳の広範囲に影響を与え、発作を抑制する効果が期待できます。
治療法 | 特徴 |
薬物療法 | 第一選択、長期的な副作用管理が必要 |
外科的治療 | 難治例に有効、不可逆的だが高い発作抑制効果 |
迷走神経刺激療法 | 低侵襲、効果は個人差あり、調整可能 |
治療期間と経過観察
側頭葉てんかんの治療は長期にわたり、多くの患者さんは、生涯にわたって抗てんかん薬の服用を継続する必要があり、定期的な通院と血中濃度モニタリングが不可欠です。
発作頻度や薬剤の副作用を観察し、薬剤の種類や用量の調整を行います。
外科治療後も一定期間の薬物療法継続と経過観察が求められ、手術による脳の変化や、残存する可能性のある発作リスクを評価していきます。
側頭葉てんかんの治療における副作用やリスク
側頭葉てんかんの治療には、主に抗てんかん薬による薬物療法や手術による外科的治療が用いられますが、それぞれ異なる副作用やリスクが伴います。
抗てんかん薬の一般的な副作用
抗てんかん薬でよく見られる副作用は、強い眠気、ふらつきを感じるめまい、吐き気などです。
症状は治療を始めた直後に現れやすいものの、体が薬に慣れるにつれて時間とともに軽くなっていきます。
抗てんかん薬の重大な副作用
抗てんかん薬の使用に際しては、頻度は低いものの、重大な副作用が生じる可能性もあります。
副作用 | 症状 |
肝機能障害 | 皮膚や白目の黄ばみ(黄疸)、全身のだるさ(倦怠感) |
血液異常 | 顔色が悪くなる(貧血)、免疫力低下(白血球減少) |
重大な副作用は、定期的に行う血液検査や肝臓の機能を調べる検査によって、早い段階で発見することが可能です。
また、スティーブンス・ジョンソン症候群(重篤な皮膚の炎症を引き起こす疾患)などの深刻な皮膚の反応も、非常に珍しいケースではありますが、報告されています。
認知機能への影響
抗てんかん薬は、脳の働きである認知機能に影響を与える可能性があることが分かっています。
- 物事を覚えたり思い出したりする力(記憶力)の低下
- 何かに集中することが難しくなる(注意力の散漫)
- 反応するのに時間がかかるようになる(反応速度の遅延)
- 言葉を使う能力に変化が生じる(言語機能の変化)
認知機能への影響は、使用する抗てんかん薬の種類や量によって大きく異なるため、薬の種類や量を調整していくことが大切です。
薬物相互作用のリスク
抗てんかん薬は他の薬と一緒に使用すると、薬物相互作用があります。
相互作用の種類 | 影響 |
薬物代謝の変化 | 薬の効き目が強くなったり弱くなったりする |
副作用の増強 | これまでになかった新たな副作用が現れる |
特に注意が必要なのは、複数の種類の抗てんかん薬を併用したり、てんかん以外の慢性疾患の治療薬と一緒に使用する場合です。
現在服用中の全ての薬について、処方箋薬だけでなく市販薬やサプリメントも含めて、詳しく伝えることが不可欠です。
外科治療のリスク
薬物療法でてんかん発作が十分に抑えられない場合、外科的な手術による治療が選択肢の一つになりますが、脳を対象とする手術には、一定のリスクが伴います。
手術に関連する主なリスクは、手術後の感染症、出血、麻酔による合併症です。
さらに、側頭葉の手術に特有のリスクとして、記憶に関する機能や言葉を操る機能に障害が生じる可能性があります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬物療法の費用
抗てんかん薬による治療は、月額1万円から3万円程度の自己負担です
薬剤名 | 月間自己負担額(目安) |
カルバマゼピン | 5,000円~10,000円 |
レベチラセタム | 8,000円~15,000円 |
診断検査の費用
MRIや脳波検査などの診断に必要な検査費用は、保険適用後で1回あたり5,000円から2万円です。
外科手術の費用
難治性の場合に選択される側頭葉切除術などの手術費用は、入院費を含めて30万円から50万円ほどになります。
継続的な診療費
定期的な診察や薬剤調整のための通院費用は、月に5,000円から1万円程度が必要です。
- 診察料
- 薬剤費
- 検査費用
以上
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