テント切痕ヘルニア – 脳・神経疾患

テント切痕ヘルニア(tentorial herniation)とは、頭蓋内圧の異常な上昇や脳腫瘍の発生によって、脳組織の一部が小脳テントと呼ばれる頭蓋内の硬い膜の隙間から別の区画へと押し出される病態です。

通常、私たちの脳は天幕(テント)状の硬膜によって大脳と小脳の領域が明確に区分けされていますが、様々な要因で頭蓋内圧が危険なレベルまで上昇すると、脳組織が区画を越えて移動し、重要な神経構造を圧迫します。

このような状態が進行すると、意識レベルの低下や呼吸機能の障害、さらには瞳孔異常や血圧・脈拍の変動など、複数の深刻な神経学的症状が連鎖的に現れます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

テント切痕ヘルニアの主な症状

テント切痕ヘルニアは、脳圧亢進により意識障害や瞳孔異常、眼球運動障害などの神経学的症状が進行性に出現します。

意識状態の変化と神経症状

意識レベルの低下は最も顕著な症状の一つであり、初期段階では軽度の傾眠から始まり、重症化するにつれて見当識障害や錯乱といった症状へと進展していきます。

神経学的所見として、初期段階では頭痛や嘔吐などの症状見られ、症状は脳圧亢進に伴う脳幹部への圧迫が原因です。

重症例においては、意識レベルが急激に悪化し、昏睡状態へと移行することもあり、この状態では生命維持に不可欠な脳幹機能が著しく障害される懸念があります。

眼症状と瞳孔異常

症状神経学的特徴
瞳孔異常片側性の散大や対光反射の減弱・消失
眼球運動障害外転神経麻痺による複視や眼球偏位

瞳孔の変化は重要な指標で、片側性の散大や対光反射の異常は動眼神経の圧迫による症状です。

眼球運動に関しては、外転神経麻痺による複視や眼球の内側偏位が特徴的な所見として観察されることが多く、症状は脳幹部における神経圧迫の程度を反映します。

バイタルサインと自律神経症状

圧迫による脳幹部への影響は自律神経系の機能異常をもたらし、血圧や脈拍、呼吸といった生体維持機能に大きな変化を及ぼすことがあります。

チェーンストークス呼吸や中枢性神経性過換気などの特異的な呼吸パターンが生じることが多いです。

自律神経症状臨床的特徴
循環器症状血圧変動、徐脈または頻脈
呼吸器症状不規則な呼吸パターン、過換気
体温調節異常発熱または低体温

局所神経症状と姿勢異常

局所神経症状としては、運動機能障害が顕著な症状として挙げられ、片側性の麻痺や筋力低下が進行性に現れることが特徴です。

姿勢異常に関しては、重症例において除脳硬直や除皮質硬直といった特徴的な姿勢が生じ、症状は脳幹部の機能障害を示す重要な指標となります。

神経学的診察では、深部腱反射の亢進や病的反射なども認められます。

また、小脳症状として協調運動障害や平衡機能障害が出現することもあり、歩行時のふらつきや測定障害などが観察されます。

テント切痕ヘルニアの原因

切痕ヘルニアは、頭蓋内圧の急激な上昇や脳の容積の増大によって、脳組織が小脳テントの開口部を通じて圧迫されることで起きます。

頭蓋内圧亢進による影響

頭蓋内圧が上昇する要因には、外傷性脳損傷や脳腫瘍の増大、脳出血、脳梗塞による浮腫など、様々な原因があります。

頭蓋内圧の上昇は、脳組織、血液、脳脊髄液のいずれかの容積が増加することで発生し、代償機構が働かなくなった時点で急激な圧の上昇を引き起こします。

圧迫の種類主な原因疾患
上方圧迫型大脳半球の腫瘍、硬膜下血腫
下方圧迫型小脳腫瘍、後頭蓋窩出血

脳腫瘍による発生機序

原発性脳腫瘍や転移性脳腫瘍の増大は、周囲の正常な脳組織を圧迫することで局浮腫を引き起こし、頭蓋内圧を上昇させる要因となります。

腫瘍の発生部位や大きさ、増大速度によって圧迫される領域が異なることから、テント切痕ヘルニアの発生パターンも様々です。

外傷性要因による発生

頭部外傷による硬膜外血腫や硬膜下血腫は、急性期における頭蓋内圧亢進の代表的な原因です。

血腫の種類特徴的な発生機序
硬膜外血腫中硬膜動脈の損傷による動脈性出血
硬膜下血腫架橋静脈の断裂による静脈性出血

その他の原因疾患

テント切痕ヘルニアを引き起こす要因として、以下のような疾患や状態が挙げられます。

  • 脳膿瘍による局所的な炎症と浮腫
  • 水頭症による脳室内圧の上昇
  • 髄膜炎による脳浮腫
  • 代謝性疾患による脳浮腫
  • 低酸素脳症後の浮腫性変化

原因疾患は、単独で、あるいは複合的に作用することで頭蓋内圧を上昇させ、結テント切痕ヘルニアの発生リスクを高めます。

頭蓋内の限られたスペースの中で、脳組織の容積バランスが崩れることにより、代償機構が破綻して急激な圧の上昇につながることから、原因となる基礎疾患の早期発見が大切です。

診察(検査)と診断

テント切痕ヘルニアの診断においては、神経学的診察を基本として、画像診断や各種検査データを総合的に分析します。

神経学的診察の基本と手順

神経学的診察においては、意識レベルの詳細な評価をJapan Coma Scale(JCS)やGlasgow Coma Scale(GCS)といった標準化された評価尺度を用いて実施することから開始します。

瞳孔所見の観察では、両側の瞳孔径や対光反射の左右差、さらには眼球運動の制限や眼位異常などについて、神経学的所見を確認することが必要です。

神経学的診察項目観察のポイント
意識レベル評価JCS・GCSスコアの測定と経時的変化
瞳孔検査瞳孔径・対光反射・眼位・眼球運動
運動機能検査四肢の筋力・腱反射・病的反射

画像診断

頭部CT検査では、脳実質の変位や脳室の変形、正中線偏位の有無などを観察し、テント上下における脳組織の圧迫や変位の状態を立体的に把握します。

MRI検査による評価では、T1強調画像やT2強調画像、さらにはFLAIR画像などの複数のシークエンスを組み合わせることで、脳の形態変化や浮腫の程度を分析します。

生理学的モニタリングと検査データ

持続的な頭蓋内圧モニタリングによって得られるデータは、脳組織の圧迫状態をリアルタイムで把握する上で重要な指標です。

検査項目測定パラメータ
血液生化学検査電解質・血糖値・凝固能
動脈血液ガス分析pH・PaO2・PaCO2・HCO3-
心電図モニタリング心拍数・不整脈・ST変化

特殊検査と補助的診断

脳血流シンチグラフィーや脳血管造影検査などの特殊検査を実施することで、脳循環動態の変化や血管走行の偏位などについて、より詳細な情報を得ることが可能です。

脳幹誘発電位検査や体性感覚誘発電位検査といった神経生理学的検査を併用することにより、脳幹機能や感覚伝導路の障害程度を評価できます。

また、髄液検査を実施する際には、開頭圧の測定や髄液の性状の分析を通じて、頭蓋内圧亢進の程度や炎症所見の有無について情報を得ます。

テント切痕ヘルニアの治療法と処方薬、治療期間

テント切痕ヘルニアの治療は、頭蓋内圧の緊急的な低下を目指す内科的治療と、原因となる病変の除去を行う外科的治療を組み合わせて行います。

内科的治療の基本方針

浸透圧利尿薬であるマンニトールやグリセオールの投与し、脳浮腫の軽減と頭蓋内圧の低下を図ることが必要です。

薬剤名投与方法と期間
マンニトール急性期に0.5-1.0g/kgを30分かけて点滴静注、4-6時間ごとに反復
グリセオール1回200-500mLを1日2-3回に分けて点滴静注、5-7日間継続

また、副腎皮質ステロイド薬のデキサメタゾンやベタメタゾンを併用することで、より効果的な浮腫の軽減を実現できます。

外科的治療のアプローチ

減圧開頭術は、頭蓋骨の一部を一時的に除去することで頭蓋内の余地を確保し、脳組織の圧迫を直接的に解除する手術です。

手術方法術後管理期間
内減圧術2-4週間の入院管理
外減圧術3-6か月の経過観察

血腫除去術や腫瘍摘出術などの原因除去手術と組み合わせることで、より確実な減圧効果を得られます。

薬物療法

頭蓋内圧亢進に対する治療薬

  • 高張性利尿薬(浸透圧利尿薬)による即効性の高い脳浮腫軽減
  • ステロイド薬による持続的な抗浮腫効果
  • 降圧薬による血圧管理と脳血流の調整
  • 抗てんかん薬による二次的な合併症予防
  • 鎮静薬による代謝抑制と頭蓋内圧安定化

治療期間と入院管理

急性期の集中治療は2週間から4週間程度で、患者さんの全身状態や神経学的所見の改善に応じて、一般病棟での回復期治療へと移行します。

減圧開頭術後の再建までの期間は、3か月から6か月程度です。

薬物療法による保存的治療のみで改善が得られる時には、2週間から4週間の入院期間となりますが、原因疾患の性質や重症度によって治療期間は大きく変動します。

テント切痕ヘルニアの治療における副作用やリスク

テント切痕ヘルニアの治療で行われる薬物療法や手術療法には、様々な副作用やリスクが伴います。

薬物治療における副作用

浸透圧利尿薬の使用による急激な血清電解質の変動は、ナトリウムやカリウムバランスの異常を引き起こす傾向があり、心機能や腎機能に対して負荷をかけます。

ステロイド剤の投与に関連して、消化管出血や免疫力の低下、さらには血糖値の上昇といった全身性の副作用があり、投与量や投与期間に応じて注意深いモニタリングが必要です。

使用薬剤主な副作用
浸透圧利尿薬電解質異常、脱水、腎機能障害
ステロイド剤消化管出血、免疫低下、高血糖
抗痙攣薬眠気、めまい、肝機能障害

手術に関連するリスク

開頭手術における感染リスクは、髄膜炎や創部感染、さらには硬膜外膿瘍などがあり、術後の観察と感染予防措置が重要です。

手術操作による脳実質への直接的な影響として、局所的な脳浮腫の増悪や、血管損傷による出血、神経線維の損傷などが生じる可能性があります。

全身管理における問題点

管理項目発生しうる合併症
循環管理不整脈、血圧変動、心負荷
呼吸管理人工呼吸器関連肺炎、無気肺
栄養管理電解質異常、低栄養状態

長期臥床に伴う合併症として、深部静脈血栓症や褥瘡の形成など、様々な全身性の問題が発生することがあります。

人工呼吸器管理を要する場合は、人工呼吸器関連肺炎や気道損傷、無気肺の形成など、呼吸器系の合併症に注意が必要です。

術後回復期のリスク

術後早期の合併症として、創部の感染や髄液漏、さらには術後出血などが発生する可能性があり、継続的な全身状態の観察が欠かせません。

頭蓋内圧の変動に伴う神経症状の変化や、脳浮腫の再燃、水頭症の発生など、頭蓋内病変に関連する様々な問題も起こりえます。

また、術後の抗痙攣薬や鎮痛薬の使用に関連して、薬剤性の肝機能障害や腎機能障害が発生することがあり、定期的な血液検査によるモニタリングが大切です。

さらに、長期の安静に伴う筋力低下や関節の萎縮、循環障害などの二次的な合併症のリスクもあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院時の基本費用

入院環境は、患者の容態に応じて救命救急センターやICU(集中治療室)での管理が必要です。

治療内容保険適用後の患者負担(3割)
開頭減圧術60-90万円
血腫除去術45-75万円
ICU管理(1日)2.7万円
MRI検査2.7-3.6万円

手術に関連する費用

開頭減圧術を実施する際の手術室使用料、医療材料費、麻酔料を含めた総額は200万円から300万円となります。

薬物療法にかかる費用

テント切痕ヘルニアの治療に必要な主な薬剤費用には以下のようなものがあります。

  • 浸透圧利尿薬(マンニトール) 1日あたり4,000-6,000円
  • ステロイド薬(デキサメタゾン) 1日あたり2,000-3,000円
  • 抗てんかん薬  1日あたり1,500-3,000円
  • 鎮静薬  1日あたり3,000-5,000円
  • 降圧薬  1日あたり2,000-4,000円

入院期間中の追加費用

画像診断費用として、CTスキャンは1回あたり3万円前後、MRI検査は1回あたり9万円から12万円程度が必要です。

神経学的評価や血液検査などの各種検査費用は、検査項目によって異なりますが、週あたり5万円から10万円程度となります。

以上

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