大後頭孔ヘルニア(tonsillar herniation)とは、脳の下部にある小脳扁桃という部分が、頭の骨の底にある大後頭孔から、脊椎の中に下がってしまう状態のことです。
この病気は、生まれた時から持っている方もいれば、事故による頭部への強い衝撃や脳腫瘍などが原因で後から発症する場合もあります。
頭が重く感じる痛みや、部屋が回るようなめまい、首や肩が固くなる、手足にしびれが出るといった神経の症状が現れます。
大後頭孔ヘルニアの主な症状
大後頭孔ヘルニアの代表的な症状として、小脳扁桃が大後頭孔を通して頸椎管内に下方へ逸脱することにより、頭痛や首の痛み、めまい、視覚異常、嚥下障害などの多彩な神経学的症状が生じます。
神経圧迫による症状
延髄や脊髄への圧迫によって引き起こされる神経症状である頭痛は、後頭部から首にかけての持続的な痛みとして感じられ、咳やくしゃみなどの動作で痛みが増強します。
また脳幹部への圧迫は、めまいや吐き気、視覚障害といった多様な症状を起こすため、症状の早期発見と対応が重要です。
症状の種類 | 主な特徴 |
頭痛 | 後頭部から首にかけての持続的な痛み、体動で増強 |
めまい | 立ちくらみ、回転性めまい、フラつき感 |
視覚症状 | 複視、視野障害、目の奥の痛み |
嚥下障害 | 飲み込みにくさ、むせやすさ |
運動機能への影響
小脳扁桃ヘルニアによる脊髄圧迫は、上肢や下肢の運動機能に影響を与え、手足のしびれや脱力感、協調運動障害などの症状が特徴的です。
症状は、徐々に進行することが多く、初期段階では軽度の違和感程度であっても、時間の経過とともに症状が悪化します。
自律神経症状と感覚障害
大後頭孔ヘルニアによる脳幹部の圧迫は、自律神経系にも影響を及ぼします。
- 血圧の変動や心拍の乱れなどの循環器症状
- 発汗異常や体温調節障害
- 呼吸の不規則性や無呼吸
- 膀胱直腸障害
- 消化器症状(悪心、嘔吐)
姿勢や体位による症状の変化
症状の程度は体位や姿勢によって変化し、特に前屈位や長時間の同一姿勢により症状が増悪します。
体位・姿勢 | 症状への影響 |
前屈位 | 症状の増悪、頭痛の増強 |
後屈位 | 嚥下困難の悪化 |
長時間の座位 | めまい、ふらつきの増強 |
臥位 | 症状の軽減が見られることがある |
体位による症状の変化は、脳脊髄液の流れや脳幹部への圧迫の程度が姿勢によって変化するために起こります。
大後頭孔ヘルニアの原因
大後頭孔ヘルニアは、先天的な要因、後天的な脳圧亢進、頭蓋骨や脊椎の形成異常など、複数の要因が絡み合って発症します。
先天的要因による発症メカニズム
遺伝子の変異や染色体異常により、胎児期における脳と頭蓋骨の発達に不均衡が生じることで、大後頭孔ヘルニアが起こることがあります。
特に頭蓋骨と脊椎の接合部における形成異常は、小脳扁桃の下方への圧迫を引き起こす重要な要因です。
先天性の頭蓋骨早期癒合症や脊椎形成不全を持つ患者さんでは、成長に伴い徐々に症状が顕在化します。
遺伝性疾患 | 関連する異常 |
エーラス・ダンロス症候群 | 結合組織の脆弱性 |
マルファン症候群 | 頭蓋底の形成異常 |
クリッペル・ファイル症候群 | 脊椎癒合異常 |
ダウン症候群 | 頭蓋底の形態異常 |
後天的要因による発症過程
頭部への強い衝撃や外傷、脳腫瘍の発生、髄液循環の異常などにより、頭蓋内圧が慢性的に上昇することで大後頭孔ヘルニアが起ることがあります。
加齢に伴う脊椎の変性疾患や、頸椎の後縦靭帯骨化症なども、ヘルニアの発症リスクを高めます。
また、慢性的な髄液循環障害は、脳脊髄液の正常な流れを妨げ、小脳扁桃の下方偏位を招く原因です。
解剖学的要因と力学的負荷
頭蓋底部の形態の異常や後頭蓋窩が小さいことにより、脳組織に対する物理的な圧迫が生じやすい状態となることが発症要因の一つです。
解剖学的特徴 | 力学的影響 |
後頭蓋窩の狭小化 | 小脳への圧迫増大 |
大後頭孔の形態異常 | 脳脊髄液流動性低下 |
頭蓋底陥入 | 脳幹圧迫リスク上昇 |
環椎後頭骨癒合 | 頭蓋頸椎移行部不安定性 |
環境因子と二次的要因
以下の要因が単独で、または複合的に作用して発症リスクを高めます。
- 長期間の座位作業による頸椎への持続的負荷
- 不適切な姿勢による頭蓋頸椎アライメントの変化
- 過度の運動や激しい動きによる機械的ストレス
- 頭頸部への反復的な微小外傷
- 慢性的な筋緊張による局所循環障害
脳脊髄液の循環動態の変化は、正常な髄液の流れを阻害し、脳組織への圧力分布が不均等となることで、小脳扁桃の下方への圧迫を起こします。
診察(検査)と診断
大後頭孔ヘルニアの診察では、神経学的所見の評価と画像診断を組み合わせることで、小脳扁桃の下方偏位の程度や脳幹圧迫の状態を把握します。
神経学的診察
神経学的診察においては、脳神経機能検査や運動機能検査、感覚機能検査など、複数の検査手法を行い、患者さんの状態を総合的に判断することが不可欠です。
脳神経系の検査では、眼球運動や顔面の感覚、嚥下機能などの評価を通じて、神経障害の有無や程度を確認していきます。
神経学的検査項目 | 検査内容と目的 |
脳神経機能検査 | 眼球運動、顔面感覚、嚥下機能の確認 |
運動機能検査 | 筋力、協調運動、反射の評価 |
感覚機能検査 | 触覚、温度覚、振動覚の確認 |
自律神経検査 | 血圧変動、発汗異常の評価 |
画像診断
MRI検査は大後頭孔ヘルニアの診断において中心的な役割を果たしており、T1強調画像やT2強調画像を用いることで、小脳扁桃の位置や形態、脳幹部の圧迫状態を観察できます。
また、脳脊髄液の流れを評価するためのシネMRIや位相コントラスト法なども、診断の精度を高めるために活用することが多いです。
- MRI T1強調画像による解剖学的構造の評価
- MRI T2強調画像による脳脊髄液腔の観察
- シネMRIによる脳脊髄液の動態評価
- 造影MRIによる病変部位の詳細な観察
- 位相コントラスト法による脳脊髄液流の定量的評価
脳脊髄液検査と圧測定
髄液検査では、脳脊髄液の性状や圧力を測定することで、脳脊髄液の循環動態や髄液圧の状態を評価できます。
検査項目 | 測定内容 |
髄液圧測定 | 開放圧、閉鎖圧の測定 |
髄液性状検査 | 細胞数、蛋白質、糖の分析 |
髄液循環動態 | 流速、流量パターンの解析 |
髄液生化学検査 | 各種マーカーの定量 |
電気生理学的検査による機能評価
電気生理学的検査は、神経系の機能的な状態を客観的に評価する手法として広く用いられており、脊髄圧迫による神経伝導障害の程度を把握できます。
また、聴性脳幹反応検査は、脳幹部の機能を評価する上で大変有用な検査方法の一つで、脳幹部における神経伝導の状態を評価することが可能です。
脳波検査もまた、脳の電気的活動を広範囲に記録できます。
大後頭孔ヘルニアの治療法と処方薬、治療期間
大後頭孔ヘルニアの治療には、症状の程度や患者さんの状態に応じて、保存的治療から外科的治療まで幅広い選択肢があります。
保存的治療の基本アプローチ
頭痛や神経症状が比較的軽度である場合、薬物療法を中心とした保存的な治療アプローチから開始することが多いです。
薬物療法では、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を中心とした疼痛管理から始め、症状の改善具合によって投薬内容を段階的に変更していきます。
薬剤分類 | 主な使用目的 |
非ステロイド性抗炎症薬 | 頭痛・筋緊張の緩和 |
筋弛緩薬 | 頸部周囲の筋緊張改善 |
神経保護薬 | 神経機能の保護 |
抗てんかん薬 | 神経痛の緩和 |
外科的治療のタイミングと方法
神経症状が進行性である場合や、保存的治療で十分な改善が得られない際には、外科的治療を検討することが重要です。
減圧術は、大後頭孔周囲の骨を一部切除して脳脊髄液の流れを改善し、神経への圧迫を軽減します。
手術後は、創部の安静を保ちながら、徐々にリハビリテーションを進めていく必要があり、入院期間は2〜4週間です。
手術方法 | 期待される効果 |
後頭下減圧術 | 脳脊髄液循環の改善 |
硬膜形成術 | 髄液腔の拡大 |
癒着剥離術 | 神経圧迫の解除 |
脊椎固定術 | 頭蓋頸椎接合部の安定化 |
リハビリテーションプログラム
術後のリハビリテーションでは、以下のような段階的なプログラムを実施します。
- 頸部周囲の筋力強化運動
- 姿勢保持訓練
- バランス機能の改善エクササイズ
- 日常生活動作の練習
- 職場や学校復帰に向けた活動訓練
薬物療法と投薬期間
急性期の痛み止めには、まずアセトアミノフェンやロキソプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬を使用し、効果を確認しながら投薬を継続します。
神経症状に対しては、ガバペンチンやプレガバリンなどの抗てんかん薬を使用することで、しびれや痛みの軽減を図ります。
頸部の筋緊張が強い場合には、チザニジンやエペリゾンなどの筋弛緩薬を併用します。
投薬期間は個々の患者さんの回復状況に応じて調整を行い、3〜6ヶ月程度の継続的な服用が基本です。
大後頭孔ヘルニアの治療における副作用やリスク
大後頭孔ヘルニアの治療においては、手術療法と保存療法のいずれにおいても、神経学的合併症や感染症などの様々な副作用やリスクがあります。
手術療法に伴う一般的な合併症
手術療法における合併症として、創部感染や出血、血腫形成などの一般的な手術リスクに加えて、脳脊髄液漏出や髄膜炎といった合併症のリスクもあります。
手術合併症 | 内容と特徴 |
感染性合併症 | 創部感染、髄膜炎、硬膜外膿瘍 |
出血性合併症 | 術中出血、術後出血、血腫形成 |
脳脊髄液関連 | 髄液漏、髄液囊胞、水頭症 |
神経損傷 | 脳幹損傷、脊髄損傷、脳神経損傷 |
麻酔に関連するリスク
麻酔導入時から覚醒までの過程において、血圧変動や不整脈、呼吸抑制などの合併症が生じることがあり、特に基礎疾患を有する患者さんではより慎重な管理が大切です。
麻酔管理において注意を要する事項
- 気道確保の困難さと誤嚥のリスク
- 体位による循環動態への影響
- 術中の脳幹機能モニタリングの必要性
- 術後の呼吸器合併症への対策
- 疼痛管理と使用薬剤の選択
術後早期の合併症
手術直後から数日間は、創部痛や頭痛に加えて、嚥下障害や嗄声といった一過性の神経症状が現れることがあり、また髄液漏や感染症などの合併症にも注意が必要です。
術後合併症 | 発生時期と対応 |
急性期合併症 | 出血、浮腫、感染(24-72時間以内) |
亜急性期合併症 | 髄液漏、創部離開(3-14日) |
神経症状 | 嚥下障害、嗄声(術直後-数週間) |
全身合併症 | 発熱、疼痛(術後数日間) |
術後長期的なリスク
手術部位の解剖学的な特徴から、術後の瘢痕形成や癒着による新たな神経圧迫症状が起こることがあり、また硬膜の修復部位における髄液漏や仮性髄膜瘤の形成などのリスクもあります。
手術による減圧効果が不十分な際には、症状の再燃や進行が見られたり、また手術操作による周辺組織への影響から、新たな神経症状が出現する事態も考えられます。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来診療における費用
画像診断は診断の基本となり、神経学的検査や血液検査などの各種検査を組み合わせると、初回の診断時には40,000円から60,000円の費用となります。
治療内容 | 保険適用後の一般的な費用 |
保存的治療(外来) | 月額2〜5万円 |
MRI検査 | 1.5〜3万円/回 |
CT検査 | 1〜2万円/回 |
入院治療にかかる費用
手術を要する場合の入院期間は2週間から4週間で、入院費用は1日あたり20,000円から30,000円です。
手術室使用料、麻酔料、手術材料費などを含めた手術費用は、術式により300,000円から800,000円の範囲となります。
薬物療法の費用
薬剤費用(1ヶ月分)
- 非ステロイド性抗炎症薬 3,000〜8,000円
- 筋弛緩薬 4,000〜10,000円
- 神経保護薬 6,000〜15,000円
- 抗てんかん薬 8,000〜20,000円
- 特殊な薬剤 15,000〜30,000円
リハビリテーション費用
1回のリハビリテーション診療は、40分から60分で実施され、週2〜3回のリハビリテーションを継続します。
リハビリ内容 | 費用(1回あたり) |
運動療法 | 3,000〜6,000円 |
物理療法 | 2,000〜4,000円 |
作業療法 | 3,000〜5,000円 |
言語療法 | 3,000〜6,000円 |
以上
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