三叉神経痛(trigeminal neuralgia)とは、顔面部の感覚を支配する三叉神経に発生する突発的な激痛発作を伴う神経疾患です。
患者さんの多くが経験する痛みは、顔の片側に稲妻が走るような激烈な電撃痛として現れ、持続時間は数秒から数分に及ぶことがあり、痛みの強さは一般的な痛み止めが効きにくいほどになります。
疾患における痛みの特徴は、顔を洗う、歯を磨く、化粧をする、食事をする、話をするなどの軽微な刺激や触れるだけでも激しい痛みが誘発されることです。
三叉神経痛の種類(病型)
三叉神経痛は、突発性三叉神経痛と症候性三叉神経痛という2つの主要な病型に大別され、それぞれが特徴的な発症メカニズムと臨床像を持ちます。
病型分類の意義
三叉神経痛の病型分類は、20世紀初頭から医学界で議論が重ねられ、神経学の発展とともに体系化されてきました。
分類時期 | 主な分類方法 |
1940年代 | 原因不明型と続発性型の2分類 |
1980年代 | 特発性型と二次性型の分類体系 |
現在 | 突発性型と症候性型の詳細分類 |
突発性三叉神経痛
突発性三叉神経痛は、明確な原因が特定できない一次性の病態で、神経血管圧迫症候群との関連性が指摘されています。
神経学的所見では、知覚検査や運動機能検査において異常を認めないものの、詳細な画像診断によって血管による神経圧迫所見が確認できる場合が多いです。
発症年齢や性別による発症頻度の違い
- 40歳以上の中高年での発症が多く見られる傾向がある
- 女性の発症率が男性と比較して1.5倍から2倍程度高い数値を示す
- 右側の三叉神経に症状が出現するケースが左側と比較してやや多い傾向
- 第2枝および第3枝の支配領域に好発する特徴を持つ
症候性三叉神経痛
症候性三叉神経痛は、基礎疾患や器質的な病変が明確に存在する二次性の病態で、多発性硬化症や脳腫瘍などの中枢神経系疾患と関連があります。
基礎疾患 | 特徴的な所見 |
多発性硬化症 | 若年発症、両側性病変 |
脳腫瘍 | 進行性の症状悪化 |
血管奇形 | 特異的な画像所見 |
感染性病変 | 炎症性変化を伴う |
三叉神経痛の主な症状
三叉神経痛の特徴的な症状は、顔面の片側に突如として発生する激烈な電撃痛であり、その痛みは数秒から数分間持続し、一日のうちに複数回繰り返し起こることが多いです。
痛みの性質と特徴
三叉神経痛における痛みは電気が走るような鋭い痛み、あるいは焼けるような灼熱感として知覚され、多くの患者さんがこれまでに経験したことのない激しさを伴うのが特徴です。
三叉神経の支配領域に従って、額から頬、顎にかけての範囲で痛みが現れ’、特に頬の中央部や口の周囲に集中することが多く、痛みの範囲は時間とともに徐々に拡大します。
痛みの発現パターン
痛みのタイプ | 特徴的な性質 |
発作性の痛み | 突発的に出現し、数秒から数分で自然に消失 |
持続性の痛み | 鈍い痛みが長時間続き、強さは変動する |
混合性の痛み | 上記2つのタイプが混在する状態 |
発作性の痛みは、まるで雷が走ったかのような鋭い痛みが瞬間的に発生し、その強さは耐えがたいものとなることが多いです。
持続性の痛みは、比較的軽度な痛みが長時間続き、患者さんの中には数時間から数日間にわたってこの症状が継続することもあります。
痛みの誘発因子
日常生活における様々な動作や刺激が痛みを誘発する要因となり得ることから、以下のような行為に注意を払う必要があります。
- 洗顔や歯磨きなどの顔面への軽い接触
- 会話や咀嚼などの顎の動き
- 温度変化、特に冷たい風や水との接触
- 化粧や髭剃りなどのスキンケア行為
- くしゃみや大きな声を出すような顔面の動き
痛みの進行パターン
進行段階 | 症状の特徴 |
初期段階 | 一過性の軽度な痛み、短時間で消失 |
進行期 | 痛みの頻度増加、持続時間の延長 |
重症期 | 激しい痛みが頻繁に出現、自然寛解が減少 |
初期段階の症状について、多くの患者さんは一時的な違和感や軽い痛みとして感じ始め、この時点では日常生活に大きな支障をきたすことは少ないです。
進行期に入ると、痛みの頻度が徐々に増加し、一回あたりの持続時間も延長する傾向が見られ、痛みの強さも初期に比べて増強します。
重症期における痛みは、その強さと頻度がさらに増加し、痛みの自然な軽減が見られにくく、この段階では顔面のわずかな動きや振動でも激しい痛みが誘発されやすいです。
三叉神経痛の原因
三叉神経痛は、脳幹部から顔面に伸びる三叉神経が血管による圧迫や脱髄などの影響を受けることで起きます。
血管性圧迫による神経障害
加齢に伴う血管の蛇行や拡張によって三叉神経が脳幹から出る部分で圧迫を受けることが最も一般的な原因で、上小脳動脈という血管による持続的な圧迫が、この神経疾患の発症に関わっています。
神経の髄鞘と呼ばれる絶縁体のような役割を果たす組織が、血管からの持続的な圧迫により徐々に損傷を受けることで神経の異常興奮が起こります。
圧迫部位 | 神経への影響 |
三叉神経根出口部 | 髄鞘の損傷、神経伝導の異常 |
三叉神経節周囲 | 神経細胞体への直接的影響 |
末梢神経分枝部 | 局所的な神経障害 |
加齢による動脈硬化や血管壁の弾力性低下が進行することで血管の走行異常が生じやすくなり、神経への圧迫が徐々に強まっていくのが特徴です。
脱髄性疾患による発症
多発性硬化症をはじめとする脱髄性疾患による三叉神経痛の発症メカニズムについては、神経線維を覆う髄鞘が広範囲にわたって障害されることで電気信号の伝達に異常をきたします。
免疫系の異常により引き起こされる脱髄性の神経障害では、神経線維の複数箇所で同時に脱髄が進行することにより、電気信号の伝達障害が複合的に生じます。
三叉神経痛の発症に関与する要因
- 自己免疫反応による髄鞘の破壊
- 炎症性サイトカインの過剰産生
- 血液脳関門の機能障害
- リンパ球の異常な活性化
- ミエリン関連タンパク質への免疫応答
腫瘍性病変による発症
腫瘍のタイプ | 影響メカニズム |
髄膜腫 | 神経への直接圧迫、浸潤 |
聴神経鞘腫 | 周囲組織の圧排、浸潤 |
類上皮腫 | 神経周囲の炎症、圧迫 |
腫瘍性病変に起因する三叉神経痛では、他の原因による場合と比較して症状の進行が速く、また神経への圧迫部位や程度によって症状が異なります。
遺伝的要因と環境因子
三叉神経痛の発症における遺伝的素因の関与については、特定の遺伝子変異が神経の脆弱性を高めることで発症リスクを上昇させます。
環境因子は、寒冷刺激や気圧の変化、持続的なストレスなどが原因です。
診察(検査)と診断
三叉神経痛の診断には問診から始まり、神経学的診察、画像検査、そして必要に応じて電気生理学的検査を行います。
問診による臨床像の把握
問診では、患者さんの痛みの性質や部位、持続時間について確認していきます。
さらに、神経学的な症状の有無や、これまでの既往歴、服用している薬剤についても聞き取りことが大切です。
問診項目 | 確認のポイント |
痛みの性質 | 電気が走るような痛み、ズキズキする痛みなど |
誘発因子 | 顔を洗う、歯を磨く、食事など |
持続時間 | 瞬間的か、長く続くか |
随伴症状 | めまい、しびれ、脱力感など |
神経学的診察
神経学的診察では、触覚、痛覚、温度覚などの検査に加えて、角膜反射や顎反射なども確認します。
確認する項目
- 顔面の感覚障害の有無と範囲を確認
- 顔面の筋力低下がないかチェック
- 咀嚼筋の動きと力を評価
- 顔面の反射機能を詳しく調べる
- 他の脳神経症状の有無を確認
画像診断による精密検査
MRIやCTなどの画像検査では、神経と血管の位置関係や、脳の構造的な異常の有無を詳しく調べていきます。
検査方法 | 観察対象 |
MRI | 神経血管の圧迫、脱髄病変 |
CT | 骨性の変化、腫瘍性病変 |
MRA | 血管の走行異常、動脈瘤 |
3D-CISS | 脳神経と血管の詳細な関係 |
電気生理学的検査の役割
電気生理学的検査は、神経の伝導機能を客観的に評価する手法として不可欠で、三叉神経誘発電位検査や瞬目反射検査などを通じて、神経の機能状態を把握します。
特に三叉神経誘発電位検査では、刺激から反応までを測定することで、神経の伝導機能を定量的に評価することが可能です。
三叉神経痛の治療法と処方薬、治療期間
三叉神経痛の治療には、抗てんかん薬を中心とした薬物療法から神経ブロック療法、そして手術療法まであります。
薬物療法による痛みのコントロール
薬物療法は三叉神経痛の台石選択肢で、神経の興奮を抑制することで、痛みの軽減を図り、カルバマゼピンやガバペンチンなどの抗てんかん薬を中心に進めていきます。
薬剤名 | 投与量と特徴 |
カルバマゼピン | 初期100-200mg/日から漸増、最大1200mg/日 |
ガバペンチン | 初期300mg/日から漸増、最大3600mg/日 |
プレガバリン | 初期150mg/日から漸増、最大600mg/日 |
ラモトリギン | 初期25mg/日から漸増、最大400mg/日 |
薬物療法では開始から2~4週間かけて効果を確認しながら、理想の投与量を見つけていきます。
神経ブロック療法の実施方法
神経ブロック療法は、局所麻酔薬を用いて痛みの伝達を一時的に遮断する手法で、痛みの部位に応じて、末梢神経ブロックや神経節ブロックなど、様々な手技を使い分けます。
神経ブロックの種類
- 末梢神経ブロック 比較的安全で簡便な方法
- 神経節ブロック より確実な効果が期待できる半面、技術的な難度が高い
- アルコールブロック 長期的な効果が見込めますが、繰り返しの実施には慎重な判断が必要
- 高周波熱凝固法 選択的に神経を焼灼するため、より持続的な効果を期待できる
手術療法の種類と特徴
手術療法は、薬物療法で十分な効果が得られない際に検討する治療選択肢です。
微小血管減圧術やガンマナイフなど、複数の術式から患者さんの状態に合わせて選択します。
手術方法 | 治療期間と特徴 |
微小血管減圧術 | 入院期間2週間程度、即時効果あり |
ガンマナイフ | 日帰り可能、効果発現まで数週間 |
経皮的高周波熱凝固法 | 入院3-4日程度、即時効果あり |
神経切断術 | 入院1週間程度、永続的な効果 |
治療効果の判定と期間設定
治療効果の判定には一定の期間を要し、薬物療法では通常2~4週間ごとに効果を確認しながら投与量を調整していきます。
神経ブロック療法の効果持続期間は手技により異なりますが、数週間から数か月程度です。
手術療法の場合、微小血管減圧術では術直後から効果を実感できることが多く、長期的な痛みの軽減が期待できます。
一方、ガンマナイフ治療では効果の発現まで数週間を要しますが、外来での治療が実施できることが利点です。
三叉神経痛の治療における副作用やリスク
三叉神経痛の治療では、薬物療法、神経ブロック療法、手術療法のそれぞれにおいて、特有の副作用やリスクがあります。
薬物療法における副作用
抗てんかん薬による治療では、投与開始初期からめまいや眠気といった副作用が現れることがあり、また、長期服用に伴う特異的な副作用にも注意が必要です。
薬剤名 | 主な副作用 |
カルバマゼピン | 肝機能障害、血球減少、皮疹 |
ガバペンチン | 浮腫、体重増加、協調運動障害 |
プレガバリン | めまい、傾眠、末梢性浮腫 |
バクロフェン | 筋力低下、嘔気、倦怠感 |
薬物療法では、経過とともに肝機能や血液検査値の変動が見られることがあり、定期的な血液検査によるモニタリングを実施します。
神経ブロック療法のリスク
神経ブロック療法における一時的な副作用や合併症について、以下のような項目に留意します。
- 注射部位の痛みや腫れが数日間続くことがある
- 局所麻酔薬による顔面の一時的なしびれが出現
- まれに神経損傷による感覚異常が起こる可能性
- 血腫形成や感染のリスクが存在
- 血管内注入による重篤な合併症に注意が必要
手術療法に関連する合併症
手術療法では、術中・術後の合併症に加えて、手技特有のリスクについても十分な対策が重要です。
手術方法 | 起こりうる合併症 |
微小血管減圧術 | 髄液漏、聴力障害、顔面神経麻痺 |
ガンマナイフ | 顔面感覚低下、遅発性合併症 |
高周波熱凝固法 | 角膜炎、顔面知覚障害、開口障害 |
経皮的グリセロール注入 | 顔面感覚異常、咬筋の収縮障害 |
薬物相互作用と全身への影響
三叉神経痛の治療薬は他の薬剤との相互作用に注意を払う必要があり、特に抗てんかん薬は、多くの薬剤の代謝に影響を与えます。
カルバマゼピンやガバペンチンなどの主要な治療薬は、肝臓での代謝を介して他の薬剤と相互作用を起こすことがありので、他の疾患で服用している薬剤がある時は、相互作用の確認を行うことが大切です。
また、高齢者や腎機能障害のある患者さんでは、薬物の体内からの排出が遅延することがあります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬物療法の費用
薬物療法は神経の興奮を抑える作用を持つ薬剤を使用し、経過観察のための定期的な血液検査も実施します。
薬剤名 | 30日分の費用(3割負担) |
カルバマゼピン | 2,000~4,000円 |
ガバペンチン | 3,500~7,000円 |
プレガバリン | 4,000~8,000円 |
バクロフェン | 2,500~5,000円 |
神経ブロック療法の費用
神経ブロック治療は日帰りで実施可能です。
- 末梢神経ブロック 4,000~6,000円
- 神経節ブロック 6,000~8,000円
- 高周波熱凝固法 15,000~20,000円
- アルコールブロック 5,000~7,000円
手術療法にかかる費用
手術方法 | 入院費用を含む総額(3割負担) |
微小血管減圧術 | 25~35万円 |
ガンマナイフ | 30~40万円 |
神経切断術 | 20~30万円 |
経皮的治療 | 15~25万円 |
以上
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