Wallenberg症候群(Wallenberg syndrome)とは、脳幹の一部である延髄の外側部分に血液の流れが悪くなることで発症する、脳血管の疾患です。
この症候群では、突然の強いめまいや嘔吐に加えて、顔の片側の感覚が鈍くなったり、手足の動きが悪くなったりするなど、複数の神経症状が同時に現れます。
主な原因は後下小脳動脈という血管の詰まりや裂け目(解離)であ、特に高血圧や糖尿病、喫煙習慣のある方は発症するリスクが高いです。
Wallenberg症候群の主な症状
Wallenberg症候群では、突然の強いめまいや嘔吐に始まり、顔面の感覚障害、嚥下困難、運動失調など、延髄外側部の障害に起因する多彩な神経症状が組み合わさって出現します。
初期に現れる急性症状
急性期には、突発的な回転性めまいと強い嘔吐が特徴的な初期症状で、数時間から数日間にわたって持続することが多く、患者さんの多くは激しい吐き気と嘔吐を伴うめまい発作に苦しむことになります。
めまいの性質は通常、周囲の景色が回転しているように感じる回転性めまいで、同時に眼振と呼ばれる不随意な眼球運動も認められ、体のバランスを保つことが困難になります。
初期症状 | 特徴的な性質 | 随伴症状 |
---|---|---|
めまい | 急激な回転性 | 眼振、悪心 |
嘔吐 | 反復性・持続性 | 食欲低下、脱水 |
感覚症状の特徴と分布
延髄外側部の障害による特徴的な感覚障害のパターンとして、病変側の顔面と反対側の体幹・四肢に温痛覚障害が生じ、これを交差性感覚障害と呼んでいます。
以下のような感覚障害の特徴は、診断において重要なポイントです。
- 顔面の片側における温度感覚と痛覚の低下
- 体幹と四肢の反対側における温度感覚と痛覚の低下
- 病変側における角膜反射の低下
- 病変側の発汗異常
運動・協調機能の障害
小脳や前庭神経系の機能障害により、体のバランスを取ることが難しくなり、病変側の手足で物を上手くつかめなかったり、歩行時にふらついたりする症状が起こります。
運動失調の程度は個々の患者さんによって異なりますが、一般的に病変側の上下肢に強く現れ、特に細かな動作や素早い動きを必要とする場面で顕著です。
運動症状 | 主な部位 | 具体的な症状 |
---|---|---|
協調運動障害 | 同側上下肢 | 指示運動障害、測定障害 |
姿勢保持障害 | 体幹・四肢 | 歩行時のふらつき、転倒傾向 |
嚥下・発声障害
延髄の障害により、嚥下反射や声帯の機能が影響を受け、食事の際にむせやすくなったり、声がかすれたりするなどの症状が現れ、液体を飲み込む際に困難を感じます。
また、これらの症状は単独で出現することは少なく、多くの場合、構音障害(呂律が回りにくい)や咽頭反射の低下なども同時に認められ、食事摂取に支障をきたします。
Wallenberg症候群の原因
Wallenberg症候群は、延髄外側部における血管障害、特に後下小脳動脈や椎骨動脈の循環不全によって起こる神経学的疾患です。
基本的な原因と解剖学的特徴
延髄外側部における血管障害は、後下小脳動脈や椎骨動脈の循環不全によって生じ、この部位に存在する様々な神経核や神経伝導路に影響を及ぼすことが、複雑な神経症状を引き起こす原因です。
延髄外側部には生命維持に関わる数多くの重要な神経核が密集しており、この部位の血流が途絶えると、広範かつ深刻な神経学的障害が現れます。
解剖学的構造 | 主な機能 |
---|---|
孤束核 | 味覚情報の処理と嚥下反射の制御 |
疑核 | 嚥下・発声に関与する筋肉の運動調節 |
前庭神経核 | 平衡感覚の維持と眼球運動の制御 |
下小脳脚 | 小脳への感覚情報の伝達経路 |
神経核や伝導路は相互に密接な関連性を持ちながら機能しており、血管障害による影響は複合的な形で現れることから、神経学的症候の多様性につながっているのです。
血管障害の具体的なメカニズム
延髄外側部における血管障害を起こす要因は、動脈硬化による血管壁の肥厚と狭窄、心臓から飛散してきた血栓による塞栓、血管解離による血流障害、血管炎による炎症性変化、そして先天的な血管走行異常などです。
これらの要因は、単独で発症することもありますが、多くの場合は複数の要因が組み合わさることで血管障害を引き起こすことが明らかになっています。
血管障害の種類 | 発生メカニズム |
---|---|
血栓性梗塞 | 動脈硬化により形成された血栓が血管を閉塞 |
塞栓性梗塞 | 他部位で形成された血栓が血流に乗って到達 |
血管解離 | 血管壁の内膜が裂けて血流を阻害 |
血管炎 | 炎症による血管壁の損傷と狭窄 |
血管障害の発生には、年齢や生活習慣、基礎疾患などの多岐にわたる要因が複雑に関与しており、それぞれの患者さんの背景因子によって発症リスクが大きく違います。
リスク要因と発症の背景
動脈硬化はWallenberg症候群の発症において重要な要素で、加齢とともにそのリスクは段階的に上昇します。
高血圧症、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病は、血管壁に持続的なダメージを与えることで動脈硬化を促進し、血栓形成の重要な危険因子です。
また、長期的な喫煙習慣は血管内皮細胞の機能に深刻な障害を引き起こし、血栓形成を促進する強力な要因として作用します。
血管障害の進展過程
血管障害は突発的に発症する可能性がありますが、多くの事例では長期間にわたる血管壁の変性過程を経て発症に至ります。
動脈硬化の進行により血管内腔が徐々に狭小化していき、最終的に血流が途絶えることで梗塞が完成するプロセスは、画像診断技術の発展によって理解されるようになってきました。
血管解離のケースでは、突然の動作や外傷を契機として内膜の裂傷が生じ、それに伴って急速に症状が進行することがあり、急性期の病態進展は特に注意深い観察が必要です。
基礎疾患の存在は血管障害の進展を加速させ、より早期での発症につながる可能性が高いことから、基礎疾患の管理と定期的な経過観察が欠かせません。
診察(検査)と診断
Wallenberg症候群の診断では、神経学的診察による詳細な臨床所見の評価とMRIなどの画像検査による延髄外側病変の確認を組み合わせ、さらに血液検査などの補助的検査も含めて進めていきます。
基本的な神経学的診察
神経学的診察では、脳神経機能、感覚機能、運動機能などの項目について、系統的に評価を実施することで、Wallenberg症候群に特徴的な所見を明らかにしていきます。
特に延髄外側症候群の特徴である交差性感覚障害のパターンについては、体の左右差や障害の分布を詳しく調べながら、典型的な症状の組み合わせを確認することが大切です。
診察項目 | 確認内容 | 具体的な手技 |
---|---|---|
脳神経機能 | 嚥下反射、角膜反射 | 反射検査、筋力評価 |
感覚機能 | 温痛覚、触覚、振動覚 | 系統的な感覚検査 |
画像検査による評価
MRI検査は本症候群の診断において中心的な役割を果たすもので、DWI(拡散強調画像)やFLAIR画像を用いることで、発症の早期から延髄外側の病変を鮮明に描出することが可能です。
また、MRAやCTAなどの血管造影検査を併用することで、後下小脳動脈の血流状態や血管壁の異常についても詳細な情報を得られ、次のような点に注目して画像評価を進めていきます。
- 延髄外側における急性期梗塞を示す高信号変化の有無
- 後下小脳動脈領域の血流動態と側副血行路の発達状況
- 周囲の脳組織への二次的な影響の範囲
- 血管壁における解離や動脈硬化性変化の存在
血液・生理学的検査
脳血管障害の原因究明や全身状態の把握のために、様々な血液検査や生理学的検査を実施することで、より正確な病態の把握を目指します。
さらに、心原性脳塞栓症の可能性を考慮して、心電図検査や心エコー検査なども併せて実施し、原因となる心疾患の有無についても慎重に評価を進めることが大切です。
検査種類 | 検査項目 | 評価のポイント |
---|---|---|
血液検査 | 凝固系、炎症反応 | 血栓傾向、炎症状態 |
心電図 | 不整脈、虚血性変化 | 塞栓源の検索 |
鑑別診断の実施
多発性硬化症や脳幹部腫瘍など、類似の症状を呈する疾患との鑑別を行うため、追加の画像検査や髄液検査を実施することも検討します。
特に若年者における発症例では、動脈解離や血管炎などの特殊な病態も考慮に入れながら、慎重な鑑別診断を進めていくことが必要です。
Wallenberg症候群の治療法と処方薬、治療期間
Wallenberg症候群の治療には、抗血栓療法を中心とした薬物療法、リハビリテーション、そして合併症への対応を組み合わせて行います。
主要な治療アプローチと薬物療法
急性期における抗血栓療法はWallenberg症候群の治療において不可欠で、血栓の進展予防と再発防止を目的として、抗凝固薬や抗血小板薬による薬物治療を実施します。
抗凝固療法では、ヘパリンの持続点滴による初期治療を行い、その後はワルファリンの内服に切り替えて長期的な血栓予防を実施していくことが標準的です。
薬剤分類 | 使用薬剤名と投与方法 |
---|---|
抗凝固薬 | ヘパリン(点滴静注)、ワルファリン(内服) |
抗血小板薬 | アスピリン、クロピドグレル(内服) |
血管拡張薬 | プロスタグランジンE1(点滴静注) |
脳保護薬 | エダラボン(点滴静注) |
薬物療法は、患者さんの状態や血液検査の結果に基づいて投与量を調整しながら、慎重に実施していきます。
リハビリテーションの実施方法
リハビリテーションプログラムには以下のような要素が含まれており、患者さんの回復段階に応じて段階的に行います。
- 嚥下機能訓練による誤嚥防止と経口摂取の改善
- 平衡機能訓練によるめまいや歩行障害の改善
- 筋力維持・強化訓練による基本的な運動機能の回復
- 日常生活動作の訓練による自立度の向上
- 言語聴覚療法による構音障害の改善
大切なのは、リハビリテーションを、発症後できるだけ早期から開始することです。
治療期間と回復過程
急性期の治療は2〜4週間程度の入院加療を要し、その間に薬物療法とリハビリテーションを並行して実施していくことで、効率的な治療効果を得られます。
治療段階 | 期間と主な治療内容 |
---|---|
急性期 | 2〜4週間(薬物療法中心) |
回復期 | 3〜6か月(リハビリ中心) |
維持期 | 6か月以上(機能維持訓練) |
社会復帰期 | 個別に設定(段階的な活動拡大) |
回復期のリハビリテーションは、症状の改善度に応じて3〜6か月程度継続することが一般的で、この期間中は入院または通院での集中的なリハビリテーションです。
各種治療法の組み合わせと実施時期
急性期から回復期にかけては、薬物療法とリハビリテーションを組み合わせた治療を実施することで、より効果的な機能回復を図れます。
薬物療法では、抗血栓薬の投与を基本としながら、めまいに対する前庭機能抑制薬や、嚥下障害に対する消化管機能改善薬なども併用することが重要です。
リハビリテーションプログラムは、患者さんの機能障害の程度や回復状況に合わせて段階的に進めていき、特に嚥下機能と平衡機能の改善に重点を置いた訓練を実施することで、日常生活動作の自立度向上を図ります。
退院後も外来でのフォローアップを継続し、薬物療法の調整やリハビリテーションを定期的に行いながら、長期的な機能改善を目指します。
Wallenberg症候群の治療における副作用やリスク
Wallenberg症候群の治療においては、抗血栓薬や抗凝固薬の投与、嚥下リハビリテーションなど、各種治療法に伴う副作用やリスクがあります。
抗血栓療法に関連する副作用
抗血栓薬や抗凝固薬の使用に際しては、出血性の副作用に対する慎重なモニタリングが必要で、特に高齢者や腎機能障害のある患者さんでは、より注意深い経過観察が大切です。
体内の複数の部位で出血傾向が現れる可能性があるため、定期的な血液検査による凝固能の評価と、投与量の調整を行っていく必要があります。
薬剤分類 | 主な副作用 | 注意すべき所見 |
---|---|---|
抗血小板薬 | 消化管出血、皮下出血 | 貧血の進行、黒色便 |
抗凝固薬 | 頭蓋内出血、血尿 | 頭痛、血圧上昇 |
嚥下障害に伴うリスク
嚥下機能のリハビリテーションを進める過程では、以下のような合併症があります。
- 誤嚥性肺炎の発症リスク
- 気道閉塞による呼吸障害
- 低栄養状態の進行
- 脱水の進行リスク
自律神経症状に関連する合併症
体温調節障害や循環動態の不安定性に関連して、様々な全身症状が生じる可能性があり、急性期に問題になるのは、血圧変動や不整脈などの循環器系の問題です。
自律神経症状による発汗異常や体温調節障害は、脱水や電解質異常を引き起こすリスクがあるため、水分・電解質バランスの管理には慎重な対応を行います。
症状分類 | 想定されるリスク | 観察ポイント |
---|---|---|
循環器症状 | 血圧変動、不整脈 | 血圧測定、心電図 |
体温調節障害 | 発熱、低体温 | 体温測定、発汗状態 |
早期リハビリテーションのリスク
急性期からの早期リハビリテーションは神経機能の回復に大切ですが、過度な負荷は症状の悪化を招くころがあることから、患者さんの全身状態を見極めながら段階的に進めていく必要があります。
特に立位・歩行訓練の開始時期については、めまいや平衡機能障害による転倒のリスクを考慮しながら、慎重に判断していくことが望ましいです。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院治療における基本的な費用
入院時の基本的な治療費は、一般病棟での入院基本料に加え、神経学的検査や画像診断料が加算されます。
治療内容 | 保険適用後の自己負担額(3割負担の場合) |
---|---|
一般病棟入院(1日) | 5,000円〜8,000円 |
MRI検査 | 15,000円〜20,000円 |
CT検査 | 8,000円〜12,000円 |
血液検査 | 3,000円〜5,000円 |
急性期の入院期間は通常2〜4週間程度です。
投薬治療に関連する費用
薬物療法では、抗凝固薬や抗血小板薬などの投与が不可欠となり、これらの薬剤費用も治療費の重要な部分を占めます。
薬剤種類 | 月額概算(保険適用後) |
---|---|
抗凝固薬 | 3,000円〜8,000円 |
抗血小板薬 | 2,000円〜5,000円 |
点滴用薬剤 | 2,500円〜6,000円/日 |
脳保護薬 | 4,000円〜7,000円/週 |
薬剤は複数を併用することが多く、実際の費用は患者の状態に応じて変動します。
リハビリテーション関連費用
リハビリテーションに関する主な費用項目には次のようなものがあります。
- 理学療法 1回あたり 3,000円〜4,500円
- 作業療法 1回あたり 3,000円〜4,500円
- 言語聴覚療法 1回あたり 3,000円〜4,500円
- 嚥下機能療法 1回あたり 2,500円〜4,000円
- 平衡機能訓練 1回あたり 3,000円〜4,500円
リハビリテーションは週に3〜5回程度実施することが一般的です。
長期的な治療における費用の推移
回復期のリハビリテーション病棟への転院時には、基本料金体系が変更となり、急性期病棟よりも料金設定が低くなります。
回復期リハビリテーション病棟での入院期間は2〜3ヶ月程度で、この期間の費用は月額15万円〜25万円程度となることが多いです。
医療機器使用に関する費用
神経学的モニタリングや生体機能検査などの医療機器使用に関する費用は、検査の種類や頻度によって大きく変動します。
脳血流シンチグラフィーなどの特殊検査は1回あたり2万円から3万円、医療機器を用いたリハビリテーションでは、機器使用料として1回あたり1,000円から3,000円の追加費用が生じます。
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