Wernicke失語 – 脳・神経疾患

Wernicke失語(Wernicke’s aphasia)とは、脳の側頭葉後部にある言語中枢(ウェルニッケ野)が損傷を受けることによって起こる言語障害で、聞いた言葉の意味を理解することが難しくなる神経疾患です。

話し言葉の理解が困難になる一方で、文法的に正しい流暢な発話が保たれることが多く、患者さんご自身は自分の発する言葉に問題があることに気づかないことがあります。

家族や友人との会話、テレビやラジオの音声、電話での会話など、聴覚的な情報の理解に困難を感じることが多く、複数の人が同時に話す場面や、騒がしい環境での会話では、より一層の困難を経験します。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

Wernicke失語の主な症状

Wernicke失語の症状は、言葉の理解力が著しく低下する一方で、文法的には整った流暢な発話が保たれます。

言語理解の障害について

聴覚的な言語理解の障害は、Wernicke失語において最も顕著な症状で、感覚性失語と呼ばれることがあります。

言語理解の障害は、単語レベルから文章レベルまで広範囲に及び、抽象的な概念や複雑な文章構造を含む会話において困難を示すことが多いです。

「右手を挙げてください」といった簡単な指示に従えない状態や、「昨日の夕食は何を食べましたか」といった質問の意味を理解できないといった状況が挙げられます。

発話の特徴と症状

発話の特徴症状
流暢性文法的に正しい滑らかな発話が可能
語性錯語意味の異なる単語への置き換えが頻繁に発生
新造語実在しない単語の使用や造語が見られる
音韻性錯語音の類似した単語への置き換えが発生

発話における最も特徴的な点は、文法的な構造は保たれているものの、意味のある内容を伝えることが困難になることです。

患者さんの発話は流暢で自然な抑揚を保っているにもかかわらず、内容が理解困難な場合が多く、これは重要な診断指標となります。

読み書きの障害

読み書きの能力に関して見られる症状

  • 文字を読むことはできても意味の理解が困難
  • 漢字や仮名の区別なく読み書きに障害が生じる
  • 書き取りや書き写しにおいて誤りが多発する
  • 自発的な文章作成において意味の通じない文章を産出

読み書きの障害は、言語理解の障害と関連しており、文字を介したコミュニケーションにおいても大きな支障をきたします。

Wernicke失語の原因

Wernicke失語は、脳の側頭葉後部に位置する言語理解の中枢(ウェルニッケ野)が、脳梗塞や脳出血、頭部外傷などによって損傷を受けることで発症します。

ウェルニッケ野の解剖学的特徴

ウェルニッケ野は、左大脳半球の上側頭回後部から縁上回にかけて広がる言語野で、聴覚情報と意味理解を結びつける役割を担う神経細胞が密集している領域です。

この領域には中大脳動脈の分枝が分布しており、動脈硬化や高血圧などの血管障害の影響を受けやすい特徴があります。

言語理解の中枢として知られるウェルニッケ野は、ブローカ野と弓状束という神経線維で接続されており、この神経回路網が言語の理解と表現を可能にしています。

発症メカニズムと血管支配

血管支配領域主な原因疾患
中大脳動脈後方枝心原性脳塞栓症、アテローム血栓性脳梗塞
後大脳動脈分枝脳出血、動脈解離、血管炎

中大脳動脈後方枝の血流障害は、ウェルニッケ野周辺の広範な脳組織に酸素や栄養の供給不足をもたらし、神経細胞の機能不全や壊死を起こします。

また、血管性病変以外にも、脳腫瘍や頭部外傷、中枢神経系の感染症なども、ウェルニッケ野の機能障害を引き起こす原因です。

神経細胞レベルでの障害機序

神経細胞の損傷は、複雑な生化学的変化を起こします。

  • グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の過剰放出による細胞毒性
  • カルシウムイオンの細胞内流入による細胞死の誘導
  • フリーラジカルの産生による酸化ストレスの増大
  • ミトコンドリア機能障害による ATP産生低下
  • 神経細胞膜の脂質過酸化による構造破壊

年齢と発症リスク

年齢層リスク要因
65歳未満動脈解離、心疾患、凝固異常
65歳以上動脈硬化、高血圧、糖尿病

加齢に伴う血管壁の変性や動脈硬化の進行は、血栓形成や塞栓のリスクを高め、脳血管障害の発症率を上昇させる要因です。

高齢者においては、複数の基礎疾患が合併することで、血管性病変のリスクが相乗的に増加することがあります。

若年者での発症はまれですが、先天性心疾患や血液凝固異常、自己免疫疾患などが背景にあることも少なくありません。

診察(検査)と診断

Wernicke失語の診断では問診と神経学的診察に加え、標準化された失語症検査バッテリー、画像診断、神経心理学的検査など、複数の検査手法を実施します。

初診時の診察手順

初診時の診察では、患者さんの発話の特徴や言語理解力を観察しながら、神経学的な異常の有無を確認していくことが重要です。

患者さんとの会話を通じて、自発的な発話における流暢性や、質問に対する応答の的確、指示理解の程度などを観察していきます。

診察項目確認内容
意識状態覚醒度、見当識、注意力の確認
脳神経系顔面神経、舌下神経などの機能
運動機能四肢の麻痺や協調運動の状態
感覚機能触覚、温度覚、痛覚の異常

診察時には、言語機能だけでなく、患者さんの全般的な神経学的状態を把握することで、脳の損傷部位や範囲についての手がかりを得られます。

神経心理学的検査の実施

標準失語症検査(SLTA)などの専門的な検査を実施する際には、以下の要素について調べます。

  • 自発話における文法性と語彙の使用状況
  • 聴覚的理解力と読解力の程度
  • 単語の復唱能力と書字能力
  • 物品呼称や動作説明の正確性
  • 計算能力や数字の理解度

神経心理学的検査の結果は、言語障害のパターンを明確化し、他の失語症との鑑別診断において有用です。

画像診断による病巣部位の特定

画像検査診断目的
MRI検査脳実質の詳細な構造観察
CT検査出血性病変の急性期診断
SPECT脳血流状態の機能的評価
PET脳代謝活性の詳細な評価

画像診断では、左側頭葉後部(ウェルニッケ野)周辺の異常所見の有無を確認します。

MRI検査では、T1強調画像、T2強調画像、拡散強調画像などを用いて脳実質の状態を観察することで、病変の性質や範囲を正確に把握できます。

また、SPECT検査やPET検査などの機能的画像診断を併用することにより、脳の血流状態や代謝活性についても評価を行うことが可能です。

鑑別診断のポイント

失語症の中でも特にウェルニッケ失語と混同されやすい他の言語障害との鑑別では、言語症状の特徴を分析することが大切です。

超急性期の脳梗塞や脳出血などでは、意識障害による反応性の低下が言語障害と似た症状を呈することがあるため、複数の検査結果を判断し診断を進めていきます。

Wernicke失語の治療法と処方薬、治療期間

Wernicke失語の治療では、言語療法士による言語訓練を基本としながら、脳機能改善薬や血流改善薬などの薬物療法を行います。

言語訓練の基本アプローチ

言語訓練は、単語や短文の聴覚的理解から始め、徐々に複雑な文章の理解へと進め、週3~5回の頻度で継続的な訓練を実施します。

訓練段階訓練内容と目標
初期段階単語レベルの聴覚的理解訓練、Yes/No応答訓練
中期段階短文理解訓練、簡単な会話練習
後期段階複雑な文章理解、日常会話訓練

言語訓練の手法

  • 音声認識訓練による基礎的な聴覚理解力の向上
  • 単語と意味の結びつけを強化する意味理解訓練
  • 文法構造の理解を深める構文訓練
  • 日常生活で使用頻度の高い会話パターンの反復練習

薬物療法

脳機能改善薬は、神経伝達物質の働きを調整し、損傷を受けた脳組織の機能回復を促進する効果が期待できます。

血流改善薬は、脳内の血液循環を促進し、神経細胞への酸素や栄養の供給を増加させることで、言語機能の回復を支援します。

薬剤分類主な薬剤名と作用
脳機能賦活薬シチコリン(神経細胞膜修復)、イデベノン(脳代謝改善)
血流改善薬オザグレルナトリウム(血小板凝集抑制)、エダラボン(フリーラジカル消去)

集中的言語訓練プログラム

言語訓練は、発症後早期から開始することが重要で、発症後3ヶ月間は神経可塑性が高い時期です。

集中的言語訓練プログラムでは1回45分から60分の個別訓練を基本とし、訓練の進歩に応じて、グループ訓練や自宅での自主訓練を組み合わせます。

リハビリテーション期間と頻度

リハビリテーションは、急性期(1~2ヶ月)、回復期(3~6ヶ月)、維持期(6ヶ月以降)の3つの段階に分けて計画を立てます。

急性期では、薬物療法と並行して基礎的な言語訓練を1日2~3回の頻度で実施し、脳の可塑性を最大限に活用することを目指します。

回復期には、より実践的な言語訓練を週3~5回の頻度で継続し、日常生活での実用的なコミュニケーション能力の向上を図ります。

維持期においては、獲得した言語機能の定着を目標に、週1~2回程度の訓練を継続することが望ましいです。

Wernicke失語の治療における副作用やリスク

Wernicke失語に対する言語療法や薬物療法などの各種治療介入には、身体的な疲労や精神的なストレス、薬剤による副作用などがあります。

言語療法に関連する身体的負担

言語療法では、長時間の発声練習や集中力を要する課題により、一時的な血圧上昇や心拍数の増加といった循環器系への負荷が生じることがあります。

身体的負担の種類想定される影響
循環器系への負荷血圧変動、心拍数上昇
呼吸器系への負荷呼吸困難、過換気
筋骨格系への負荷頸部緊張、姿勢性疲労
代謝系への影響疲労蓄積、脱水傾向

薬物療法における副作用

脳血流改善薬や向精神薬などの投与に伴う副作用

  • 消化器症状(悪心、食欲不振、胃部不快感)
  • 循環器症状(血圧変動、動悸、不整脈)
  • 神経系症状(めまい、頭痛、ふらつき)
  • 皮膚症状(発疹、かゆみ、紅斑)
  • 肝機能障害(肝酵素上昇)

リハビリテーションに伴う合併症

合併症の分類リスク
運動器系転倒、関節拘縮、筋力低下
自律神経系起立性低血圧、発汗異常
感染症誤嚥性肺炎、尿路感染症
代謝系電解質異常、栄養障害

リハビリテーション実施中は、患者さんの全身状態を継続的に観察し、異常の早期発見に努めることが重要です。

高齢者では、長期臥床による廃用症候群の進行や、骨粗鬆症に伴う骨折のリスクにも注意を払う必要があります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院時の基本的な治療費

治療内容保険適用後の自己負担額(3割)
入院費(1日)6,000円〜9,000円
言語療法(1回)1,200円〜1,800円
MRI検査15,000円〜25,000円
脳血流シンチグラフィー24,000円〜30,000円

外来リハビリテーション費用

外来でのリハビリテーション費用

  • 個別言語聴覚療法 1回2,000円前後
  • グループ訓練 1回1,500円前後
  • 認知機能検査 4,000円〜8,000円
  • 言語機能評価 3,000円〜6,000円
  • 経過評価 2,000円〜4,000円

薬物療法にかかる費用

脳機能改善薬や血流改善薬などの処方薬は、1ヶ月あたり合計して5,000円から15,000円程度の費用が発生します。

薬剤種類月額費用(3割負担)
脳機能改善薬3,000円〜6,000円
血流改善薬2,000円〜4,000円
抗血小板薬1,500円〜3,000円

以上

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