急性冠症候群(きゅうせいかんしょうこうぐん, Acute Coronary Syndrome:ACS)とは、心臓の血管(冠動脈)が急に詰まったり狭くなったりして、心臓の筋肉(心筋)に十分な血液が行き渡らなくなる病気です。
この状態が続くと、心臓の機能が低下し、生命に関わる危険な状態に陥ります。
急性冠症候群(ACS)の種類(病型)
急性冠症候群は、不安定狭心症、急性心筋梗塞(AMI)、虚血による心臓突然死などを包括する疾患概念です。
緊急の対応が必要であり、非ST上昇型ACS(NSTE-ACS)とST上昇型心筋梗塞(STEMI)の2つに大別し、早急に治療を行います。
病型 | 主な特徴 |
非ST上昇型ACS(NSTE-ACS) | 心電図でST部分の上昇が見られない |
ST上昇型心筋梗塞(STEMI) | 心電図でST部分の明らかな上昇が見られる |
非ST上昇型ACS(NSTE-ACS)
非ST上昇型ACS(NSTE-ACS)は、血液検査で心筋壊死のマーカーである心筋トロポニンの上昇の有無によって、不安定狭心症と非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)の2つに分けられます。
不安定狭心症 | 心筋トロポニンの上昇が見られず、一時的な心筋虚血が起こっている |
非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI) | 心筋トロポニンの上昇が確認され、心筋の一部に壊死が生じている |
ST上昇型心筋梗塞(STEMI)
ST上昇型心筋梗塞(STEMI)はACSの中でも最も緊急性の高い病型で、冠動脈が完全に閉塞し、心筋への血流が著しく低下、または停止している状態です。
心電図上では、特徴的なST部分の上昇が見られます。
心筋の広範囲な壊死が進行するリスクが高いため、早期の再灌流療法(心臓発作などによって血流が遮断された血管を再び開いて、血流を回復させる治療法)が重要となります。
急性冠症候群(ACS)の主な症状
急性冠症候群の主な症状は、突然現れる胸痛や胸部圧迫感、息切れ、冷や汗などです。
特徴 | 説明 |
突然の発症 | 症状が急に現れることが多い |
持続時間 | 通常20分以上続く |
安静時でも | 安静にしても症状が改善しないことがある |
肉体的負荷 | 運動や精神的ストレスで悪化することがある |
突然現れる胸痛が特徴
ACSの症状は突然現れ、胸の中央部や左側に「締め付けられるような」「重苦しい」痛みが起こります。
痛みは腕や肩、首、あごにまで広がることもあり、胸痛と同時に息切れや呼吸困難も起こります。
これは心臓への血流不足により、体が十分な酸素を取り込めなくなるためです。
また、冷や汗をかいたり、めまいや吐き気を感じたりすることもあります。
ただし、高齢の方や糖尿病を患っている方では、胸痛がはっきりしない場合や、単に体のだるさや疲労感だけを感じるケースもあります。
早期治療が生命予後を左右する
ACSは、早期発見・早期治療が生命予後を大きく左右する疾患です。
突然の胸の痛みを感じた場合は、迷わず医療機関を受診してください。
特に、症状が20分以上続く場合や、安静にしても改善しない場合は速やかに救急車を要請すべきです。
急性冠症候群(ACS)の原因
急性冠症候群の主な原因は、冠動脈の動脈硬化プラークの破綻と、それに続く血栓形成による冠動脈の急激な狭窄または閉塞です。
わかりやすく言うと、血管にたまったコレステロールなどが原因で血管が傷つき、血の塊ができて血管が詰まって起こります。
冠動脈の動脈硬化と不安定プラーク
ACSは、冠動脈の動脈硬化が進行することで発生します。
動脈硬化は血管の内壁にコレステロールなどの脂質が蓄積し、炎症反応を引き起こす現象で、長年にわたって徐々に進行します。
この過程で形成される、不安定なプラークがACSの発症の原因となります。
不安定プラークは薄い線維性被膜に覆われた脂質コア(ラークの中心部にある脂質が溜まった部分)を持つ構造で、破裂しやすい特徴があり、突然の心臓発作のきっかけとなります。
プラーク破綻と血栓形成
不安定プラークが破綻すると血管内に脂質成分が露出し、血小板が活性化されて血栓が形成されます。
この血栓は冠動脈の内腔を狭窄または閉塞させ、心筋への血流を著しく減少させます。
その結果、心筋虚血や心筋壊死が引き起こされ、胸痛などのACS特有の症状が現れます。
ACSの発症リスクを高める要因
リスク要因 | 影響 |
高血圧 | 血管壁への負荷増大と動脈硬化の促進 |
脂質異常症 | LDLコレステロールの蓄積による動脈硬化の加速 |
糖尿病 | 血管障害の加速と炎症反応の増強 |
喫煙 | 血管内皮機能の低下と酸化ストレスの増加 |
また、ACSの発症には以下のような生活習慣も関係していると考えられています。
- 慢性的なストレス
- 過度の飲酒
- 運動不足
- 肥満
- 加齢
- 遺伝的素因
診察(検査)と診断
急性冠症候群の診察は緊急性が非常に高く、救急車で運ばれてくる患者さんが多いです。
迅速な対応が必要であり、状況に応じて様々な検査が行われます。
診察の流れと検査方法
ACSの診断において、心電図検査は非常に重要です。心電図では、心筋の虚血や梗塞を示す特徴的な波形の変化を確認できます。
また、血液検査も診断に欠かせません。心筋細胞が障害されると血中に放出される、特殊なタンパク質(心筋マーカー)の値を測定します。
代表的な心筋マーカーには、トロポニンやCK-MBがあります。
検査項目 | 目的 |
心電図検査 | 心筋虚血や梗塞の波形変化を確認 |
血液検査 | 心筋マーカー(トロポニン、CK-MB)の上昇を確認 |
心エコー検査 | 心臓の壁運動異常や弁膜症の有無を評価 |
冠動脈造影 | 冠動脈の狭窄や閉塞を直接確認 |
確定診断
心エコー検査は、心臓の壁運動異常や弁膜症の有無を評価するために使います。
また、冠動脈造影検査は冠動脈の狭窄や閉塞を直接確認できる検査です。この検査では、造影剤を用いて冠動脈の状態を調べます。
冠動脈造影検査の結果、有意な狭窄や閉塞が認められた場合、ACSの確定診断となります。
急性冠症候群(ACS)の治療法と処方薬、治療期間
急性冠症候群の治療法は、緊急の再灌流療法、抗血小板薬や抗凝固薬などの薬物療法があります。
治療期間は急性期の数日間から、慢性期の数か月以上に及びます。
緊急治療・入院
ACSと診断された場合、直ちに入院して治療を開始する必要があります。
緊急治療の中心となるのが血流を回復させる再灌流療法で、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)と呼ばれる手技が一般的です。
PCIでは狭窄した冠動脈にカテーテルを挿入し、ステントと呼ばれる金属製の網目状の筒を留置して血管を広げ、血流を改善します。
状況によっては、冠動脈バイパス手術(CABG)が選択されることもあり、この手術では狭窄した冠動脈の先に新しい血管をつなぎ、血流を確保します。
薬物療法
ACSの治療には様々な薬剤が使用され、再発予防や心臓の負担軽減を目的とします。
薬剤の種類 | 主な効果 | 代表的な薬剤名 |
抗血小板薬 | 血栓形成を抑制 | アスピリン、クロピドグレル |
抗凝固薬 | 血液の凝固を防止 | ヘパリン、ワーファリン |
スタチン | コレステロール値を低下 | アトルバスタチン、ロスバスタチン |
β遮断薬 | 心臓の負担を軽減 | メトプロロール、ビソプロロール |
リハビリテーション
急性期を脱した後は心臓リハビリテーションが始まり、適度な運動療法、栄養指導、禁煙支援、ストレス管理などを行います。
リハビリテーションの期間は個人差がありますが、通常3〜6か月程度続き、この間に徐々に日常生活や仕事への復帰を目指します。
継続的な管理
ACSの治療は急性期の対応だけで終わるものではなく、退院後も定期的な通院が必要となり、症状の経過観察や薬の調整、検査などが行われます。
必要な期間は個人の状態によって異なりますが、多くの場合数か月から数年にわたって続きます。
予後と再発可能性および予防
急性冠症候群は治療と生活習慣の改善により改善が期待できますが、再発のリスクがあるため継続的な管理と予防が欠かせません。
ACSの予後について
急性冠症候群(ACS)の予後は、早期発見と迅速な治療開始が重要となります。
心臓発作を起こした人の2~3割が病院に着く前に死亡するとされているため、まずは直ちに医師の診察を受けることが重要です。
迅速に治療開始ができた場合の多くは回復し、日常生活に戻ることができます。
ただし、心臓の損傷の程度や合併症の有無によって予後が大きく異なる場合もあります。
再発リスクと予防法
ACSは再発のリスクが高い疾患です。再発を防ぐには、生活習慣の改善と継続的な医療管理が必要となります。
予防策 | 効果 |
禁煙 | 心臓への負担軽減 |
定期的な運動 | 心血管機能の改善 |
健康的な食事 | 動脈硬化の進行抑制 |
服薬管理 | 血圧や脂質のコントロール |
- 処方された薬を医師の指示通りに服用する
- 定期的に医療機関を受診し、検査を受ける
- ストレス管理を心がける
- 体重管理を行う
急性冠症候群(ACS)の治療における副作用やリスク
急性冠症候群の治療には、出血や腎機能障害、さらには心機能低下などの重大な副作用やリスクが伴う可能性があります。
薬物治療のリスク
急性冠症候群の治療では抗血小板薬や抗凝固薬が使用されますが、これらの薬剤には出血のリスクが伴います。
胃腸出血や脳出血などの重篤な出血が起こることもあるため、注意が必要です。
また、スタチン系薬剤を使用する際には、筋肉痛や肝機能障害が生じることがあります。
カテーテル治療のリスク
リスク | 説明 |
出血 | 穿刺部位からの出血や内出血が起こります |
感染 | カテーテル挿入部位や血管内で感染が発生する危険性があります |
血管損傷 | カテーテル操作により、血管が損傷を受けることがあります |
腎機能障害 | 造影剤の使用により、腎機能が一時的または永続的に低下します |
長期的な副作用とリスク
急性冠症候群の治療後も、長期的な副作用やリスクに注意が必要です。
- 再狭窄:ステント留置後に再び血管が狭くなります。
- 薬剤性の副作用:長期的な薬物治療による副作用が蓄積します。
- 心機能低下:心筋梗塞後の心機能回復が不十分な場合、慢性的な心不全に移行します。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
急性冠症候群の治療費は症状の重症度や必要な処置によって大きく変わりますが、一般的に高額になります。
治療費の内訳と概算
ACSの治療費は、主に入院費、手術費(カテーテル治療やバイパス手術など)、薬剤費、検査費用(血液検査、心電図、心エコーなど)がかかります。
費用は症状や必要な処置によって変動しますが、複数の冠動脈に狭窄がある場合はより複雑な治療が必要となり、費用が増加します。
治療内容 | 概算費用 |
カテーテル治療 | 100万円~300万円 |
バイパス手術 | 400万円~800万円 |
ただし、高額療養費制度の利用により、実際の自己負担額は所得に応じて軽減されます。
治療費の詳細は医療機関によって異なりますので、担当医や医療機関の相談窓口に直接ご確認ください。
以上
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