大動脈解離 – 循環器の疾患

大動脈解離(Aortic dissection)とは、大動脈の内膜が裂け、大動脈壁内への血液流入により大動脈壁が二層に分離してしまう危険な病気です。

大動脈解離を発症すると、突然の胸背部痛や腹痛があらわれ、放置すれば破裂し、命に関わる重大な経過につながる可能性があります。

大動脈解離は死亡率が高い疾患であるため、速やかな診断と治療開始が大切です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

大動脈解離の種類(病型)

大動脈解離の代表的な分類方法としては、Stanford分類、DeBakey分類、偽腔の血流状態による分類、病期による分類の4つがあります。

Stanford分類

Stanford分類では、解離が上行大動脈に及んでいるかどうかによって、A型とB型の2つに分類します。

Stanford分類解離の範囲
A型上行大動脈に解離が及ぶ
B型上行大動脈に解離が及ばない

A型の場合は、多くのケースで緊急手術が必要です。一方、B型では内科的な治療が第一に選択される場合が多くなります。

DeBakey分類

DeBakey分類は、解離の始まる位置と広がり方に基づいて、I型、II型、III型の3つに分類するものです。

  • I型:解離が上行大動脈から下行大動脈まで及んでいるもの
  • II型:解離が上行大動脈のみに限局しているもの
  • III型:解離が下行大動脈から始まるもの(III a型は横隔膜より心臓に近い側、III b型はより遠い側)
DeBakey分類解離の範囲
I型上行大動脈から下行大動脈
II型上行大動脈のみ
III型下行大動脈(a型:横隔膜より中枢側、b型:末梢側)

DeBakey分類のI型とII型は、Stanford分類のA型に相当します。DeBakey分類のIII型は、Stanford分類のB型に当てはまります。

偽腔の血流状態による分類

大動脈解離では、本来の血管腔(真腔)の他に、解離によってできた腔(偽腔)が存在します。

この偽腔の血流の状態によって、以下の3つに分類されています。

  • 偽腔開存型:解離の入口(エントリー)から偽腔に血液が流れ込み、出口(リエントリー)から流れ出ている状態
  • ULP型(ulcer-like projection):偽腔内に潰瘍状の突出があり、その部位に限局して血流が残存している状態
  • 偽腔閉塞型:偽腔内に血栓ができ、血液の流れがない状態

偽腔開存型は破裂のリスクが高いため、注意深く経過を見守る必要があります。

ULP型は偽腔開存型への移行の可能性があり、慎重な経過観察が求められます。

それに対して、偽腔閉塞型は血栓によって安定した状態であると考えられています。

病期による分類

大動脈解離は、発症からの時間経過に応じて、急性期、亜急性期、慢性期の3つの時期に分けられます。

  • 急性期:発症から2週間以内の時期
  • 亜急性期:発症から2週間から3ヶ月までの時期
  • 慢性期:発症から3ヶ月以上経過した時期

急性期は合併症を起こすリスクが高いため、速やかな対応が求められます。

亜急性期以降は解離がある程度安定してくるので、治療方針を再検討することになります。

大動脈解離の主な症状

大動脈解離の症状は、強い胸背部の痛みや四肢の痛み・しびれなどが代表的です。

突然の激しい胸背部痛

大動脈解離の代表的な症状は、突如として現れる強烈な胸背部の痛みです。

裂け目が生じた場所に応じて、胸部、背部、腹部などにあらわれます。

痛みの特徴としては、鋭い刺すような痛み、裂けるような痛み、拍動を伴う痛みなどが挙げられ、今まで感じたことがないほど強烈な痛みが特徴です。

部位痛みの特徴
胸部鋭い刺すような痛み
背部裂けるような痛み
腹部拍動を伴う痛み

拍動の左右差や四肢の痛み・しびれ

大動脈解離が進行すると、解離により生じた偽腔が分枝動脈を圧迫し、血流障害を引き起こすことがあります。

その結果、次のような症状が現れます。

  • 上肢や下肢の脈拍に左右差が生じる
  • 四肢の痛みやしびれ
  • 顔面を含む四肢の麻痺

中でも脈拍の左右差は、大動脈解離を疑う上で重要なサインの一つです。

片側の橈骨動脈や大腿動脈の拍動が弱くなったり、消失したりしている場合は注意が必要です。

血圧の左右差

大動脈解離によって、左右の腕の血圧に差が生じる場合があります。

これは解離が腕頭動脈や左鎖骨下動脈に影響を及ぼし、血流障害を引き起こすことで起こります。

左右差の大きさ疑われる解離の範囲
20mmHg以上腕頭動脈や左鎖骨下動脈に解離が及んでいる可能性が高い
10〜20mmHg解離の範囲は限定的だが、経過観察が必要

随伴症状

大動脈解離はさまざまな随伴症状を引き起こす「偽装名人」とも呼べる疾患です。

特に重篤なものとしては、心タンポナーデ、急性大動脈弁閉鎖不全症、脳梗塞などが挙げられます。

その他にも、頭痛、失神、呼吸困難、胸部圧迫感などの症状を伴う場合もあります。

大動脈解離の原因

大動脈解離は、大動脈の内膜が裂けて血液が中膜に流れ込み発症します。

その主な原因としては、高血圧、動脈硬化、大動脈瘤などの基礎疾患や、外傷、遺伝的な要因などが挙げられます。

大動脈解離の主な危険因子
  • 高血圧
  • 動脈硬化
  • 大動脈瘤
  • 外傷
  • マルファン症候群などの遺伝性疾患
  • 高齢
  • 喫煙
  • 大動脈炎症候群などの炎症性疾患

高血圧による大動脈壁への負荷

高血圧は大動脈解離の最も重要なリスク因子の1つです。

長期間にわたって高血圧が続くと、大動脈壁に持続的な負荷がかかり、内膜の損傷や中膜の変性を引き起こします。

その結果、大動脈壁が脆くなり、解離が発生しやすくなるのです。

高血圧の程度収縮期血圧拡張期血圧
正常血圧<120mmHg<80mmHg
正常高値血圧120-129mmHg<80mmHg
軽症高血圧140-159mmHg90-99mmHg
中等症高血圧160-179mmHg100-109mmHg
重症高血圧≧180mmHg≧110mmHg

動脈硬化による大動脈壁の脆弱化

動脈硬化が進むと、大動脈壁が硬くなって弾力性を失います。また、粥状硬化巣ができると内膜が傷つきやすくなります。

こうした変化により、大動脈壁が脆くなり、解離のリスクが高まります。

大動脈瘤による解離のリスク増加

大動脈瘤とは、大動脈壁が局所的に膨らんだ状態を指します。

大動脈瘤がある場合、その部位の大動脈壁にかかる壁応力が大きくなり、解離のリスクが高くなります。

特に、瘤の直径が大きい場合や、瘤の成長速度が速いときは解離の危険性が高い状態です。

外傷や遺伝的要因の影響

胸部への強い衝撃や、大動脈に直接的な損傷を与えるような外傷は、解離のきっかけになる場合があります。

また、マルファン症候群などの遺伝性結合組織疾患では、先天的に大動脈壁の脆弱性が存在するため解離のリスクが高くなります。

診察(検査)と診断

大動脈解離の診察の診断を行う際は、症状や身体所見、画像検査、血液検査などを組み合わせて総合的な評価を行います。

症状と身体所見

大動脈解離は急激に発症する強い胸痛や背部痛が特徴的です。

さらに、解離が進行した際には、血圧低下やショック状態に陥る可能性もあります。

身体所見の面では、血圧の左右差や脈拍の左右差、心雑音などが認められるケースで大動脈解離を疑います。

画像検査

造影CT検査では、大動脈内腔の解離腔や偽腔、解離の範囲などを評価できます。

一方、MRI検査では、解離の範囲や血流の状態をさらに詳しく評価します。

検査方法評価内容
造影CT検査解離腔や偽腔、解離の範囲
MRI検査解離の範囲、血流の状態

さらに、心臓超音波検査では、大動脈弁の逆流や心嚢液貯留なども評価できます。

血液検査

時期検査項目
初診時白血球数、CRP、ヘモグロビン、ヘマトクリット、凝固系検査
経過観察時心筋逸脱酵素

大動脈解離の際には、炎症反応の上昇や貧血、凝固異常などが認められる傾向にあります。

主な検査項目
  • 白血球数、CRP:炎症反応の評価
  • ヘモグロビン、ヘマトクリット:貧血の評価
  • 凝固系検査(PT、APTT、Dダイマー):凝固異常の評価
  • 心筋逸脱酵素(CK、CK-MB、トロポニン):心筋梗塞の評価

鑑別診断

大動脈解離については、急性冠症候群や肺血栓塞栓症などとの鑑別が重要です。

症状や身体所見、検査所見を総合的に判断し鑑別を行っていきます。

大動脈解離の治療法と処方薬、治療期間

大動脈解離では、基本的に降圧療法と外科的治療が中心です。

降圧療法では、収縮期血圧を120mmHg以下に維持することを目標に、β遮断薬やカルシウム拮抗薬などの降圧薬を使用します。

外科的治療の適応

解離の部位治療法
Stanford A型緊急手術
Stanford B型内科的治療(降圧療法)

外科的治療は、急性期のStanford A型解離や、合併症を伴うStanford B型解離で適応となるケースが多いです。

手術では、解離した大動脈の壁を切除し、人工血管に置換して大動脈の血流を正常化させます。

内科的治療の適応

内科的治療は、Stanford B型解離で合併症がない場合に第一選択となります。

  • 収縮期血圧120mmHg以下を目標とする
  • β遮断薬やカルシウム拮抗薬を使用
  • 解離の進行や合併症の有無を定期的に確認

降圧療法は、急性期だけでなく慢性期においても継続する必要があり、生涯にわたって血圧管理が必要です。

抗血小板薬・抗凝固薬の使用

大動脈解離では、血栓形成を予防するために抗血小板薬や抗凝固薬の使用を検討する場合があります。

ただし、出血リスクとのバランスを考慮し、慎重に判断する必要があります。

薬剤効果注意点
アスピリン血小板凝集抑制出血リスク
ワルファリン抗凝固作用定期的なモニタリングが必要

治療期間

大動脈解離の治療期間は、解離の部位や重症度によって異なります。

急性期の集中治療を脱した後も、長期的な血圧管理と定期的な経過観察が必要です。

急性期

手術の有無にかかわらず、発症直後は集中治療室での治療が必要です。その後、一般病棟に移り、リハビリテーションを行います。

入院期間は一般的に2~3週間程度ですが、重症の場合はさらに長引く場合もあります。

慢性期

定期的な検査や経過観察が必要になります。通院間隔は状態によって異なりますが、数ヶ月に一度のCT検査などが一般的です。

予後と再発可能性および予防

大動脈解離では、Stanford分類A型は極めて予後不良であり、手術が成功した場合でも合併症や後遺症のリスクが高い病態です。

一方、Stanford分類B型はA型に比べると予後は比較的良好ですが、長期的な経過観察が必要です。

予後

大動脈解離を治療しない場合、約75%が2 週間以内に死亡する。治療した場合、最初の2 週間を超えた例の5 年生存率は60%、10 年生存率は少なくとも40%である。専門病院での手術中の死亡率は、心臓に近い部位の大動脈解離(A 型解離)で約15%である。

厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001uau3-att/2r9852000001uwac.pdf

治療を受けた患者の5年生存率は、A型解離で約70%、B型解離で約90%と報告されています。

再発のリスク

大動脈解離は、治療後も再発のリスクがあります。

再発率は、解離のタイプや治療方法によって異なりますが、全体では約20~30%程度と報告されています。

再発リスクを高める因子
  • 高血圧の持続
  • 喫煙
  • 結合組織疾患(マルファン症候群など)
  • 大動脈の拡張

再発は、初回解離から数ヶ月から数年後に起こる場合が多く、注意深い経過観察が必要です。

再発予防のための対策

再発予防策内容
血圧管理降圧療法の継続
生活習慣の改善禁煙、運動療法など
定期的な画像検査CTやMRIによる評価
薬物療法β遮断薬やスタチンの使用

大動脈解離の治療における副作用やリスク

大動脈解離の治療を行う際には、副作用やリスクが発生する可能性があります。

薬物療法の副作用

大動脈解離の治療で用いられる降圧薬や鎮痛薬には、以下のような副作用が報告されています。

薬剤主な副作用
降圧薬めまい、頭痛、低血圧
鎮痛薬胃腸障害、肝機能障害

外科的治療のリスク

大動脈解離の外科的治療には、以下のようなリスクが伴います。

  • 出血
  • 感染
  • 臓器虚血
  • 術後合併症

手術中は、出血や感染、臓器への血流低下などが、術後には呼吸器合併症や心合併症などの問題が生じる可能性があります。

合併症発生率
呼吸器合併症10-20%
心合併症5-10%

長期的な合併症

大動脈解離の治療後も、長期的な合併症に注意が必要です。

再解離や仮性動脈瘤の形成、大動脈弁閉鎖不全などが生じるリスクがあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

大動脈解離は、一刻も早い診断と治療が求められる緊急性の高い疾患であるため、CT検査やMRI検査などの画像診断、ICU管理、外科的治療などが必須となります。

そのため、治療費が高額になる傾向です。

治療費の目安

検査・治療内容費用の目安
CT検査3万円〜5万円程度
MRI検査5万円〜10万円程度
ICU管理(1日あたり)10万円〜20万円程度
外科的治療100万円〜500万円程度

治療費の例

緊急手術を行い、ICUに2週間、一般病棟に2週間入院した場合、総費用は以下のようになります。

  • 診断費用:10万円
  • ICU管理費用:280万円(14日間)
  • 一般病棟費用:70万円(14日間)
  • 手術費用:300万円
  • 術後管理費用:50万円

総費用:710万円

費用は目安であり、実際の費用とは大きく異なる場合があります。具体的な治療費については、各医療機関で直接ご確認ください。

以上

References

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