不整脈原性右室心筋症(ARVC) – 循環器の疾患

不整脈原性右室心筋症(Arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy:ARVC)とは、心臓の右心室の心筋細胞が脂肪組織や線維組織に置き換わってしまう遺伝性の病気です。

右心室の構造や機能に異常が生じてしまい、心室性不整脈、右心不全、突然死などの重篤な合併症が起こる可能性があります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

不整脈原性右室心筋症(ARVC)の種類(病型)

不整脈原性右室心筋症(ARVC)は、診断基準をもとに「確定」「境界型」「可能性あり」の3つに分類できます。

不整脈原性右室心筋症(ARVC)の確定診断基準
  1. 右室の拡大や収縮力低下
  2. 右室の脂肪浸潤や線維化
  3. 特徴的な心電図変化(Epsilon波、T波逆転など)
  4. 致死性不整脈の発生(持続性心室頻拍、心室細動)

これらの基準を複数満たす際に、ARVCの確定診断がなされます。ARVCの確定例では、遺伝子変異が同定されるケースも少なくありません。

分類診断基準
確定複数の主要項目を満たす
境界型一部の主要項目を満たす
可能性あり主要項目を満たさないが疑う所見あり

ARVCの境界型

ARVCの診断基準をすべて満たさないものの、一部の基準を満たす場合は境界型と分類されます。

境界型では、次のような所見が認められます。

  • 軽度の右室拡大
  • 心電図変化の一部
  • 不整脈の既往

境界型と診断された際は、将来的にARVCへ進展する可能性があるため、慎重な経過観察が必要とされます。

ARVCの可能性あり

ARVCを疑うものの、診断基準を満たさない場合は「可能性あり」と分類されます。

「可能性あり」の所見

  • 心電図変化の一部
  • 右室の軽度拡大
  • 家族歴

可能性ありと診断された場合も、慎重な経過観察が求められます。 ARVCへの進展リスクを評価する必要があるためです。

また、ARVCは遺伝性疾患であるため、家族への影響も考慮する必要があります。

不整脈原性右室心筋症(ARVC)の主な症状

不整脈原性右室心筋症では、動悸や失神、胸部不快感、呼吸困難などが特徴的な症状です。

これらの症状はARVCに特徴的なものですが、他の心疾患でも同様の症状が見られます。

そのため、疑わしい症状が見られた際は、速やかに医療機関を受診し、適切な診断を受けることが大切です。

動悸

ARVCの患者さんの多くに動悸がみられます。これは心臓の電気的な活動が異常になり、心拍数が急激に上昇するためです。

動悸は安静時でも起こる可能性がありますが、運動時や精神的ストレス時に特に顕著になる傾向です。

失神

ARVCでは重篤な不整脈が起こるケースがあり、これが失神の原因となります。

失神は、心臓から脳への血流が一時的に途絶えることで生じる意識消失です。

ARVCに伴う失神は突然起こる場合が多く、前兆がない場合が少なくありません。

胸部不快感

胸部の不快感は、心筋の異常による心臓の収縮力低下が原因と考えられています。

圧迫感や締め付け感として感じられることが多いです。

呼吸困難

進行したARVCでは、心不全を引き起こす場合があります。心不全が生じると肺にうっ血が起こり、呼吸困難を感じるようになります。

呼吸困難は運動時に顕著になる場合が多いですが、重症例では安静時にも生じます。

不整脈原性右室心筋症(ARVC)の原因

不整脈原性右室心筋症 (ARVC) は、心筋の機能と構造に関わる遺伝子異常が主な原因だと考えられています。

遺伝的要因

ARVC の多くは、家族内発症を示す常染色体優性遺伝の形式をとります。

主な原因遺伝子は、心筋細胞間の接着構造であるデスモソームの構成タンパク質をコードする遺伝子の変異です。

遺伝子コードするタンパク質
PKP2プラコフィリン2
DSPデスモプラキン
DSG2デスモグレイン2
DSC2デスモコリン2

これらの遺伝子の変異によってデスモソームの機能不全が生じ、心筋組織の脆弱化や、線維化などの変化が引き起こされると推測されています。

非遺伝的要因

一方、ARVCの発症や進行には、遺伝的要因以外の要素も関与している可能性があります。

  • ウイルス感染症
  • 自己免疫反応
  • 心筋への物理的ストレス

こうした非遺伝的要因が心筋の炎症や損傷を引き起こし、ARVC の病態形成に寄与しているのではないかと考えられています。

診察(検査)と診断

不整脈原性右室心筋症の診断では、心電図、心臓超音波、心臓MRI、心筋生検など複数の検査を行います。

心電図検査

心電図検査で次のような所見がみられた際には、不整脈原性右室心筋症を疑います。

所見特徴
Epsilon波QRS終末部の小さな電位
T波逆転V1-V3誘導でのT波逆転
右脚ブロックQRS幅の延長

心臓超音波検査

心臓超音波検査では、右室の拡大や局所的な壁運動異常、右室流出路の拡大などを評価します。

心臓超音波検査でみられる所見
  • 右室拡大
  • 右室局所壁運動異常
  • 右室流出路拡大
  • 右室駆出率低下

心臓MRI検査・心筋生検

心臓MRI検査は右室の形態や機能をより詳細に評価できるため、特に脂肪浸潤や線維化の有無を評価するのに有用です。

所見特徴
脂肪浸潤右室壁内の高信号域
線維化遅延造影領域

心筋生検は確定診断に必要な検査ですが、侵襲的であるため適応は慎重に判断する必要があります。

生検では右室自由壁から採取した心筋組織で、脂肪浸潤や線維化、心筋細胞の変性・脱落などの所見がみられます。

不整脈原性右室心筋症(ARVC)の治療法と処方薬、治療期間

不整脈原性右室心筋症(ARVC)主な治療法として、薬物療法、カテーテルアブレーション、植込み型除細動器(ICD)の埋め込みなどが挙げられます。

薬物療法

薬剤名効果
ベータ遮断薬不整脈の抑制、心拍数の調整
アミオダロン難治性の不整脈に対する抑制効果
ACE阻害薬心不全の改善、心機能の保護
利尿薬体液貯留の改善、心臓への負担軽減

治療期間は症状の改善度合いによって異なりますが、多くのケースでは生涯にわたる服用が必要とされます。

カテーテルアブレーション

カテーテルアブレーションは、不整脈の原因となる異常な電気的興奮を起こす心筋組織を焼灼する治療法です。

以下のような状況で適用となります。

  • 薬物療法で十分な効果が得られないとき
  • 頻回に発作が起こるケース
  • 患者さんのQOLが著しく低下しているとき

治療後は不整脈の再発リスクを減らすために、抗不整脈薬の服用が継続されます。

植込み型除細動器(ICD)の埋め込み

ICDは、心室頻拍や心室細動などの致死性不整脈を検知し、電気ショックを与えて正常な心リズムに戻す医療機器です。

適応効果
心停止のリスクが高い場合突然死の予防
薬物療法や他の治療法が無効なケース致死性不整脈の制御

ICDの埋め込み後は、機器の動作チェックや電池交換などの定期的な管理が必要です。

予後と再発可能性および予防

不整脈原性右室心筋症(ARVC)が再発するリスクは比較的高く、生涯にわたって経過を見守り、治療を続ける必要があります。

予防の観点からは、遺伝的要因の特定と早期の診断が重要です。

予後

ARVCの治療後は、多くの場合で症状の改善と生存期間の延長が見込めます。

しかしながら、病状が進行した症例では心不全や致死性不整脈のリスクが高まり、予後が悪化する可能性があります。

予後不良となる因子
  • 若年発症
  • 重症不整脈
  • 心機能低下

再発の可能性

ARVCは進行性の疾患であり、治療で症状が改善したとしても再発するリスクは比較的高いとされています。

以下の因子によって、再発のリスクが高まります。

  • 若年での発症
  • 家族歴の存在
  • 遺伝子変異の種類
  • 心機能の低下

予防

ARVCを予防するには、以下の点が重要です。

  1. 家族歴がある場合の早期スクリーニング
  2. 遺伝的要因の特定と遺伝カウンセリング
  3. 定期的な心臓検査による早期診断
  4. 適切な生活指導(運動制限など)

とりわけ、ARVCの家族歴がある場合は、無症状の段階でも定期的にスクリーニングを受けることが推奨されます。

遺伝子検査で家系内の変異保因者を同定し、早期に診断できれば予防的な介入が可能となります。

不整脈原性右室心筋症(ARVC)の治療における副作用やリスク

不整脈原性右室心筋症(ARVC)の治療に伴う副作用やリスクは以下のとおりです。

薬物療法の副作用

ARVCの治療に用いられる薬剤には、以下のような副作用が報告されています。

薬剤主な副作用
ベータ遮断薬徐脈、低血圧、気管支痙攣
アミオダロン肺線維症、甲状腺機能障害、肝機能障害
ソタロールQT延長症候群、低カリウム血症

デバイス治療の合併症

ICDやCRTなどのデバイス治療は突然死リスクを低減できますが、手術に伴う合併症のリスクがあります。

  • デバイス感染
  • リード線の断線や移動
  • 不適切なショック治療
  • 血腫やデバイスポケットの浸出液貯留
デバイス主な合併症
ICD感染、リード線の問題、不適切なショック
CRTリード線の移動、ペーシング閾値の上昇

カテーテルアブレーションの危険性

カテーテルアブレーションは頻脈性不整脈を治療するための選択肢の一つですが、侵襲的な手技です。

心タンポナーデ、血栓塞栓症、穿孔、出血などの合併症が起こる可能性があり、熟練した電気生理学者によって行われる必要があります。

遺伝カウンセリングとスクリーニングの重要性

ARVCは遺伝性疾患であるため、ご家族に対する遺伝カウンセリングとスクリーニングが重要肝要です。

しかし、遺伝子検査の結果によっては家族関係に影響を及ぼすことも考慮しなければなりません。

プライバシーの保護と、検査結果の解釈における倫理的な問題にも注意が必要です。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

不整脈原性右室心筋症の治療費用は、症状の重症度や治療方針によって大きく変動します。

検査費の目安

検査項目費用
心電図検査約1,500円
ホルター心電図約5,000円
心エコー検査5,000円 – 8,000円
心臓MRI検査30,000円 – 50,000円
心筋生検100,000円以上

処置費・薬剤費の目安

カテーテルアブレーションの処置費は100万円以上、植込み型除細動器(ICD)の埋め込み手術は300万円以上の高額な治療となります。

また、薬物療法で用いられるβ遮断薬などの薬剤費は、月に数千円から1万円以上かかる可能性があります。

入院費

不整脈原性右室心筋症の治療で入院が必要となった場合、1日あたり1万円から3万円程度の費用がかかります。

重症例では長期入院が必要になる場合もあり、入院費は高額となります。

以上

References

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